メルル&ルイズのアトリエ~ハルケギニアの錬金術士~   作:ジェイソン@何某

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 お 待 た せ


……いや、本当にお待たせしました。お盆期間の繁忙期舐めてましたホント。我が家の梨は良い梨です←


寝る前の数十分を使って少しずつ文章を打って完成したので、もしかしたら所々で文章に矛盾などが生まれているかもしれません…;;

 そして、長いです。前編、中編を合わせたくらい長いので、ご注意ください。

前置きが長くなりました…後書きも長いでしょうけどね(笑

それでは、どうぞお楽しみくださいませ…osz

 


後編

 

 

    ――女子寮・3階

 

 

 夕暮れ時、まだ他の生徒たちは皆授業があるのか使い魔達とのコミュニケーションをしているのか使用人や数人の生徒、教員とすれ違う以外はなんの問題もなく女子寮へと辿り着く。

 

「では、ミス・ヴァリエールはこれで」

「あ、は、はいっ!」

 

 階段を上がり、廊下に並ぶ扉の1つで一旦立ち止まるとその先頭に立っていた翡翠色の髪の女性、ミス・ロングビルは一番最後尾を相変わらず緊張の抜けきらない顔でついて来ていたピンク寄りのピンクブロンドの髪の少女、ルイズに振り返る。

 

 それを受け、ルイズは俯きがちだった顔を慌てて上げると自らの部屋の前まで移動し、鍵を差し込み扉を開ける。

 

「そ、それではミス・ロングビル。メ、メルルリンス姫、お先に失礼いたします…」

「は、はい」

 

 部屋に入る前に再びミス・ロングビルと、その隣に立つブロンド寄りのピンクブロンドの少女、メルルに向き直ったルイズは深々と一礼し、メルルもまた少し気まずそうにではあるが礼を返す。

 その後はちらちらとメルルを見ては何か言いたげに口を開き、また閉じてを少し繰り返して、結局すごすごと部屋の中に入ってしまったルイズを見送って、2人はその隣の扉に移動する。

 

 

「…此方がご用意させていただいた部屋になりますわ。どうぞご確認ください」

「はい。失礼しまーす…」

 

 部屋の鍵を開けると扉を開け、自身は中に入らず一歩横に移動して一礼するロングビルに頷き、メルルは部屋の中へと足を踏み入れる。

 

 

 既に夕暮れ時となっているとはいえ、窓から差し込む光のおかげで部屋の明かりが無くとも十分に隅から隅まで見渡すことはできる。

 …と言っても、わざわざ隅まで見渡すまでもない。部屋には最低限度の家具しか置かれていないからである。

 

 ダブルサイズのベッドに、机とテーブル、タンスに化粧台…絨毯などは敷いてあるものの、部屋の広さも相まって正直言って殺風景な部屋だ。

 

「釜に関しましては、先ほどすれ違った使用人に持ってこさせるように言ってあります。他に何かご入用な物は御座いますか?」

 

 最初にメルルが他国の姫君であると知った時は驚いていたロングビルであったが、もとよりこの学園に留学生としてやってくる王族というのは少なからず存在はしている。まぁ、実際にこうして対応をするのはほぼ初めてとはいえ、幾分慣れたようだ。

 

 ロングビルの言葉にうんうんと唸っていたメルル。窓際に立って窓を開け、風通しなどを確認していた彼女はそのすぐ後ろにあるベッドや壁際の化粧台に視線を向けると、やや躊躇いがちにロングビルに向き直る。

 

「えぇっと…それでしたら、その…ベッドと化粧台なんですけど…」

 

 それを聞き、ロングビルは僅かに目を細める。

 

「(ハッ…やっぱ所詮はオヒメサマってとこか…まさか、キングサイズにでもしろってのかねぇ…)」

 

 表向きの口調とはまるで違う本来の口調は心の中だけで、どこか見下したように呟いた彼女であったが…。

 

「…こう、ベッドはもっと小さいの無いですか? 最悪、ソファーでもいいです。あと、化粧台はいらないかなぁ…」

「………はっ?」

 

 予想とはまるで正反対の要望に、思わず手にしていたペンとメモを落としそうになってしまう。

 メルルとしては別段このサイズのベッドで眠ることに抵抗があるわけではない。現にアールズの城にある自室のベッドはこの部屋のよりも豪奢な物だった。ただ…

 

「(いやな“道”が蘇るんだよね…)」

 

 父との約束を守れず、何もする気が起きなくなってベッドで寝ていたところを幼馴染に心配されるという…なんども()()()()()()が脳裏に浮かんでしまうのだ。

 

 まぁそれ自体は大した問題じゃない。ここ数年はアトリエで過ごしてばかりだったから、ソファーや質素なベッドで寝ることに慣れてしまっているから、という事の方が大きかった。

 

 

「え、えぇと…? つまり、その…このベッドと化粧品を部屋から出して、より小さな物を、と…?」

「はい、そうしてもらえると助かるんですけど…やっぱり無理ですか…?」

 

 なんとか気を取り直し、しかしやはりメルルの言葉がいまいち呑み込めずに確認するように先ほどのメルルの言葉を反芻する。

 頷き、やはり無理があったかと人差し指を突き合ったメルルであったが、ロングビルはずれたメガネを直すとコホン、と空咳して。

 

「…いえ、そういう事でしたら全く問題は御座いません。ただ、もう時間の問題もあるので明日以降になるのですが、よろしいでしょうか?」

「あ、はい。それは勿論問題ないです!」

「かしこまりました、では明日になりましたら使用人を伺わせますので」

「はい、よろしくお願いしま――」

 

   『―――ふみゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

「……」

「……」

 

 2人の会話を遮るかの如く、突如として開いた窓から響いた奇声に2人の視線は隣の(ルイズの)部屋のある壁に向けられ、そしてまた互いの顔を見つめ合い…

 

「…よろしくお願いします…」

「…はい…」

 

 仮にももうすぐ20歳。大人になった(スルーを体得した)メルルであった。

 

 

 

「…あ、あぁ、それともう一つ…夜になりましたら、こちらの魔法のランプをお使いください。…使い方は、ご説明しますか?」

「魔法のランプ、ですか…?」

 

 コホン、と空咳により気持ちを切り替え、ロングビルは忘れていたと言わんばかりにオスマンから渡されていたランプを取り出す。

 

 その名前を復唱し小首を傾げる様子から多分知らないのだろうと辺りを付けたロングビルは、ランプをテーブルに置くと杖を取り出して。

 

「このランプには文字通り簡単な魔法が込められてまして、この通り…合図1つで消灯が行えるのです。明るさも見ての通り、1つあれば十分に部屋を照らせますわ」

「わぁ! 凄いですね。『モルゲン錬金灯』みたいなものなのかなぁ…でも、合図さえ送れば離れたところからでも消灯できるなんて…此処ってやっぱり凄いんだなぁ、どうなってるんだろう。あー、参考書があればなぁ…」

 

 デモンストレーションとして杖で合図を送ると、魔法のランプに明かりがともる。まだまだ夕日が差し込んでいるので分かりにくいが、明るさは十分だ。

 天井から吊り下げようと考えていたロングビルであったが、メルルは瞳を輝かせてランプが置かれているテーブルへと駆け寄り、まじまじと観察し始めたのでクスリと笑みを零してから一歩後退する。だが、次第にぶつぶつと何か小声で呟き始めたので、流石に少しばかり訝しみ。

 

「…えぇと、問題が御座いましたか?」

「えっ? あっ、いえ大丈夫です! あっははは…すみません…」

「いえ、ならば良かったですわ。それでは改めまして、失礼いたします」

 

 小首を傾げて声を掛け、それによって我に返ったメルルは慌てて顔を上げると困ったように笑いながらも頬を掻く。改めて微笑み、優雅な一礼の後にロングビルは部屋を後にする。

 

 

 漸く1人きりになれたメルルは、ん~~…と大きく伸びをするとそのまま後ろのベッドに倒れ込んだ。

 

 

「…さて、と……うぅん…どうしてこんなことになっちゃったのかなぁ…」

 

 はぁ、と溜息1つ。ここまで何とかいつも通りの自分を維持していたものの、いざ1人になると次から次へと疑問が、そして不安が浮かんでくる。

 

 自分の事を呼び出したのに使ったアイテムは何なのだろうか。

 

 アールズは本当にロバ何とかいう地にあるのだろうか。

 

 この学院はこんな場所で錬金術をやって、失敗したら部屋が吹き飛ぶ心配なんかはしてないのだろうか。

 

 アールズとアーランドの合併におかしな影響は出ないだろうか。

 

 仲間たちに余計な心配は掛けていないだろうか。

 

 

 ……アストリッドさんはちゃんと自分の事を伝えてくれているだろうか…

 

 

「…い、いやいや。いくらアストリッドさんだって、さすがにそれぐらいは…」

 

 断言できないのが、彼女の凄い(酷い)ところである。

 

「まぁ、あれこれ後ろ向きに考えるだなんてわたしらしくないよねっ! そうとなればまずはっ!」

 

 浮かんだ疑問の幾つかは、明日にでも聞けばわかる事だ。

 ガバッと起き上がり、どこからともなく取り出したのは彼女の御用達の分厚いメモ用紙。幾つかの栞が挟んでいる中から、まずは『調合アイテム』と書かれている栞が挟まっているページを開き、空白の欄に羽ペンを走らせ始めるのであった。

 

 

…………

………

……

 

 

「そ、それではミス・ロングビル。メ、メルルリンス姫、お先に失礼いたします…」

 

 ちら、とメルルを見る。お互いに気まずい空気を醸し出しながらも、結局何も言えずにルイズは部屋の中へと入っていった。

 

 

「……はぁぁぁぁ…」

 

 煩わし気にマントを脱ぎ、()()()()()()()()()()()()()()()、ルイズは倒れ込むようにしてベッドに沈む。「私、『サモン・サーヴァント』には自信があるの!」とか因縁のアイツに言い放った過去の自分をぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。

 

「異国の姫君の誘拐に、留年、退学……あぁ、こりゃあ私死んだわね…はは、ははは…」

 

 

 『サモン・サーヴァント』を行う前は、そりゃあ色々と妄想した。無論成功することは前提で、果たして何が召喚されるのかをだ。

 グリフォンか、ヒポグリフか…もしかしたら竜だったりして、なんて都合の良い妄想から始まり、そんな幻獣は流石に期待しすぎかと現実的に考え、犬、猫、カエ…ああいや、カエルは無い、カエルは無いわ…兎に角、色々と考えた。

 

 で、結果がアレだ…人間の召喚。自分が知る限り過去に例が無いということはある意味偉業であると呼べたのかもしれない。ただ、それで召喚されたのが寄りにもよって貴族どころか姫君ときたもんだ。

 これがただの平民…具体的には自分とそう変わらない年齢の平民の青年とかであれば、もっとグチグチ文句を言うだけの元気もあったかもしれない。

 

 ただ、相手が姫君となればそれは無理だ。いくら勝気な自分であっても、初対面の姫君相手にそんな態度取れるわけがない。

 

「う~…う~う~…!!」

 

 枕に顔を押し付けて唸り続け、兎に角この心労を、そして溜まりに溜まったストレスを発散させようとする。

 

 ただ、どれだけ唸ったところで自分が置かれている状況は何一つとして変わりはしない。

 

 

「(どうして……どうして、私ばっかり…!!)」

 

 この理不尽が悔しい。でも、それを当たり散らす権利は自分にはない。

 だって今回の『サモン・サーヴァント』における一番の被害者は誰でもないメルルであり、彼女の王国なのだから。

 

 もちろん、この苛立ちを他の誰かや、ましてや平民相手にぶつけるだなど彼女のプライドが許さない。

 

 もういっそのこと叫んでやろうか。

 

 

 

 

 

 

 よし、やってやろう。

 

 

「うぅ…う~…ふみゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 ルイズは枕に顔を押し付け思い切り叫んだ。どうせここの壁は分厚いから、隣の部屋には聞こえまいとそう考えて。

 

 

 ――彼女は窓を開けっぱなしにしていることを完全に忘れている。

 

 

 そして、叫び終わった後も決して顔は離さなかった。

 

 

 

 

 やがて静かな部屋の中に、嗚咽だけが空しく響くのであった。

 

 

……

………

…………

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

    『魔法のランプ』

調合レベル:??

調合カテゴリ

??

 

杖を振ったり指を鳴らしたりして合図を送るだけで消灯が出来る便利なランプ。

これがあれば、布団の中からでも灯りを付けたり消したりできる。

光の色は普通だがそれなりに強く、ある程度広い部屋であっても日中のような明るさを保つ。

 

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 この世界を訪れ最初に目にした錬金術によるものと思わしきアイテムをメモし、満足げに頷いたメルルは次いで一番下の栞が挟まっているページを開く。メルルのメモ、略して『メメモ』である。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

    知らない場所に来ちゃった!

 

 

アトリエに突然現れた鏡に触れたら、『トリステイン魔法学院』っていう錬金術士の学校みたいな場所に飛ばされちゃった!

ここで出会った人たちはアールズ王国を知らなくて、わたしも『トリステイン王国』っていうのがどこなのか知らなくて…うぅ、本当にどうなってるんだろう…。

しかも、聞いた話だとアールズは此処からかなり遠い場所にあるみたい。

ト、トラベルゲートは…怖くて使えないよ…。

 

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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

    わたしが使い魔?

 

 

学院長のオスマンさんに、わたしを召喚(?)したルイズちゃんの使い魔になってほしいって頼まれちゃった!

話を聞く限り、ホムくんたちみたいなものみたいだけど…。

やっぱり一度話し合った方がいいよね…うん!

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「う~ん…今のところは、こんな感じかな!」

 

 羽ペンを机に置き、再び満足げに頷いたメルルはメモ帳をパタンと閉じると勢いよく立ち上がる。

 思い立ったが吉日を地でいく彼女は、早速隣のルイズの部屋に向かおうと考えていたのだ。

 

 

 ――コンコンコンコンッ

 

 部屋の扉をノックする音が響いたのは、立ち上がったメルルがスカートを叩いていた丁度そんな時。

 

「(あれ、誰だろう…もしかして、ルイズちゃんかな?)はーい、どうぞー!」

 

 部屋に響いた音が何となくアトリエでお客さんが来た時を思い出させ、少しばかり嬉しそうに微笑む。

 

「失礼いたします」

 

 メルルの予想に反し、部屋へと入ってきたのは黒髪黒眼のメイド服の少女であった。

 メルルが召喚されたこの世界――メルルやその他は未だ同じ世界だと勘違いしてるが――においては珍しい黒髪であったが、メルルの世界においてそれは当てはまらない。

 

「(わぁ、綺麗な黒髪…ミミさんみた……みたいだー…)」

 

 恐らくは平民の使用人なのだろうが、髪質こそ違えどその艶のある黒髪はメルルの仲間の1人である貴族兼冒険者の女性を彷彿とさせる。

 …が、目の前のメイドの顔から僅かに視線を下げた時に視界に入った、服の上からでも分かる“双丘”に、フッとメルルの瞳から光が消え、脳裏に浮かぶ彼女を憐れんだ。

 

 どーいう意味よ!! なんてやけにリアルなツッコミが脳内に響くもそれを努めて無視し、平静を装いつつもどこか緊張した面持ちのメイドに意識を戻す。

 

「オールド・オスマンより此方に“釜”を持ってくるようにと言われていたのですが…」

「あ、そうですね、この部屋であってますよー! ……あれ?」

 

 なんと、こんなにも早く“錬金釜”を持ってきてくれるとはさすがに予想していなかった。本当はベッドを撤去した後で窓際に置いてもらおうと思っていたのだが、せっかく持ってきてくれたなら取り敢えず今日は部屋の隅にでも置いてもらうとしよう。

 メルルは()()()()()()人当たりの良い笑顔で眼前のメイドを出迎えるが――ふと目を開けると、そのメイドは驚いたように目を丸くして此方を見ていた。

 

 …これもメルルは知らぬことだが、この世界の貴族が平民に対して敬語を使ったりすることは非常に珍しいのだ。

 

「……はっ!? も、申し訳ありませんっ! 姫様の前でとんだご無礼をっ!!」

 

 不思議そうに首を傾げたメルルに漸く我に返った黒髪のメイドは、慌てて頭を下げた。

 オスマンには事前に異国の姫君で学院の賓客だから決して失礼のないようにと言われていただけに、それはもう、先ほどのルイズに負けず劣らず今にも土下座せん勢いで。

 

「そ、そんなに謝らなくても大丈夫ですよ!? え、えぇっと…あ、そうそう! “釜”! 持ってきてくれたんですよね!」

「え、あ、は、はいっ! ちゃんと言われたとおりに持ってきました!」

「わぁ、ありがとうございます! それじゃあ、ちょっと見せてもらいますねー」

 

 狼狽しつつも何とか頭を下げるメイドを宥め、此処に来た目的である釜の話に軌道を戻す。ガバッと顔を上げたメイドも釜を部屋の中に居れようと一旦廊下に出ようとするが、メルルもまた一緒に釜を確認しようと廊下に向かう。

 

 それにしても…ちら、とメイドの方に視線を向ける。どうやら廊下に他の使用人の姿は無いので1人で錬金釜を運んできたようだが…そんな膂力がこんな細身のメイドにあるのだろうか。

 

「(いや…そういえばトトリ先生やジーノさんが生まれた村には、『細っこいのに村の誰よりも力持ちの、もう1人のお姉さん的存在』がいるって言ってたっけ…小指で岩を持ち上げるとか、ステルクさんをデコピン一発で吹き飛ばすとか言ってたし…この子もそういうタイプなのかも…)」

 

 無駄に長々と失礼極まりない上に、(主にジーノによって)誇張された話を思い出してはゴクリと喉を鳴らす。そういえば、私の幼馴染も片手でデカい斧とか振り回せるようになるんだよなぁ…そんな余計なことも考えながらも廊下に出るが…

 

「あれ…?」

 

 そこには置いてあるだろうと予測されていた錬金釜は影も形もなかった。おかしいな、と周囲を見渡したところで見つかるはずもなく。

 

「姫様、いかがなさいましたか?」

「あっ、えっとー、釜はどこに…」

 

 

 部屋の中から聞こえてきたメイドの声に振り返り、ピタリと動きを止める。

 

 

「えぇと、此方に御座いますが…?」

 

 

 あった。確かに置いてあった。

 

 

「………釜?」

 

 

 ()()()()()()()、普通に置いてあった。

 

 

「は、はい…釜、です…」

 

 

   ごく一般的なサイズの、其れが。

 

 

 

 

「も、も、も、申し訳ございませんッ!!? 申し訳ございませんッ!!!」

「わーわー! もういいですって、大丈夫ですからぁ!?」

 

 自分が求めていた釜は通常サイズのものではなく、もっと大きな物であると説明するや否や、メイドはさも当然の如く土下座し、許しを乞うた。

 ちなみにメルルは“ドゲザ”を知らないのでメイドのポーズが何なのかいまいち理解はしていないのだが、兎に角ものすごい勢いで謝られているとは分かっているので、それはもう大慌てである。

 

 …仮にこんなところを幼馴染のメイドや家庭教師兼執事に見られようものなら…

 

 

    ――「メ、メルル…」

    ――「姫様、か弱い乙女に対し、一体何をしておいでなのですか…?」

 

 

「(うわぁぁん!! そんな目でわたしを見ないでぇぇぇ!!)」

 

 平民と貴族の身分の差というものに無頓着であった彼女の受難は、まだ終わらない。

 

 

 

 

「…申し訳ございません…取り乱してしまって…」

「あー、うん。気にしないでいいよー」

 

 時間を掛けて一生懸命自分は全然怒っていないことを言って聞かせた結果、なんとかメイドは立ち上がって謝るのをやめてくれた。

 げんなりしつつも、そんな態度を見せようものならまた謝られかねないと学習したメルルはかぶりを振る。

 

「それにしても…うーん、釜はどうしようかなぁ…」

「えぇっと…一応厨房の倉庫をもっとよく確認すれば、学院の備品として姫様がお求めのサイズの物も見つかるかもしれませんが…」

 

 そして気を取り直したところで、テーブルに置かれたままの釜に視線を落とし、右手の人差し指を顎に添えながらも考える。

 メルルと同様に漸く落ち着きを取り戻したメイドは、この窯を持ってきたのであろう倉庫の中を思い出しながらもそう告げた。

 

「あ、本当ですか? それじゃあ、今日はもう大丈夫なので、明日その倉庫に案内してもらえますか? やっぱり、実物を見てからの方がいいですし」

「えっ…で、ですが倉庫は少し暗くて埃っぽいので…あの、大きさとかを教えていただければ此方で確認いたしますが…」

「いいですよ別にー、そういうの全然気にならないですからっ!」

「…か、かしこまりました。では明日…ご都合の良い時間にお呼びくださいませ」

 

 貴族であればまず忌避でするであろう衣服の汚れるような場所にも何の躊躇いも感じさせない言動に、やはりメイドは呆気にとられそうになるが、そんなに何度も同じミスをするほど彼女だって素人じゃない。

 

 

……

 

 

「それでは、失礼いたします」

 

 一礼し、メイドは部屋を後にする。勿論持ってきた釜は使えないという事で持って帰ることに。

 

「ふぅ……変わった御方だったなぁ…」

 

 帰り際、周囲に誰も居ないことをしっかりと確認したうえで彼女はそんな感想を漏らす。

 やんごとなき生まれの御方なのだ、平民相手にも敬語を使うということそれ自体はきっと礼儀として習っているのだろうが…彼女のアレは社交的な、形式だけのものではないとすぐに感じ取れた。

 

 心の底から自分たち平民にも敬意を払い、友好的に接してくれている。

 それに…

 

「“ありがとう”、かぁ…あーあ…ああいう御方にお仕えしてる人が羨ましいです…」

 

 釜――間違っていたが――を持ってきたと告げた時、貴族として、姫としての体面を保つための礼儀的な物ではない、心からの感謝と嬉しさを込めて返された礼の言葉は、今もまだ彼女の心に残っている。

 

 別にこの学院の使用人であることに不満はない。若い貴族を相手にするだけあって理不尽な命令を下されることは多々あるが、それでも一般的な使用人に与えられる給金よりも遥かに高い給金が此処では約束されているから。

 

 

 でも、それでも憧憬を抱くくらいはタダであろう。異国の姫君にお仕えし、次第に友情を深め、プライベートでは名前で呼ぶことを許されて……

 

「いつか舞踏会にお呼ばれして、どこかの国の王子様に見初められて、でも結婚は許されなくて、駆け落ちして…あぁでもでもっ! 姫様とより仲良くなって、お風呂で背中の流し合いっことかも捨て難い…!」

 

 頬に手を添えくねくねしながらも邪な思考に耽るメイド。腐ってやがる。

 

 

「……ハッ!? い、いけないいけないっ! まだお仕事は終わってないんだから、気を引き締めるのよシエスタ!」

 

 我に返り、ぶんぶんとかぶりを振っては自らを叱咤し、一先ずは釜を置いて来ようと厨房に向かうのであった。

 

 

……

 

 

 一方、メイド――シエスタを見送ったメルルはメルルで、アールズにて己の世話係をしてくれている幼馴染のメイドの事を思い出していた。

 

「はぁ…ケイナが恋しいなぁ…」

 

 思えば、何だかんだでアーランドのとの合併間近になった今でも彼女には何かと世話になりっぱなしだ。

 それこそ化粧とか最低限の着替え位は自分でも出来るが…

 

「うぅ…料理とかお掃除とかはあのメイドさんとかに甘えるしかないかなぁ…」

 

 ふと、そういえば互いに名乗り忘れていたことを思い出す。次に出会ったら自己紹介しておこうそうしよう。頭の中でうんうんと頷き、ふと窓から差し込む風が己の髪を靡かせた。

 

「おっと…気付けばもうこんなに暗くなってたんだね…わぁ、綺麗なほしぞ…ら………」

 

 魔法のランプを消していなかったのですっかり気付かなかったが、既に日は完全に沈んで外は大分暗くなっていた。

 窓際まで移動し、夜空を見上げる。そこに広がる満天の星空は、やはり自分の生まれたアールズの星空とよく似ている。

 

 

 

 

 

 …と、思っていたのだが。

 

 

 ≪≪とあるもの≫≫を見て、ピタリと動きが止まる。それから徐々に、感動で開いた口が更に大きくなり、目も大きく開かれていく。

 

 

 ――最終的に出来上がったその表情を、人は驚愕のカオと呼ぶだろう。

 

 

「…う、うぇぇぇぇぇぇっっ!!?」

 

 そしてついに、彼女の驚愕は声にも表れ、慌てて部屋を飛び出した。乱暴に部屋を開け放ち、また閉めるだけで鍵をすることも忘れ、自分が今目にしたものが本物であることを確認するかの如く、外の広場へと向かうのであった。

 

 

……

 

 

「――……ん」

 

 息苦しい。そんな考えが脳裏を過ぎり、ルイズは気だるげに顔を上げた。

 どうやら泣き疲れて眠ってしまったようで、外は大分暗くなっていた。

 

 中途半端な睡眠時間だったせいで体中に倦怠感が残るが、だからといって二度寝する気にもなれず、ルイズは時間を掛けてのっそりと体を起こし、化粧台の鏡の前に座った。

 

 

「……酷い顔…」

 

 そこまで泣いたつもりはなかったが、鏡に映る自分の目はすっかり赤くなり、ずっと枕に顔を押し付けていたせいで前髪を中心に髪もぼさぼさになってしまっていた。

 

 だが、“酷い顔”とはあくまでも()()()()()()の話。

 

 ルイズはもとより人より一歩も二歩も秀でた容姿の持ち主なのだ。例えば特大のクリスタルで出来た彫像に、磨けば直る程度の小さな傷がついたって誰も気にしないように、この程度の事でルイズの美しさはこれっぽっちも損なわれてはいない。

 

 だが、だからといって無視するわけにもいくまい。赤く腫れた目の方は時間の経過とともに治るのを待つとして、髪に関しては自分で何とかしようと櫛を手に梳き始める。こんなことでいちいち使用人を呼ぶ気にもならなかった。

 

 

「(…こんなの、ただの現実逃避…それは、分かってる…)」

 

 こうして無意味な時間を過ごしている間に、自分が置かれている状況は悪くなる一方だろう。一番最悪なのは、自分の留年、退学が、自分の居ない場所で確定してしまうこと。にも拘らず、彼女の体は行動を起こすことを拒絶するかの如く緩慢な所作で髪を梳き続けていた。

 

 脳裏に浮かぶのは、自分が召喚してしまった異国の姫君、メルルの姿。

 

 髪色や髪形こそ似ていても、メルルと自分とではあまりにも違いがありすぎると、ルイズは悲観している。だって彼女はとても強い。実際の腕っぷしや魔法の実力という意味ではなく、内面的な意味で、だ。

 

 仮にメルルが置かれている今の状況に自分がなってみたとしよう。

 

 何の前触れもなく異国の地へと召喚され、仲間や家族と引き離され、誰も自分の故郷を知らず、また帰れる可能性が絶望視されるこの状況…間違いなく、自分であれば半狂乱になり、いつものように癇癪を起こしてあたりに八つ当たりしてしまうだろう。

 

 そんな状況下で、彼女は何て言っていた?

 

 

 ――“悲観してたって何にもならないですから! ここはポジティブに考えることにします!”――

 

 

「………ぁ…」

 

 その言葉と同時に、ルイズは思い出した。

 

 あの時、あの台詞を彼女が口にして、自分が胸に抱いたものを。

 

 

 ――憧憬だ。

 

 

 自分はあの時間違いなく、メルルの強さに憧れたのだ。自分もああなってみたい。彼女のように気高く、美しく、強くなりたい。

 

 …願わくば、彼女と共に。

 

 

 髪を梳く櫛を置くのに躊躇いなどなかった。適当に放っていたマントを手に、最後にもう一度だけ鏡の前に立ち自分の姿を確認する。まだ幾分か目は赤いが許容の範囲内だ。

 

「(わかった…わかったわよ! オールド・オスマン、言うだけタダ、なんですよね!)」

 

 鏡に映ったその顔は、いつものルイズのような勝気なものへと戻っている。しかしその瞳は、強い覚悟と決意を秘めていつも以上に力強いものとなっていた。

 

 

 

 うん、と頷くその表情は、ちょっとやそっとじゃ崩れまい。

 

 

 

 …と、思っていたのだが

 

 

 

 

    『――…うぇぇぇぇぇぇっっ!!?』

 

「ぴぃっ!!? ちょ、だ、誰よ急に…」

 

 突然窓のほうから聞こえてきた絶叫に、ルイズはいつも以上に間の抜けた反応をしてしまった。

 

 折角の決意に水を差すかのような悲鳴をあげた主は一体誰なのかと窓のほうに振り返り睨み付けたルイズではあったが、はたとその表情を変えて。

 

「待って…今の声って…」

 

 その答えは出ない。今度は廊下のほうから思い切り扉を開け、走り去っていく足音が聞こえたからである。それも隣から。

 

「やっぱり…!!」

 

 先ほどの悲鳴と、今音を立てたのは間違いなく同一人物だろう。そして、それが誰なのかなんて考えるまでもなかった。

 ルイズもまた扉を開け、足音が遠ざかっていく方角へと向かい走り出す。

 

 とはいえこれもルイズは知らぬことではあるがこの2人。片やろくに体を鍛えたこともないインドア派なのに対し、片や自分の足で王国のあらゆる場所を踏破せしめた冒険者顔負けのアウトドア派だ。身体能力にも大きな開きがあり、ルイズは暫しの間階下を彷徨うことになるのであった。

 

 

……

………

…………

 

 

 部屋の中から見たあの光景が見間違いでないことを確認すべく、メルルは階段を駆け下りる。正直この程度の高さなら一気に飛び降りたって全然問題ないのだが、流石に見知らぬ土地で上階から飛び降りる、なんてのは多少抵抗があった。

 

 まぁ、3階の部屋から表の広場までの距離なんて大して離れているわけでもなく、ほんの数分で彼女は広場へと辿り着くことができた。ほんの少しだけ上がった息を整えながら、メルルは恐る恐る上空に広がる満天の星空を見上げーー瞠目する。

 

 

「月が…2つある…!」

 

 

 それは決して彼女の見間違いでも何でもなかった。ごしごしと目を擦ってみたり頬を抓ってみたりもしたが、やはりその光景に変化はない。此方を優しく照らす月は、赤と青の2つ、確かに存在しているのだ。

 

 これは驚くべきことだ。だってメルルの故郷であるアールズにおいて、月は1つだけしか存在しないからである。

 故に、この景色を見た者は通常であればこの世界の特異さに気付き、自身が異なる世界に来てしまった可能性にも気付くべきところなのだろうーーそう、()()()()()()

 

 

 残念なことに、彼女の住む王国…いや、アーランドを含める大陸全体は、お世辞にも()()とは呼べなかった。

 

 

 例えば生きていて定期的に王国中を歩き回る“森”があったり。

 

 例えば王国どころか大陸そのものを滅ぼせるような化け物の眠る火山があったり。

 

 例えば無限に続くと思われるような、謎の空間に浮かぶ回廊があったり。

 

 例えば上記で戦ったすべてのモンスターがまるで子供騙しに思えるような強大なモンスターの巣窟があったり。

 

 彼女の師匠曰く、常に夜が続く領域や石碑のようなものが浮かぶ場所もあったとかで…早い話が、上空に浮かぶ2つの月を見たところで彼女は決してここが異世界だとは思わないわけだ。思うことといえば1つだけ。

 

 

「わぁ…綺麗…」

 

 きらきらと瞳を輝かせながらも零した子供染みた呟きこそが今の全てであった。上空に浮かぶ2つの月が、自分が今遠い異国の地にいるのだということを実感させる。

 

「こんなに緑豊かな国なんだもの、きっと珍しい素材とか沢山あるんだろうなぁ…」

 

 既に一流の錬金術士となった彼女にとって、これは非常に大きなワクワクポイントだといえるだろう。

 ただ、やはり…

 

「ケイナやトトリ先生がいないのが、残念だなぁ…」

 

 こうして星空を見ていると、どうしても思い出してしまうのだ。アールズで一緒に育ってきた幼馴染と共に星空を眺めた夜の事を。

 

 

「(みんな、心配してるよね…でも…)」

 

 ケイナを始めとするみんなが自分のことを心配しているかもしれない。そう考えると、こうやって呑気に星空なんか眺めてる場合じゃないだろうとは思う。

 

 まだ試してはいないが、彼女は『トラベルゲート』を持っている。これを使えばあるいは、どれだけ異国の地であろうとも一瞬にしてアトリエに帰ることもできるかもしれない。

 

 今、それをしようとしないのは…

 

 

 脳裏に浮かんだ、1人の少女の顔。目を瞑って意識をそちらに傾けると、今にも泣いてしまいそうなその表情が鮮明に思い出される。

 

 

 ………あ…

 

 

「わわ、忘れてたぁっ!?」

「うひゃあっ!?」

「…え?」

 

 そういえば、もともと彼女と話をしようと思っていたのを完全に忘れてしまっていた。メモにまで書いたのにこれじゃあ意味がないじゃないかと声をあげると、背後から自分以外の誰かの驚いたような声が届く。

 

 それに反応して振り返ると…ばっちり、目が合った

 

「「…あ」」

 

 同じ“ピンクブロンド”という括りにあってもまるで違う色合いの2人。メルルと、そして彼女の後をついて行き、ようやくここにたどり着いたばかりのルイズは暫し見つめ合ったまま硬直する――いや、ルイズのほうは全力でメルルを探していたせいでゼーゼーとうるさいが。

 

 

……

 

 

「「………」」

 

 2人は今、広場の中央で夜空を見上げている。ルイズはメルルの3歩後ろに立ち、夜空とメルルを交互に見ているが。

 

 互いに目が合った後、気まずい沈黙を打ち破るためにメルルが『一緒にお星さまを見よう』と言い出したのだが、見ての通り横に並ぶことすらも出来ていない。まぁ、身分の違いを考えれば当然の立ち位置だとは思うが。

 

 

「(うぅ…メルルリンス姫が気を使ってくれたのに、いつまで黙ってるのよ私! いきなり本題…は、無理でも、せめて、せめて何か話さないと…!!)」

 

 自らを叱咤するルイズ、思わず自分の頬を叩きそうになるも、そんな事したら眼前の姫君に余計な心配をかけてしまうと寸でのところで手を止め、代わりに何度もかぶりを振る。

 覚悟を決めてここまで来たはいいが、やはりメルル本人を目の前にして緊張は隠せず、今メルルが振り返ればおろおろとするルイズの姿が見れることだろう。

 

 

 一方のメルルはメルルで、月を眺めるふりをしつつもうんうんと心の中で唸っていた。

 

「(うーん…ルイズちゃんが此処に来たのって、やっぱり使い魔の話をするためだよね…? どうしよう、ずっと黙っちゃってるけど…こっちから話を振るべきなのかなぁ…)」

 

 ちらりとでもいいから振り返りたいところなのだが、背中に感じる視線のことを考えると、下手に振り返ろうものならば余計に緊張させるだけだろうと判断する。

 

 …とはいえ

 

「(…このまま黙って星空眺めてるだけなんて、気まずすぎて息が詰まっちゃうよ! …うん、やっぱりここは私から話を振ろう! 多分私のほうが年上なんだしね!)」

 

 グッと胸元で拳を作り、メルルは小さく頷く。とはいえ、やはり本題を切り出すのはルイズに任せるべきだろう。だから、メルルはきっかけを与える。この空気を和らげるための手伝いをする。

 

「綺麗な星空だねー」

「へぁっ!? あ…は、はい…そう、ですね!」

 

 まずは夜空に関する感想をそれとなく零してみると、ルイズは何ともおかしな反応とともに肩を跳ね上げ無駄に大きな声で同調する。

 

 そんな様子に小さく笑みを零したメルルであったが、それは決してルイズに対する嘲りではない。とはいえ、ルイズとしてはやはり恥ずかしかったのか全身の血が頭に上ってきたかの如く耳まで真っ赤になってしまう。

 お願いだからこのタイミングでは振り返らないでくださいと、ルイズはそう願った。

 

 

「あはは、そんなに緊張しないでよ。普段お友達と過ごしてる時みたく、リラックスして普通に接してくれると嬉しいな」

「えっ、ぁっ…い、いえそんな!? いくらなんでもそれは…」

 

「う~ん…でも、私はこの国のお姫様ってわけじゃないんだし…せめて、もう少し肩の力抜いてもいいんだよ?」

「あわわっ! わ、分かりました! 分かりましたので、ふふ、振り返らないで下さいっ!?」

「えっ? う、うん、わかった…」

 

 “お友達”という単語を耳にして、ルイズの表情は曇ってしまった。なぜなら、この学院には友人と呼べる存在など居ないからである。同じ生徒どうしで言葉を交わすのは、あの憎き赤髪のエロ駄肉くらいのものだが…あの女に対する態度をメルルに向けるなんて、できるわけもない。

 

 まだ赤いままのこちらの顔を覗き込もうと振り返りそうになったメルルを慌てて言葉で制し、ルイズはほっと安堵の息を吐いてから何度か深呼吸を繰り返す。

 

 

「メ、メルルリンス姫は、夜空を眺めるのがお好きなのですか…?」

 

 いかん、何聞いてるんだ私はと浮かんだ考えに唇を噛むも、今の発言を取り消すわけにもいかず不安げにメルルの背中を見つめる。

 

「うーん、特別好きっていうわけではないよ。でも…そうだね。大切な思い出はあるなぁ」

「思い出、ですか…?」

 

 うん、と頷くメルルの口調から滲み出る感情から、その思い出が本当に大切なものなのだとルイズは察する。

 故に、ルイズは真剣な表情で彼女の背中を見つめた。続きが非常に気になったのだ。

 

「アールズで私のお世話係をしてくれてる幼馴染の子――ケイナっていうんだけど、その子と一緒に、こうして夜空を眺めたことがあるの。今よりもずっと小さい頃に1回と、割と最近にもう1回」

 

「……」

 

 その言葉に、ルイズの脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。その少女はルイズの幼馴染であり、また目の前の人物と同じ立場にあって、自分はその少女のお世話係…では無かったものの、よく一緒になって遊んだりしていたのを覚えている。

 

 それは、ルイズにとっては輝かしい記憶の一つだった。今や立場の違いから決してかつてのように触れ合うことなどできないだろうが…だからこそ、より輝いているのだ。

 

 メルルもまた、ケイナと呼んだその人物と仲が良いのだろう――自分のせいで、そんな2人の間を引き裂いてしまったのだという考えが脳裏をよぎり、ルイズは先ほどまで頭に上っていた血が一気に下っていくのを感じた。

 

 

 背後で震えるルイズの落ち込みように気付いたメルルは、振り返り向き合う形になると両手を腰に添え、ルイズの顔を覗き込む。わずかにむっとした表情で

 

「…もうっ、今自分の事責めてるでしょ? 私がここに来ちゃったのは事故であって、ルイズちゃんには怒ってないんだから、そんな顔しちゃダメだよっ!」

 

 そう告げるメルルに、ルイズは俯いていた顔を僅かに上げる。メルルにそう言われても、自分のしたことをまだ自分自身が許せていないのだろう。今にも自責の念に駆られて泣き出しそうな声と表情で、ルイズはでも…と呟くが

 

「くよくよなんてしちゃダメだよっ! ルイズちゃん、私にお話があってここに来たんだよね? そんな事じゃ、いつまで経ってもお話なんてできないでしょ?」

「っ…」

 

 子供に諭すような口調は、もしも同年代の貴族たちに使われていたらプライドの高いルイズはきっと不快に感じたかもしれないが、メルルのその口調は何の違和感もなく受け入れられていた。

 やがて、メルルはルイズの右手を持つとゆっくりと両手で包み込み、その目を見つめたまま微笑む。

 

「…私ね、始めは錬金術士になることを周囲に…特にお父様に強く反対されていたの」

「……」

 

 此処が錬金術士の学院だと勘違いしたままのメルル。

 “錬金術士”という聞き慣れない単語に一瞬疑問符が浮かびかけたルイズであったが、その疑問を今は飲み込み、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「でも、私はどれだけ周りに反対されても自分の意志を曲げたりはしなかった。我ながら凄い我儘で無茶苦茶だって、後になって少し反省もしたけれど…今は本当に錬金術士になれて良かったって思ってる。 …ね、あなたの意思…意志を聞かせて。自分が正しいと思うこと、自分がやりたいことを正直に、打ち明けて。 …何もせずに泣き寝入りだなんて、多分…ルイズちゃんらしくないんじゃないかな?」

 

「……!」

 

 まだろくに会話も交わしていないけど、メルルは確信に近い印象をルイズに抱いている。この子はきっと、幾度失敗を重ねたところで決して諦めることなく邁進し続ける子だと。

 それはまるで、錬金術士になりたてのころの自分のような。

 

 …初めて参考書を読んだ後、後先考えずにフラムを量産しようとして精神疲労が限界に達し、アトリエを爆発させたのは今はもう良い思い出だ。

 

 話が逸れたが、とにかくメルルはルイズの本音が聞きたかったのだ。地位の差などで遠慮なんてせずに、ルイズ自身が何を望んでいるのかを教えてほしかった。

 

 そんなメルルの思いが伝わったのだろう、ルイズははっとしたように目を丸くすると、徐々にその瞳に爛々とした炎が宿るのを感じた。

 

 それを見て、メルルは今一度微笑みを浮かべると、最後にルイズの両手を包む手に僅かに力を込めてから離し、一歩下がる。

 

 

「(私の意志を貫く…私は…私は、留年なんてしたくない…いや、そうじゃない…私は…)」

 

 この方の在り方を近くで学びたい。私は王族ではないけれど。この方の王族としての生き方を。誇りを。カリスマ性を時間の許す限り…そして出来るならば彼女の横で。

 

 

 ルイズは、自身の胸に手を置き目を瞑って深呼吸する。まだその手には、彼女の体温が残っている。大丈夫、もうこの意志は揺らぐことはない。

 どこか勝ち気で、そして強い決意を秘めた瞳でメルルを見据える。母親譲りの目元のおかげで若干睨んでいるようにも見えるかもしれないが、メルルは動じない。

 

 

「…私、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、は…メルルリンス・レーデ・アールズと、…」

 

 

 いざ想いを言葉に乗せるとやはり緊張してしまう。声が震えぬように気を付けつつ、さりげなくメルルに敬称を付けるのを忘れてしまったことに内心慌てるも、メルルはむしろ呼び捨てで呼ばれたことが少し嬉しそうだ。

 

 

「つ、使い魔の契約を交わすことを……望みます…!」

 

 

 目をぎゅっと瞑り、後半は少し叫ぶようにして言い放った。そこに込められた万感の思いを真正面から受け止めて、メルルもまた目を瞑る。

 

 

「(この感じ…トトリ先生も、私に弟子になりたいって言われた時はこんな感じだったのかな…いや、物凄い驚いてたから、違うのかも)」

 

 思わずそんな風に考えるも、浮かべそうになった思い出し笑いはなんとか表に出さないで済んだ。

 

 ゆっくりと目を開け、夜空を見上げる。満天の星空に思い浮かぶのは、ケイナと2人で夜の散歩に出かけた時に判明した、幼い頃の2人の願い。

 

 

「(ケイナ…トトリ先生…お父様…みんな…ごめんなさい。きっと皆心配してるとは思うけど……でも、目の前の女の子を見捨てて帰るなんて私には出来ないよ)」

 

 それに、そもそもそんな事をしたら皆に怒られちゃいそうだ。ケイナは人一倍自分の事を心配するとは思うけど…大丈夫、私たちがずっと一緒だっていう願いは、忘れたわけじゃない。

 

 

「…うんっ! 私、メルルリンス・レーデ・アールズは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔になることを、了承します!」

 

 

 快活な笑みと共に、メルルもまた叫んだ。やはり幾つかの条件付きにはなってしまうが、そこは理解してもらうしかない。

 

 そんなメルルの言葉を受けたルイズ…彼女は、ぽかんとした表情を浮かべたまま、動かない。

 

「……あ、あれ…? お、おーい…ルイズちゃーん…?」

 

 というか、さっきからナチュラルに“ちゃん”付けで呼んでいるのだが、その辺の指摘もいまだに無い。ひらひらと右手をルイズの目の前で振ると、ルイズは自分で自分の頬を抓った。夢じゃないことを確認し、ぱっと手を放して…

 

 

 ボロボロと、大粒の涙を流す。

 

「えっ、えぇっ…!? ちょ、っ…ル、ルイズちゃん大丈――」

「うぅあぁぁぁぁぁぁんっ!! ひぐっ、すみま、せん…っ…でも、ぉ…うっく…うれし、過ぎてぇ…う、あぁぁぁんっっ!!!」

「……」

 

 さすがに想定外の反応だったか焦るメルルであったが、そんなメルルを見て必死にかぶりを振り、泣き始めた理由がルイズから語られるとメルルもまた一寸目を丸くし、やがて『そっか…』という呟きと共に顔を綻ばるのであった。

 

 

……

 

 

「……み、見苦しいものをお見せしまして、申し訳ありません…」

「あはは、そんなに気にしないでよ! ルイズちゃんが泣いちゃったその気持ちも、よく分かるし!」

 

 ごにょごにょと消え入りそうな声で謝罪の言葉を口にし背中を丸めるルイズに、メルルはいつものような笑顔で右手を左右に振る。

 

 メルルは励ましとかそういった意図はなく純粋に思ったことを述べているのだろうが、ルイズとしてはますます恥ずかしくなる一方だった。

 

 

 …だがしかし、その直後のメルルの発言を耳にして、ルイズの抱いた羞恥心など空の彼方へと吹き飛ぶことになる。

 

 

「…それじゃあ、早速“コントラクト・サーヴァント”、だっけ? それをやろっか!」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

「………ぶふぅっっ!!?」

 

「うひゃあっ!? な、なになに!? 私、なんか間違えた!? ルイズちゃん大丈夫!!?」

 

 沈黙を置き、そして盛大に噴き出して咳き込み始めたルイズにメルルは心底驚いたように飛び退き、そして慌てて駆け寄って背中を摩る。

 

 ここは素直にメルルの厚意に甘えながらも、ルイズは混乱していた。てっきり使い魔の儀式を結ぶ上で条件などをしっかりと話し合った後、コルベールやオスマン立会いの下でコントラクトサーヴァントを行うものだと思っていた…いや、コルベール達の目があるのはそれはそれで≪≪恥ずかしい≫≫が。

 

 

「ごほっ……けほけほっ……メ、メルルリンス、姫ぇ…ほ、ほほ、本気ですか…!?」

 

 ルイズはメルルの事をメイジだと思っている。マントを付けてるし杖を持っているし王族なんだし…そして、メイジである以上コントラクトサーヴァントを行う上で絶対に略す――神聖な儀式に“省略”なんてそもそも無いが――ことの出来ない≪≪ある行為≫≫についても勿論知っていると思っている。

 

 

「え? そりゃもちろん本気だよー。思いついたがすぐ行動! ってね!」

 

 言うまでもなく実際はメイジでも何でもないメルルはコントラクト・サーヴァントなんて知らない。コルベールから聞いていた“コントラクト・サーヴァント”という単語自体すでに忘れかけていたのだから、ルイズは気付くべきであった。

 

 相変わらず人を惹きつける屈託のない笑みを向けられて、ルイズは無意識のうちにうっとりしてしまい…慌ててかぶりを振った。

 

 

「(メ、メルルリンス姫は本気だわ…! この方が覚悟を決めたのに、私がウジウジしてどうするの…! 勇気よ! 勇気を出すのよルイズ!! これはとてつもなく名誉なことなんだから!!)これは儀式、これは儀式、これは儀式…必要なこと必要なこと必要なこと…」

 

「…え、えぇーと、その…ル、ルイズちゃーん…? なんだろう…パメラさんより怖い…」

 

 心の中で自らを叱咤しつつ、ぶつぶつと呪文のような呟きを漏らすルイズははっきり言って不審の極みにいた。

 

 メルルもこれには思わず引いてしまったが…『ひどぉーい!』なんて聞こえてきたどこぞの幽霊少女の幻聴は無視だ。

 

 

「メ、メルルリンス姫!!」

「は、はいぃっ!?」

 

 くわっと顔を上げたルイズに名を呼ばれ、メルルは反射的に背筋をピンと伸ばして返事をする。

 不敬だとかそんな考え、この後にする行為を考えたら全然気にならない。

 

 

「私も覚悟を決めました…! そ、それでは…コントラクト・サーヴァントを行います…!」

「(か、覚悟…?)う、うん…えっと、私はどうすればいいのかな…?」

 

 未だに使い魔=ホムくん達的なポジションという近いようで近くない勘違いをしているメルル。しかし、彼女はホムくん達…ホムンクルスがどうやって生まれたのか…いや、それは錬金術でだと分かっているが、ホムンクルスを生み出すための“材料”を知らない。

 

 前に聞いたときは、師匠であるトトリが妙に頬を赤くして『メルルちゃんにはまだ早いかな…』なんて言われ、食い下がろうにもお茶会などで逃げられた。

 

 …話が逸れたが、とにかくメルルは不安だった。何かする必要はあるのかとルイズに尋ねてみると、ルイズは(メルル的に)とても短い杖を取り出して

 

「メルルリンス姫はそこで立ったままで大丈夫です…あの…頑張りますから…!」

「へっ? …う、うん…」

 

 指揮者のタクトのような杖を握りしめ深呼吸をしてから、ルイズは気合の入った瞳でメルルを見据える。

 

 前向きなのは良い事なのだが、なんだか互いのテンションの差が気になる。しかし、今更水を差すような真似は出来ず、寧ろ1人の錬金術士として、これからルイズがすることが何なのか強い興味を抱いていた。

 

 

「(あれって錬金術士の杖、だよね…でも、あんなに短い杖じゃ釜なんて掻き混ぜられないだろうし…あ、でもでも、アストリッドさんも杖なんて持ってるところ見たことないし…もしかしたら、私の知らない錬金術を使うのかも…!!)」

 

 なんて、気が付けばメルルの瞳はキラキラと輝いている。

 生憎と集中していた為にルイズはその事に気付かず、いよいよ高まった精神集中と共に、呪文が紡がれることとなる。

 

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ――」

 

 静かに、ゆっくりと紡がれる言霊に、メルルはどこか心地の良さを感じていた。額に杖が置かれ、ふと気が付くとルイズは顔を赤くさせたままもじもじとして――声は発さず口だけを動かし、メルルに伝えた

 

 

 

 

 ――失礼いたします

 

 

 

 

「―――………っっっ!!!??」

「っ…――」

 

 

 瞬間、ふわりと非常に上等なものと分かる香水の香りがメルルの鼻腔を擽る。そして、目の前に高い熱を発する存在を感じ――自身の唇に、何か柔らかな感触が当たって、メルルは目を見開いた。

 

 反射的に暴れるような真似はしなかった…完全に、凍り付いてしまったからだ。

 

 驚愕と疑問でゴチャゴチャになった意識の中で、非常に強い心臓の鼓動が耳に届く。自分のものではない…いや、おそらく自分の心臓も今驚いて高鳴っているだろうが、これは自分ではなく、ルイズのものだ。

 

 

 実際には数秒にも満たない…しかし体感的には非常に長い接吻を終え、どちらともなく離れるとルイズは心底気まずそうに真っ赤にした顔を俯かせながらももじもじと動き、メルルは自身の口元に右手を添えたまま未だに硬直してしまっている。

 

「…あ、あの…だ、大丈夫ですっ! 今のは、た、ただの儀式による形式的なものですしっ!? わわ、私たちは女の子同士ですしっ!? あの、わ、私も初めてでしたし…」

 

 完全に硬直しているメルルを見たルイズの必死のフォロー。ただ、最後のは決してフォローになっちゃいない、寧ろ強引にコントラクト・サーヴァントを行わせたメルルの罪悪感を抉ってきた。

 

 

「――…っ、…熱ちちっ!? な、なに…!?」

 

 いつまで経っても呆けたままのメルルの意識は、突然引き戻された。左手に突然強い熱を感じ、慌てて左手を持ち上げ甲の部分に視線を落とす。

 

 …因みにこの時に感じる熱は、普通の人間ならば蹲るなり転げ回るほどに強いはずなのだが…さすが炎耐性100は格が違った。

 

 

「あ……使い魔の、ルーン…」

「…“使い魔のルーン”?」

 

 熱が治まると、左手の甲に見慣れない文字のようなものが刻まれていた。傷1つなかった姫君の柔肌にこんな無骨なルーンを…と考えると激しい罪悪感を感じるが、当のメルルはショックよりも好奇心のほうがはるかに勝っているようで、ルイズが零した呟きを反芻してはじろじろとルーンを見つめている。

 

「は、はい…コントラクト・サーヴァントが無事に成功した証明になります…」

 

 思えば、オールド・オスマンからの説明を受けていた時だって彼女は“使い魔召喚の儀式”を初めて聞いたとでもいうような態度だった。

 国が違えば常識も変わる…それを完全に失念し、説明を省いた自らの失態に今更ながら気づいたルイズは、目に見えて落ち込んでいく。

 

 だが、メルルはというと…

 

「へぇ~、そっかぁ…これで、私は晴れてルイズちゃんの使い魔になったんだね! お帰りなさいませ、マスター…こんな感じでいいのかなぁ?」

 

 本当はルーンに関しても色々と秘密があるのだが、それよりも何よりも無事にルイズの使い魔になれた事が嬉しいのか偉く燥いでいた。礼儀正しい言葉遣いと礼は言うまでもなくホムちゃんの真似だ。

 

 ぽかん、と何度目かになる間抜けな表情を晒したルイズであったが、ハッと我に返るとぶんぶんとかぶりを振って

 

「そ、そそそんにゃことっ!? ほ、ほらオールド・オスマンも言ってましたけど使い魔と主人というのは単なる肩書で! 実際にはこの学院の賓客なわけで! わわ、私のことはどうぞ『ルイズ』と…あぁっ! そういえば今まで『ちゃん』付けで呼ばせてしまって、私はなんてことを…!?」

 

 ころころと表情やテンションの変わるルイズにやや圧倒されつつも、メルルはうーん、と考える。

 彼女は普段から敬った接し方をされるのが得意ではない。それこそ仕事の時のケイナやルーフェス、ステルクなどには敬語で接せられるが、それでも欲を言えばもっと気楽に接してほしいというのが本音である。

 

 だから、メルルは『いーえ!』と首を振る。

 

「ダメです! 私はマスターの使い魔なんですから、ちゃんとマスターのことを尊重しないと…!」

「え、えぇっ…!?」

 

 本来、使い魔が主人を敬うのは当然のことだ。しかしルイズは、その当然のことをされたら非常に困る。異国とはいえ姫君に敬語を使わせ自らを敬らせているだなんて皆に…家族に…母に知れたら…

 

「(こ、殺されちゃう…!)」

 

 それはさすがに心配しすぎだが、ルイズは心底震え上がっている。

 カタカタ震えるルイズを見て、メルルはやがてフッとほほ笑むと人差し指を立てた右手をルイズの前に突き付けて。

 

「ただし! それが嫌なら、もう1つだけ選択肢があります!」

「えっ…?」

 

 それはさながら、地獄に垂らされた一筋の光…蜘蛛の糸だ。その地獄にいるのはルイズ1人だけなので、糸を掴んで上るのは容易い…筈。

 

 

「そ、その選択肢とは…?」

「うん、その選択肢とは…」

 

 ゴクリ、とルイズは喉を鳴らす。それを見て、メルルはふふんと得意げに笑った。

 

 

「…ズバリ! 私と“対等な友人”として接すること!! …あ、もちろん畏まった場所ではちゃんとマスターを敬いますよ?」

 

「……ふぇっ? ……えぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!??」

 

 

 いい加減寮にいる生徒から騒音で文句の1つでもきそうだ。まさか、マスターとして敬われるか友人として接するかの二択を提示されるとは。

 …彼女に隷従するという選択肢がないことを恨めしく思うとは、夢にも思わなかった。

 

 

「ひ、ひえぇぇ…メ、メルルリンス姫ぇ…そ、その2つは、余りにも…あまりにも酷な…!」

「私は心を鬼にするよ! さぁさぁマスター、決断の時だよー!」

 

 素直に頼んだってきっとルイズは『畏れ多い』と恐縮してしまうだろうから、逃げ道を塞いだ。そして、さり気無く既にフランクな口調になっている。

 

 提示された選択肢じゃあ、答えは既に決まっているも同然。ぷるぷると震えたのち、ルイズはやけっぱちになって叫ぶ。

 

 

「っっっ~~~~~!!! あぁっ、もう!! 分かりました…いいえ、分かったわよ! 私の事は、マスターじゃなくてどうぞもっと呼びやすいように呼んでくださ…呼んで!」

 

 逃げ道を塞いで追い詰めればきっと自棄になるだろうと、これもまたメルルの計画通り。ただ、あんまり追い詰めすぎても可哀想だしストレスを貯めてしまうから、メルルはルイズの右手を自身の両手で包み込むと、その荒ぶった感情を落ち着かせるように柔らかく微笑んだ。

 

 

「…ありがとう。とっても嬉しいな! それじゃあ、ルイズちゃん…私の事も、メルルって呼んでね!」

「っ……分かった、わ……メルル…」

 

 人の事を愛称で呼ぶ経験など、ルイズにはまるで無かった。だから、姫君を愛称で呼んでしまう不敬云々よりも、只管に緊張していた…同時に嬉しくもあり、ぶっきらぼうに名前を呼ぶルイズの顔は耳まで真っ赤だった。

 

 ルイズが完全に肩の力を抜いて自分に接するのには少し時間がかかりそうだ…でも、確実に自分たちは≪≪友好度を高めている≫≫のを感じる。

 

 大丈夫、私たちは友達になれる。そんな強い確信を胸に、メルルは笑った。心底嬉しそうに、夜空に太陽が浮かんだのではと思わせるほどの、明るい笑顔で。

 

 

「――…うん!! 宜しくね、ルイズちゃんっ!!」

「…えぇ、こちらこそよろしく、メルルっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルケギニア大陸、トリステイン魔法学院の広場の中央で、こうして2人の少女は契約を交わす。

 

 伝説級の才能を持つ“アールズの錬金術士”と呼ばれる少女と、“ゼロ”のあだ名からやがて“トリステインの錬金術士”と呼ばれるようになる少女の物語は、ここから始まるのであった――

 

 




 
後半少し駆け足すぎたかな…?ジェイソン反省…←

冗談さておき、これにて当作品は終了です。連載を希望していただける方がとても多くて嬉しい気持ちになりましたけど、やはり連載の予定はないです。申し訳ございません…;;

ただまぁ、もしも違うキャラが召喚されたら…的なifストーリーには興味があります。やはり実行に移すかはわかりませんが…。


話はガラリと変わりますが…メルルちゃん、別に3階くらいの高さなら階段使わず飛び降りても多分平気なんでしょうね。砦から飛び降りれるくらいですもんね←


それでは恒例(?)のアレを最後に、〆とさせていただきますosz


~キャラクター説明とルイズ達との今後③~
【カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール】
 ルイズが使い魔であるメルルを伴って領地へと帰郷した際、一目でメルルの強さを見抜く。
 自身の愛娘を守る使い魔の実力が知りたいと模擬戦を申し出て、耐性のない風の魔法で圧倒する。最後は『ガンダールヴ』とアイテムの力を発揮したメルルも巻き返し膠着状態に陥るが、「演習場どころか屋敷が壊れる」とのルイズの言葉に引き分けという形で終わる。
 メルル曰く、「ジオおじさまと同じかそれ以上に強いかも…」
 …果てしておかしいのかジオなのか、カリーヌなのか…メルルは間違いなくおかしい。
 メルルが姫君だと知った後の表情は、ルイズ達をして「珍しいものを見た」とのこと。
 初期レベル:50 交友値:30
「真・真の師匠…は、やめておいたほうがいいよね…」
「……?」

【エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール】
 メルルがルイズの使い魔だと知った後、「貧弱そうだ」と扱き下ろす(無用な混乱を避けるようにと、メルルは王冠とマントを外し、杖を隠していた)。
 その後、カリーヌとの一騎打ちを経てメルルの実力を知り、そして彼女が異国の姫君だったと知って顔面が真っ青になった模様。皮肉にもその姿は出会った当初のルイズそっくりだった。
 余談だが、メルルとルイズが帰った後、エレオノールの部屋には見知らぬ“クマのぬいぐるみ”が飾られるようになり、夜な夜な屋敷を徘徊するエレオノールが目撃されるようになった。
「エレオノール様? こんなお時間に如何…」
「あらぁ、こんばんわ~。草木も眠る丑三つ時…本当に良い夜ね~♪」
「…(えっ、誰コレ!?)」

【カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ】
 王冠やマントを外しているはずのメルルを見て、一目でやんごとなき身分にいる人物だと見抜く。
 姉妹のいないメルルにとっての姉的な存在となり、また錬金術の事を知ったルイズはメルルにカトレアの病気を治せる薬を調合してほしいと頼まれていた。持ってきていたエリキシル剤で治ったかと思われていたが一時凌ぎにしかなっていなかったことが後に判明。
 落ち込むメルルであったが、ルイズやエレオノールの叱咤やカトレアの励ましを受け、そして仲間たちの協力を得て『メリキシル剤まーくつ~』を作成し、完全治癒に成功する。
「あぁ…これが野原を自分の足で駆け回る感覚なのね…メルルちゃん、本当にありがとう…」
「うぅ、ぐすっ…本当に良かった…って、あぁっ! き、木登りはさすがにはしゃぎすぎですよぉっ!」

【キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー】
 元々はタバサの言もありメルルに対して警戒心を抱いていたが、少し会話をしただけで警戒心を抱いていた自分が馬鹿馬鹿しくなり、良き友人の1人となる。
 錬金術には多少の興味もあったが、残念ながら才能がなかったことと、始祖ブリミルの魔法とは大きく逸脱した技術であることから早々に習うのを諦める。
 メンヌヴィルが魔法学院を襲撃した際、あっさり捕まったメンヌヴィルを救出しようとする彼の配下に人質に取られ危うく殺されかけるも、コルベールによって助けられ彼に心底惚れる。
 その後は彼の研究室兼工房に入り浸るようになり、彼女のお陰で火力が強化され武器・防具の分解が可能になる。
 個人依頼は攻撃アイテムが多め。あと、コルベールがたびたび言い訳にしている『年の差』を解消すべく、『若返りの薬』もメルルに作らせようと画策している。
 初期レベル:15 交友値:0
「コルベールさーん! 頼まれてたアイテムの納品、に……」
「あぁん、熱ぅい…ねぇ、ジャン…貴方も服なんて脱いじゃいましょ…?」
「ミ、ミミ、ミス・ツェルプトー!? 何故、私の服を脱がせるのです…というか、なにか着てくださいませんかっ!?」
「んもうっ、ジャンってば相変わらずお堅いんだから…でも、そんなところも、ス・テ・キ♡」
「……お、おじゃましましたー…」

【タバサ(シャルロット・エレーヌ・オルレアン)】
 ギーシュとの決闘騒ぎの際、不可思議なアイテムを用い戦うメルルの姿に、幼い頃に読んだ絵本に出てきた“黄金(きん)色の杖をかざす魔法使い”を幻視する。
 その後は未知の錬金術にも興味を抱くようになり、才能に寄るところの多い錬金術を才能のみならず気合と努力で身に付けていく。
 母の心を狂わせたエルフの毒を治癒する薬をメルルに依頼し、『エリキシル剤』と『メリキシル剤』を渡されるも、どちらでも母を癒すことは出来なかった。
 カトレアとの一件もあり、落ち込んだ状態から奮起したメルルにつられる形で自らもまた徹底的にエルフの毒の事を調べ、そして夢に出てきた“謎の黒髪眼鏡の女性”にヒントを与えられる。
 そのヒントをもとに、メルル、ルイズと共に『メリキシル剤まーくつ~』を完成させ、カトレアと母、2人の病気を治すことに成功した。
 個人依頼は薬と食べ物が多い。後半は食べ物ばかりになる。
 時折メルルを見る目が熱っぽくなる人その3。
 初期レベル:20 交友値:0
「……“白銀(しろがね)を身にまとう異国の騎士”様って、メルルの国に居る…?」
「えっ…? あ、あー…うん…居る、けど…」
「! ……ホント?(キラキラ」
「う、うん…(頭に“自称”が付くんだけどね…)」

【ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール】
 メルルを召喚し、使い魔にした“ゼロ”の少女。王族でありながら誰にでも自然体で接するメルルの在り方に憧憬を抱き、学院を卒業するまでの2年間、その後はアールズに帰る手段が見つかるまでという条件付きでメルルを使い魔にする。
 自分たちの世界にはない“錬金術”に興味を抱き、また自身にその才能があると分かると彼女に弟子入りし、その1日目で彼女の部屋を爆発させてしまうという失敗をしでかす。
 しかし、結果的にそのお陰で学院領内に自分たちのアトリエを建てる許可を得ることができた。
 フーケやワルドとの戦い、そして虚無の魔法への目覚めを経てメイジとしても錬金術士としても成長した彼女には、沢山の“道”が待ち受けていることだろう。
 そして、その道のどれを選んでも、彼女は伝説の“虚無”のメイジでありまた、“トリステインの錬金術士”となっていることだろう。
 錬金術士独特の衣装に関して、実は密かに憧れていたりもする。
 個人依頼は錬金アイテムかパイが多い。マグロの目玉パイは(ry
 初期レベル:3 交友値:10
「さて、今日は何を作ろうかな?」
「うむむ…ここは手堅くヒーリングサルヴ…いえ、竜の秘薬でいくわ!!」
「えぇっ!!? 無理無理!! 絶対無理だよ!?」


「…これは…」
「うん…“アレ”、だね」
「よし…いくわよメルル!」
「オッケーだよルイズちゃん! せーの…」








「「たーる!」」

 
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