春香さん、千早さんと顔合わせをした後、俺は社長に呼ばれて会議室に来ていた。
恐らく、研修の続きだろうか。
「さて、アイドル業界の基本を学んでもらい、アイドルとも……と言っても二人だけだが、挨拶したところで、研修の続きと行こうか」
「はい、お願いします!」
アイドルとの挨拶の前は仕事の種類がメインだった。
じゃあ次は……?
「うむ。ひとまずスケジュールを組んでもらおうと思う」
「スケジュールですか?」
確かに、実際にアイドルのスケジュールを決める練習として重要になるだろうな。
……この時はそんな風に考えていた。
ここから想定外の方向に進んでしまうとは、この時の俺は想像もしていなかった。
「では、スケジュールの票を渡そう」
そう言って社長が渡してきたのは春香さんの名前が記載された来月の予定表(白紙)だった。
出勤できないところは×印が書かれており、仕事可能な場所は仕事が可能な時間帯も記載されている。
「これは春香さんの予定表ですか? まだ何も記載されていませんが、来月、つまり、来週以降の予定表ですよね?」
「うむ。来月のスケジュールがまだ決まっていなくてね。研修ついでに君に組んでもらおうと思っているのだ」
「なるほど……」
……って、何だこれ!?
「通勤時間、二時間……!?」
「うむ。彼女はかなり遠くから通勤していてね」
「……」
これはさすがに想定外だ。
仕事の場所次第じゃこちらが春香さんの家に迎えに行って出発した方が良いかもしれないな……。
まあ、仕事の場所を選ぶわけにはいかないし、どうすることもできないが……。
「それは……確かに大変ですね。電車での移動とはいえ、毎日片道二時間は……」
「うむ。自宅通いだから仕方ないが、負担はかなり大きいと思うよ。事務所に来るときは始発に乗ってこちらまで来ているようだ」
そこまでしてるのか……凄い熱意だな。
尚更……成功させてあげたいな。
「えっと……それで、組める仕事と言うのは……」
「ああ、それはこちらに載っている。我が社で受けられる仕事の一覧だ」
社長に渡された紙に目を通す。
営業、オーディション、ライブ、フェス、資金営業、レッスン……。
大部分が首都圏の仕事になっているな……。
「当然だよ。我が社はそこまで名前が売れていないからね……。それに、近場から固めるのは基本だよ。地盤を固めずにあちこち出向いても、上手く行かないことがある」
「なるほど……。各地に手当たり次第に出向くのは、まだ売れていない現状では避けるべきですね……」
いずれ有名になればそちらにも手を伸ばせるだろうが、今はまだ早いのか。
首都圏だけのご当地アイドルで終わらせるわけにはいかないし、将来的には全国的に知られるようになってほしいけど。
「ふむ……まずは営業でしょうか?」
ラジオのお仕事が丁度用意されている。
トーク番組ならいいんじゃないだろうか?
「そうだね。アイドルのトークラジオらしいが、天海君にはうってつけだろう」
「知名度を上げるためにも最初は営業を重点的に、でしょうか?」
春香さんの歌やダンスの腕前が分からない以上、いきなりオーディションやフェスは避けた方が良いだろう。
そして資金営業をやる余裕も無い、となると、もう必然的に営業しかないな。
可能なら俺も同行して、春香さんのサポートが出来ればいいんだが。
「おっと、余っている時間にレッスンを挟むべきだよ。ラジオ番組の収録が終わった後の空き時間は、レッスンを挟むべき時間だ」
「あ、確かに……」
時間は限られているんだから、当然レッスンも入れていかないとな……。
少しでも上達してもらって、オーディションに合格できるように……。
「それだと、春香さんの最初の予定はこんな感じでしょうか? ラジオの仕事とレッスンになりますが……」
「ラジオの収録さえ終われば大丈夫だよ。それに、収録が長引いてレッスンの時間に遅れるなら君からこちらに連絡してくれれば対応しておく。あくまで空き時間に入れただけだからね」
……?
スタジオなどを借り切って専属のコーチを付けてもらうんですよね?
ずいぶん気楽に入れてますが……。
「ああ。その日は他のアイドルの子のレッスンがある日だ。可能なら同時に受けさせてあげたいが、どうしても仕事の時間というものは予定と実際でずれがあるからね。途中からの参加になるかもしれないが、よくあることだよ」
「は、はあ……」
そんなアバウトで良いのか……。
「例え一時間のレッスンでも、それを重ねるかどうかで結果は変わるはずだ。私はそう信じているよ」
「積み重ねた時間は力になる、と言う事ですか」
……確かに。
ほんの少しずつでも、毎日土を積み重ねればいずれは山になるだろう。
そこまでの時間は途方もないかもしれないけど、それでも無駄にはならないな。
「……ええと、次の週は……」
「予定を入れた週と同じラジオ番組があるね。前の週で上手く行けば常連にしてもらえるかもしれないね」
「なるほど……」
最初の仕事を成功させればラジオ番組の常連になれるかもしれない、と言う事か。
……ところで、春香さん本人と話し合って決めなくてもいいのか?
「ああ、そうだね。やはり本人と話し合うのが一番だろう。天海君を呼んでくるよ」
「分かりました」
本人の意思を無視して仕事を押し付けるわけにもいかないだろう。
もちろん、向き不向きは考慮するけど。
「えっと……社長が「プロデューサーが呼んでる」って言ってたんですけど……」
「ああ、春香さん。今予定を組んでいるのですが、やはり勝手に決めるより春香さんの声も聞いて組んだ方が良いかなと思いまして」
「へ? 私が口出しして構わないんですか……?」
「……? ええ、当然ですよ。『家に帰って休みたいから全部お休みが良い』みたいな事を春香さんが言うようには思えませんので」
「……(美希、多分この人がついたらサボれなくなりそうだね……)」
黙り込む春香さん。
……まさか春香さんがそんなことを考えてたとか?
無いな。それなら一年も頑張る前に、さっさと引退して家で引きこもってるはずだ。
「えっと……ちょっと、事務所の仲間の事が浮かんじゃいまして……」
「765アイドルの仲間ですか?」
千早さんや竜宮小町のメンバー以外にも居るという事かな?
「よく事務所で寝ている子なんですけど……」
「……はい?」
……その子何しにここに来てるの?
家で寝てるのとどう違うんだ……。
「「あんたは才能はあるのに、そんなに怠けてるから売れないのよ!」って、よく律子さんが怒ってました」
「な、なるほど……」
それはまた相当な問題児だな……。
仮にその子をプロデュースするなら、本人のやる気を引き出すことが一番重要か。
「って、また話が脱線しちゃってます!?」
「気にしなくていいですよ。そういう話も、私からすると非常にありがたいです」
「え、そうなんですか?」
「ええ。ネットの情報だけではどうしても情報が足りませんし、何より「素顔」の部分が分からないので」
「素顔、ですか?」
「はい」
まさかアイドルのプライベートな面を載せてるわけがないだろう。
春香さんがさっき言ってた「怠け者の子」だって、事務所の紹介を見ただけの俺じゃ誰か分からない。
事務所が用意している「アイドルの紹介画像」だけを見て「この子怠け者っぽい」とか一目で分かる方が稀だ。
そんなぐうたらシーンを紹介画像に載せるとも思えない……。
「そうだったんですね……」
「意外でしょうか?」
恐らくステージの上では見られない一面を重点的に見ることになるだろう、とは思ったのだが。
事務所の中でも「外の人に見せる仮面」を被り続ける所もあるかもしれないけど、少なくともここの事務所でそれは無いだろうな。
「……えへへ。実はちょっとだけ、そう思ってたりします」
「何故ですか?」
……ふむ。
少なくとも自分は、何も知らないからこそ丁寧に対応しようとしているだけなんだけどな。
「空いてる所に全部お仕事を入れてもらった状態の予定表をポンと渡されるのかなって思ってましたから」
「さすがにそれはしないですよ」
……そのぐうたらな子の状況やプロデュースの状況次第ではやるかもしれないが。
来週のラジオ番組とか、成功して常連になれたらその先もしばらく予定に入れ続けられるからな。
「ラジオ……そうです! 今日、これからそのお仕事入ってるんですよ!」
「え? ……本当ですか!?」
と言うことは、今日成功させないといけないという事か!?
……春香さんのスケジュールを組むはずが何だかとんでもないことになってきてないか?
「ああっ! そう言えば地図や資料渡されたのに私まだちゃんと確認もしてない……!」
「落ち着いてください春香さん! ひとまず、その地図、そして資料を見せてもらえますか?」
「へ? は、はい!」
地図と、資料とはとても言えないホッチキスで止められた紙数枚の束を受け取る。
……来週行く予定の場所と同じラジオ局、時間はこれから一時間後。
内容はアイドルのトーク番組。
時間は…………ここからなら、変に準備しなければ間に合うな!
「……どうしよう。ラジオ番組の後レッスンなのに、レッスンの準備何もしてない……!」
「……ひとまずラジオの仕事に向かいましょう。せっかくの仕事で遅れるわけにはいきません。レッスン用の服は……音無さん!」
会議室の戸を開け、事務所の机に向かっている音無さんに呼びかける。
「は、はい!」
「春香さんのレッスン用の衣服の準備お願いします! これからすぐ出なければいけないので、ラジオの収録後に事務所に取りに戻ります!」
「わ、分かりました!」
「社長! 春香さんをラジオ番組の収録現場に連れていくのでしばらく出ます!」
「うむ、頼んだよ君!」
外出許可とレッスン用の衣服はこれで良いだろう。
次は……。
「春香さん、出来る限りのフォローはします。急ぎましょう! 遅れてしまってせっかくの仕事が無くなったら大変です!」
「は、はい! ……行ってきます!」
スケジュールを決めるだけのはずだったのになんだかとんでもないことになったな……。
とにかく、春香さんの仕事を成功させないと!