「……間に合いましたね。さあ、早く入りましょう」
「は、はい!」
……文字通り「いきなり」ではあったが何とかラジオ局には間に合った。
30分前の到着は社会人として最低限のマナーだ。
移動中、春香さんに聞いてみたところ、レッスンに意識が行き過ぎてこの仕事の事を完全に忘れてしまっていて、ラジオの話で思い出したとの事。
社長……スケジュール決める前に今月の予定から教えてくださいよ……。
あの時春香さんを呼んでなかったら、仕事がいきなり無くなるところでしたよ?
「おはようございます!」
「おはようございます。……もしかして、今日のアイドルトークの方でしょうか?」
「はい! 天海春香です! 本日はよろしくお願いします!」
まあ、もう大丈夫だろう。
とりあえず後は、春香さんを見守って……。
「え、電話? ……失礼します……えええええ!?」
「?」
……ラジオ番組のスタッフが電話を聞いて驚きの声を上げている。
もしかしなくても、いきなりトラブルなのか……?
「た、大変です! 『ボイコッター』のメンバーの乗った電車がトラブルの影響で止まってボイコッターの到着が間にあわないと……」
「なんですって!?」
……トラブル!?
なんでまたこんなタイミングで……。
「……あ、緊急ニュース」
もしかしなくても嫌な予感がするが……。
……。
「線路上に入ってきた野生動物を電車が撥ね飛ばしてしまい、このトラブルの処理のために電車が止まってしまった。復旧の目途は立たず……。タイミング考えろよ野生動物……」
不味いなこれは……。
「ど、どうします? アイドルが到着できなかったら始められませんよ?」
「し、しかし、もう時間は無いんですよ……?」
「ぷ、プロデューサーさん……」
「……春香さん。少し話してきます」
出来るか分からないが……何もしないよりはマシだろう。
「あの、少しよろしいですか?」
「え? ああ、765プロの……。申し訳ありません、せっかく来ていただいたのにまさかこんなトラブルに……」
「このラジオの内容、本来はどういう物だったのか教えて頂けますか?」
「え? ああ、アイドル同士のトーク番組なんですよ。ボイコッターとそちらの天海春香さんがこちらから振ったネタを使って自由に喋ってもらう内容をそのまま放送する企画だったんですが……」
……なるほど。
「可能かどうかは分かりませんが、別のアイドルを呼べるとしたらアイドルの差し替えは可能ですか?」
「い、今からですか!? うーん、どうでしょうか……」
「……放送できないよりはマシですし、もしあてがあるなら構いません。ただ、間に合うでしょうか?」
「聞くだけ聞いてみます」
社長に電話して……と。
『ん? 君か、どうしたのだね?』
「社長。春香さんのラジオ番組でトラブルが起きました。相手のアイドルさんが来られないとの事なので、手の空いている765アイドルを至急一人送ってもらいたいのですが」
『よし、わかった! 送るからしばらく頼むよ!』
「了解です!」
……アイドルの手配はした。
問題はアイドル到着までの時間稼ぎだな……。
「手配はしました。30分もあれば到着するかと」
「そうですか! ……となると次は、そこまでの時間稼ぎですね……」
「放送を遅らせることはできないのですか?」
テレビ番組ならよくあることだけど……。
「申し訳ありません。時間はきっちり管理されていまして……」
「カツカツのスケジュールで余裕はない、と言う事ですか」
まあ、仕方ないな。
となると……。
「時間通りにトーク番組をやる必要がある。最初の数分稼がなければいけない……」
その数分をどう稼ぐか……。
「スタッフさんと春香さんのトークで時間を稼げないでしょうか?」
「我々と天海さんの会話でですか?」
アイドルですらない部外者が突然出演するよりはいいだろう、と思う。
どうだろうか?
「わ、分かりました! 少しでも長く時間を稼いでみせます!」
「春香さん、しばらくスタッフさんと話して時間稼ぎをお願いします。765アイドルが到着すれば、後は予定通りに進められます」
「は、はい!」
……これで大丈夫だろうか?
もう番組の時間だ!
「皆さん、おはようございます! アイドル★トークのお時間です! アイドル達の意外な素顔が分かるかも? なこの番組、今日も元気に始めていきましょう!」
「今日のアイドルなんですが……残念ながらボイコッターの皆さんがトラブルで来れなくなってしまいまして……代役として別のアイドルが来ていただくことになっています! ですよね、天海春香さん?」
「はい、天海春香です! 本日はよろしくお願いします! ……ボイコッターさんの代わりに今日来てくれるアイドルは私の事務所の仲間との事なんですが……じつは私にも誰が来てくれるのか分かりません!」
「突然の出来事ですからね~……。せっかくですし、誰が来るのか予想してみましょうか?」
……ラジオの放送が始まった。
軽く調べてみたが、アイドル★トークは生放送番組で、この時間帯だけしか放送していないようだ。
生放送枠で一切の音声加工や編集はしていないから、ここで話したことは全てそのまま視聴者に伝わるみたいだな。
「良いですね、それ! 私は……そうですね……。やっぱり、竜宮小町のメンバーでも来るんじゃないかと思いますよ?」
「ん~……難しいんじゃないかなって思います。律子さん、今日はフェスの予定があるって言ってましたから……」
「なんと! いきなり予想が外れてしまうことになってしまいましたね。竜宮小町の皆さん、聞こえているかは分かりませんが、フェス頑張ってくださいね~!」
「律子さーん! 応援してますからね~!」
竜宮小町はさすがに無理か。
……まあ当然だろうな。
爆発的に、とはいかないけどそれなりに知名度はあるし。
「あ、メール来ました! ……律子さんからです!」
「なんと! こんなタイミングでメールが送られてくるってことは、もしかして聞いていただいてるんでしょうか? よろしければ、読み上げてもらっていいですか、春香さん?」
「はい。……えっと「応援ありがとうございます。ご期待に沿えるよう、がんばってきますね♪」ホントに聞いてもらえてるみたいですね~♪」
これは春香さんも頑張らないと駄目だな。
……ん? こっちにもメール?
「「事故で相手のアイドルが来れなくなったって本当ですか!?」……まあ、春香の方のメールにこんな事送るわけにはいかないな」
えっと、返信返信と……。
「社長に連絡して代わりのアイドルを765プロから出してもらいました。到着待ちです」
これで良いだろう。
「ふむ、そうなると、誰になるのか予想出来なくなっちゃいましたね。春香さんは誰が来ると思います?」
「私ですか? うーん……千早ちゃんかなあ? 事務所に居たし……。スタッフさんは、誰になると思います?」
「竜宮小町が候補から外れると一気に予想できなくなりますね……ここは我那覇響さんに賭けてみます」
「何を賭けるんですか何を。……私は、萩原雪歩さんと菊地真さんのセットでも来るんじゃないかと予想していますが」
「いやいや……一人しか来ないのにセットはおかしいでしょう。ですよね?」
「ふふ、そうですね」
……何とか時間は稼げているな。
社長の送ってくれたアイドルも、そろそろ……。
「おはようございます! 菊地真、ただいま到着です!」
「代役のアイドルさん、無事に到着しました! 菊地真さんです!」
「すごいですね! 的中しましたよ!」
真さんが到着したか。
これでもう安心だな……。
言っちゃ悪いが、時間のあるアイドルばかりで助かった。
これがトップアイドルばっかりになったら自由に動けなくなっていくだろうし……。
……さて、終わるまで見守るとするか!
「……それで、菊地さんは「可愛い」のイメージとしてはどんな物を想像しますか?」
「え、僕ですか? それはもう、きゃぴきゃぴのキラキラの……」
「ま、真……。それはちょっと駄目な気がするんだけど……」
「ええー! 僕の中では間違いなくイケてるのに! きゃぴきゃぴのアイドルのどこがダメなんだよ春香ー!」
「うーむ、どこかずれた感じがしますが、それもまた菊地さんの魅力の一つでしょうか? 凛々しいイメージばかり先行していますが、菊地さんも女の子ですしね」
……確かに。
言っていることは明らかに残念なんだけど、凛々しい系のイメージとのギャップも悪くは無いと思う。
彼女の少しずれた感性にまかせて「可愛い」を追求したら大惨事になるかもしれないが。
「……そう言えばお二人は同じ事務所でしたね。ユニットを組んだりはしないのですか?」
「デビューの時期にかなり差があって、考えたことも無かったです」
「春香は一年前からデビューしてるけど、僕はまだ四ヶ月なんですよ」
一緒にデビューしてるわけじゃないのか……。
まあ、考えてみると当たり前かな?
同じ日にスカウトされて同じレッスンを受けて同じ日にデビュー、とか双子でもなければあり得ないか。
「そう言えば、そろそろ今年のIAの話が盛り上がってきますよね。お二人は受賞を狙いに行くんですか?」
「ええっ!? IAですか……? 雲の上すぎてノミネートされるかも分からないですよ……」
「隙あらば取りに行く! って言えればいいんですけど、僕たちまだまだ駆け出しアイドルなので、途方もない目標に感じちゃいます」
「ううむ……。道は厳しいでしょうか? ……おや、メールが届きましたね」
IA……。
俺のプロデュースするユニットで狙いにいく、とかそういう以前の問題なんだよな。
「えっと……「なんでそこで諦めるんだよ! もっと熱くなれよ!」どうやら激励メールですね。どこかで聞いたような文言なのはスルーしましょう」
なんだその激励メールは……。
「……っと、そろそろ本日のアイドル★トークはお開きとなります。ではまた来週お会いしましょうか。天海春香さん、そして忙しい中駆けつけてくれた菊地真さん、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
トラブルは無事に対処でき、春香のラジオ出演は終了した。
無事に終わってよかった……。