風の傷をはじき返す程の結界と、不死身ともいえる再生能力。
この力さえあれば何物にも負けることは無いと思っていた。
だが、奈落によって結界を解除されると途端に無力になった。
侮っていた神楽にも侮蔑のような言葉を吐かれる程に。
―奈落に見捨てられたのはあんたの方らしいね。
―黙れ! わしは神楽のような奈落の道具ではない!
薙刀を手に、魂の言葉を叫びながら神楽に襲い掛かる。
しかし法師の横槍により攻撃は外れ、体が風穴に吸い込まれていく。
本来ならば護りに入る筈の最猛勝はただ傍観しているだけ。
わしが奈落から用済みとされたのだと、その光景は語っていた。
―わしは本物だ!
なすすべなく吸い込まれながらも必死に声をあげる。
自分の存在が偽物であったと…神楽のような道具であったと認めたくないが為に。
最期に見たのは光が闇に飲み込まれていく光景と、崩れゆく自分の姿…。
そしてわしの生涯は幕を閉じた。
…はず、だった。
不思議だ…。
死を迎えた筈なのに意識が残っている。
これはどういうことだ?
「白童子、あんたも目覚めたみたいだね」
聞き慣れた女の声に目を開ける。
見慣れない部屋だった。
畳や障子などどこにもない、なんとも妙な装いの家具が置かれている。
声の主を目で探り思わず顔をゆがめた。
「…気に食わない顔だ、って面だね。そりゃあたしも同じさ」
そこに居たのは、かつて奈落の道具と軽視していた神楽だった。
神楽の話は驚きに値するのであった
わしの死後、神楽は奈落に望んでいた自由を与えられたが、腹に大穴を開けられご丁寧に瘴気まで注ぎ込まれて死亡した。
最期を看取ったのは殺生丸だったらしく、その事を話すときの神楽は妙に嬉しそうだった。
魍魎丸と赤子は奈落にとって変わろうと戦いを挑むが力及ばずに敗北し、死亡。
従順だった神無も犬夜叉たちを倒す為に自爆させられたらしい。
奈落は新たな分身や曲霊という邪念の化身と共に犬夜叉たちに決戦を挑み、激戦の末に死亡した。
ふ、ざまあないな。
犬夜叉たちが勝つのは気に入らんが、奈落が負けたことは素直に喜んでおこう。
次に神楽から聞かされた話には更に度肝を抜かれた。
わしらは人間に生まれ変わり、イギリスという国に暮らしているそうだ。
ただの人間では無く、魔法使いという存在になったのだと言うことだ。
「神楽、その魔法使いとはどういった存在なのだ?」
疑問を口にすると、神楽は木の棒を懐から取り出して軽く振って見せる。
すると七色の光が放たれたり、兎や小鳥のような小動物が出現したりと妙な現象が起こった。
生前の神楽にはこのような能力はなかったはずだが…。
「この棒は杖と呼ばれている。こいつを使って今みたいに動物を生み出したり、空を飛んだり人を操ったりといろいろなことが出来る。それが魔法使いさ」
「ほう…。人間が特殊な道具を使って行う妖術と考えてもいいのか?」
「ま、そんなところだね」
興味深い力だが、必要はないな…。
わしの考えを読んだかのように神楽が言葉を続ける。
「覚えておいたほうがいい…というより、覚えるしかないね。あたしたちは今や非力な人間なのだから」
「……」
唇を噛みしめる。
かつて見下し、散々殺してきた人間の体となっている事は屈辱であった。
だが、まあいい…この屈辱にも耐えてやろう。
わしは今生きている。
ならば、出来る事やすべき事があるという事だろう。
神楽はいろいろな事を教えてくれた。
イギリスという国の事。
その生活習慣や文化。
わしらは英語と呼ばれる言語を話せるようになっているという事。
マグルと魔法使いの存在。
ホグワーツという魔法学校があり、近いうちにわしにも入学届けが来るだろうという事。
わしは呑み込みが良い方なので、神楽の説明をすんなりと吸収し理解する事が出来た。
「ま、大体こんなところだね。あーあ、こんなに話をしたのは久しぶりで疲れたよ」
いけすかない奴に話すと余計にね、などと言いながら神楽は紅茶とやらを飲む。
これはお茶の一種で、この国でよく飲まれているらしい。
イギリスで生きていく以上はこの味に慣れたほうが良いかもしれない。
わしは先ほどの話を反芻し、神楽は茶の味を楽しむ。
しばらくの間、無言の時間が流れる。
その静寂を破ったのは扉が開いた音だった。
「神楽よ。大方の説明は終わったようだな」
耳に纏わりつくような嫌な声。
海藻のようなねっとりとした黒髪。
忘れるはずもない。
「奈落…!」
忌々しい男の名を憎悪を込めて発する。
わしが憤っている姿を楽しむかのように、奈落はうっすらと笑みを浮かべる。
神楽も奈落の登場に気分を害したらしく軽く舌打ちしていた。
「そう睨むな…。 わしらはこれから家族として生きるのだからな」
「家族だと…。神楽、これはどういう事だ」
神楽は軽く肩を竦めた。
「神楽…貴様、事情を話していないのか」
「あんたと家族だなんて、人に話すどころか考える事すら嫌だからねぇ」
神楽は立ち上がり部屋を出ていこうとする。
「おい!何処へいく!」
「続きは奈落と話しな。あたしはこんなとこに長居したくないのさ」
神楽は手をひらひらと振りながら出て行ってしまった。
扉が閉まる音が部屋に響く。
わしは奈落を睨み続けていたが、このままでは埒が明かないと理解していたので話を進める。
「奈落、家族とはどういう事だ」
「神楽からある程度は聞いただろうが…わしらは人間として生きることになった。人間は戸籍という物が必要だからな」
「戸籍…?」
「そうだ。社会で生きていくための体裁と言い換えてもいいな。だからわしは書き換えたのだ。わしが父で、貴様と神楽と神無はその娘、とな。わしらの関係を人間にそのまま説明するのは面倒だからな。」
「…」
書き換えたと軽く言ってのけたが、それは難易度が高いことのように思える。
今の奈落はそれほどの力を持っていると言うことか…。
「わしは今、人見という姓を名乗っている。ある若殿の身体と身分を乗っ取っていた時の、人見蔭刀が今の社会における名だ。お前は人見白童子と名乗れ。お前は幼いころから病気がちでずっと家居た事にしている。わしと神楽は既にこの世界に馴染んでおり神楽はホグワーツを卒業し仕事にもついている」
ここで奈落は一息ついた。
……。
憎しみしか感じていないこの男を父と扱わねばならないこと。
そして、これから毎日顔を合わせることになること。
2つの事実を再確認し怒りと屈辱に身体が震えるのを感じる。
その気持ちを知ってか知らずか、奈落は楽しそうに言葉を続ける。
「白童子よ。何故わしが生きているのか…。いや、何故わしらが生きているのか知りたいだろう」
「…」
「わしにもよくは分からん。四魂の玉の力か…はたまた運命のいたずらか。まぁ楽しもうではないか。お互いにな…」
形容しがたい感情を抱えたまま、ただ黙り込む。
奈落は笑いながら立ち上がり、入ってきた扉へと向かう。
「…奈落よ。先ほど神無の名を出していたな。奴もこの時代によみがえったのか」
「そうだ。奴は長女だが…この世界ではお前の一つ下、という事になっている」
「……」
奈落は部屋を出ていくと部屋に一人残された形となる。
神楽が注いだのであろう、すっかり冷めた紅茶を口にする。
悪くない味だ。
―わしは本物だ!
生前の最期の言葉を思い返す。
生き返ってもまた奈落の道具のまま…。
わしが求めるものとは…本物になるには一体どうすればいいのだ?
その後、神無とも顔を合わせたが、相変わらずの無表情だった。
犬夜叉達との闘いで奈落に自爆させられたと聞いたが平然としている。
自分を死なせた奈落に何も感じていないのか、それとも…
まぁ良い。
しばらくはこの仮初の家族とやらを利用させて貰うか。
つづく
・8/15 プロローグその1とその2を統合し、少し文章を訂正しました。
・2017/05/06 文章を修正しました。