翌日のマルフォイは何処か気まずそうに見えた。
わしの前で醜態をさらしてしまった事を気にしているのだろう。
普段チェスを教わっていることだし、わしも昨日の話を蒸し返すことはしなかった。
武士の情けという奴だ。
わしは妖怪だがな。
ユニコーンの血の用途を調べるのは簡単だった。
「魔法生物の本を探しているのだが、オススメはあるか?」
「ならばこれが良いでしょう」
マダム・ピンズから紹介された本に、イラスト付きで詳しく書いてあったのだ。
『ユニコーンの血は死の淵に居る者でも命を長らえさせる。血を飲んだ瞬間からその者は呪われた生を得る事になるが…。』
本を閉じ、腕を組んで静かに考える。
ユニコーンの血が魅力的なアイテムだということは分かった。
だが、わしならば呪われた命など欲しくないので使わないだろう。
…いや、奈落の分身として生まれ、一度死んだ事を思うと、すでに呪われているかもしれないな。
自らの生まれを自嘲し、更に考えを進める。
呪われるというデメリットも構わずにユニコーンの血を求める者は相当限られるだろう。
となれば、候補となるのはヴォルデモート卿か。
奴がポッターに返り討ちにあった後の消息は不明だが、無傷とは思えない。
十年の月日が流れた今でも深いダメージが残っているかもしれない。
その場合、奴は何を求めるだろう?
死の淵にある者でも命を長らえらせるというユニコーンの血を求めるのではないだろうか。
…ここまでは奇妙なほどに辻褄が合っている。
わしの想像力が豊かすぎるせいだろうか。
それとも、正しい答えに辿り付いたからだろうか。
わしはもう少しこの考えを進めてみることにした。
ユニコーンの血を吸っていた化け物がヴォルデモート卿だと仮定した場合、疑問が一つ浮かぶ。
どうやって奴はホグワーツに入り込んだのだろう。
ホグワーツでは姿くらましは出来ないし、この学校の教師も無能では無い。
侵入は容易ではない筈。
そこまで考えて、それらしい答えが思い浮かんだ。
内部の者が手引きしたのならば侵入は容易い。
そして、怪しい動きを見せているクィレルはホグワーツの教師…。
…………。
クィレルとヴォルデモート卿が協力関係、もしくは主従関係にあるのならば話が繋がる。
奴らの最終目標は、フラッフィーが守る賢者の石だ。
石の力で体を治して不老不死の肉体を手に入れるつもりなのだろう。
トロールを城に招き入れたのはクィレル。
皆の目を逸らさせその隙に石を手に入れるつもりだったが、スネイプの妨害で失敗。
クィディッチの試合でポッターに呪いをかけたのは、ヴォルデモート卿の恨みを晴らすため。
そして、ユニコーンの血を飲ませて主の命を繋いでいた。
今もヴォルデモート卿はホグワーツの周辺に潜み、秘かにクィレルに指示を出している…。
わしの考えは何処まで当たっているのだろう。
賢者の石には興味があるが、もしもヴォルデモート卿が絡んでいるのなら分が悪い。
この体に慣れてきたとはいえ、今のわしは非力な人間の体だ。
魔法界を恐怖に陥れた程の大悪党と張り合うのは無謀すぎる。
だが、ユニコーンの血を必要とする程に弱っている男が相手なら勝てる可能性も…。
「…落ち着け。ポッターとの決闘の時に、慢心や油断は大敵だと学んだはずだ」
だが、この遊戯に関わる事を諦めるのは余りに惜しい。
さて、どうしたものか。
その日の間、この件に関わるか否かを考えたが、答えは出なかった。
試験の日が近づいてきた。
学年で上位の成績と自負するわしにとっては大した事ではないが、他の生徒には大問題らしい。
ダフネ達から勉強を教えるように頼まれた。
親切心から談話室で勉強会を開く事になったが、予想より多くの生徒が参加していた。
どうやらわしの優秀さは知れ渡っているらしい。
「スネイプは恐らく『忘れ薬』を試験に出すだろう。これは組み合わせの順番が複雑で…」
ホワイトボードを用意し、予測される試験範囲を記していく。
マルフォイが隅の方で盗み聞きしているのが見えたが、それには触れない事にした。
奴は誰かに教えを乞うのを嫌がる男だからな。
試験が始まった。
わしの予測は大体当たっており、殆どの授業で苦労する事無く実技と筆記をこなしていった。
良く晴れた日、わしはフリットウィックの妖精魔法の実技を完璧にこなし大きく伸びをした。
これで全ての試験が終わった。
「貴方の予想は全て的中でしたわね。感謝しますわ。一族に誇れる成績が残せそうですもの」
ダフネが嬉しそうな声を出した。
彼女が女友達と楽しそうに城外に歩いていくのを見送り、図書室に行って試験の自己採点を行う。
…これも正解、これも正解。
自己採点の結果、ほぼ満点の成績だった
試験が終わったのは嬉しいが、そのお陰で目を逸らしていた事に再び直面することになった。
ヴォルデモート卿とクィレル、そして賢者の石の一件だ。
あの後どうなったのだろう?
奴らは今年は動かないのだろうか?
少し落ち着かない気分になりながら図書室を後にする。
廊下を歩いていると、ポッター達がマクゴナガルに何かを真剣に訴えているのが見えた。
気づかれないように近づいて話を盗み聞きする。
「校長先生がいらっしゃらない!?この肝心な時に!」
ポッターが大声を出した。
彼らは賢者の石が狙われている事をマクゴナガルに必死に訴えたが、彼女は取り合わない。
「賢者の石には多くの教師が護りの呪文をかけているので心配はいりません」
マクゴナガルがその場を去った後、ポッター達は何かを深刻そうに話し始めた。
距離があって話の内容が聞こえないので、わしは今の事態を頭の中で整理することにした。
ダンブルドアが居ないなら、クィレルやヴォルデモート卿にとっては今がチャンスだろう。
賢者の石を手に入れて全盛期の力を取り戻し、再び闇の時代を創世しようとする筈だ。
さて、この状況でわしはどう動くべきだろう。
クィレルの後を厨子に後を付けさせる事も考えたが、追跡に気づかれる可能性がある。
「…よし、ポッター達を付けさせてみるか」
トロールの騒動やドラゴンの一件を見ると、奴らは騒動に首を突っ込みたがる性分だと分かる。
今回の件にも正義面してしゃしゃり出るだろう。
それを利用してやる。
その日の夜。
ベッドを抜け出して紋付の着物に着替え、空き教室でその時が来るのを待つ。
これはわしにとって勝負服のようなものだな。
「…来たか」
教室の隙間から厨子が入り込むのが見えた。
額を重ね合わせると、奴が得た情報が流れ込んでくる。
………。
ポッター達はロングボトムと鉢合わせたが、グレンジャーが魔法で動けなくした。
そして、廊下で出会ったピーブズも口八丁でやり過ごし、例の部屋に辿り付いた。
奴らは横笛を吹いてフラッフィーを眠らせ、仕掛け扉の中に入っていった。
仕掛け扉の中から「悪魔の罠」や「火が必要」という単語が聞こえてきたが、厨子はそれ以上追うことが出来ずに報告に戻って来た。
「…縦笛。音楽か」
今の情報を整理すると、フラッフィーは音楽を聞くと眠る習性があるらしい。
例の部屋にはハープが置いてあったようだが、これはクィレルが使ったものだろう。
役に立つだろうと懐に忍ばせていた縦笛を取り出し、じっと見つめる。
…奈落はフラッフィーの習性を知った上でこれを送って来たのか。
奴は全てを読んでいたことになる。
その事を再認識し、わしは悔しさの余り唇を噛みしめた。
禁じられた廊下を超えてフラッフィーの部屋に辿り付く。
わしは笛の演奏などした事は無かったが、縦笛を拭くと犬共は寝息を立て始めた。
あっさりとフラッフィーを突破し、仕掛け扉から中に飛び降りる。
「インセンディオ(燃えよ)」
待ち構えていた「悪魔の罠」も火の呪文で軽々と突破し、先に進む。
通路の出口に着くと少し広い空間があり、無数の鍵のついた小鳥が飛んでいた。
その先には鍵のかかった扉がある
「…おあつらえ向きに箒があるという事は、飛んで掴みとれという事か」
明るいブルーの羽の鳥が本物だと見抜き、箒に跨って勢いよく飛び立つ。
冬休みの練習のお陰で自由自在に飛ぶことが出来る。
鳥は痛めつけられたような飛び方をしていたので、容易に捕まえる事ができた。
鍵穴に差し込んで回したが、扉が開かない。
もしやと思って逆方向に鍵を回すと、ロックが外れる音がした。
どうやらポッター達は鍵を開けたまま先に進んだようだ。
「チッ…。する必要がない苦労をしてしまったな」
次の部屋には、巨大なチェス盤が用意されていた。
人間サイズのチェスの駒があったが、既に壊れているようだ。
部屋の隅には倒れ伏す赤毛の小僧と彼の看病をするグレンジャーの姿があった。
わしはすぐさま二人に駆け寄った。
「ハ、ハクドウシ!?どうして貴方が…」
「ポッターはどうした?先に進んだのか?」
「ええ…。で、でも、貴方…」
「この先にどんな罠が待っているのかを教えろ。簡潔にな」
グレンジャーの質問を無視して話を進めさせる。
彼女はわしの勢いに押されて全てを話してくれた。
ロンの犠牲でチェスに勝利した二人は、先に進むことができた。
トロールが倒れている部屋を通り抜け、七つの薬瓶と論理パズルがある部屋に辿り付く。
薬瓶を飲んで先に進めるのは一人だけ。
ポッターは炎の中を歩いて行き、グレンジャーは引き返したらしい。
「…そうか。完全に出遅れたな」
既にポッターとクィレルの戦いは始まっているだろう。
チェスの駒が壊れているので先に進めそうだが、次の部屋の薬瓶はポッター達が飲んでしまった。
これ以上は進めない、か。
…待てよ。
諦めかけたところで、グレンジャーの話に違和感を感じた。
クィレルが先に進んだならば、その時点で薬瓶の中身は空になって居る筈。
ならばポッター達が部屋に辿りついた時に薬瓶が満杯だったのはおかしい。
…成程、そういう事か。
「ちょっと待ちなさいよハクドウシ!私の質問に…」
グレンジャーを無視して扉を開け、先に進む。
彼女はカンカンに怒っていたが、赤毛が目を覚ましたことに気づいて何事か声をかけていた。
トロールを起こさないように扉を開き、中央に進む。
即座に前後が炎に囲まれるが、グレンジャーから話を聞いていたので動じずに薬瓶を手に取る。
思った通り、薬瓶の中身は満杯だった。
誰かが飲み終わってから暫くすると、自動的に補充される仕組みになっているのだろう。
問題用紙に目を移して謎解きを開始する。
グレンジャーに解けた謎だ、わしに解けない筈はない。
…少し手こずったが、正解に辿り付いた。
一番小さな瓶を飲み干すと、体中が氷になったような錯覚を覚えた。
あまり愉快とは言えない感覚だが、これで炎の中を歩くことができる。
中々手こずらされたが、ついにわしは最後の部屋に辿りついた。
「くそ…!クィレル、お前だったのか!」
「黙れ!そこで黙って見ているんだなポッター。…一体どうなっているんだ。何故石が手に取れない!鏡の中に埋まっているのか?鏡を割ってみるか?」
そこには間抜けな顔で棒立ちしているポッターと、ヒステリックな声をあげるクィレルが居た。
それを見て、わしは安堵の笑みを浮かべて小声でつぶやく。
「まだ祭りは終わっていないようだな」
ここからはお楽しみだ。
観客に徹するか、どちらかに味方するか。
賢者の石を横取りするのも面白そうだ。
ポッターにクィレルよ。
精々わしを楽しませてくれよ。
・8/21 誤字報告ありがとうございます。修正しました。
・2017/05/25 少し内容を修正しました。