彼らに気づかれないように物陰から様子を見る。
鏡を前にクィレルがブツブツと呟いており、隣でポッターが途方に暮れたように立っている。
どうでも良いが、わしがクィレルならポッターを縄で縛って動きを封じるだろうな。
『その子を使うんだ…その子を使え』
クィレルの口から、明らかに奴のものでは無い不気味な声がした。
ポッターは奴の誘導に従い鏡の前に立つ。
少しの間のあと、ポッターの表情が明らかに変わった。
クィレルはそれに気づいていないようだ。
…ポッターめ、もしや手に入れたのか?
暫しの問答の末、クィレルはターバンを解いて頭の裏にあるものを見せた。
奈落に匹敵するような不気味で怨念に満ちた顔がそこにあり、わしは思わず息を呑んだ。
…そうか、あれがヴォルデモート卿だったのか。
何らかの術でクィレルに寄生して命令を出していたんだな。
何故それに気づかなかったのだろうかと悔やむ。
ポッターとクィレル…いや、ヴォルデモート卿は激しく言い合っていた。
戦国の世もそうであったが、憎しみ合う者同士の争いというのは見ていて心が躍るものだ。
わしはこの場面を見る事が出来てとても幸せに思う。
「母親の死を無駄にしたくなかったら、さあ石をよこせ」
「やるもんか!」
「クィレル、捕まえろ!捕まえるのだ!」
背を向けて逃げようとするポッターだが、所詮は大人と子供、あっさりと手首を掴まれてしまう。
だが、苦痛の声をあげたのはポッターでは無くクィレルだった。
奴の手には火傷痕が出来ており、激しい苦痛に表情が歪む。
その後も、クィレルがポッターに触れる度に体が炎症を起こしていく。
戦国の世では、法力でわしの体を真っ二つにした法師や、触れただけで妖怪に重傷を負わせる桔梗という巫女が居た。
あれと似たような力だろうか?
自分の力に気づいたポッターは、クィレルにしがみ付いて更にダメージを与えていく。
だが、その行為はポッターも苦しみを伴うものらしく、彼自身も苦悶の表情を浮かべていた。
二人の注意は互いに向けられており、招かれざる客であるわしの存在には全く気づいていない。
わしは静かに笑みを浮かべる。
実に都合の良い展開になってきた。
ならば次に取る行動は…。
音もなく奴らの背後に忍び寄り、薙刀を抜きクィレルの首に振り落とす。
奴はポッターとの争いに気を取られているので、事は容易く済んだ。
鈍い音がして、奴の首が地面に落ちる。
子供の体ではあるが、既に薙刀を自在に操る事ができるので、この程度は造作もない。
…この体に生まれ変わってから初めての殺人だが、思った程の感慨もないな。
『な…クィレル、何があった!』
ヴォルデモート卿の位置からはわしが見えない筈だ。
そういう角度に回り込んだのだから。
わしは床に落ちたクィレルの生首をヴォルデモート卿ごと刺し貫いた。
恐ろしい悲鳴が響き渡り、奴は静かになった。
「フフフ…。ハハハハハハハ!」
ポッターは気を失い、クィレルも殺した。
ヴォルデモート卿を完全に殺せたかは分からない。
しかし、仮に生きていたとしても誰が自分に危害を加えたかは分からない筈。
立っているのはわしだけとなった部屋で盛大に高笑いをする。
「ポッター、貴様はよく踊ってくれた。褒めて遣わすぞ」
感謝と蔑みの視線をポッターに向け、妙に膨らんでいるポケットの中を探る。
「やはりな」
鏡にどういう仕掛けが施されて居たのかは分からん。
だが、鏡を前にしたポッターが見せた驚愕と使命感の混じった表情は、賢者の石を手に入れたと推測するに十分なものだった。
ポケットから出て来たのは、血のように赤く、強力な魔法を放つ石。
…これが賢者の石か。
左程苦労することも無く、闇の帝王様が狙っていた宝物を手に入れる事が出来たというわけだ。
達成感と優越感が胸の中に沸きあがる。
賢者の石にそこまで執着は無かったが、手に入れたからには有効に使わせてもらうとしよう。
…さて、そろそろ逃げるとしようか。
倒れ伏すポッターに背を向けて、わしは驚愕に目を見開いた。
「見事な太刀筋じゃったな、ハクドウシよ」
「……ダンブルドアか」
……何故この男がここに居る?
今夜は留守では無かったのか?
わしの声は焦りと動揺で震えていたと思う。
それでも懸命に冷静を装ったが、この老人の目はその虚勢さえ見過ごしているように思えた。
「東洋の薙刀という武器じゃの。容易くクィレルの背後に回り首を落とすその様は、ある種の芸術のようじゃったよ。その若さで大したものじゃな」
「…それはどうも」
「さて、その石を渡してもらおうか」
戦いを挑んだらどうなるか、頭の中でイメージする。
石を渡すと見せかけて薙刀でダンブルドアの首を両断せんとするが、片手で柄を容易く止められ、わしの首筋に杖が突き付けられる様子が思い浮かぶ。
…駄目か。
首を振って今の妄想を打ち消すと、大人しく奴に賢者の石を渡した。
「…賢いな。君は。まるで彼のようじゃ」
彼というのが誰かは分からんが、どうでも良い。
屈辱に歪んだ顔を見られたくなかったので、わしは無言でその場を去った。
罠は全て解除されていたので、誰かとすれ違う事も無く、容易く寮に戻る事が出来た。
翌日。
城中にポッターが入院したという噂が流れ、賢者の石を巡る攻防について幾つかの憶測が流れた。
その憶測の中にわしの名は無かった。
「面白くない…。どいつもこいつもポッター、ポッターだ」
「そうだな…」
部屋でマルフォイのチェスの相手をする。
接戦の末、奴のクイーンが殴り倒された所で勝負はついた。
わしの勝ちだ。
「くそっ…おい、もう一度やろう。次は負けない」
次の戦いはマルフォイが勝った。
あの時、チェスの罠に挑むことになっていたら勝てたのだろうか。
静かに空を仰いで呟く。
「そろそろ1年も終わりだな」
ポッターが目を覚ました翌日、グレンジャーに声をかけられた。
「どうして貴方はあの場に居たの?」
肩を竦め、いつか言った言葉をそのまま放った。
「なに、ただの戯れだ」
何か言いたげなグレンジャーを置いてその場を離れる。
以前この言葉を言ったのは飛行訓練の時だったか。
あの時は、余裕と嘲りの心があったが、今はそうではない。
ダンブルドアはあれから何も言ってこない。
クィレルを殺した事についてもお咎め無しだ。
それが逆に屈辱的だった。
学年度末のパーティは、大した盛り上がりようだった。
それはスリザリンの生徒だけで、他の寮は余り盛り上がって居ないかも知れないが。
大広間はグリーンとシルバーのスリザリン・カラーで飾られ、生徒達は上機嫌で会話を弾ませる。
ポッターが大広間に入ると、一瞬皆が静まり返ったのが見えた。
その後爆発するように噂話が飛び交うのを、わしは冷めた目で見つめていた。
「今日はいつにもましてクールですわね、ハクドウシ。私たちの優勝の日なのよ。もっと喜んでもいいんじゃありませんこと?」
「そうだな。まあこの優勝に一番貢献したのは僕だろうけどね」
ダフネとマルフォイが楽しそうに話しかけてきた。
先日のクィディッチの試合でグリフィンドールが大敗したのも、彼らを喜ばせる一因だろう。
わしは、そうだな、とか無難な返事をしたのだろう。
どうも気が入らなかった。
ダンブルドアに賢者の石を返してからずっとこうだ。
わしは普段から物静かなので、変化に気づく者は居なかったが。
ダンブルドアが現れると、皆が静かになった。
わしは奴の姿を見るのも嫌だったので目を逸らした。
「また1年が過ぎた! 一同がご馳走にかぶりつく前に、老いぼれのたわごとをお聞き願おう」
朗らかな挨拶をすると、さっそく各寮の獲得点数を発表した。
スリザリンが1位、レイブンクローが2位、ハッフルパフが3位。
そして、グリフィンドールが4位。
グリフィンドールのテーブルは静まり返り、スリザリンのテーブルからは歓声が上がる。
ダフネがパーキンソンと肩を抱き合い、マルフォイがゴブレットで机を叩く。
わしは特に感慨も無かったので、スリザリン色の横断幕を無感情に眺めていた。
「スリザリン。よくやった。しかしつい最近の出来事も勘定にいれなければなるまいな」
大広間は再び静まり返った。
ダフネ達が不安そうに顔を見合わせる。
その後のダンブルドアの発表は、スリザリン生の顔を曇らせるに十分なものだった。
ロナルド・ウィーズリー
ハーマイオニー・グレンジャー
ハリー・ポッター
ネビル・ロングボトム
彼らの活躍に、200点以上が与えられた。
わしは今までに100点以上の得点を稼いだが、この大量得点の前には霞んでしまうな。これでグリフィンドールがスリザリンを10点上回った事になる。
余談ではあるが、わしは今初めてポッターの隣に居る赤毛の名を知った。
スリザリンのテーブルは皆無言になった。
他の3寮は爆発音のような歓声をあげ、抱き合い、肩を叩き合った。
隣に座るダフネが涙を流しているのに気づき、彼女の肩を抱いて頭を撫でて慰めてやった。
スリザリン生達は絶望の表情を浮かべ、ダフネのように泣き出す者も居た。
「それから、後もう一人、得点に値する者がいる」
ダンブルドアの言葉に皆の注目が集まる。
グリフィンドール生は、次は自分達の中の誰が呼ばれるのだろうかと目を輝かせている。
スリザリン生は聞きたくないとばかりに顔を背けている。
一瞬の間をあけて、ダンブルドアは言葉を発した。
「ハクドウシ・ヒトミ君の冷静さと大胆な行動力を称え、スリザリンに10点を与える」
「10点、か」
わしの呟きは皆の驚きの声にかき消された。
これでグリフィンドールとの同時優勝だ。
この結果に、憎み合う二つの寮の生徒は複雑な顔をしていた。
だが、負けずに済んだことを喜ぶ何人かのスリザリン生が歓声を上げると、空気が変わった。
ダフネもその1人で、わしに抱き着いて喜びを表現していた。
彼女の体は華奢で暖かかった。
やがて誰かが拍手をし始め、皆がそれにつられ大広間に拍手の音が鳴り響く。
そんな中、わしは静かにダンブルドアを睨みつけた。
「これで機嫌を取ったつもりか?」
声に出さずに呟く。
部屋の飾りは変更され、二つの寮のカラーが混ざり合った物となった。
複雑そうな顔をする者も、嬉しそうにはしゃぐ者も、飾りつけを見ながら食事を楽しんだ。
我に返ったダフネは、わしに抱き着いたことで恥ずかしそうな顔をしながら席に戻った。
それを少し残念に感じながら、スープを口に運ぶ。
甘い筈のコーンスープは、何故か苦く感じた。
…別に、賢者の石などそこまで欲しかったわけでは無い。
ただ何もかもを見透かしているような目をしたあの老人が、気に食わなかった。
試験の結果が出た。
わしは自己採点の通り満点に近い成績を収めたが、1位はグレンジャーだった。
彼女は満点以上の点数を取っており、どうやったのだろうと疑問に思った。
マルフォイはわしに次いで3位で、ダフネは7位だった。
ダフネは試験前の勉強会のお陰だと喜んでいた。
夏休みの注意書きが配られ、ホグワーツでの1年は終わろうとしていた。
汽車に乗り込み、わしらは1つのコンパートメントを占領した。
マルフォイやダフネが楽しそうに話す中、眠気に誘われ目を閉じた。
穏やかな眠りを終えて目を覚ますと、プラットホームが見えてきたところだった。
「余程疲れて居たんですのね。ぐっすりでしたわよ」
クスクスと笑うダフネ。
彼女とも二か月の間お別れだと気づいてじっと見つめていると、照れくさそうに顔を背けられた。
…長い1年だったな。
学校に行って何かを学ぶなど、生前は考えもしなかった。
規則や人の噂など、煩わしい事もあったが、悪くは無かったな。
汽車が停止し、生徒達がホームに降りたった。
急に大勢の子供が柱から出てくると大騒ぎになるので、駅員が数名のグループを作らせて順番にマグルのホームに送り出している。
…しかし、原始的というか不合理なやり方だ。
もっと良い方法は無いのだろうか。
「じゃあな、ヒトミ。少しはチェスの腕を上げておけよ」
「休暇中は寂しくなりますわね。手紙を送るので、ちゃんと返してくださいね。貴方って無精なんですもの」
マルフォイやダフネと別れの挨拶を交わす。
彼らの足取りが弾んでいたのは、家族と会えるのが嬉しいからだろう。
順番が来たので出口に向かおうとすると、ポッターと目があった。
わしらは暫し見つめ合っていたが、やがて互いに目を背けた。
ホームを出ると神楽と神無が待っていた。
「おい白童子、何だいそのかんざしは。女物じゃないか」
「別に良いだろ」
「さてはお前、女でもできたんじゃ…。って、ちょっと待てよ!おい!」
下世話な勘ぐりをする神楽に構わず、神無の手を引いて混雑する駅を出た。
暫しの間、魔法の世界ともお別れだな。
賢者の石、終了です。
・8/16 少し名前の表記を修正しました。
・8/21 誤字報告ありがとうございます。修正しました。
・2017/05/25 少し内容を修正しました。