食事を済ませると、奈落は何処かへ出かけて行った。
神楽からの指摘で気づいたが、わしにもホグワーツからの手紙が来ていたようだ。
神無に来ているのだから、わしにも手紙が来ない筈はないのだが、すっかり忘れていた。
…いかんな、注意力が鈍ってきている。
そろそろ気分を切り替えればならんな。
手紙には新学期用の許可書のリストが入っていた。
ロックハート著の本を7冊も買うように書いてある。
このロックハートとやらは、今学期さぞや印税で儲かるのだろうな。
わし等はそれぞれ着替えを済ませ、10分後には暖炉の前に集合していた。
例によって煙突飛行粉を渡され、思わず顔をしかめる。
この粉で移動する感覚は嫌いだった。
「神楽、姿くらましとやらは使わないのか?」
「あ?…1年生じゃまだ習わないだろ?何で姿くらましを知ってるんだよ」
「本に書いてあった」
「けっ、勉強熱心な事で…。一人の時は使うけどな。付き添い姿くらましは苦手なんだよ」
なるほど、一人なら姿くらましは出来るのか…。
難易度が高い術だと書いてあったが、この女に使えるならいずれわしも使えるようになりそうだ。
などと考えていると、神楽が睨みつけてきた。
「どうせ失礼な事でも考えてるんだろうが、後が支えてるんだ。さっさと行ってもらおうか」
こいつ、心が読めるのか。
神楽を睨み返し、前に進んで煙突飛行粉を暖炉に振りかける。
「ダイアゴン横丁」
緑色の炎が体を包み、体がねじれるような嫌な感覚に襲われる。
2回目なので去年ほど苦ではない。
無事にダイアゴン横丁に辿りつき、少しの間をおいて神楽と神無も到着した。
「さ、行くか」
「ちょっと待て、神楽」
扇子で肩を叩きながら歩き出そうとする神楽に声をかける。
訝し気に振り返る神楽に、手を差し出す。
「何だ? 迷子にならないように手を繋いでくださいってか?」
「…そんな訳ないだろう。買い物なら貴様らだけでも出来るだろう? わしは別行動をさせて貰う」
だから小遣いをよこせ。
わしの意図を察し、神楽はため息をつきながら財布から金貨を取り出した。
ガリオン金貨とシックル金貨が合わせて20個ほどだ。
「これだけか」
「お子様の買い物には十分だろ?じゃ、昼過ぎに書店で落ち合おうぜ」
神楽と神無は背を向けて買い物に出かけた。
さて、わしもダイアゴン横丁を楽しむとしよう。
「そうだ。ノクターン横丁には入るなよ」
……
ノクターン横丁?
神楽がしまったという顔をしたのを見て、無性にその場所に行きたくなった。
ダイアゴン横丁の探索も楽しそうではあるが、それは後回しだ。
「坊やが入るところじゃないよ」
「あんな所に入ったら生きて帰れないぜ。やめとけよ坊主」
…また外れか。
通りを歩く人を捕まえてノクターン横丁について聞いてみたが、誰も教えてくれなかった。
くそ、皆して無知な小僧のように扱いおって…
わしは早くもノクターン横丁に行く事を諦めかけていた。
少し興味を引かれただけの場所だし、そこまで無理をする必要もない。
負け惜しみのようなことを思いかけたその時だ。
ホグワーツの森番が、暗い雰囲気の小さな通りからポッターを連れて出てくるのが見えた。
興味を引かれたので、気づかれぬように近づいて会話を盗み聞きする事にした。
「ひどい恰好をしちょるもんだ! ノクターン横丁なんぞ、どうしてまたウロウロしとったか…」
「言っただろ、迷子になったって…。行きたくて行ったんじゃないよ」
…ほう。
思わぬ所で当たりを引くとは、今日のわしはラッキーだな。
銀行の方に歩いていく2人を一瞥し、彼らが出て来た通りに向かう。
辿りついた場所は、狭くて薄暗い、曲がりくねった通路だった。
所狭しと店が並んでいる。
もっと効率的に店を並べればいいと思うのだがな。
「ここか…」
ノクターン横丁の不気味さを物ともせず、中に入ろうとする。
だが、入り口から見知った顔が出てきた事でその足は止まった。
「な…ヒトミ!どうしてここに?」
「久しいなマルフォイ。恐らく、貴様と同じ目的だろうよ」
わしのルームメイトであり、金髪をオールバックにした青白い顔の男。
ドラコ・マルフォイがそこに居た。
隣を見れば、父親らしき金髪の中年男性がこちらを値踏みするかのように見ている。
この男と会うのは初めてだが、名前だけは知っていた。
元死喰い人であるが、実質的に無罪放免され、今は魔法界でもかなりの地位に居る男だ。
昨年の入学式パーティの際にマルフォイが得意げに父親の話をしていた事をよく覚えている。
だが、今のマルフォイは会いたくない奴に会ったという感じの青ざめた顔をしている。
「友達かね?ドラコ…」
「まあ、そんなところだな。貴様はルシウス・マルフォイだな?」
「私を知っているのか…。だが、年上に対する態度がなっていないようだな」
敬語を使わない生意気な小僧に、ルシウスの目が険しくなる。
そして、借りてきた猫のように大人しくなったマルフォイに優しく声をかける。
「ドラコよ。お友達を紹介してはくれないのか?」
「ち、父上…。友達というわけじゃないんだ。ヒトミの子なんかと友達の訳が無い…」
「ヒトミ…? ドラコよ、今ヒトミと言ったのか!?」
ルシウスの怒声に、通りに居た人々の視線が集まる。
マルフォイが怯えたように縮こまったのを見て、わしは静かにルシウスをたしなめた。
「そう大きな声を出すな。子供をむやみに委縮させるものでは無い」
「似ている…。確かに、あのカゲワキ・ヒトミに似ている…」
似てる、だと…?
奈落に似ているという言葉に苛立ちを覚えるも、顔には出さないよう努力する。
この男の前では平静を保っていたい。
「その様子だと、随分とわしの…父と、因縁があるようだな」
「…君が知るべき事ではないだろう。行くぞ、ドラコ」
「は、はい父上!」
ルシウスはそれ以上は話したく無いとばかりに足早に去っていった。
マルフォイは一瞬わしに視線を走らせたが、父親の後に続いた。
…やれやれ、わが父上様は随分と嫌われているようだな。
そして、大嫌いなカゲワキの家族とは関わらないように息子に厳命しているのだろう。
マルフォイがわしに手紙をくれなかった理由が分かった。
…という事は、新学期から奴と話す機会は大幅に減るかもしれないな。
奴とチェスをする他愛ない時間も無くなるのかと思うと、少し寂しい気分になった。
気を取り直し、ノクターン横丁に足を踏み入れる。
暗くて狭い道だが、迷子になる心配は無い。
いざとなれば厨子に周囲を探らせれば良いので、気楽なものだ。
ただ、今日の厨子は暑さでへばっているので、無理はさせられないかもな。
ところで、床に落ちた生爪を老婆が籠に戻しているのを見たが、あれは何だったのだろうか…。
「ここは紹介がある人でないと入れないよ」
「坊やは表の通りで遊んでな」
く、ここでも子供扱いか…。
一見様お断りの店が多いようで、何処へ行っても門前払いを喰らってしまった。
悩んだ末に、ノクターン横丁を出る事にした。
ノクターン横丁での収穫は、奈落がルシウスに憎まれているという情報だけだったな…。
ダイアゴン横丁に戻り、適当に歩きながら店を見て回る。
手始めに、魔法動物ペットショップに寄って厨子の様子を見てもらうことにした。
待ち時間はイーロップのふくろう百貨店に入り、様々な種類のフクロウを見て回る。
フクロウは空を飛べるので、厨子とは違った範囲の偵察が期待できるな。
厨子が食われる事の無いように、教育してやる必要がありそうだが。
結局、この日はフクロウを買わず、無料のパンフレットを貰って店を出た。
ペットショップに戻ると、栄養ドリンクを飲まされてすっかり元気になった厨子が待っていた。
夏の間の鼠の飼い方や注意すべき事を店員から教わり、料金を払って店を出た。
そういえば、2年生からはクィデッチの選手になれると思い出す。
自分用の箒を求めて高級クィディッチ用品店にも入ってみたが、高級というだけあって子供の小遣いでは手が出ないものばかりだったので、渋々店を出る。
ニンバス2001という箒が目に入ったが、あれはポッターの使っている箒と同じシリーズのものだろうか。
高級店を出て暫く歩くと、中古の箒を販売している小さな店を見つけたので店内に入る。
奥の方に置いてあった銀色の美しい箒に惹かれ、店主に見せて貰う。
見れば見る程に美しい。
そして、手触りも滑らかで飛びやすそうだ。
値段を聞いてみると、余りの安さに驚いた。
先ほどの高級クィデッチ用品店とは大違いだ。
「坊ちゃん、お目が高いね。これは銀の矢といって、知る人ぞ知る名品なんだよ」
「ほう、そんなに凄いのか」
「生産中止になったのが悔やまれるねぇ…」
思い出に浸るように箒を見つめる店主の様子は演技とは思えなかった。
この箒は珠玉の逸品であり、店主にとっても思い出深い一品なのだと察した。
「そんな大事な箒を、何で子供の小遣いで買える値で売ってくれるんだ?」
「前の持ち主が言っていたんだ。この箒の良さを若い人に知ってほしいってな。だから若者や子供には安く売るようにしてるのさ」
………。
会計を済ませ、店主と前の持ち主に感謝を込めて一礼して店を出る。
銀の矢と、手入れ用具を幾つか買っておいた。
神楽から貰った小遣いは全て使い切ってしまったが、わしの心には満足感があった。
神楽達との約束の時間が近づいたので、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店に向かう。
途中で見覚えのあるスリザリン生数人とすれ違ったので、軽く挨拶しておいた。
そう言えば、今日はホグワーツ生を見かける事が多かったな。
何かイベントでもあるのか?
わしの考えは当たっていたらしい。
大きな横断幕には『サイン会 ギルデロイ・ロックハート』と書かれている。
何が行われているか一目でわかるな。
ロックハートはホグワーツの教科書の著者だった筈だが、これ程の人気者なのか。
書店は大混雑で、店員が必死に場を収めようとしている。
こういう時、魔法で何とかならないものだろうか。
「あぁ、白童子、こっちだこっち!」
見覚えのある声の方に向かうと、神楽が疲れた様子で手を振っていた。
大鍋や制服を一人で持っており、どうやら教科書以外の必要なものは全て揃えたようだ。
隣の神無は手伝いもせず涼しい顔をしている。
全く、良い性格だ。
「たかだかサイン会で、良くここまで騒げるもんだ…。あんた、箒を買ったのかい?」
「ああ」
抱き抱えていた箒を見せると神楽は驚きの声を出した。
「これは…銀の矢じゃないか! こんなレア物を何処で手に入れたんだい」
中古箒屋の場所と店主とのやり取りを彼女に聞かせた。
「こりゃ相場の半額以下だよ…。後であたしが適正な価格を払っておくよ」
「それでは店主の気遣いを無駄にしてしまうだろう」
「ま、それもそうなんだけどさ。あたしの気が済まないからな」
「無粋な女だ…好きにしろ」
神楽は粋という物が分かっていないな。
わしは人混みをチラリと見て、これでは目的の物を買えそうにないと悟る。
神楽も同意見のようだ。
「出直すか。サインには興味ないし、教科書は別の日に買えばいいさ」
そうだな、とわしが頷きかけた時だ。
「もしや、ハリー・ポッターでは?」
書店の奥から大声が聞こえた。
見ると、壇上に立つ整った男がポッターを呼び寄せて無理やり壇上に立たせていた。
あれがロックハートか…。
ロックハートは写真のフラッシュを浴びながら、彼に著書を無料で譲ると宣言し周囲を沸かせた。
「宣伝が上手い男だねぇ。男前だし、こりゃ人気が出るわけだ」
隣の神楽が呟いた。
言葉とは裏腹に奴の容姿は神楽の好みでは無いらしく、白けたような言い方だった。
その後もロックハートの演説は続いた。
「この9月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて『闇の魔術に対する防衛術』の担当教授職をお引き受けする事になりました!」
誇らしげに宣言するロックハートを見て、納得を感じた。
本人が教授ならばあのロックハート著のオンパレードも納得できる。
…しかし、自分の著書を教科書に指定するとはアコギな商売だ。
「とんだ茶番だね。もういいだろ、あたしは神無の荷物も持ってるんだぜ」
「そうだな…。いや、先に帰っていろ」
わしの目は鋭く騒動の種を捉えていた。
報道陣から逃れたポッターがマルフォイと出会い、何か口論を繰り広げていた。
そこに、ロナルド・ウィーズリーとかいう赤毛が参入し、言い合いはヒートアップする。
ここまでならばホグワーツでのいつもの光景だが、2人の男が入って来た事で状況は変わる。
ウィーズリーの父親らしき赤毛の中年男性と、先ほど出会ったルシウス・マルフォイだ。
彼らは激しい口論を繰り広げ、殴り合いの喧嘩を始めてしまった。
「…何とまあ、ご立派な大人達だ」
人混みをかき分けて彼らに近づき、2人の激しい喧嘩を見物する。
お互い武術の心得はないようで不格好な戦いだが、これはこれで面白い。
だが、突然のストリートファイトは意外な形で終わった。
突風が吹き、もみ合っていた2人の男は吹き飛ばされてしまったのだ。
この風は…忘れるわけがない。
「そこまでにしときな、おっさん達。ちっとは周りへの迷惑を考えなよ」
神楽が扇子を片手に仁王立ちしながら一喝した。
彼女の顔に見覚えがあったらしく、赤毛の男とルシウスは驚いた顔をした。
「ミス・ヒトミ…君にまた会うとはな」
「ルシウス・マルフォイかい。あたしの不肖の父が世話になったようだねぇ。その節はどうも」
…神楽はルシウスと奈落の間に何があったか知っているのか?
悔しそうな顔をするルシウスに皮肉気に笑うと、神楽は赤毛の男に視線を向ける。
「アーサー・ウィーズリーじゃないか。また子供の入学準備かい?お盛んなようで結構な事だね」
「…喧嘩を止めてくれた事に礼を言わなければならないかな? ミス・ヒトミ」
「無理に礼を言う必要はないさ。アンタ、憎いマルフォイを殴るチャンスを奪われたって顔をしてるぜ、アーサー。それじゃあ、邪魔したね」
2人に背を向けると、神楽はわしと神無を促して歩き始めた。
マルフォイやポッターの視線を感じたが、振り返らずに神楽の後を追う。
この場の主役が神楽になった今、わしが彼らに皮肉を言っても恰好がつかないからな。
そのまま煙突飛行粉で家に帰った。
数日後。
わしと神無は改めてフローリシュ・アンド・ブロッツ書店に向かい、必要な教科書を揃えた。
やたらと重い本を抱えて家に帰ると、既に神楽が帰ってきていた。
つまらなそうに日刊予言者新聞を眺めている。
「どうした、神楽」
「あたしの事が少し載ってやがる。許可くらい取れっての」
彼女が投げてよこした新聞には神楽が喧嘩を収めたシーンが載っていた。
「東洋の麗人、不思議な術で喧嘩を収める」などと見出しがつき、神楽の軽いプロフィールも書かれている。
魔法界の新聞にプライバシーという文字は無いのだろうか。
・8/21 誤字報告ありがとうございます。修正しました。
・2017/05/25 少し内容を修正しました。