『白童子視点』
朝早くに起きてマルフォイを起こさないように部屋を出る。
行き先はマートルの女子トイレだ。
幸いな事に朝はマートルも元気が無いらしく、わしが来たことを咎められる事は無かった。
『開け』
小声で蛇語を使い部屋への入り口を出し、銀の矢に跨りパイプの中を降りていく。
薄暗い通路を「ルーモス」で照らしながら進み、二度目の「開け」で壁を開けるとバジリスクが眠る部屋に辿り付いた。
人の気配を感じたバジリスクが目を覚ましたので急いで奴の失った左目の方に回り込む。
『おはようバジリスク。さて、悪いが少しの間目を閉じていてくれ。貴様の体を縮めて能力を封じる必要がある』
奴が目を閉じている間、首輪を「エンゴージオ(肥大せよ)」で一時的に大きくしてバジリスクの首に付ける。
途端にバジリスクは籠に入るくらいの大きさに縮んだ。
驚いたように身震いするバジリスクに、素早く鎖を付け首輪にかけた肥大魔法を注意深く解いて無力化は完了。
あらかじめ捕まえておいた小さな虫を奴の目の前に出してみても虫が死なない所を見ると、魔眼は無事封じられたようだ。
役目を終えた虫にはバジリスクの餌になって貰った。
『もう目を開いても良い。バジリスクよ。今日から貴様はこの籠で生活する事になる』
バジリスクはわしの言葉に頷くと大人しく籠に入っていった。
…前回着た時は気づかなかったが、部屋の隅にバジリスクの折れた牙が転がっているな。
フォークスとの戦いで折れてしまったのだろうか?
牙を持って帰ろうか迷ったが、猛毒がある牙に触れるのは危険なので諦めた。
秘密の部屋を出る時、バジリスクは名残惜しそうに部屋の中を見渡していた。
ここに来ることはもう無いだろうからしっかり目に焼き付けておけよ。
マートルのトイレを出た後、皆と鉢合わせしないように少し時間を潰してから寮に戻った。
部屋に戻ってバジリスクの籠を机の上に置くと、厨子の籠からチューチューと悲鳴が聞こえた。
「厨子よ。こいつは貴様の敵ではない。仲良くしろとは言わないがそう恐れるな」
厨子の額にわしの額を重ねて言い聞かせると渋々納得してくれた。
『バジリスク。この厨子はわしの忠実な部下だ。厨子を怯えさせる事はするな。良いな』
バジリスクは首を傾けて了承の意を示した。
2匹とも物分かりが良くて助かる。
バジリスクと話すときは蛇語を使うので他人に聞かれる心配はほぼ無いが、一応よそ向きの名前を考えておく必要があるかもな。
食事を済ませて8階の「数占い学」の授業に向かう途中、ピーブズの悪戯を受けて鞄が泥まみれになってしまった。
「スコージファイ」では消えない特殊な泥のようだ。
苛立ちに任せてそこらを歩き回りながら「水で洗う必要があるな」と考えていると、何もなかった壁に突然扉が出現した。
「何だ…?厨子からの報告にはこんな扉は無かったぞ」
興味を惹かれて入ってみると中には立派な水洗い場が幾つもあった。
これ幸いと鞄に付いた泥を水で洗い流し、急いで授業に向かったが既に授業開始から15分も経っていた。
「初日から遅刻とは良い度胸ですね。ミスタ・ヒトミ。スリザリンから5点減点」
ベクトル教授の小言を受けながら席に着く。
数占い学は選択科目なので他寮の生徒もおり、グレンジャーの姿も見えたので片手をあげて挨拶しておいた。
授業の内容は論理と魔法が組み合わさったようなもので、中々楽しめた。
…だが、あの部屋は一体何だったのだろう。
授業が終わった後、気になって先ほどの壁を探索してみたが何も見つからなかった。
確かにこの「バカなバーナバス」の絵の向かいの壁だったのだがな。
午前の授業も全て終わり大広間でマルフォイ達と昼食をとる。
「数占い学は内容は中々面白いが、初日から随分と宿題を出されてしまったな」
「貴方が初日から遅刻するから教授のお怒りを買ったんじゃありませんこと?私たちは良い迷惑ですわ!」
ダフネの鋭い返しにわしは首を竦め、傍にいたアステリアがクスクスと笑った。
彼女は既に何人かの友達が出来たようで昨日の硬さも抜け始めている。
本来は明るい性格なのかもしれないな。
マルフォイは時間割を確認して憂鬱そうな声を出した。
「次は魔法生物飼育学か…。ったく、アイツが教師と知ってたら取らなかったよ」
「流石に授業で使う動物くらいは魔法省のカリキュラム通りに進めてくれる筈…だと思いたいですわね」
「そんなに期待しない方がいいかもね」
近くに座っていたセオドール・ノットが呟いた。
内気だがとても鋭い頭脳の持ち主の彼の言葉には拝聴の価値がある。
「何か知っているのか?」
「ポッター達に喋っているのを聞いたんだ。『今日はすげえのを見せてやるから期待してろ』って。気合いを入れすぎて失敗する未来が見えるよ」
食事を済ませた後、別の授業を取ったダフネと別れて城外のハグリッドの小屋に向かう。
厚手のオーバーを着込んだハグリッドは皆を放牧場のような所に連れてくると、教科書を開くように命じた。
わしは夏休みの早めにブロッツ書店でバイトを始めて、皆に「怪物の本」の開き方を教えてきた。
この本は相応の実力を持った者が背表紙を撫でた時にだけ大人しくなる。
もしも本から実力が無いと思われた者が背表紙を撫でたとしたら…。
「う、うわぁ~!来るなぁ!」
「ロングボトム、本から手を離せ!俺がやる!」
こうなる。
ロングボトムに噛みつこうとしたところをハグリッドが押さえつけて背表紙を撫でると、本は大人しくなった。
「こんな本を教科書に指定するとはユーモアたっぷりだ」
「お、俺はこいつらが面白ぇ本だと思ったんだが…。」
2年前に無礼な態度を取られた仕返しか、嫌味たっぷりにマルフォイがハグリッドを責める。
ハグリッドは自信を失ったように巨体を縮めさせたが、ポッターの励ましで気を取り直し奥に向かった。
その間マルフォイとポッターの間に軽い口論があったが、グリフィンドールの女子が甲高い声をあげた事で皆の注意は逸れた。
ハグリッドが連れてきたのは獰猛そうな爪と嘴を持った美しい鳥獣だった。
誇り高そうな4足歩行の生物を見て、生前使役していた炎蹄を重ねて懐かしい気分になった。
ハグリッドも中々良いセンスをしているじゃないか。
このセンスが分かる人物は少数派のようで、多くの者は鋭い爪と嘴を見て怯えていた。
ハグリッドはこのヒッポグリフという生物について簡単な説明をすると、一番乗りは誰かを聞いた。
皆がしり込みする中で真っ先に手を挙げる。
ハグリッドはポッターにして欲しかったらしく彼の方をチラリと見た後、わしをバックビークという名の灰色のヒッポグリフの前に連れ出した。
「さあ落ち着けよ。アー……ミスタ・ヒトミ。目を逸らさず、お辞儀をするんだ」
猛々しいオレンジ色の目を真っ直ぐ見ながら静かに頭を下げようとしたが、その前にバックビークがわしに礼をした。
ハグリッドは大層驚いたようで目を大きく見開いていた。
「てーしたもんだ…!こいつの方から頭を下げるなんて。よし、触ってもええぞ。嘴を撫でてやれ!」
バックビークの鋭い嘴を撫でてやると、やつはすり寄ってきて気持ちよさそうに目を閉じた。
クラス全員が拍手する中、マルフォイはハグリッドの授業が盛り上がってしまった事を面白くないと言うようにそっぽを向いた。
ポッター達は少し複雑そうな顔をしていた。
ハグリッドの授業が盛り上がった事は嬉しいが、わしの成功を素直に喜ぶ事もできないのだろう。
「じゃー次だ。ヒトミ、バックビークに乗ってみろ」
「分かった」
この瞬間を待っていたので、言葉を聞くなり意気揚々とバックビークの背に飛び乗る。
4メートル程の翼が身体の左右で開き、そのまま羽ばたいて空を飛び始める。
馬である炎蹄と比べると乗り心地は良くは無いが、動物に乗って宙を駆ける感覚は久しぶりで心が熱くなった。
あの時、わしは確かに戦国の世を自由自在に飛び回っていた。
炎蹄は奈落に与えられた物では無い。
わしに自らの意思で忠誠を示し、常に従ってくれた。
炎蹄に乗って宙を駆け回り何度も犬夜叉達の攻撃を結界で防ぎ、奴らを挑発したものだ。
わしはバックビークの滑らかな毛を撫でながら、目を閉じて過去の思い出に暫し浸っていた。
着地の瞬間は思った以上の衝撃があったが、全く動じずに姿勢を保ち続けた。
「おどれーた!てーしたもんだな、ヒトミ!」
見ていた者たちの多くが歓声を上げ、ハグリッドからを褒めちぎられた。
わしは久しぶりに動物と共に空を飛んだ嬉しさから、バックビークの首に抱き着いて礼を言った。
「良い時を過ごさせて貰った。感謝する」
バックビークはこちらこそ楽しかったと言いたげに低く鳴いた。
その後、バックビークに乗っている間とても楽しそうだったと他のスリザリン生にからかわれて少し恥ずかしい思いをした。
マルフォイは何も言わなかった。
『マルフォイ視点』
僕は楽しそうにヒッポグリフに乗るヒトミを見て強い苛立ちを感じていた。
あの下品な森番の授業を盛り上げてやるような事をするなんて裏切られたような気分だ。
大広間では確かに森番への悪口に同調してくれていたのに…。
優雅に宙を舞い、地上に降り立った彼に皆が歓声を送る中で僕はそっぽを向いていた。
少し子供っぽい態度だとは分かっていたが、ヒトミに僕が怒っていると教えてやりたかった。
だが奴は僕の様子など気づいても居ない様子で、ヒッポグリフに抱き着いて上機嫌で何かを話していた。
地上に降りたヒトミは皆に囲まれて、褒められたりからかわれたりして少し困っていた。
ヒトミの見事な飛行の後、森番は皆にもヒッポグリフとの対面をやらせた。
多くの者がヒッポグリフの毛並みに感動する中、僕は森番の授業を嫌がっているのが自分だけのような気がして疎外感を感じていた。
ヒトミへの対抗心からバックビークと呼ばれた灰色の獣を選び、正面から向き合った。
鋭い嘴と気高そうなオレンジの瞳を見て少し恐怖を感じたが、内側から湧き上がるその感情を懸命に押し殺して礼をする。
バックビークもすぐに礼を返してくれたので、安心しながら背中を撫でてやった。
滑らかな羽毛は確かに触り心地が良く、ヒトミが気に入るのも分からなくはない。
そう思うと何やら負けたような気がしたので僕は憎まれ口を叩いた。
「ヒトミに出来るんだ。簡単だと思ったよ。そうだろ?醜いデカブツの野獣君」
バックビークのオレンジ色の瞳が吊り上がったのを見て失言を悟ったがもう遅い。
鋭い爪が光った次の瞬間、僕の右腕は強く引き裂かれていた。
バックビークが更に攻撃を仕掛けようとした時、僕は横から強い衝撃を受けて押し倒されていた。
何が起こったのか分からずに起き上がろうとすると、耳元で「動くな」と強い声が聞こえる。
何度も聞いた偉そうな声には、焦りと苛立ちが含まれていた。
僕を護るように覆いかぶさっているのはヒトミだった。
「バックビークよ。こいつが無礼な事を言ってすまない。ここはわしに免じて引いてくれないか?」
バックビークの目を見ながら真剣な声を出すヒトミを見て、奴の顔から怒りの色が消えていく。
ヒトミには猛獣使いの才能でもあるのだろうか?
バックビークはすぐに大人しくなり、森番に首輪をつけられて放牧場の奥の方へ歩いて行った。
事が収まった事を知り、恐怖と混乱で忘れていた痛みがぶり返してきた。
僕はこんな鋭利な傷を負った事など初めてだったので、パニックになって大きな悲鳴をあげた。
「痛い…!死んじゃう!僕、あいつに殺される!」
「死にゃあせん!大丈夫だ…すぐに医務室に連れていく!」
森番の大きな腕が僕を抱え上げてドスドスと音を立てて走り出した。
大嫌いな男に抱えられているのは不愉快だったが、今はただ従うしかない。
皆が心配そうに見守る中、僕は城へと運ばれていった。
マダム・ポンフリーの処置で痛みはすぐに無くなったが、僕はまだ傷口が疼くと嘘を言った。
余計な一言で怪我をして、ヒトミと森番に助けられて終わりじゃ馬鹿みたいだ。
僕が怪我をした事を知れば当然父上は抗議するだろう。
もしかしたら森番を首に出来るかもしれない。
僕は都合の良い未来を想像して、誰にも見られないよう笑みを浮かべた。
木曜日の「魔法薬学」の授業では怪我が痛むと嘘を言ってポッターとウィーズリーをこき使ってやった。
彼らの悔しそうな顔を見ているのは良い気分だったが、ヒトミが冷たい目で僕を見ている事に気づき目を逸らした。
…怪我をしたのはバックビークを侮辱した僕が悪いんだって、本当は分かってる。
でも、この一件を騒ぎ立てて森番を首にしてやれば僕の学校生活は快適なものになるんだ。
自分に言い訳をしても、心の中に浮かんだ影は消えなかった。
※感想で書かれていたアイデアを採用いたしました。
ありがとうございました。
・9/7 誤字報告ありがとうございます。修正しました。
・12/28 矛盾あるシーンをご指摘いただきありがとうございます。修正しました。