わしを見てクスクス笑いをする女子がちらほら見えるようになった。
気になったので一人の女子を捕まえて問い詰めてみると、バックビークに乗った時の写真が見つかった。
わしはこんな屈託のない笑顔を浮かべていたのか…。
これが一部の女子の間で広まっている事を知り、恥ずかしさと怒りで顔が赤くなる。
写真の出所を突き止めるべく聞き込みを続けた結果、同じ寮のブレーズ・ザビニという男子生徒が首謀者だと発覚した。
「バレちまったか。お前は女子に人気があるからよ。お楽しみのところを写真に撮って売れば儲かると思ったぜ」
「ふざけるな。盗撮だぞ」
「盗撮?なんだそりゃ」
魔法界には盗撮という言葉が無いのか、親の教育が悪かったのか反省する様子もない。
わしはザビニを軽く締め上げて売り上げの半分を奪っておいた。
それにしても、この学校の生徒は誰か特定の人物にやけに注目したがるな。
お陰で良い迷惑だ。
大広間でルーナと出会った。
何故か奴も例の写真を持っている。
「そんな物捨てろ。不愉快だ」
「この写真ではニコニコしてるのに本人はしかめっ面ね。良く無いよそーゆうの」
大きなお世話だ。
「ヒッポグリフが好きなの?」
「そうだな。奴に跨って空を飛ぶのは良い気持ちだった」
「あたしも好きよ。とっても綺麗だもン。あたしの家にヒッポグリフの羽毛を飾った帽子もあるよ」
「良いセンスをしてるな」
「でもマルフォイって人に怪我させちゃったんでしょ?大丈夫かな」
「…もしも処分される事になったら後味が悪いな」
マルフォイは大怪我をした振りをしてハグリッドを首にする訴えを起こそうとしている。
ハグリッドが首になるのは構わんが、バックビークには巻き添えを喰って欲しく無い物だ。
マルフォイは後ろめたさがあるのか昨晩わしの事を避けていたし、さてどうしたものか。
「でもちょっと意外。ピクシーを虐めてたから魔法生物は嫌いなのかと思った」
「ピクシー共は悪戯が目に余るからちょっと躾けてやっただけだ。わしに従順で無害ならそれなりの扱いをしてやるさ」
動物嫌いだと思われるのも心外なので、鼠を飼っている事を言うと彼女が反応した。
「ジニーのお兄さんもネズミを飼ってるんだって。もう10年以上も生きてるらしいよ」
「ジニー…ああ、ウィーズリーの。どのお兄さんだ?4人も居るから分からん」
「貴方と同級生の子だよ。ハリー・ポッターと良く一緒に居る」
「あいつか…」
そう言えば奴と初めて出会った時、クラッブかゴイルの指にネズミが噛みついていたな。
「10年以上も生きているとは可笑しな話だな。普通は3年くらいで死ぬと聞いたが」
「ずっとウィーズリー家で飼ってるってジニーは言ってたよ。お兄さんから受け継いだんだって」
「そうか…」
この情報が何を意味するのかはまだ分からない。
だが、ロナルド・ウィーズリーの鼠が妙に寿命が長い事は記憶の片隅に留めておこう。、
グリフィンドールの授業でルーピンがスネイプを侮辱するような内容の授業を行ったらしい。
お陰でスネイプはご機嫌斜めだ。
土曜日に「守護霊の呪文」の指導を頼んだが、その時に機嫌が治っている事を願いたいものだ。
我らが寮監様を侮辱したルーピンの授業は金曜日の午後に行われた。
噂で聞いた通り、一度目の科目は「まね妖怪(ボガート)」の退治だ。
ルーピンは皆に「リディクラス」の呪文を復唱させた後、一人一人を前に出させてボガートと対決させた。
ボガートは次々と妙な恰好にさせられ皆の笑いを買った。
もしも自分がボガートと戦う事になったら何が出てくるのだろうと想像する。
恐怖する物と言えば、やはり「死」なのだろうか?
わしを実質的に死に追いやった奈落が出てくるか、法師の風穴が出てくるか、吸魂鬼か。
幸か不幸か、出番が来る前に授業は終わってしまった。
自分の中に恐れる物があるのなら、それを知っておきたかったのだがな。
スネイプの一件でスリザリンの生徒はルーピンを敵視していたが、多くの者はその感情を一変させたようだ。
授業で当てられてボガートを退治したダフネはすっかりルーピンの授業を気に入ったようだし、内気なノットも授業後は楽しそうに見えた。
マルフォイはルーピンのあら探しを始め、聞こえよがしに彼のみすぼらしい服を馬鹿にした。
彼がルーピンを馬鹿にするのはスネイプの件が原因ではない。
わしが魔法生物飼育学の授業を楽しんでいた事への怒りと、バックビークを侮辱して怪我をした事への後悔と後ろめたさ。
それらの自分の感情のはけ口を求めているに過ぎないと推測した。
入院中に見舞いに行っても寝たフリをされたりと、最近は少しぎくしゃくしている。
去年のように何週間も話さなくなるのも面倒だし、こちらから声をかけてみるか。
その日の夜にマルフォイをチェスに誘ってみると、彼は戸惑いながらも受けてくれた。
騒がしい談話室の片隅でポーンを前進させながら口を開く。
「わしがハグリッドの授業を楽しんでいた事が気に入らないようだな」
図星を突かれたマルフォイは一瞬息を呑んだが、強きな目で睨んできた。
盤面でポーンが奴のルークに殴り倒される。
「そうだよ。あんな野蛮な獣で懐柔されるなんて君は思ったよりも甘いな」
「そうだな…。わしは以前馬を飼っていて、良く背に乗り駆け回ったんだ。もう死んでしまったがな。ヒッポグリフに死んだ馬の事を重ねて楽しんでいたが、それが貴様の気分を害したようだな。すまなかった」
わしの釈明と謝罪を聞いたマルフォイは無言になった。
暫くチェスが続き盤外に損傷した駒が積み重なった時、マルフォイは再び口を開いた。
「…いいさ。君が動物好きな事は知っているし、そんな事情があったなら…。それに、別に僕が嫌いな相手を君まで嫌う必要はない。僕が……子供だった」
「…マルフォイ」
「怪我したフリもそろそろ辞めようかな。ポッター達をこき使い、森番の落ち込んだ姿も見てだいぶ気が晴れたしな」
彼が包帯をポンと叩いておどけるような笑みを浮かべた時、フリントが談話室に入って来た。
奴はクィディッチ選手を集めて土曜日の朝に今学期初めての練習が決まったと発表した。
今年で卒業のフリントは優勝杯を得る事に情熱を燃やしているのか、そのまま演説を始める。
「去年は『秘密の部屋』の騒動でクィデッチ自体が中止になったが今年は違う!俺たちの年になる!俺たちこそ最高の選手であり、俺たちの手には最高の箒がある!」
彼のこの主張には何人かが同意の声を上げた。
勢いずくフリントは他寮の選手をこき下ろし始め、ライバルのウッドや女子に人気があるディゴリーは、「熱血バカ」「顔だけのウスノロ」等と馬鹿にされていた。
20分近くに渡った演説と言う名の悪口を聞き終え、疲れた顔でチェスに戻ろうとする。
「待ってくれ。マルフォイは次の練習は休んでくれて良い」
「でもフリント、僕の怪我は」
「ああ。ハグリッドを辞めさせる為なんだろ?だったら練習もできない程痛いって事にした方がいい」
意地悪な笑みを浮かべるフリントを見て、彼もあの森番を良く思っていないのだと気づく。
マルフォイは何かを言おうとしたがフリントに肩を叩かれて黙り込んだ。
「そんな顔をするなよドラコ。森番の事だけじゃなく、こいつは俺達にとって有利になるんだ。良いか、グリフィンドールの初めての対戦相手は俺達スリザリンだ。当然奴らは俺達への対策をしてくる。そこで、直前になってシーカーが怪我で出られないので対戦の組み合わせを変えてくれって申し出るんだ。奴らは突然対戦相手が変わるんだから大慌てだろうぜ」
トロールのような図体をしている割に中々の策士だな。
失礼な事を考えていると、それがバレたのかフリントに頭を小突かれた。
言いたい事を言ってフリントは去っていき、残された2人は顔を見合わせた。
「フリントは貴様が暫く怪我の演技を続ける事をお望みらしいな」
「厄介な事になったものだよ。まぁ自分が蒔いた種だけどさ」
同時に大きなため息をつく。
ちなみに、チェスはわしが勝利した。
「あら、仲直りしたんですの?今回は短くて良かったですわ」
この度の仲違いはダフネに気づかれ、心配されていたようだな。
彼女も交えて何度か対戦を行い、談話室に人が少なくなった所で部屋に引き上げた。
「…君のお気に入りの獣が死ぬような事にはしたくない。だけど、あの森番を首にするくらいは構わないだろう?」
「ああ、それで良い。…助かる」
マルフォイは訴えをやめるつもりは無いようだが、配慮を忘れないでいるのは助かるな。
何はともあれ、奴との関係も元通りになったようで一安心だ。
土曜日の朝は早起きして城外に出て、久しぶりに薙刀の感覚を確かめてから競技場に向かった。
気持ちよく空を飛び回り、フォーメーションの確認を何度か行う。
これからという所で雨が降り始めたので予定より早く解散し、約束の時間まで適当に時間を潰し、スネイプの研究室に向かう。
「今日貴様に教えるのは『守護霊の呪文』だ」
スネイプは「守護霊の呪文」の効力や使い方の説明を簡単にしてくれた。
既に書物で知っている内容もあったが、本には書いていないコツ等も教えてもらう事が出来た。
「最も幸福な瞬間を思い浮かべて呪文を唱えるのだ。呪文は『エクスペクトパトローナム』だ」
スネイプの指示のままに研究室の中央に立ち、虚空に杖を構える。
幸福な瞬間か…。
わしにとっての幸福とは何か分からんが、やってみるしかない。
目を閉じて今まで生きてきた思い出の中から適切な物を探す。
…秘密の部屋で自分が継承者だと偽ってバジリスクを従属させたことを思い出す。
あの瞬間、確かに勝利の快感を感じていた。
この記憶を使ってみるか。
バジリスクを従えた瞬間の高揚感を強く想いながら呪文を唱える。
「エクスペクト・パトローナム!」
…何も起こらない。
上手くいけば杖の先から半透明の守護霊が現れる筈だが…。
「その記憶では無いようだな。…別の記憶を思い浮かべてみろ」
再び目をつぶり記憶を遡り、幾つかの幸福な記憶を浮かべながら呪文を放ってみた。
賢者の石を手に入れたと思えた僅かな時間の事、ヒッポグリフに乗って空を駆けた時の高揚感…。
これらの記憶を使って何度も呪文を唱えたが、小さな靄のようなものを出すのがやっとだった。
「…今日はここまでにしておこう。次の土曜日も吾輩の部屋に来い。自分にとって何が幸福なのかを良く考えておくのだな」
1時間ほど呪文を見て貰いスネイプの研究室を後にする。
こうも呪文が上手くいかなかったのは初めてだ。
わしはある種の敗北感と無力感を感じながら寮に戻り、ベットに寝転んだ。
「どうしたんだ。ご機嫌斜めじゃないか」
「そう見えるか?…少しな」
おざなりな言葉を返すとマルフォイは肩を竦めた。
…守護霊の呪文はプラスのエネルギーだ。
わしはマイナスの生き方をしてきたので、相性が悪いのかもしれない。
「そろそろ夕食の時間だな。落ち込んでると食いっぱぐれるぞ」
マルフォイの言葉に顔をあげてメランコリーな気分のまま大広間に向かう。
レイブンクローのパドマ・パチルが男子生徒に告白されたらしく、ダフネ達はその事で盛り上がっている。
ぼんやりと話を聞きながらソーセージを齧っていると、マルフォイが女性陣を見ながら呆れた顔で呟いた。
「女子は恋バナが好きだな。一日でレイブンクローの話がスリザリンまで伝わるのを見ると恐ろしく感じるよ」
「そうだな。恋か…わしとは無縁だな」
「…そんな事はないと思うけどな」
「そう言えば貴様はパーキンソンに好かれているようだな」
「ん…まぁ、そうだな」
わしの指摘に、マルフォイは少したじろいだ。
そして、パーキンソンがトイレに行って不在な事とダフネやアステリアが話に夢中なのを確認し、彼は小さな声で耳打ちした。
「実はダフネの妹が最近気になっているんだ。パーティで顔くらいは知っていたけど話す機会も無くてさ。彼女が入学してからたまに勉強を教えてやってて…。それで気づいたんだけど、その…彼女って素直でかわいいだろ?だからさ」
「そうか…確かに良い子かもな。素敵じゃないか」
「誰にも言うなよ…」
「安心しろ。わしは口が堅い方だ」
マルフォイとアステリアか…案外お似合いかもな。
パーキンソンにはお気の毒な事だがな。
夕食を終えた後、不思議と守護霊の呪文が上手くいかなかった事の悔しさは吹き飛んでいた。