夏休みはあっという間に過ぎていき、練習の成果があったのか、呪文はそれなりに使えるようになって居た。
だが体の動きは生前に比べて鈍く、もどかしさを感じる事もあった。
9月1日。
神楽は仕事で来れないので、駅までは神無と2人で行くことになった。
「白童子よ。ちょっと良いか」
「…なんだ」
部屋で身支度をしていると奈落が話しかけてきた。
思わず身構えてしまう。
奈落は出かけている事が多いので話す機会は少ないが、外でよからぬ事をしているのだろう。
この国の事を学んで知ったのだが、この家は普通よりも遥かに大きい。
外から見ると平均的な一軒家にしか見えないが、内装は小さな城のように立派だ。
飾られている絵画や美術品はどうやって手に入れたのやら。
「わしからの入学祝いだ。受け取れ」
奴が差し出したのは鞘付きの小さな刃物だった。
…いや、違う。
刃物を受け取って軽く振ってみると、生前に使っていた薙刀へと変化していた。
懐かしい手触りだ。
「ホグワーツは安全という触れ込みだが…今年は厄介な奴が入学するからな。念のためだ。学校の許可もとっておいた」
厄介な奴とはわしの事か、それともポッターの事なのか…。
「白童子、後ろを向け」
奈落の言葉だ。
この男に背を向けることを一瞬躊躇したが、今は力の差もあるので逆らうのは得策ではない。
そもそも奴がその気なら、寝込みを襲うなり方法はいくらでもある。
素直に従うと、奴は着物を脱がせて背中の蜘蛛の火傷跡に触れた。
この蜘蛛の火傷跡は呪いのように今も残っている。
奴が何やら呪文を呟くと、妖気が体の中に流れ込んでくるのを感じた。
「貴様…何を!」
「落ち着け。貴様に害はない。この世界には心を読む魔法がある。それをされたら面倒だろう」
確かにそうだ。
数百年前の日本で妖怪をしていた事が知られれば、化け物と恐れられて殺されるだろう。
「これは日本の妖術の一つで、心を読む術へ対抗する力がある。この国の者にそれを解くことはできまい。…一部の者を除いてだがな」
不穏な言葉を残して奈落は去っていった。
その後姿を見送り、手にした薙刀を見つめる。
この薙刀といい心を守る術といい…随分とお優しい事だ。
奴が父性にでも目覚めたのか…?
わしは馬鹿げた想像を頭から振り払う。
そんな事があるはずがない。
火傷跡に妙な術を施したのは情報が漏れるのを避けるため。
ただ、それだけだろう。
薙刀を握りしめ、小さくなるように念じて短刀程のサイズにする。
「…行くぞ、神無」
鞘に短刀を納め、神無を従えて家を出る。
冬休みに帰宅しないかぎりホグワーツには一年近く居ることになる。
暫くの間この家に戻らないことになるが、名残惜しいという気持ちはさらさらないな。
むしろ清々する。
…………。
目覚めてから数か月を過ごした家を一瞥し、駅に向かった。
キングス・クロス駅はとても広く、人で一杯だった。
わしらは大荷物を抱えている為にとても目立っているようだった。
この格好のせいで視線を浴びることには慣れているからどうということはないが。
神楽から聞いていた通り9と4分の3番線を探す。
見た感じ、そんな路線は無いようだが…既に目星はついている。
「9番と10番の間の柱は4本…つまり3本目の柱を通れという事だろう」
自信満々に柱に突っ込んでいくと何かを通り抜けたような感覚に包まれる。
次の瞬間に景色はまるで変っていた。
紅色の状機関車がプラットホームに停車している。
狭いホームは生徒と見送りの家族で埋め尽くされ、話し声や猫の鳴き声が聞こえる。
これが魔法使いの駅か…。。
蒸気機関車というのは今時珍しいが、本質的にはマグルの駅と変わらないようだな
神無が少し遅れてホームにやってきた。
わしは静かに周囲を観察してから汽車に乗り込んだ。
人混みに不機嫌になりながらも開いている席を見つけて荷物を置く。
まさか汽車の中がこうも混んでいるとはな。
ご自慢の魔法で何とかして欲しいものだ、と毒づく。
「ここ、いいかな?他は空いて無くて…」
丸顔のどこか間抜けそうな小僧が話しかけてきた。
追い出そうかとも思ったが、初日から角を立てることもないだろう。
座って良いというジェスチャーをする。
「ありがとう」
小僧は安心したような笑顔を見せると、荷物を置いて席に座った。
暫くの間無言の時間が続いたが、小僧が意を決したように言葉を発した。
「君たちは…ええと、双子なの?」
「双子ではないな。こいつは一歳下で来年入学だ」
「そっか。あ、僕はネビル・ロングボトム」
聞き覚えがある苗字だ。
確か、近代の魔法使いを書いた本に乗っていたような気がするな。
…ロングボトムが何か言いたげに見てるな。
ああ、そうか。
わしにも名乗ってほしいのか。
「わしは…」
自分の名を言おうとして気づく。
これからは奈落が決めた人見という姓を名乗らねばならないのだった。
…だが、偽名を言う訳にもいかないし、この姓を使うしか無いな。
考えをまとめ、意を決して名乗ろうとした時。
「ここ開いているかしら?」
扉を開けて栗毛の小娘が入ってきた。
出鼻をくじかれた格好となり、内心で舌打ちをする。
ロングボトムが許可を求めるように見てきたので、渋々頷く。
「ありがとう。私はハーマイオニー・グレンジャーよ。貴方たちは?」
「僕はネビル・ロングボトムさ。彼は…」
2人の視線を浴び、観念して口を開く。
「ハクドウシ・ヒトミだ。こいつは一つ下のカンナ」
西洋式の姓を先に言う文化はどうも気に入らん…。
紹介されても無表情な神無に軽く会釈すると、グレンジャーはさらに話を続ける。
「よろしくね。私の事はハーマイオニーでいいわ。
ねぇ、貴方たちはどこの寮に入りたい?私いろんな人に聞いたり本を読んだりして調べたの。
レイブンクローも悪くないと思うけど…。
でもやっぱりグリフィンドールね。ダンブルドアもそこ出身だって聞いたしね。
勇敢な人が入る寮だと聞いたわ。私は自分が勇敢かどうかは分からないけど…」
グレンジャーは一息にこれだけのセリフを言ってのけた。
よく回る口だと感心する。
それにしてもそろそろ汽車が発射する時間だ。
グレンジャーの勢いにロングボトムがたじたじになっているのを横目に神無を促す。
「そろそろ汽車が出る。降りろ」
神無は軽く頷いて席を立つ。
人形のように微動だにしなかった神無が急に立ち上がった事で、ロングボトムは少したじろいだ。
「じゃ、じゃあね」
「また来年会いましょう」
神無は2人の言葉に振り返りもせずにコンパートメントを出て行った。
やがて笛が鳴り、汽車がゆっくりと走り出す。
「ネビルや!しっかりやるんだよ!」
大勢の見送りの人の中から老婆の声が聞こえ、ロングボトムが恥ずかしそうに身を縮める。
汽車はスピードをあげ、すぐに駅が小さくなってしまった。
「あなたの妹、ちょっと不愛想だわ」
静かになったコンパートメントの中、寂しそうに駅の方を眺めていたグレンジャーが呟く。
そうだな、と肯定しておく。
…わしも奴の事を言えた義理ではないかもしれないな。
「と、ところでさっきの話だけど。ハクドウシはどの寮に入りたいんだい?」
「わしか…。 入りたい寮に入れるとも限らないだろうが…」
顎に手を当てて少し考える。
神楽からホグワーツの事を聞いたことがある。
ホグワーツには4つの寮があって、神楽はスリザリンだったらしい。
ならば必然的に…
「スリザリンかもしれんな」
「えぇ!?」
「ス、スリザリンに!?」
わしの答えに2人が大きな声を出した。
「スリザリンって…その、闇の魔法使いを多く出した寮だって聞くよ」
「そうよ。例のあの人だってスリザリンだったんでしょう?考え直したら?」
「例のあの人か…。
だが、わしの不肖の姉もスリザリンだったしな。認めたくはないが奴とは同類だ。
ならば弟もそうなる可能性が高いだろうと思ってな」
わしの答えに2人は顔を見合わせる。
少しの間沈黙が流れ、汽車の音だけが部屋に響き渡る。
「僕は…ハッフルパフかもしれない」
沈黙を破ったのはネビルだった。
「劣等生の寮だって聞くんだ。
グリフィンドールに入りたいけど、僕はドジばかりだしきっと入れないよ
でも、ハッフルパフに入ることになったらばぁちゃんにきっと叱られるだろうな」
随分な言われようだな、ハッフルパフは。
「それはご愁傷様だな」
冷たく言い放つ。
グレンジャーがロングボトムをフォローしているのを見ながら窓の外を見る。
暫くの間自然に触れていなかったので、草原や森といった景色がなんだか恋しく思えた。
・9/1 加筆修正しました。
・2017/05/09 文章を修正しました。