今年最後のクィデッチの試合が終わった後はすぐにテストがある。
悲願の優勝を勝ち取ったのに浮かれる間も無いとはグリフィンドールさんもお気の毒だな。
今年もスリザリンでは勉強会が行われ、1年生のアステリアや一匹狼のノットも参加していた。
わしやマル…ドラコのような成績が良い者が、クラッブやゴイルのような成績が悪い者に教えると言う図式が自然と出来上がる。
「テストってとても難しいのでしょう?不安ですわ…」
「君なら大丈夫さ。浮遊呪文も一度で成功させたんだろ?自信を持つ事だ」
初めてのテストに緊張気味のアステリアをドラコが優しく励ましている。
クィデッチでの敗北の時に思い切り泣いた事で気持ちを切り替えたのか、すっかり普段の調子を取り戻しているようだ。
微笑ましい光景だ…アステリアに嫉妬の眼差しを送るパーキンソンを見なければ、だが。
そして、テスト週間が始まる。
わしは全てにおいて好調で、変身術ではティーポットを完璧な陸亀に変え、魔法薬学では「混乱薬」を無事に調合してみせた。
魔法生物飼育学は虫が1時間後に生きていれば合格、と言うお粗末な試験内容だった。
ハグリッドが試験よりもバックビークの事に気を取られているのは明らかだな。
金曜日の午後には全てのテストが終わった。
城の外に出ると解放された表情のドラコと出会い、何もする気になれずにブラブラと散歩した。
「これで全て終わったな。バタービールでもグイッといきたい気分だ」
「ホグワーツでも飲めればいいんだけどね。マダム・ロスメルタがレシピを教えないのかな」
「何処でも飲めるようになったら価値が無くなるからな…」
他愛もない話をしながら歩いていると、暗い表情のポッター達と出会った。
わし等を見るなり敵意の籠った視線を送って来たので、ドラコも少したじろいでいたが、すぐに立ち直ると煽る様な声で彼らに声をかけた。
「おいおい、出会い頭に人を犯罪者を見るような目で見るのは失礼じゃないか?」
「…犯罪者も同然だろ!」
「犯罪者…それは君のお父上の事かいウィーズリー?去年は大変だったなぁ、役所で尋問を受けたんだろう?」
ドラコの返しにウィーズリーは苦い顔をした。
わしは奴らが何故暗い顔をしていたのか察しがついたので、ドラコを引き寄せて耳打ちした。
「奴らが暗い顔をしているのは今日がバックビークの処刑日だからだろう。今はあまり煽らない方が良い」
「そうか…そうだったな」
「何をコソコソ話してるの!?」
グレンジャーが厳しい目で睨んでくる。
向こうさんは舌戦をお望みのようだが、流石のドラコも今の彼らを煽る気にはなれないようなのでその場を離れる事にした。
「おい待て、逃げるなよ!」
「…もう良いでしょロン。それより、これからの事を考えましょう」
「今日の日没に処刑って言ってたよね。でも、寮を抜け出そうにもマントが無い…」
去っていく時に話し声が聞こえた。
今日の日没か…せめて最期くらいは看取ってやるか。
城から出るのは面倒だし、アレを借りるとするかな。
「神無、ここに居たか。ルーナも」
中庭にあるテラスで、神無とルーナがノートにチェックを入れながらお茶しているのを見かけた。
2人は今さっき終わったテストの答え合わせをしていたようだ。
ルーナに断って少しだけ神無を借りる事にした。
「神無、今晩貴様の鏡を貸してくれ」
「…構わないけど、貴方では使えないと思うわ」
「何だと?」
「鏡で遠くの光景を見れるのは、多分私と奈落だけ…。貴方が見ても自分の顔が映るだけよ」
淡々と語る神無を前に歯噛みする。
わしは奈落の力を受け継いだ筈なのに、奴に出来る事が出来ないというのが悔しかった。
鏡を借りても意味がないなら今晩城を抜け出すしか無いな…。
話を追えてルーナの所に戻ると、彼女はいつものギョロ目でじっと見つめてきた。
「何を話してたの?」
「ちょっとな」
「あのヒッポグリフ、今夜処刑だってね。見に行くの?」
ルーナはいつもの夢見るような口調で的確に行動を読み当ててきた。
そのことに一瞬怯んだが、嘘をついても仕方ないので頷いた。
「そう…」
「貴様も来るか?」
「ううん、やめとく。今日は早く寝たいもン」
「…なぁ、何故わしの行動が分かった?」
「それはね…ううん、内緒。言ったらナーグルに酷い目に会わされるもン」
夕食が終わると、誰も居ない場所に移動して目くらまし術を使う。
これで夜に出歩いていても見咎められる事は無い。
わしの左右のポケットには、それぞれ厨子と大蛇が入っていた。
夜のお散歩をさせてやろうと考えたわけでは無く、今夜何かが起こりそうな予感があったので連れてきたのだ。
城を抜け出して森番の小屋に辿り付く。
中からポッター達とハグリッドが話す声が聞こえたので念のために物陰に隠れた。
奴らも処刑を見届けに来たのかと思ったが、話から察するにハグリッドを慰めに来たようだな。
カップが割れる音がした後、スキャバーズが見つかったとウィーズリーが騒ぐ声を聞く。
「ペティグリューだ!アイツを今捕まえられたらなぁ…」
「ダメよ!私たち、過去の自分に姿を見られちゃいけないの!」
別の方向から話し声が聞こえたのでそちらに視線を移し、驚愕に目を丸くした。
ポッターとグレンジャーが木陰に隠れていたからだ。
目くらまし術のお陰でこちらの存在は悟られていないようだが、何故奴らがここにいるのだろう。
小屋の中からはポッターの声やグレンジャーの声が今も聞こえて居るというのに…。
そこまで考えて、グレンジャーが逆転時計を持っている事を思い出す。
あれを使えば同じ時間に複数の人間が存在する事ができる。
奴らは未来からやってきたのだろうが、どうしてそんな事をするのだろうか。
城の方から足音が聞こえる。
視線をやると、処刑人らしき人物と校長であるダンブルドア、そして魔法省大臣のファッジが近づいているところだった。
ダンブルドアが居るのは分かるが、大臣が一匹の獣の処刑に立ち会う必要があるのだろうか。
ハグリッドはポッター達を裏口から追い出し、直後にファッジ御一行様が到着した。
小屋から処刑の手続きをする声が聞こえる中で、未来から来たポッター達が木陰から出てバックビークに近づいた。
奴らはバックビークの縄を解いて連れ出そうとしているが、抵抗されて上手くいかないようだ。
…なるほど、ここまで見れば馬鹿でも奴らの目的に気づく。
わしは目くらまし術を解き、最初からそこに居ましたと言う顔で奴らに近づいた。
驚きの表情を浮かべる奴らの前で人差し指を口に当て、「静かに」とメッセージを送ってからバックビークの前に立つ。
眼でついて来いと命じると、バックビークは嘘のように従順になり後ろを着いてきてくれた。
…大分歩いたな。
小屋の方からファッジの困惑と処刑人の苛立ちの声、そしてハグリッドの歓喜の叫びが聞こえた。
ダンブルドアは何処か面白がっているような口調だ…気に入らんな。
バックビークはハグリッドの元に行きたがったが、頭を撫でると大人しくなった。
「どういう事なんだ?君はマルフォイの味方なんじゃ無いのか?」
ポッターが困惑の混じった声で言う。
2人は素直に感謝すべきかどうか迷っているようだった。
ドラコがバックビークの事を悔いていると伝えるべきか迷ったが、奴はそれを望まないだろうと考えたのでやめておいた。
「わしは確かにドラコの友だ。だが、バックビークの処刑には思うところがあってな。今夜は隠れてバックビークの処刑を見届けるつもりだった。それが死んでいくこいつへの手向けだと思ったからな。だが貴様らがバックビークを助けようとしているのを見て、協力した方が得だと考えたからそうしたまでだ」
「そう…とにかく、ありがとう」
「礼を言うのはこっちの方だ」
「えっ…」
「わしは貴様らの行動を見るまでバックビークを逃がそうとは思わなかった。
だが貴様らはそうした…。命を救う事が出来る、これがわしと貴様らの違いかもしれんな…。」
顔を背けながら言葉を紡ぐ。
ポッターはそれに何かを言おうとしたが、グレンジャーに小突かれて黙っていた。
その後は沈黙の時間が続いた。
わしは今夜何かが起こると予感していたのでここに居座りたかったが、ポッター達はわしが居てはどうも都合が悪い様子だ。
仕方がないので一芝居打つことにした。
「バックビークの事だが、逃がした後の当てはあるのか?」
「アー…うん、まぁね」
「そうか、ならば後の事は任せる。わしは一足先に城に戻らせて貰おう」
バックビークのふわふわの頭を撫でて別れの挨拶をし、城へと歩き出す。
…よし、奴らが追ってくる気配はないな。
わしは一度木陰に隠れ、再び自分に目くらまし術をかけて透明になってポッター達の元へ慎重に向かった。
2人はわしが城に戻ったのだと安心した様子で、「まさかヒトミが手を貸してくれるなんて」などと他愛のない話をしていた。
奴らは今夜バックビークを救う以外の何かをしようとしていると読んだ。
それを観察させて貰うとしよう。
…もっとも、手に負え無さそうならトンズラさせて貰うがな。
「スキャバーズから離れろ!離れるんだ!嫌な猫め…」
「ロン!危ない!」
現在のポッター達に危機が起こった。
ウィーズリーが鼠を捕まえた直後に大きな犬が現れたのだ。
犬はウィーズリーの足首に噛みついて暴れ柳の方に引っ張っていき、コブを押して入り口を出現させて中に入った。
ポッター達は犬とウィーズリーを追っていった。
…さて、どうするか。
あの犬が何者かは分からんが、暴れ柳の隠し通路を知っていた事からただの犬とは思えない。
誰かの命令を受けて動いている、あるいは動物もどきなのか…。
どちらにせよ、暴れ柳の中に何が待ち受けているか分からない以上は追わない方が賢明だな。
神無の鏡があれば簡単に中の様子が分かるのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。
わしは厨子に奴らの様子を探らせる事にした。
小声で「危なくなったら逃げろ」と命じると、奴は覚悟を決めた顔で頷いて闇に消えていった。
未来から来たポッター達は、ウィーズリー達が攫われても何もしなかった。
こいつらは先に起こる事を知っていて、過去に起こった何か嫌な出来事を変える為に時間を巻き戻した筈だ。
バックビークを助けるだけでは無く、他に何か目的があるに違いない。
奴らはウィーズリーの鼠の正体がペティグリューだと知っているようだったが、それが関係あるのだろうか。
暫くしてルーピンが現れ、誘い込まれるように暴れ柳の入り口に入っていく。
少し遅れてスネイプも現れ、地面に落ちていた「透明マント」とやらで身を包み透明になった。
恐らくスネイプも暴れ柳の中に入っていったのだろうが…全く、今日の暴れ柳は千客万来だな。
…教師が2人も居るのなら中に入っても良いかもしれないが、未来から来たポッター達の事を考えるとそれは躊躇われた。
わしの登場に奴らが驚いていたのは、奴らが経験した過去にわしの存在が無かったからだろう。
わしがここで暴れ柳の中で起きている出来事に関われば、歴史が大きく変わる。
そうなった場合はタイムパラドックスが起こって不幸な結果をもたらすかもしれない。
それに今夜は満月だ。
そこまで間抜けでは無いと思うが、ルーピンが今夜何の対策もしていなかった場合は奴が狼に変化してしまう。
人狼は変化した後は理性を失うので、生徒にも襲い掛かる可能性がある。
…ポッター達は厨子が見張っているので、無駄なリスクを負う必要はない。
逸る心をなだめながら、静かに時を待った。
このあと一体何が起こると言うのだ…?
1時間ほど待って、ようやく事態に動きが見え始めた。
暴れ柳の根元にある入り口から複数の人影が見える。
スネイプは気を失った状態で魔法で移動させられ、ポッターはブラックと親し気に話をしている。
…ポッターめ、ブラックに懐柔されたか?
見慣れない小男の姿も見えるが、ここからでは良く見えないな。
雲が切れて月明かりが一行を照らした。
周囲が少し明るくなるにつれてルーピンの姿が変わり始めた。
手足が震え背中が盛り上がり、至る所に毛が生え始める。
馬鹿が…今日が満月と忘れていたのか!?
ブラックは巨大な犬に変化して狼に飛び掛かり、2匹の獣は互いを食い殺そうと争い始めた。
わしはその光景を見ながら腰を浮かせて逃げる準備をする。
あの犬の正体がブラックだった事は驚きだが、理性を失った獣を相手にするのは危険だからな。
「ペティグリューが逃げるわ!」
過去のグレンジャーが悲鳴を上げた。
あの小男はペティグリューだったのか…。
わしはポケットからウトウトしかけていた大蛇を取り出して、素早く命令した。
「鼠もどきが居るので捉えろ。牙は立てるなよ…お前の牙では殺してしまう。殺さない程度に締め上げて大人しくさせるんだ」
大蛇が頷いてポケットから滑り降りるのを確認し、わしは今度こそ駆けだした。
湖のほとりまで逃げて一息ついていると、キャンキャンという犬の鳴き声が聞こえた。
湖の反対側で犬が数匹の吸魂鬼に囲まれている。
犬はブラックの姿に変わり、助けに来たポッターやグレンジャーも吸魂鬼に恐怖していた。
対岸の火事と思って見ていたが、吸魂鬼の数はみるみる増えて反対側に居るわしの心にも不快感を与えた。
頭の中に法師の風穴と奈落の嘲笑が響き渡る。
……しつこいぞ、消えろ!
いつまでも貴様らごときに振り回されてたまるか!
この時はまだ走って逃げるだけの余力があった。
吸魂鬼は奴らに気を取られているので、正反対の方向へ駆けだせばこの脅威から逃れられる。
だが、吸魂鬼への怒りと、過ぎ去った過去にいつまでもとらわれている自分への苛立ちから、杖を抜き立ち向かうことを選んだ。
「エクスペクト・パトローナム!」
杖先から炎蹄によく似た守護霊が現れて吸魂鬼達に向かっていく。
わしの守護霊は競技場で出したものよりも遥かに強力なものとなっており、奴らを怯ませた。
それでも数匹は諦めずにブラックに向かっていくが、別方向から放たれた牡鹿のような守護霊を見て戦意を失って逃げていく。
またダンブルドアかと思ったが、そこに立っていたのはポッターだった。
見事な守護霊を出したというのに、悲しそうな表情で見つめてきた。
「君…だったのか。そう、か…」
「わしだ。…ご不満なようだな」
「僕は…父さんと母さんだと思ったんだ。湖の向こうに人影が2つ見えて、守護霊が戻っていって…。でも、違ったんだね」
奴の言葉は自分の心を整理する為のものだったので、理解に少し時間が必要だった。
過去のポッターは守護霊を出したのは自分の両親だと思った。
そして、未来のポッターは両親に会う事を期待したが、蓋を開けてみれば守護霊を出したのは自分とわしだったからガッカリしたというわけか。
全く、ポッターの両親と間違われるなど不愉快極まりない。
「…見事な守護霊だった。感謝するぞポッター」
わしはおざなりな礼を言って、まだ俯いているポッターを置いてその場を去った。
奴が出した守護霊からはとてつもない力を感じた。
プラスのエネルギーである守護霊を使うのは奴の方が向いていると言うことなのか、奴の才能がわし以上のものなのか…。
「…全く、気に食わんな」
・9/26 文章を一部修正しました。