ポッターと別れたわしは厨子を呼び戻すべく杖を振り上げる。
「アクシオ!厨子よ来い」
呪文を唱えると、暴れ柳の方向から猛スピードで何かがわしの手に収まった。
体を鋭利な爪で裂かれてピクリとも動かない厨子の姿は、既に死んでいるとわしに悟らせるに十分なものだった。
「…厨子」
厨子の体は血と臓器で汚れていたが、服が汚れるのも構わず厨子の死骸を抱きしめる。
何度も危険な場所に潜り込ませてきたので何時かこうなる覚悟は出来ていた筈だが、わしの心は暗く沈み涙がこぼれ始めた。
少しの間黙祷を捧げてから涙を拭く。
気づけばローブは涙と厨子の血でグショグショに汚れてしまっていた。
わしは暗い気分を無理やり切り替えて、厨子の記憶を読み取ることにした。
ポッター達の後を付けた厨子は、今夜ポッター達の身に起こった全ての出来事を目撃していた。
ポッターとブラックの戦いに割って入り、双方を落ち着かせたルーピン。
ポッター達によって気絶させられるスネイプ。
ブラックとルーピンの口から語られた、学生時代から今までに起きた秘められた真実。
正体を暴かれたペティグリューは殺されそうになったが、ポッターにより命を救われた。
暴れ柳の傍で月を見たルーピンが変化してしまい、ペティグリューの逃走を許してしまう。
ポッターの言葉でそれを知ったブラックは、傍で怪しい動きをする鼠を仕留めた。
それが…厨子だった。
「…そうだったのか」
この数時間に起こった全ての出来事を知って静かに天を仰ぐ。
わしの推理はペティグリューの正体までは当たっていたが、ブラックが無実とまでは断定できなかったな。
ブラックは厨子を仕留めた後でこれはペティグリューでは無いと気づいたようだが、遅いんだよ…。
厨子の死骸を優しくポケットに入れ、慎重に周囲を確認しながら暴れ柳の方向に向かった。
そこには文字通り首を長くして待っている大蛇と、ペティグリューの姿があった。
動物もどきは気を失うと人間の姿に戻るのか、ペティグリューは恐怖の表情で気を失っていた。
大蛇はわしの命令を忠実に守って奴を締め上げたのだろう。
「大蛇よ、よくやってくれた」
ねぎらいの言葉をかけてから、倒れているペティグリューに視線を向ける。
人間が相手でも使えるか不安だが…やってみるか。
「大蛇、済まないがもう一仕事頼む。今からこいつの記憶を読むわけだが、その時わしは無防備になる。もしもこいつが目を覚ましたら攻撃しろ。殺しても構わん」
念のため大蛇に警戒を促してからペティグリューに近づく。
さあ、貴様の記憶を全て見せてもらうぞ。
………赤子の姿が見える………赤子の心が見える…。
赤子は成長し、少年から大人へと変っていく過程で3人の人物と出会う。
ジェームズとシリウスとリーマス。
非常に優秀な彼らと友達になって多くの時を共に過ごしたが、自分よりも遥かに高い能力を持った男達に内心では嫉妬していた。
男は学校を卒業した後、闇の勢力と戦う道を選ぶ。
だが、余りにも大きな闇の力に屈し、友であるジェームズの情報を売って生きのびる事を選んだ。
その後はブラックに汚名を着せて10年以上もの間ウィーズリー家の鼠として生き延びていた。
ブラックが脱獄してから恐れていたことが今夜起こったが、リーマスが狼に変化した事で皆の注意が自分から逸れた。
一目散に逃げ出して再び自由を手に入れたと思ったが、蛇に巻き疲れてそのまま気を失った…。
「…ふぅ、思ったよりも疲労があるな」
額に浮かんだ汗をハンカチで拭きながら呟く。
人間にも心を読む能力が通用したことは嬉しいが、今は一日に1回か2回しか使えないようだ。
これならば開心術の方が便利かもしれないな。
厨子から叫びの屋敷での出来事を読み取っていたので、既に知っている情報もあったが、参考になるものもあった。
ルシウス・マルフォイやセプルス・スネイプを初めとする死喰い人達の顔と経歴。
忠誠心から従っている者は少数派で、ペティグリューを初めとする多くの者は保身の為だけにヴォルデモート卿に従っていること。
こいつが感じた恐怖心によってイメージが増幅されていることを考慮しても、ヴォルデモート卿はとても不気味で強大な力を持っていると理解できた。
わしはペティグリューの額に手をかざしてもう一度心を探ろうと試みる。
人の心を読む感覚を取り戻したので、体の一部に触れるだけで能力の行使ができるようになっていた。
…よし、掴んだ。
わしは今、ペティグリューの心の中の闇を掴みとって自分の支配下に置こうとしていた。
この男の記憶を読むのは2度目なので、容易く心の深いところまで侵入する事が出来た。
わしは生前、かごめの心の闇を掴みとり一時的に支配下においていた。
桔梗の生まれ変わりである女すら従える事が出来るのだから、闇に一度落ちた魂を掴むことなど造作も無かった。
旧友に怯え、死喰い人の報復に怯え、ご主人様のお仕置きに怯えていた心はとても脆かった。
少しするとペティグリューは精神を完全に破壊され、わしの思うがままとなった。
「今日からわしが貴様の次のご主人様だ。普段は鼠になってわしの手となり足となり働いてもらおう。良いな」
生気を失った表情でコクリと頷くペティグリューに次の命令を下す。
「何日かかっても構わん。今からわしが教える住所に鼠の状態で戻ってこい。…行け!」
「忍びの地図」がある以上、城にペティグリューを留めておくわけにはいかん。
鼠の体なのでマグルの交通経路等にこっそり乗り込めば、ホグワーツ城からわしの家まで帰る事も可能だろう。
ペティグリューは鼠になってホグワーツの正門に駆けだした。
動物の状態ならば吸鬼魂に見つからないので、トラブルさえ無ければ城から脱出できるだろう。
ペティグリューを殺す事も考えたが、ホグワーツの敷地内で人が死んでいれば少々面倒な事になりかねん。
大蛇に丸呑みにさせると言う手もあるが、人の味を覚えさせてしまえば制御が効かなくなる可能性もある。
かといってペティグリューを見逃してしまえば、ご主人様の所に戻ってヴォルデモート卿の復活に協力してしまうだろう。
奴が頼る相手は、もう恐怖の帝王しか残って居ないのだから。
故に、今は支配下に置くしかなかった。
ペティグリューが動物もどきであることはポッター達に知られてしまったし、「忍びの地図」があるのでホグワーツでの諜報活動には不向きだ。
しかし、記憶を読み取ってペティグリューが「死の呪文」等の高度な魔法を使える事が分かった。
魔法使いとしての力量は高いようなので、その方面では当てにさせて貰おう。
汚れた服を「スコージファイ」で清めて城に歩き出す。
今日は随分と夜更かししてしまったが、それなりの収穫はあったな。
…その半面、かけがえの無い部下を失ってしまったが。
教師達はブラックに気を取られていたので、誰にも見つからずに寮に戻るのは容易だった。
翌朝は平然とドラコ達と挨拶を交わし、共にホグズミート村に向かった。
「昨晩はどうしたんだ?姿が見えなかったけど」
「ああ、ペットが逃げたものでな。追いかけていたんだが、手遅れだった」
道中、ドラコに昨晩の事を聞かれたので厨子の死を伝えておく。
夜の散歩をしていたら突然現れた野良犬に殺された、と嘘の説明をするとドラコはペットを失ったわしを気遣い慰めてくれた。
「新しいペットでも飼って気分を切り替えたらどうだ?フクロウなんて便利だぞ」
「…いや、わしには既に大蛇が居るからな。暫く新しいペットは要らん」
厨子の死体は籠の中に入れて土を盛って隠しておいた。
家に帰ってからちゃんとした墓を作ってやろう。
厨子の話は適当な所で切り上げ、わし等はブラブラとホグズミート村を歩き回った。
テストから解放された生徒達は皆楽しそうだったが、その中にウィーズリーやグレンジャーの姿は無かった。
どうせ3人仲良く昨夜の出来事の余韻に浸り、ポッターがブラックと同居出来なくなったことを悔いているのだろう。
お気の毒だが、わしは貴様の名付け親の無実を晴らす気は無いのでな。
精々悲しむ事だ。
そして、また1年が終わった。
クィデッチの優勝杯こそ取られたものの、わしとドラコが多くの授業で得点を稼いだので寮杯はスリザリンの物になった。
スリザリン・カラーに彩られた大広間でドラコはふんぞり返り、悔しそうな顔をしているポッター達を嘲笑った。
言葉には出さないが、バックビークの命が助かった事やルーピンが退職した事も彼を上機嫌にさせているのだろう。
「お前らのお陰で卒業の良い思い出が出来たぜ、ありがとな」
優勝杯こそ逃したが、寮杯をスリザリンが得た事で大喜びのフリントに強く背を叩かれた。
奴とも今年でお別れかと思うと少し寂しくもあるな。
初めて出会った時は小柄なわしを露骨に見下していたが、実力を認めてからはチームメイトとして良くしてくれた。
勝利の為にはファールも平然と行う彼は他寮の生徒から嫌われていたようだが、わしはそれなりに気に入っていた。
奴の卒業を祝ってレギャラー陣で肩を組んで写真を撮る事になったのは少し恥ずかしかったが…まぁこれくらいは許してやるか。
テストの結果も出た。
学年トップは案の定グレンジャーだったが、2位はドラコだった。
秘かに猛勉強をしていたのか、多くの科目で満点以上の点を叩きだしていた。
わしは全ての科目で満点を取り満足しかけていたが、これからは奴の向上心を見習った方が良いかもしれない。
帰りの汽車の中で、わしはこの1年間の出来事を振り返っていた。
今年は欲求の部屋の発見により様々な呪文の練習が出来た。
目くらまし術は完璧に使えるようになったし、結膜炎の呪いも学期末直前に会得した。
わしの魔法の力量は既にO・W・L(ふくろう)レベルを超え、N・E・W・T(レベル)に達したと言っていいだろう。
厨子を失ったのは悲しいが、奴はもう長く無かったので仕方がない…と思うことにした。
「どうしましたの?次は貴方の番ですわよ」
「ああ、すまないな」
おっと、ダフネとチェスをしている最中だったな。
今は学友との残された時間を楽しむことにするか。
「今回のテストは僕にとって悪く無いものだったよ。君に勝てたからね。次もこうありたいよ」
「ああ。今回はしてやられたな。見直したぞドラコ」
グレンジャーには一歩及ばなかったものの、わしに勝利してスリザリンの学年トップを勝ち得たドラコは汽車内で尊大に振る舞っていた。
得意げなドラコをアステリアが尊敬の眼差しで見ていて、アステリアをパーキンソンが嫉妬の眼差しで見ている。
この愉快な関係は来年になっても見られそうだな。
ドラコの自慢話も終わり、皆は来年のクィデッチ・ワールドカップの試合の予想を始めた。
わしは海外のクィデッチ・チームの知識など持ち合わせていないので、もっぱら聞き役に回った。
「ハクドウシ、君も当然見にくるんだろう?」
「家族からは何も聞いてない。…ただ、期待しない方が良いかもな」
奈落も神楽もクィディッチには余り興味が無いようなので、ワールドカップの存在自体を知らない可能性もある。
ねだればチケットを取ってくれる可能性はあるが、そんな事はわしのプライドが許さん。
汽車がキングズ・クロス駅に辿り付いたので話をやめ、ホームでドラコ達と別れの挨拶を交わす。
神無と合流してタクシーで家に戻り、わしが一番に行ったのは厨子の埋葬だった。
庭の隅の土を掘り返して厨子の死骸を埋めてやる。
形の整った石に薙刀で「厨子ここに眠る」と刻み込んで墓土の前に置けば、厨子の墓の出来上がりだ。
わしは墓の前で手を合わせ、厨子の冥福を静かに祈った。
・アズカバンの囚人編、終了です。
読んで頂いてありがとうございます。
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・9/28 文章を一部修正しました。
・9/28 誤字報告ありがとうございます。修正しました。