第4章、炎のゴブレット編開始です。
楽しんでお読み頂けると幸いです。
第41話 クィデッチ・ワールドカップ
夏休みに入ってから2週間が経ち、わしは厨子の死の悲しみから立ち直りつつあった。
最近は昼間は軽い運動をして、夜は読書や宿題に励むという毎日を送っている。
ジョギングや格闘技の練習はほぼ毎日続けているが、薙刀の練習は3日に一度程度になって来た。
1年生の時は重く感じた薙刀も今では軽々と振り回せるので、毎日する必要はないのだ。
フローリシュ・アンド・ブロッツ書店でのバイトも再開した。
今年は余り忙しくないようなので、週2のペースで働くことになった。
昨年同様に接客を中心とした業務に励み、帰りにはアイスに舌鼓を打つという平和な労働生活を送っている。
心を読んで支配下に置く能力は魔法とは別物なので、魔法省にバレることは無い。
それならばと、この夏休みを利用して読心能力の開発をすることにした。
公園などでマグルの子供に声をかけて仲良くなり、心の闇を見つけて一時的に支配下に置くという行為を何度か行ってデータを取ってみた。
ジュースを買って来いなどの簡単な命令は大抵の場合成功するが、何かを盗んで来いなどのその者にとっての倫理観に反する命令は拒否される事もあった。
より深く心を支配すればどんな命令でも聞いてくれるだろうが、心を壊しかねないので程々でやめておいた。
ついでに、わしに心を読まれたことを忘れさせる事にも挑戦してみた。
誰かに心を読まれ、命令を受けたことを覚えていて貰っては困るからな。
被験者にわしと会った事自体を忘れさせることができたので、この試みは成功といえる。
ただし対応力を持った魔法使いにも同様の効果があるかは不明、といったところか。
ふふ、何だか科学者にでもなったような気分だな。
「またワールドカップの記事か…。こう毎日じゃ飽きるっての」
食事をしていると、日刊預言者新聞を読んでいた神楽が呆れたように呟くのが聞こえた。
夏休みに入ってからワールドカップの情報が載らない日は無く、多くの魔法使いがこの催しに関心を寄せていることは明らかだった。
「魔法界にも大分慣れたけどクィデッチ・ブームは理解できないね。そこまで楽しいものなのか?」
「やるのは好きだな。見るのは…まあそれなりだ」
「ああ、あんた学校で選手やってんだっけ。ご苦労な事だよ」
ご飯をお代わりしながら話していると、神無がおはようも言わずに入って来た。
彼女は自分の分の食事を皿に盛ってもそもそと食べ始め、わしと神楽も食事に集中する。
生まれ変わってから、わし等の仲はそこまで険悪なものでは無くなったようだ。
この3人だけならば、それなりに快い時間を過ごす事ができる。
あの男さえ居なければ。
「神楽よ。読み終わったなら新聞を見せてくれ」
奈落がリビングに入って来たことで穏やかな朝食の時間は終わった。
神楽が差し出した新聞を受け取ってコーヒーを淹れる奴に背を向け、食事のスピードを上げる。
奴が不愉快な事を言いだす前に部屋を出ようというわしの努力は、馴れ馴れしい声をかけられたことで無に帰した。
「白童子。クィデッチが大好きな貴様に朗報だ。ワールドカップのチケットが取れた。それも特等席だ」
「…そうか」
「おや、余り嬉しそうではないのだな。4人分の席を取ってやるのはそれなりに骨が折れたのだぞ。感謝して欲しいのだがな」
「…ん?4人分ってことはあたしや神無も行くのかい?」
黙って話を聞いていた神楽が怪訝そうな声をあげた。
コーヒーを美味そうに飲みながらゆっくりと頷く奈落。
「わし等は仮初とはいえ、家族だからな…」
「……ま、お代はアンタ持ちなら別に良いさ」
神無は特に異存はないようなので、神楽も渋々ながら納得した。
話は終わったようなので、残ったご飯を平らげてからリビングを後にした。
奈落の目的が純粋なスポーツ観戦で無い事は分かっている。
クィデッチ観戦に訪れた魔法界の権力者と接触して何らかの悪事の種でも探そうと言うのだろう。
まあプロの試合を生で見れるのは悪い話ではないし、精々楽しませて貰うとするか。
部屋に戻るとペティグリューが戻って来ていた。
10年前とは路線が変わったので全く別の方向に行く列車に乗り潜んでしまい、普通よりも遥かに時間がかかったらしい。
だが、逆方向に行ったのは無駄では無い。
興味深い情報をわしに持ち帰ってくれたからだ。
「アルバニアの森の奥深くに、鼠も避ける場所がある…か」
そこでは小動物が暗い影に取り憑かれて死んでいくのだと、鼠の間で噂になっているらしい。
取り憑くという単語を聞いて、賢者の石の騒動でヴォルデモート卿がクィレルにやったことを連想した。
アルバニアの森の謎の存在と、ヴォルデモート卿。
この2つを結び付けるのは考えの飛躍だろうか?
アルバニアの謎の存在がヴォルデモート卿と全く関係無いのならそれで良い。
しかし、もしもヴォルデモート卿が絡んでいるのならばわしはどうするべきだろうか?
わしは悪の側に属する者だと自覚しているが、ヴォルデモート卿の考え方とは相いれないだろう。
この世界では半純血であるわしは、奴や死喰い人の粛清対象にもなりかねん。
よって、奴がどこかで力を取り戻そうと画策しているのならば、止める手立てを考えなければならない。
しかし、事実を確認しようにも今のわしでは力不足だ。
……ダンブルドアに伝えるか?
あの男は気に入らないが、実力は確かなので情報を与えれば的確に動いてくれるだろう。
何故わしがアルバニアの森の謎の存在の事を知っているのだと問われた場合は、厨子が死ぬ直前に教えてくれたと嘘を言えば良い。
…いや、それを言ってしまえばわしが動物と意思の疎通ができるとバレてしまうか。
ならば匿名で伝えてしまえばいい。
家に何故かあったカツラなどの道具で変装してダイアゴン横丁に向かい、フクロウ便をダンブルドア宛てに出した。
文章は以下の通りだ。
『ダンブルドア様へ
アルバニアの森にて、謎の存在が小動物に取り憑いて危害を加える事件が起きております。
もしかしたら、例のあの人と何らかの関係があるかもしれません。
お手数ではありますが調査をお願いしたく存じます。
匿名希望より』
我ながら怪しい手紙だが、ダンブルドアが動いてくれる事を祈るのみだな。
ペティグリューは厨子が使っていた籠に入れる事にした。
わしがホグワーツに行っている間は、家の中で奈落達の目から隠れながら自分で餌を取って生きて貰おう。
書店の店主にワールドカップの日は休ませてほしいと伝えると、快く了承してくれた上に先行販売のパンフレットを格安で譲ってくれた。
パンフレットを眺めたり宿題や読書に励んでいると、あっという間にその日がやって来た。
前日に万眼鏡等の観戦道具や着替えを用意しておいたので準備は万端だ。
わし等は昼頃にリビングに集まって、非常に不本意だが奈落に触れながら付き添い姿くらましをしてキャャンプ場に向かう事となった。
何かを弾くような軽い音が聞こえたと思った次の瞬間、わし等は広大な荒れ地に辿り付いていた。
遠くに何百というテントと管理者の家らしき小さな小屋が見える。
「試合を観戦した後は一晩泊まって翌日の朝に帰宅する。管理者に土地とテントの予約をしておいた。行くぞ」
「…何故泊まる必要がある?すぐに帰ればいいじゃないか」
わしの質問に奈落は何も答えずに意味深な笑みを浮かべてから歩き始めた。
土地の管理者はやけに虚ろな目でわし等に応対し、釣りとキャンプ場の地図を渡した。
神楽が「こりゃ忘却術をかけられまくったな」と呟いていた。
「ここがわし等が泊まるテントだ。では自由に過ごすが良い」
奈落は言いたい事を言って去っていったので、残されたわし等は協力してテントを組み上げた。
魔法がかけられているのか、中は拡大されて快適に過ごせる空間となっていた。
テント内でくつろいでいると、昼頃に神楽の友人らしき女性が数人やって来た。
「ハーイ、カグラ」
「ああ、あんた達か。今行くよ。…神無、白童子、あたしは暫く出てくるよ」
神楽はテントの鍵と2人分のお小遣いを置いて友人と談笑しながら去っていった。
アロホモラを使われたらあっさり中に入られてしまうのでは無いのだろうか。
それとも、魔法避けの呪文でもかかっているのか…。
鍵を眺めながらどうでも良い事を考えていたが、退屈になってきたので出かけることにした。
「わしは適当にそこらを歩いてくるが、貴様はどうする?」
「…」
神無は何も言わずにわしの袖を引っ張って、私も行くという意思表示をしたので鍵を閉めて2人でブラブラと歩きだす。
サポーターが熱心なのはマグルも魔法使いも同じらしく、ブルガリア側もアイルランド側も気合いの入った飾りつけをしていた。
ブルガリアのテントには今日の目玉選手、ビクトール・クラムの写真がこれでもかとばかりに貼ってあった。
写真の中のクラムがしかめっ面で周囲を見渡すのを見物していると、誰かに肩を叩かれた。
「あんた達は今日着いたの?あたしはもう1週間も前から来てたよ」
こんにちはも言わずに話しかけて来たのは、ブロンドの髪をポニーテールにしたルーナだった。
ワールドカップということで少しお洒落して来たのだろうか。
「ああ。1週間も前から来るとは気合いが入っているな。こんな何も無い所では退屈だろうに」
「ウン、少しね。でも、色んな動物を見れたのは良かったな」
彼女が言う動物が果たして本当に存在するのかは怪しいとわしは考えていたので、深く追求はしなかった。
ルーナも交えて3人で周囲を散策し、魔法界に詳しい彼女から色々な解説を受けた。
ザ・クィブラー出典の怪しい情報も多かったが、ユーモアに富んだ説明はとても面白かった。
彼女はこの1週間ほぼ一人で過ごしていたらしく、饒舌で楽しそうだった。
高級ぶった雰囲気のテントの前でダフネと出会った。
彼女はルーナを苦手としているらしく、軽い挨拶をわしにだけしてテントに引っ込んでいった。
友の無礼を軽く詫びると、ルーナは何の事か分からないという様に首を傾げてみせた。
その後も、パーキンソンやノット、ザビニといったスリザリン生達と出会った。
「よりによってルーニーかよ。お前、女の趣味が悪いな」
すれ違い様にザビニが失礼な事を囁いて来たので、足を蹴っ飛ばしてやった。
夕方頃になるとルーナは父親の元に戻って行った。
わし等もテントに戻って奈落達と合流してスタジアムに向かうことにした。
「さあ、大特価だよ!」
セールスマンが声を張り上げて客引きをしているが、両チームのグッズに興味は無いので何も買わずに通りすぎる。
受付の魔女にチケットを渡すと、最上階の貴賓席に案内してくれた。
小さなボックス席になっているので余裕をもって座る事が出来る上に、わし等が座ると何処からか飲み物が出てくる。
屋敷しもべ妖精が裏で頑張っているのだろうか。
「よくこんな席が取れたものだな」
「どーせ詰まらない駆け引きでも売ったんだろうさ。アイツならお手の物だろ」
「ヒトミじゃないか!何でここに…」
神楽と話しているとポッターの驚きの声が聞こえた。
今まで気づかなかったが、最前列のボックス席にポッター達が座っていたようだ。
赤毛のウィーズリー家の者達も一緒のようで、双子はクィデッチのライバルであるわしを見て嫌そうな顔をした。
「貴様らか。久しぶりだな」
「ハリー、友達かい?…君は確か、2年前にジニーを助けてくれた子だね。あの時はありがとう」
ウィーズリーの父親らしき人物が穏やかな笑みをわしに向けかけたが、すぐに顔をしかめた。
わしの傍に座る奈落を見たからだろう。
奈落は獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべて、歌うように話し始めた。
「こんばんわアーサー・ウィーズリー。家族揃ってクィデッチ観戦とは、お互いに結構な事だな」
「…そうだな、ミスタ・ヒトミ。君の噂は聞いているよ。今度は何をしようとしているんだい?」
「まあそう構えるな…。平和の祭典で何かをやらかすほど、わしは無粋では無い」
…何やら物騒なやり取りをしているな。
隣に座る神楽と顔を見合わせて互いにため息をついた。
ポッターが近くにいた屋敷しもべ妖精と何かを話していることに気づいてその様子を見物していると、神楽が不思議そうな声を出した。
「あれはクラウチの屋敷しもべじゃないか。…妙だね、1人しか居ない筈なのに感じる気配は2人分だ」
言われてみれば、あの妖精の傍に何かを感じる。
神楽は風使いなのでそういった空気に敏感なのだろうか。
暫くすると様々な人物が貴賓席に現れ始めた。
彼らはアーサー・ウィーズリーには友好的だったが、奈落には憎しみを押さえつけるような険悪なムードでの挨拶をしていた。
神楽の方はさほど嫌われている訳でもないようで、親し気に声をかけられていた。
あとで聞いた話によると、神楽は魔法省であちこちの部署にヘルプとして赴いているので顔が広いそうだ。
魔法省大臣のファッジはブルガリアの要人と共に現れ、英語が通じない相手に身振り手振りを交えながら懸命に会話を試みていた。
通訳の魔法は無いのだろうか…?
わしが英語を当然のように話せるのは魔法の力だと思っていたが、そうでは無いようだ。
つくづく奈落は謎が多いな。
マルフォイ親子も試合開始直前にやって来た。
ルシウスはアーサーを見た途端嘲るような表情をしたが、奈落を見た時は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「これは…これは…。アーサー・ウィーズリーではないか。席を手に入れる為に何を売ったのかね?家を売っても大した金にはならんはずだが…。それに、カゲワキ・ヒトミも居るとは…。貴賓席も質が落ちたものだ。血を裏切る者に東洋の黄色い猿が堂々と座れるようになるとは」
「随分と小さな声で喋るじゃないか、ルシウスよ…。魔法省大臣の前では良い子で居なければいけないので、差別用語を聞かれる訳にはいかないからな。善人ヅラも大変そうだな」
煽り合う両者を不快そうに見つめるアーサーと、不穏なやり取りに気づいていないファッジ。
中々愉快な光景だ。
ドラコと目が合ったが、父親が居る前では不仲なふりをするという暗黙の了解があったのですぐに逸らした。
「そろそろ試合が始まるぜ」
神楽の声でスタジアム中央に視線を移す。
さて、下らん事は忘れて今はこの一戦を楽しむとするか。
・10/5 文章を一部修正しました。
・10/5 誤字報告ありがとうございます。修正しました。
・11/08 「ナラク・ヒトミ」を「カゲワキ・ヒトミ」に修正しました。