わしが分霊箱のことを知ったのは、あの日の校長室だった。
自分の魂の一部を別の場所に移すことで生存能力を格段に上げるというやり方は、詳細こそ違えど過去に奈落が用いた手段とよく似ていた。
時が流れ、国が変わっても、長く生きたいと思う者のやる事は似通うものらしい。
生前のわしは奈落の心臓を保護する役割を持って生み出された。
つまり、わし自身も奈落にとっての分霊箱のようなものというわけか。
「今の時点では分霊箱を見つけることができない。だから貴様はヴォルデモートを復活させようとしているのか」
「そうじゃ。何が分霊箱にされたかは現在調査中じゃが、その中の一つがハリーであることは分かっている」
「ポッター?ああ、なるほど。ヴォルデモートが返り討ちにされた時だな?」
「…流石に理解が早いの。その通りじゃ」
世辞を言うダンブルドアの額には汗が浮かんでいる。
誰にも話すつもりが無かったことを言うことになって疲れたのだろうか。
「ポッターの分霊箱の処置は既に手を打ってある。任せてくれんかの」
「そうか…。ならばわしは残りの分霊箱を破壊するとしよう」
「ほう、協力してくれるのかね?」
「その気が無いのなら、この話を持ち掛けたりはしないさ。少しは信用してほしいものだな」
探る様な目をするダンブルドアに爽やかに笑って見せる。
…先ほどよりも視線が険しくなったのは何故だろう。
神無の持つ鏡を使えば分霊箱の場所が分かると思い、彼女の協力を得るべくアプローチを始めた。
しかし一週間近く立っても神無からの返事はなく、わしは少々焦れ始めていた。
ポッターの誕生日の7月31日の昼頃、わしは神無の部屋の扉を叩いた。
これ以上返事を待っている時間は無いし、彼女を操ってでも鏡を使わせようと思ったのだ。
彼女の意思を尊重したかったが、この際仕方がない。
「神無、入るぞ」
了承も得ずにドアを開いたわしは、久々に見る着物の女の姿に目を瞬いた。
「よう白童子、1年ぶりだな。流石のあんたも焦ってるみたいだね。酷い面だぜ」
のんびりとバタービールを飲む神楽の後ろから神無がひょっこりと顔をだす。
思わぬ再開に何を言えば良いか分からなくなり、わしは静かに肩を竦めた。
聞けば、神無はわしの側に立つことを数日前から決めていたらしい。
奈落に協力して再び使い捨てられることを危惧したのもあるが、決定的だったのは神楽のことだ。
神楽は数日前に既に姿くらましで帰って来ていたらしい。
彼女と再会し、神楽のように自由になりたいという思いを強く実感したそうだ。
神無はすぐに自分の気持ちをわしに伝えようとしたが、神楽が待ったをかけた。
「たまにはあいつを焦らしてやるのも悪くないんじゃねえか?
対抗試合で優勝して調子に乗ってるしよ。返事はまだか~と慌てる姿を拝むのも一興だぜ」
…事情は分かった。
要するに、この女の余計なアドバイスのおかげで今日まで返事が遅れたというわけか。
「下らんことをする…。貴様のお陰で全ての計画が狂うところだったんだぞ」
「あの頃はあんたに散々こき使われたからねぇ。ちょっと借りを返してやりたかったのさ」
一本取ったという顔で笑ってみせる神楽。
…少し腹立たしいが、結果的に協力を得られるのならば良しとしよう。
わしとしても家族を操るようなことは出来ればしたくなかったしな。
神楽の話によると、今夜アーサー・ウィーズリーに扮したヴォルデモートの部下がポッターをある場所に連れ出すらしい。
ヴォルデモートが復活するならばその時だろう。
「何故そんなことを知っている?」
「神無の鏡でポッターに送られた手紙を覗き見たのさ」
鏡の万能さにはもはや言葉もでないな…。
神楽の言う通り、ヴォルデモートはその日の夜に復活した。
あとは分霊箱の場所を神無の鏡で突き止め、その場に飛んで破壊するだけだ。
姿くらましが使える神楽が味方になったのはありがたい。
ダイアゴン横丁で適当な魔法使いを操るつもりだったが、これはリスクも大きいから避けたい手段だったしな。
レストレンジ家の金庫にはダンブルドアの委任状を使って入り込んだ。
金庫に預けられている分霊箱もあるだろうと予想して、予め爺から受け取っておいたのだ。
相当の旧家であるレストレンジ家に入れるダンブルドアの権力は恐ろしいな。
分霊箱の一つはホグワーツにあったので、一度ホグズミード村に移動してから秘密の抜け穴で城内に入り込んだ。
神楽は学生時代に色々な抜け道を見つけていたらしく、今回も彼女の知恵が役に立った。
「まさか分霊箱の一つが欲求の部屋にあるとはな…」
こんな大事なアイテムに気づかずにのんびり特訓していたことを思うと少し複雑な気分だ。
この2つに比べると、他の分霊箱はあっさりと手に入れることができた。
死喰い人が護衛している場所もあったが、神楽が風刃の舞で敵を片付けて悠々と侵入できた。
魔法を使え、と内心でツッコミを入れる。
分霊箱は破壊する時に悲鳴を上げるので、人が住んでいない郊外で破壊することにした。
「…こいつを使ってみるか。殺生丸の愛刀の威力、試させて貰おう」
リドルの日記の時のように大蛇に破壊させるのも良いが、せっかくの神楽の贈り物だからな。
闘鬼刃の刃で出来た薙刀を抜くと、分霊箱は抵抗するように幻覚を見せて来た。
ドラコやダフネに裏切られる嫌なイメージが頭に流れ込んでくる。
だが、吸魂鬼のトラウマにも打ち勝ったわしは全く動じずに分霊箱を切り裂いた。
「お見事。悟心鬼の牙も大したものだねぇ」
神楽の言葉を聞き、この刃は会ったことすらないわしの兄の牙で作られたものだったと思い出す。
悟心鬼は残虐非道な妖怪だったと聞くが、一応感謝しておいてやるか。
その後も残りの分霊箱を破壊していく。
一々幻覚を見せてきたり、破壊した後に五月蠅い悲鳴を上げるのは勘弁してほしいものだ。
「上手くいけばポッターは一度死んでいるだろう。となれば、残りはヴォルデモートの蛇のみ」
「だな。…見ろよ、あっちは盛り上がってるみたいだぜ」
鏡を覗いていた神楽が扇子で肩を叩いた。
既に死喰い人の多くは捉えられたらしく、ダンブルドアがペラペラと勝因を話している。
ヴォルデモートはもう死にかけか…案外不甲斐ないな。
ダンブルドアに手傷の一つでも負わせてくれれば良かったのに。
「行くぞ。クライマックスを見逃したらつまらんからな」
そして、今に至るというわけだ。
わしの眼前には荒い息を吐くヴォルデモートと、その周囲を取り囲む教師たちの姿がある。
余裕綽々のダンブルドアが茶目っ気たっぷりのウインクを送って来るのを軽く無視する。
「小僧…まさか、俺様の分霊箱を…」
「お察しの通り破壊させて貰ったよ。貴様の命の欠片とやらをな」
もはやヴォルデモートには確実な滅びが約束されている。
ダンブルドア達は最後に奴から何かを聞き出そうとするのだろうか。
それとも彼の誇りを考えてひと思いに楽にしてやるのか。
…だが、ヴォルデモートは簡単にくたばる男ではなかった。
「万策…尽きたと言うことか。…だが、帝王はただでは死なぬ…!」
ヴォルデモートの体から黒い瘴気が立ち昇る。
杖を奪われ、崩壊寸前の身となっても、帝王は最後の意地を見せてくれるようだ。
わしは素早く教師陣の後ろに隠れて安全を確保し、成り行きを見守ることにした。
「貴様も道連れだ…ダンブルドア!」
緑の閃光が走った。
わしが知る限り無言で死の呪文を放った例は無い筈だが、流石は闇の帝王といったところか。
だが、ダンブルドアはその上を行った。
流れ弾に当たらないように皆を遠ざけた上で、余裕をもって死を呼ぶ閃光をかわしたのだ。
年寄りとは思えない機敏な動きだ。
最後の攻撃が無駄に終わったことに絶望の表情を浮かべるヴォルデモート。
この一撃で力を使い果たしたのか、彼の体の崩壊はもう数秒後に迫っているように見えた。
奴さえ…奈落さえいなければ何事も無くダンブルドアの完全勝利で終わっていただろう。
だが、奴は既に勝利の為の行動を開始していた。
殆どの者がただの木の根と思っていただろうが、それらは地面に張り巡らされていた奈落の触手だった。
その一つにダンブルドアの足が触れ、途端に彼の動きは精彩を欠いたものとなった。
「アリアナ…わしは…」
一気に老け込んだような顔になり、虚空を見つめて何事かを呟くダンブルドア。
幻影殺…奈落が使用する技の一つで、、自身の触手に触れたものに最も嫌な幻覚を見せる術だ。
リーダーの動揺が周囲に伝わり、教師陣の動きも一瞬鈍る。
それは奈落がクラウチjrに杖を投げ渡すのに十分な時間だった。
「アバダ・ケダブラ!」
気絶したと思われていたクラウチjrが立ち上がり、意気揚々と死の呪文を放った。
杖先から出た緑の閃光はダンブルドアの影と重なり、一瞬の沈黙の後に老体がゆっくりと倒れた。
余りにも突然の事態に膠着する教師たちの中で、真っ先に動いたのはポッターだった。
「先生…!ダンブルドア先生!!…嘘だ、目を開けてください、ダンブルドア先生!」
ダンブルドアの亡骸に縋りついて涙を流すポッターの姿は、今起こった出来事を象徴していた。
…そう、ダンブルドアは死んでいた。
あの閃光に貫かれ、余りにもあっけなく、魔法界で最も偉大な男は命を落としたのだ。
「なんで…。だって、確かにクラウチは気絶して…。僕が杖を取り上げたのに!ナラクだって拘束されてたのに…」
困惑に満ちたドラコの声は、皆の疑問を代弁しているかのようだった。
次の呪文を放とうとするクラウチjrを、我に返ったマクゴナガルが麻痺呪文で返り討ちにする。
…見事なカウンターだが、ダンブルドアの時にこの動きができていればよかったのにな、と他人事のように思った。
墓場に狂喜に満ちた笑い声が響きわたる。
ヴォルデモートは自らの体が足元から消滅しているというのに、それを意に介さぬように高らかに笑っていた。
「フハハハハ…!…クラウチよ、よく…やったぞ。…奴も、道、づ…れ…」
帝王らしく仁王立ちの姿勢を保ったまま奴の肉体は夜の空に消えさった。
全ての分霊箱を破壊し終えた今、奴に復活の手段はない。
この瞬間、時代を動かした二人の魔法使いがこの世を去ったのだ。
姿くらましで闇払い達が墓場に到着した。
魔法省での戦いは容易なものでは無かったらしく、体の所々に傷を負っている者が多かった。
彼らはダンブルドアの死に衝撃を受けながらも、すぐに死喰い人の確保と搬送を始めた。
流石は百戦錬磨の闇払い、思考の切り替えが早いな。
わしの視界の先ではポッターや教師陣がダンブルドアの死骸を囲んでむせび泣いている。
その輪の中にはルシウス・マルフォイの姿もあり、悲しみなど欠片も感じていないだろうに器用にも涙を流している。
大した男だと思いながらその光景を眺めていると、ドラコが駆け寄って来た。
その表情は達成感と戸惑い、そして悲しみが混ざった複雑なものだった。
「…ハクドウシ」
「よう、ドラコ。こうして無事に会えてよかった」
考えたくはないが、彼の死も覚悟していた。
それだけにドラコとの再会はとても嬉しいもので、自然に笑顔がこぼれた。
珍しいわしの笑顔に神楽があんぐりと口を開けているのを軽く無視して話を続ける。
「貴様もヴォルデモート討伐に動いていたのだろう?上手くやったようだな。やるじゃないか」
ドラコは満足げに頷いた。
「まあね…。自分の腕を切り落としたスネイプ先生には適わないけど、僕もなかなかのものだったと自負してるよ。なにせ、あのヴォルデモートから杖を奪ったんだから」
「それは凄いな。アステリアへの土産話が出来たじゃないか」
「そうだな。彼女も僕の活躍を知ったらさらに見直すに違いない」
アステリアに持ち上げられて調子に乗るドラコの姿を想像して苦笑いを浮かべる。
新学期は二人のノロケ話に付き合わされて大変なことになりそうだな。
…わしが新学期を迎えられるか、まだ分からないけどな。
「…おい、この獣の皮を着た野郎の体、なんかおかしいぞ!」
「体が土で出来てるのか?ゴーレムとは違うようだが…」
闇払い達がにわかに騒がしくなる。
不思議そうに彼らの動きを見るドラコと違い、わしは大まかな事情を悟っていた。
傀儡の術…木製の人型と泥も妖力を注ぎ込むことで、離れた場所から思いのままに操作できる分身のようなものを作り出す術。
生前に奈落が良く使った手だ。
奈落がこんな修羅場にのこのこと顔を出すとは思えないし、こうなることは予想していた。
死喰い人に逃げられたことを重く見た闇払い達は緊迫した表情で何事かを話し合っている。
戦後の自分の立場を考えての点数稼ぎか、ルシウス・マルフォイも彼らの話に加わった。
嫌悪の表情でルシウスを見る闇払いもいたが、貴重な情報提供者なので渋々彼の協力を許した。
やがてファッジ大臣とバーディ・クラウチも到着し、話は進んでいく。
「ドラコ、何をしている?お前もここに来て彼らに協力するんだ」
ルシウスから呼ばれたドラコは、わしに軽く挨拶して父親の元に駆けていった。
わしは面倒なことになる前にさっさと帰ろうとしたが、マクゴナガルに捕まってしまった。
「ミスター・ヒトミ。貴方はダンブルドアから何らかの命令を受けていたのですか?あの蛇を殺したのは…そして、先ほどの言葉は一体…」
「…あの蛇はヴォルデモートの分霊箱だった。わしはダンブルドアから分霊箱のことを聞き、ついさっきまで破壊して回っていたのだ」
神無の鏡のことは伏せ、ダンブルドアが分霊箱の場所を既に特定していたと嘘の説明をする。分霊箱の情報を知る者は少ない筈だが、マクゴナガルもダンブルドアからある程度の事情を聞いていたのか、すんなりと納得してくれた。
「そういうことでしたか…。しかし、私が知る限り分霊箱の破壊は容易では無い筈ですが」
「神楽が悪霊の炎を使えたのでな。流石の分霊箱の防御もあの呪文には無力だったようだ」
闘鬼神のことを伝えたくなかったので、適当に嘘をついて彼女の追及をしのぐ。
疑わしいという顔のスネイプが何かを言おうとしたが、その前にファッジ大臣が話しかけて来た。
ヴォルデモートが死んだと知ったからか、その顔は喜色に満ちていた。
「話は聞かせて貰ったよ、ミスター・ヒトミ。いやあ、素晴らしい働きだった。あの例のあの人の…その、分霊箱とやらを壊し、復活できなくしたそうだね。君は英雄だ!マーリン勲章…いや、それ以上の褒美が与えられるだろう。全く素晴らしい!」
「大臣、吾輩にはヒトミが何かを隠しているように見えますが…」
「いや、いや!細かいことはもう良い!そうだ、スネイプ教授もまた自らの腕を犠牲に例のあの人の討伐に強力してくれたのだったな!君もまた英雄だ!明日の日刊預言者新聞の一面には君の顔写真が載せられることだろう!ハッハッハ!全くめでたい!」
ファッジ大臣はスネイプの言葉を遮って強引に話を締め、ヴォルデモートのように高笑いした。
あの喜びようを見ると、ファッジはダンブルドアのことが余り好きでは無かったのかもしれない。
ヴォルデモートとダンブルドア、自分の権力を妨げる二人の邪魔者が消えてくれて万々歳といったところか。
ハイテンションのファッジをポッターやマクゴナガルが睨んでいるが、まぁどうでも良いな。
「…さあ、あとは大人の仕事だ。君たちは今日十分に働いた!そろそろ帰りたまえ」
今度はわし等のことを露骨に邪魔者扱いし始めた。
わしはナギニを食い殺して満足げな大蛇を回収し、さっさと帰ることにした。
「大臣様の許可が出た。神楽、帰るぞ」
「…ああ」
「待ちなさい、ヒトミ!まだ話は…」
マクゴナガルの声を無視して、わし等は姿くらましで墓場を去った。
「…あの大臣様にも呆れたな。しかし、まさかダンブルドアがくたばるとは思わなかった」
「そうか?クラウチが止めを刺すのは意外だったが、ダンブルドアは結局死ぬと思っていたよ」
「じゃあ、あんたは誰がダンブルドアを殺ると思ってたんだい?」
「すぐに分かるさ…」
不思議そうに顔を見合わせる神楽と神無を無視し、わしは階段を上って奈落の部屋の前に立つ。
扉を開くと、一年ぶりに見る我らが父君の不健康な顔が目に飛び込んできた。
「白童子…貴様…」
「随分な顔だな奈落。一年ぶりの親子の再開だ。もっと喜んでくれても良いんじゃないか?」
・12/17 文章を一部修正しました。