「白童子…。時代が変わっても邪魔をしようとはな。わしのことが余程気に喰わんとみえる」
奈落は普段よりも顔色が悪く、こちらに体を向けるのも一苦労という感じだ。
「随分お疲れじゃないか。人の身では傀儡を使うのも大変なようだな」
「…そう見えるか?ならばかかって来るが良い」
奈落の背後から立ち昇った黒い瘴気はヴォルデモートが最後の抵抗をした時と同じものだった。
状況の変化を悟った神楽と神無がそれぞれの獲物を構え、一触即発の空気が流れる。
「まあ待て。一年ぶりの再会だと言うのにいきなり刃を交えるのも無粋だろう?会話を楽しんでから戦う方が優雅というものだ」
「ほう…。随分と呑気なものだ。いや、怖気づいたのか?」
軽く両手を上げて戦意がないことをアピールすると奈落がすかさず挑発してきた。
それを軽く無視して神楽に話しかける
「神楽。貴様はヴォルデモートを復活させようとしているといつ気づいたんだ?」
「…あんたが生まれ変わる前からさ。あたしはあんたより早く生まれたんだ。その分奈落が何をやろうとしてるのか、探る時間があった。だからあたしはクラウチjrの生存を明らかにした。ヴォルデモートを復活させないためにな。…ま、結果的に無駄に終わったけどな」
神楽の言葉には悔しさが含まれて居た。
「いや、貴様の行動は無駄では無かった。ヴォルデモートの復活の鍵となるクラウチjrが逮捕されたことで奈落は隙を見せることになったのだからな。あれが無ければ、わしは奈落を疑うことすら無かった」
「……」
「奈落はクラウチjrの生存を早い段階で知っていて、ヴォルデモートを復活させる手駒にするつもりだった。その計画が神楽のお陰で狂わされ、自ら動く必要に迫られた。そして、奈落は賭けに勝った。ヴォルデモートに取り入り、奴の体に偽の四魂の玉を埋め込むことに成功したのだからな。これで奴の力と知恵を取り込むことが出来るようになったわけだ」
「力を取り込む、か…。奈落がやりそうなことだな」
呆れたようにため息をつく神楽。
戦国の時代に多くの妖怪を取り込んでいたように、今の世でも奈落は同じことを繰り返している。
だが、その力のお陰でわしや神楽達が生まれたことも確かだ。
「魔法使いとしてこの世に再び生を受けた貴様は、生きる為にできる限りの知識を得ようとした。だが、公にはされていない魔法の知識も多い。その一つが分霊箱だ」
「……」
「奈落は分霊箱の知識を持っていたヴォルデモートに目をつけた。盤石のダンブルドアよりも、弱っているかつての闇の帝王の方がつけ入り易いと考えたのだ。我儘な帝王様に一年も付き合うのはさぞ大変だったろうな。だが、ダンブルドアの策があったとはいえ奴は復活したわけだし、貴様の努力は報われた。偽の四魂の玉の力で多くの力と知識を手に入れることができたというわけだ。今思えば、ヴォルデモートが弱っていたのは貴様に魔法力や知識を吸い取られていた影響もあったのかもな」
そこで慌てた表情の神楽が割って入る。
「おい、ちょっと待てよ。だったらこいつは目的を遂げちまったってことか?」
「…違う」
「神無?」
黙り込んでいた神無が神楽の服の袖を掴み、鏡を見せつけた。
見れば、彼女の鏡が何かを訴えるように強い光りを放っている。
「こいつは…穢れた四魂の玉の輝きだな。でも、あたしが知っている光とは何だか違うな」
「…奈落は、完全な四魂の玉を作ることが出来なかった」
「気づいていたか。神無の言う通りだ。あの時、ダンブルドアに幻影殺を仕掛けたのは、玉をわしの元に運ぶ隙を作る為だった。…まさか死ぬとは思って無かったがな。ヴォルデモートとクラウチjrの執念はわしの予想以上だった。とにかく、ダンブルドアが死んで魔法使い共が動揺してくれたので問題なくわしは偽の四魂の玉をここまで運ぶことができた。だが、自らの体に取り込んで見て初めて分かったよ。所詮これは紛い物…完全なる力を約束するものではないとな」
ダンブルドアの死が奈落の予想外だったというのは少し意外だったのでわしは目を瞬いた。
全てを暴かれたと知ったからか、奈落の声にはどこか覇気が無かった。
「じゃあ、奈落はもう終わりってことか?あのヴォルデモートのように…」
「…いや、それは違う。もう終わりなのでは無い…わしは最初から終わっていたのだ」
「どういうことだ?」
奈落に代わってわしがその疑問に答えてやった。
「奈落は完全な形で人として生まれ変わることができなかったのだ。わし等よりも遥かに短い寿命しか得ることができなかった。だから奈落はヴォルデモートの知識を欲したのだ。自分が生き長らえる為に」
「正解だ。…いつ気づいた?」
「つい最近だ。貴様の部屋にあった四魂の玉の気配から貴様は長くないと気づいた。わしは分身の中でも一番貴様に近い存在だからな」
「フッ…まあ正解としておくか」
わしの長話の続きを奈落が引き受けた。
「ヴォルデモートは確かにわしの想像以上の知識を持っていた。だが、分霊箱はダメだ。力を使いすぎる上に容姿も大きく変わる。分霊箱を破壊されてもその事に気づけない。欠陥が大きすぎる…。わしが考えていたものよりも遥かに劣る代物だ」
「…で、あんたは分霊箱に見切りをつけたってわけか」
「ああ。だが、奴らの知識はわしに新たな希望を与えてくれた」
不気味な笑みを浮かべる奈落。
「魔法使いの魔力を取り込むことで寿命を延ばす方法がある、とな。白童子、神楽、神無。貴様たちには再び我が力の一部となってもらおうか」
「…やっぱそうくるのかよ」
この展開を覚悟していたのか、諦めの籠ったため息をつく神楽。
それが戦いの合図となった。
先に動いたのは奈落だった。
既に部屋全体に張られていた無数の触手が音も無くわし等に襲い掛かる。
「風神の舞!」
神楽の扇子から出た風の刃が次々と触手を切り落としていくが、次の瞬間に奴の瘴気が部屋を埋め尽くした。
風神の舞を出したばかりの神楽は次の手が取れない。
「神楽、神無。わしの傍によれ」
二人が集まるのを確認して結界を張る。
対抗試合での戦闘経験が生きたのか、今では一瞬だけ結界を使えるようになっていた。
体勢を立て直した神楽が再び扇子を振るって強風を起こすと、吹き飛ばされた瘴気は部屋の至る所を溶かした末に消滅した。
寿命が近づいている今の奈落では、長い時間瘴気を持続させることは出来ないようだ。
だが、触手も瘴気も目くらましにすぎない。
「…白童子、後ろ」
「ああ」
鏡を覗き込んでいた神無に注意されるよりも早くわしは動いていた。
背後に回り込んで攻撃することが狙いだとかっていたわしは、奈落の攻撃よりも一瞬早く薙刀を首元に付きつけていた。
神楽も神無も動きを止め、部屋を沈黙が支配する。
弱体化していることを考慮しても奈落の動きは余りにも鈍すぎた。
生前の奴は結界を抜きにしても今より遥かに恐ろしく、殺気と野心に満ちた存在だった
やはり奴は…。
「………なぜわしを斬らん?怨みを晴らす絶好の機会ではないか」
「貴様が斬られたがっているからだ」
「…ああ、なるほど。だからか」
奈落の問いに間髪入れずに言葉を返すと、神楽が納得したような呟きを漏らした。
「…どういうこと?」
「さっきの触手や瘴気には殺気が無かった。当たっても怪我こそしただろうが死ぬほどの威力は無かっただろうよ。そもそも奈落はその気になればあたしたちのことをもっと楽に殺れたんだ。正面から戦わなくても罠を張ったり、寝込みを襲ったり…ってな。そうしなかったのは何か心境の変化があったってことだろ」
戸惑いの混じった声を漏らす神無に神楽が説明している。
わしが奈落の首元から刃をどかすと、奴は疲れたように膝をついた。
ヴォルデモートの力を取り込んだというのにこの疲れよう、やはり体にガタが来ているらしい。
この状況に至って観念したのか、奴は全てを語り始めた。
「犬夜叉達との最後の戦いで…わしはかごめにこう言われたよ。『奈落、あんたは何がしたかったの?』…とな。わしは…鬼蜘蛛は、ただ桔梗の心が欲しかった。だがその思いは歪み、いつしか殺意と敵意のみをまき散らす存在へと変化してしまった」
かごめがそんな事を言ったとは初耳で、わしや神楽は驚きに目を瞬いた。
「そして奴はこう言った。四魂の玉はわしの本当の願いを叶えてはくれなかったと…。奴の言葉は確信をついていたのだろうな。だが、わしにも意地というものがある。今まで散々敵対し、何度も殺し合いを繰り広げた女の言葉をそのまま肯定するわけにはいかなかった。それは生まれ変わってからも同じだった。わしは奴らが大切にしている、愛や絆を否定する為に…貴様らを殺そうと考えた」
「……」
わし等は口を挟まずに奈落の言葉を受け止めていた。
力を使ったばかりの奈落は顔色が悪く、時折苦し気に咳き込んでいた。
だが、今の奴の目は不思議と穏やかで安らぎすら感じさせるものがあった。
「…わしは一番先に生まれ変わった神楽をホグワーツに7年間もの間通わせ続けた。その時は自分の行動に驚きながらも、別の理由をこしらえていた。人としての楽しみ、希望を与えた上で殺した方がより絶望を与えられる。だから育ててやっているのだと自分に言い聞かせていた。それは白童子と神無、お前たちの時もそうだった。白童子がクィレルと対決する時に縦笛を送ったのもそうだ。成功の喜びを与え、その上で破滅の苦しみを与えようと考えたからだ。その思いが崩れたのは神無が持ち帰ったバジリスクとの闘いの記録を見た時だ」
瘴気によって破壊された家具が音を立てて崩れ落ちた。
まるで当時の奈落の心の動きを暗示するように。
「わしはバジリスクと戦う貴様たちを心配してしまったのだ。自分が信じられなかった…。
こうして貴様らと相対した時もそうだ。貴様らを取り込めば自分が生き長らえることが出来ると知っていても、殺すことができなかった。その時わしは…自らの死を受け入れた。だが、わしは貴様ら全員の命を奪った男…許されるはずがない。だから最後まで憎まれ、殺されることで許されようとした。今更貴様らに嬢や情けを感じている下らない心ごと、この身を砕いてほしかったのだがな…。とことん貴様らはわしの邪魔をするのが好きなようだ…」
壁に寄りかかって自嘲するように笑いだした奈落を困惑の表情で見つめる神楽と神無。
わしは一歩前に歩み出て奈落と視線を合わせる。
「…貴様の心境は分かった。だが、わしは簡単に貴様を許すことができん」
「だろうな。だから貴様はわしを殺さなかったのだろう?生き地獄を味わわせるために」
「そうだ。貴様には存分に味わってもらう。残された時間をわし等の家族として生きるという生き地獄をな」
3人の表情が大きく変わった。
「白童子、本気かよ!」
「ああ。わしは確かに奈落を恨んでいる。だが、元はといえば生前貴様を殺そうとしなければあんな目には合わなかったのだ。返り討ちにあったとて文句は言えないと考えなおしたのさ。生んでくれた恩も、育ててくれた恩もある。少しの間、家族ごっこを続けるのも悪くはないだろうよ」
「…白童子、お前…」
奈落は何かを言おうとしたが、俯いて黙り込んだ。
少しの間葛藤していた神楽も何かを吹っ切るように首を大きく振って言葉を絞り出した。
「…ちっ、そんな話を聞かされちゃあ反対出来ないじゃねえか。乗ってやるよ。あんたも奈落も大嫌いだが、生まれ変わってからの時間、そんなに悪くなかったしな。…ホグワーツに7年間通わせて貰って、楽しかったのも、まあ事実だしよ」
神楽の決意の籠った言葉に、ずっと静かだった神無も動き出した。
スタスタと奈落の元に歩み寄って鏡の縁で思い切り奴の顔を殴りつけたのだ。
痛そうに顔を抑える奈落を見て表情を引きつらせるわしと神楽。
「…私は神楽や白童子と違ってあなたに従順だった。けど、結局使い捨てられて殺された。…でも、これで許してあげる」
どこかスッキリしたように言う神無に怖さを感じながらも、わしは再び奈落に声をかけた。
「…ということだ。さあ、どうする?」
奈落は殴られた箇所をさすりながら誰とも目を合わさずに黙り込んでいた。
やがて、ゆっくりと立ち上がった奈落の顔は、憑き物が落ちたようだった。
「…仕方ない。残されたわずかな時間、貴様らに付き合ってやろう。有り難く思うのだな」
ねっとりした声に不快感を感じなかったのは、奈落の顔に喜びの色が浮かんでいたからだろう。
…全く、わし等は本当に甘くなったものだ。