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ソーマファミリアの一室。
黒ローブを目深く被る主神ソーマは、眼前でうつ伏せになる輝夜に恩恵を与えていた。
「…終了だ。恩恵は与えた。」
「えっ、もう終わりなの?結構あっさりなのね。」
うつ伏せになって十秒足らずで終わった恩恵の享受。
輝夜は拍子抜けと言った様子。
「で、神酒はどこなのっ?神酒っ。飲ましてくれるんでしょ!」
近くの棚に向かうソーマに輝夜は早く早くと神酒を急かす。
彼女の口調、態度は主神を敬う様子は全くない。
神酒をたかりにきただけなことがよく解る。
他のファミリアでこんな態度をとれば無礼千万で追い出されることは間違いないだろう。
ソーマはそんな輝夜の態度を気にも留めず、棚から引っ張りだした神酒をグラスに注いだ。
「飲むといい。」
ソーマは事務的に神酒のグラスを輝夜に渡した。
「ようやくね、やっと神酒が飲めるわぁ。」
神酒のグラスを遠慮なく受けとると輝夜はすっと一口。
これまでの無作法は何だったのか。それぐらいの優雅さをもって神酒を口に含んだ。
「──ッ!!!!!!」
輝夜の目が大きく見開く。
「おお!!!神よ!偉大なる至高の御方、主神ソーマ様。貴方様のために従えること、身に余る光栄に思います。
不肖蓬莱山輝夜、不束ながらここに主神ソーマ様への絶対の忠誠を誓いますわ。」
手のひらを返すかのごとし。
気でも違えたかのように輝夜は大仰な手振り身振りと口調でソーマを褒め称えた。
もはや媚びていた。
「では為すべきことを為せ。下がるといい。」
これ以上話すべきことはない。
言外にそう言うソーマは淡々と輝夜に伝えると、身を翻し部屋の奥へ去っていった。
──すると、ソーマの振り返った先で輝夜が先んじるように平伏している。
いつ回りこんだのか。
「僭越ながらわたくし、蓬莱山輝夜は全身全霊をもって主神ソーマ様のために尽力致します故、もう一度わたくしめに神酒を頂戴できないでありましょうか。」
主神への敬愛を示す態度とは裏腹に、彼女自身の欲望を微塵も隠さないその言葉。
輝夜は所詮輝夜であった。
ソーマの目には唖然の色を隠せない。
輝夜の振る舞いに目を見開くも、ソーマは沈黙を保った。
「僭越ながらわたくし、蓬莱山輝夜は全身全霊をもって主神ソーマ様のために尽力致します故、もう一度この卑しき豚めに神酒を頂戴できないでありましょうか。」
輝夜の欲望への態度は微動だにしない。
さりげに自身を卑下してでも神酒を頂戴せんとするその態度はまさに卑しいと言えよう。
「為すべきことを為せと言った。また口にしたければそれに見合う金銭を用意することだ。下がれ。」
ソーマは平伏す輝夜を見下し淡々と伝えた。
彼女を無視するように彼女の横を通りすぎる。
──ガシッ
ソーマは足は全く遠慮ない力加減で輝夜の手に掴まった。
「ッ!」
ソーマは自身の足を掴む輝夜の手を見やり驚愕する。
彼女の行為は無礼では済まされない域に達していた。
「頂戴できないでありましょうか。」
輝夜は万力のごとき力でソーマの足を握ると同時、魅惑な仕草でもって彼の足に体をすり寄せた。
美貌も相まってその誘惑は凄まじいものであった。
しかし、
──パチパチパチパチパチパチパチパチ
異常な回数の瞬きが繰り出される。
彼女はウィンクのつもりなのだろうか。
これまでの長期的な自主的臥床生活には無縁の誘惑スキル。
そのスキルをここで最大限に発揮した故の現状であった。
「…………」
こいつは何やってんだ。輝夜を見下ろすソーマの視線はそう物語っていた。
そう。確かに輝夜の誘惑はその美貌だけでなくそのスキルも相まって凄まじいものであったのだ。
「ねえ?ちょーだい?」
甘い声音をソーマに向けて、輝夜は異常な瞬きをそのままに誘惑を敢行する。
普段の彼女を知っている者が見れば誰だこのアバズレはとなるだろう。
──ゾワリ
ソーマの周囲に膨大な霊力が収束する。
「下がれと言っている。貴様、我を誰と心得る?」
底冷えする声がソーマから発せられると同時、彼を中心に霊力を伴う威光が放出された。
ソーマの目元は陰りその表情は伺えない。
しかし静かな怒気が孕んでいることは確かであった。
──神足る威光に神の子供は動くことを許されない。
輝夜もまた同様に動かない─
「何ケチってんのよっ、あんだけ棚に並べてんだからちょっとくらい良いじゃないの!」
─なんてことはなかった。
ソーマの冷淡な態度にとうとう額の血管をぶちギレさせ怒号を響かせる輝夜。
彼女はガシッと足に続いて今度はソーマの胸ぐらに掴みかかる。
「なっ!?」
威光に構わず立ち上がり、胸ぐらを掴みかかる輝夜にソーマは動揺した。
「この私が下手に出てやってんのに、この根暗ぁ!!!足元見て調子乗ってんじゃないわよ!!!」
もはや輝夜の口調にソーマへの敬意も配慮もなかった。
本性をぶちまける。
「アンタこそこの私を誰だと心得てんのよ!あ"あ"ん!!!」
とんでもなく女の子がしてはいけない形相がソーマの目に接近する。
唾を吐き飛ばして怒鳴り込む輝夜にソーマの足はガクガクと震え出した。
「私は月の頂点、蓬莱山輝夜様よ!!!!」
「わかったらさっさと神酒出して平伏しなさいよ!!!」
胸ぐらを掴む輝夜の咆哮がソーマの顔面を貫く。
その咆哮は部屋全体に轟いた。
二人の間には沈黙が走る。
輝夜の「はぁはぁ」と荒くなった息だけが二人の耳に届いた。
二人の視線が交差し硬直してしばらく、
「…神酒。」
息を整えた輝夜は静かに言った。
ここに至って彼女の欲がブレることはなかった。
「…はい。」
ソーマは弱々しく頷いた。
◆
「俺、初めてお会いした時から姉御のこと、どこか次元が違うとてつもないお方なんじゃないかって思ってましたよッ!」
「いや、ホントは俺もこんな姉御みたいなべっぴんなお方今でに見たことがなくてよ、俺はとんでもない奇跡に立ち会ったんじゃねぇかって、もう確信してたぜ。」
「ふっ、甘いですね。私なんてお会いした瞬間輝夜様がお浴びせになった顔面の衝撃に、あ、こいつは、てそこでもう輝夜様が超越者であることを直感してましたけどね。」
「オーッホッホッホッホッホッホッ!!!なによ、全くアンタ達も私の偉大さってもんがよくわかってんじゃない。」
宿屋の輝夜の一室では、数本の神酒を並べて宴会をあげる輝夜と男三人が盛大に酔っぱらって騒ぎ立てていた。
カヌゥ、チャンドラ、ザニスの並びたてる美辞麗句に輝夜は有頂天となり高揚が最高潮に達していた。
「ホラホラッ、もっと私を褒めなさい、敬いなさい崇めなさいな。オーホッホッホッ。」
片手を口元に添えて女王笑いを止めない輝夜。
「「「ははーッ!この下等なる卑しき豚にどうか偉大なる女王、輝夜様のお慈悲を!!!」」」
男三人は晴れやかな笑みを湛え嬉々として平伏す。プライドより神酒である。
彼らは自らを豚と称する。
豚であれば眼前の女王からおこぼれの神酒が貰えるのだ。
豚にならないわけがない。
「オーホッホッホッ!!!全く物欲しそうな顔をしちゃって、この豚共には男のプライドというものはないのかしら。」
平伏す男三人をご機嫌に見下ろす輝夜は、
「ホント仕方ないわねぇ。」
とやれやれとするが嬉しげにまた新たな神酒を用意したのであった。
ソーマファミリアの主神ソーマを下につけたその後。
輝夜はその場でかっさらえるだけの神酒を物色して我が物顔で立ち去り、ホームでは声高らかに戦利品の神酒を周囲に見せびらかした。
ホームで待っていた男三人と周囲の団員達は輝夜の抱える神酒の数を見て、一体何があったと仰天した。
彼女の抱えた神酒は低品質であるものの、最低価格でも6万ヴァリスというブランドものであることには違いない。
ファミリアのホームは嫉妬まみれた狂乱騒ぎとなった。
カヌゥ、チャンドラ、ザニスの三人は自慢気に神酒を見せびらかす輝夜に外聞も捨てておこぼれ頂戴と平伏し、彼女のご機嫌をとるために持ち上げた。
三人の中でも比較的彼女をぞんざいな態度で接していたチャンドラに限っては、外聞の捨て具合は際立った。
三人の手振り身振り使って彼女を褒め称えるその様子に、輝夜の胸中に満ちる優越感は最高潮に達した。
それがいい具合に働いたのか。
彼女は三人に神酒を振る舞うことにしたのだった。
彼女は三人が神酒ためなら何でもする汚い男連中であることを知っていた。
しかし輝夜はそれよりも褒め称えられることで胸中優越感が一杯になり『ま、多少なら』といった上から目線の気持ちで恵みをくれてやることにした。
◆
ダンジョン内7階層、輝夜は男三人を連れてこの地で初めて遭遇した巨大虫、キラーアントを見つけては踏み潰してと繰り返していた。
「しっかし姉御は見た目に合わずに凄い怪力ですねェ。俺と同じレベル1とは思えないですぜ。」
カヌゥはキラーアントを粉々に踏み潰す輝夜に顔を青くして言う。
「才能故よ。アンタと同格な筈がないでしょ。恵まれた私の才を妬みさいな。」
輝夜は優越感に「はんっ」と鼻を鳴らし胸を張った。
「でもよ、その怪力で姫さんはねぇだろ。鉄みてぇに硬いデカ虫を踏み潰すとか姫のやることじゃねぇよ。」
「でも、まぁ姉御、やっとまともな就職先が見つかってくれて俺は嬉しいぜ。」
チャンドラはニヤリと嫌な笑みを輝夜に向ける。
「何が言いたいッつうの?」
ギロりと横目でチャンドラを睨む輝夜。
「毎日毎日タダ飯持ってくのはウンザリしてたつってんだよ。そんな怪力もってんだ、穀潰しのままじゃ勿体ないぜぇ。ニート脱却おめでとさんてことだ。」
はんっと息を鳴らし、輝夜の睨みをチャンドラは横目で何でもないように視線を返す。
「あ"あ"んッ!誰がニートよッ、私は姫だから元々働かなくていいつってんでしょッ。つーか、こんな美人の姫をお世話出来ちゃったりするこれ以上ない光栄をなぁに無下に扱ってくれてるわけ?」
輝夜はメンチを切るよう額の青筋をビクビクさせてチャンドラに詰めよった。
チャンドラは「いいッ」と唸ってしまう。
姫と豪語してるのはどこの誰なのか。
そう問い返したくなるくらいの輝夜のガンとばしっぷりにチャンドラは軽く引いた。
男三人は普段狩りの場としている階層よりも下の階層へと赴いていた。
輝夜のパーティ参入により単純に戦力が増加されたためである。
ダンジョン慣れない新米の参入であれば馬鹿なことをと思われる行為ではあった。
しかし輝夜の怪力と不死性を痛感した彼らは彼女の力を利用し、より質の高い魔石を確保しようという思惑があった。
事は彼らの思惑通り順調に進んでいった。
◆
「「「「ぎゃああああああああァァァ!!!!」」」」
輝夜と男三人は三匹の筋骨隆々の巨体な白猿、シルバーバックに追われていた。
全力疾走する四人の後方から巨体白猿の咆哮が轟く。
事の始まりは輝夜の怪力に任せた快進撃に、彼女自身が調子に乗ったことであった。
これはチョロイと調子に乗って更に下の階層、11階層に下りたのである。
勿論、男三人も便乗して輝夜の調子に拍車をかけるような誉め言葉をかけたためでもあった。
膨れ上がった筋肉に任せた白猿の引っ掻きが最後尾を疾走するカヌゥの髪に掠れた。
「ぎゃああああ!!!」
あと少し爪が届いてたらどうなっていたか。
そんな想像がよぎり、カヌゥの額に冷や汗がドッと沸きだつ。
馬力を上げて前を走る輝夜を追い越した。
「アンタ!何私の前を走ってわけ!?しっかり戦いなさいよッ、役に立たないわねッ!」
「無茶言わんでくだせぇッ、姉御の力だけ頼りにここまで来たんですからッ。いつもの怪力でとっとと殺っちまってくださいッ!」
怒鳴る輝夜に首だけ振り向きそう怒鳴り返すカヌゥ。
輝夜は内心舌打ちする。
本来彼女の怪力があればシルバーバックを絶命に至らすのに訳はない。
しかし致命的な問題が一つあった。
彼女にいかな怪力による身体能力はあれど、武道を修めた経験はなく自身の体を充分に使いこなせてはいなかった。
彼女は戦闘において素人。
故に、シルバーバックのもつ敏捷性と回避能力の前で、その怪力に任せた攻撃を命中させるのは困難を極めた。
「アンタ女の子に戦わせるわけッ?恥ずかしくないのッ、男の癖にッ!」
「無理なもんは無理ッ!」
カヌゥはもはや涙目。
彼は唯一自身がもつスキルを発動して敏捷性を底上げし、凄まじい土煙をあげてその場を離脱。
「「「おいッ!まてやごラァアアア!!!きたねぇぞ畜生ッ!!!」」」
輝夜含める三人を見捨てたカヌゥに残された三人は怒り狂った。
もはや三人の額の血管がはち切れんばかりである。
「クソッタレめッ。」
ザニスは逃走したカヌゥと命の危機に瀕する現状に舌打ちした。
「全くあの玉無しは仕方ないわねっ。」
輝夜もカヌゥに女子あるまじき暴言を吐き捨てる。
「輝夜様、もう能力は使えますかっ?」
ザニスは横目で輝夜に確認する。
「ええ、今なら何とかいけるわ。」
輝夜のスキルである『須萸』。
一瞬という刹那を大きく引き延ばし自身のみの時間をつくることができる。
つまり自分のみが動ける止まった世界。
戦闘においては傍目として超高速移動、否、瞬間移動として強力な効果を発揮させる。
しかし、そんな強力なスキルにも制限があった。
何が原因なのか、この世界にきてから『須萸』の効果は劣化していた。
世界を止められるのは体感として5秒程度。
しかも、一度使ったらしばらくは使えない。
お世辞にも戦闘に向いているとは言えなかった。
「行くわよ!」
輝夜はそう叫びスキルを発動させると、
──ズガンッ!
次の瞬間、壁に白猿の顔面をめり込ませる衝撃音が鳴り響く。
輝夜は一体の白猿の頭部を壁に叩き付けたのだ。
また同時に、
「うおおおおォォォ!!!!」
チャンドラは己がもつ筋力、耐久値向上スキルを発動させ、
──ガキンッ!
向上した筋力をもって白猿の一撃を大斧で何とか食い止める。
当然、その一瞬白猿の動きが止まることになる。
ザニスはそれを狙っていたように、その隙を狙ってチャンドラが食い止める白猿に接近し、
「喰らえやァアア!!!」
自身の手に発火魔法を発動。
魔力を一点集中させ、白猿の脇腹に発火した手を叩き付ける。
接触と同時、爆発的な発火。
炎の槍が白猿の脇腹を突き破り、辺り一面に黒煙がたちこもる。
しかし、絶命には至っていない。
白猿は熱傷して壊死した脇腹を押さえ呻いている。
残り一体の白猿は眼前の爆発的な発火と黒煙に警戒して、その場から距離をとる。
黒煙に鋭い視線を送り警戒心を強める。
が、その黒煙から離れたところで仲間を壁に叩き付ける輝夜が目に入った。
──ウキャギャッ!
憤慨し、攻撃対象を輝夜に定める。
筋骨隆々の白猿は俊足をもって地を駆け、
「えっ!?ちょっと待ッ……」
──グシャッ!
輝夜は血飛沫を撒き散らし、宙を舞った。
ドサッと鈍い音と共に輝夜の体が地に転がる。
「う"ッ」と呻く。
動けない。
凶刃な白猿の爪に胴をえぐられ、片腕が飛んでいる。
夥しい血が流れた。
「痛っつ、アンタよくもやってくれッ…おがッ。」
しかし不死は健在。
致命傷のため瞬時に元の体へ戻そうと再生が行われる。
しかし白猿はそんなことは知らず、転がる輝夜に跨がり、再生しだす体を抉って咀嚼を行う。
彼女は再生する端から致命傷を負い続けた。
「アンタら何してんのっ、ほらっ早く助けなさいよ!!」
助けにこない男共二人にしびれを切らし、顔を横に向けて助けを求めた。
しかし、
「すまんな!俺らまだ死にたくねぇんだわ、その不死の力使って何とかしといてくれや!」
「申し訳ありませんが魔力切れです。時間稼ぎ頼みましたよ。」
輝夜の目には薄情な台詞を吐いて全力疾走する男共二人が映る。
は?
輝夜は唖然とした。
チャンドラとザニスの判断は即決であった。
自分の命を優先し仲間を見捨てる。
その判断に間違いはなく冷静と言えよう。
ただし、
「ざっけんなッ!てめえらァアアア!!!!!」
怨みを買うことも間違いないなかった。