『スイッチ』を押させるな――ッ!   作:うにコーン

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偽りの豊穣 の巻

「こいつぁ…… ぶったまげたぜ。 完全に予想外だ」

「神殿じゃあ…なかったんですね……」

 

 予想していた光景と違う状況に、億泰と康一が眼を丸く見開いて固まる。 ギリシャ建築風の建造物だということは、康一のスタンドで確認できていた。 恐らくは、ギリシャ神話を基にした宗教建築物だろうと。 だが   その予想は真っ向から否定される事となる。

 

 一行は、馬に跨り、張り出すように行く手を遮る森の木々を迂回して進んできた。 足場も視界も悪い森の中で、騎乗して進むのは困難である。 複雑に絡み合った根が馬の足を滑らせ怪我をさせたり、鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々に隠れた肉食獣から、奇襲を受けたりする可能性が高いからだ。

 

「これは    墓場…かよ……? この、ポツポツと立ってる石…… 全部、墓標だっつーのか……」

 

 馬から降りた仗助が、泥と草に覆われ見辛くなっていた、十字架を(かたど)った石碑の1つに近寄る。 伸び放題だった草を千切り取り、泥や土を払い落とした。

 

「どうやらそのようだな。 様々な意匠で彫刻されているようだが……」

 

 承太郎は、墓石に落としていた視線を上げ、真っ白な建造物へと注ぐ。 巨大な円柱で支えられた、潰れた二等辺三角形の屋根。 屋根を支える柱には溝が縦に掘られており、細かい彫刻が掘られていた。

 

(似ている…… 似過ぎている。 アテネのパルテノンに。 だが…あの建築物は…… ()()()()()()()殿()()! 偶然同じ意匠で立てたのか? だが、柱の数も彫刻の意匠も同じようになるなんて…… 有り得るのか?)

 

 全員が下馬し、敷地内に入る。 敷地内の中心にそびえる、神殿のような物へ進もうとした。 その時  

 

「うおっとぉ!!」

 

ズデェッ!

 

 億泰が()()に足を取られ、スッ転んだ。

 

「おいおい、億泰~~ ちゃんと前見て歩けよなぁ~」

「いや、なんか草むらン中にサッカーボールみてぇ―なもんがあってよぉ~~」

                    ド ド ド

 (したた)かにケツを打ちつけた億泰は、痛む腰をさすりながら起き上がる。 と、同時に……    ()()()()()()()()()()()()()   

 

    ッ!!」

 

 ()()()()()

                    ド ド ド

「うっ! うわッ! な、なななッ! 生首ィィイイッ!!」

 

 拾い上げた物が()()()()()理解した億泰。 気が動転し、放り投げることもできず、ただただ慌てふためき悲鳴を上げる。

 

「お、落ち着け億泰! それは違う!! ()()()()()()()!!」

「ヒィィイイ……    え?」

                    ド ド ド

 少しでも遠くへと。 腕をつっぱるようにしつつ、直視せぬように顔を(そむ)けていた億泰が、仗助の一言で大人しくなる。 ソロリ、ソロリと。 ゆっくり、手の中にある頭部を薄目で確認する。

 

 非常にかわいらしい顔付きをしているのが、この状態からでも解る。 履帯(りたい)()した眼帯で左目を覆っており、大きな、パッチリとした右の翠眼(すいがん)には十字のレティクルが刻まれている。 鈍く光を反射するさまは…… まるでガラス球のようだった。 生気の無い、この乾いた瞳。 

 

「あ、ああ…そうか……… 人形、かぁ~~」

 

 ニセモノだと。 ようやく気付き、脱力する億泰。 そのままヘナヘナと座り込んでしまう。

 

「どうやら…… これが本体のようだな」

 

 一同が、承太郎の発した言葉に振り返る。 承太郎の眼の前には、力無く地面に横たわる…… 女の子の形をした   首の無い人形。 しかし、ただの人形を見つけたという事にしては、重々しく緊張した声だった。

 

 倒れた人形を抱き起こし、カマボコ状の形をした墓石に 寄りかからせる。 だが、未だに眉間に溝を刻んだ、厳しい表情をしている。 その様子に疑問を感じた仗助が、横に立つ。

                    ゴ ゴ ゴ

   !! こ、()()()()!!」

 

 滑らかに切断された頚部(けいぶ)。 一体、どのような刃物を使えばここまで鋭利に切断できるのだろうか?

                    ゴ ゴ ゴ

   ()()。 ()()()()()()()()()()()()。 問題があるとしたならば…… それは中身にあった!

 

「機械じゃあね―かァ  ッ! 超精密に作られたロボットだッ! ヒジョ―に高度なテクノロジ―ッて感じッスよォ  ッ!! どォ  してこんなモンがこんな所に!?」

                    ゴ ゴ ゴ

「予想がハズレであればと、思ってはいたが…… やれやれだぜ…未来ってのが正解だったか…… 『高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない』 魔法ってのも、ただの科学技術の応用ってだけなのかも知れないな」

 

 焦りを含んだ、苦い表情をしていた承太郎に、散開して辺りを調べていた億泰と康一、さらにガゼフが合流する。

                    ゴ ゴ ゴ

「と、すると…… 大規模な、魔法を使うためのインフラがあるのかもしれませんね。 それを住民の人達は知らず知らずの内に使っている、とか」

「ストロノーフ。 ……まさかとは思うが、このような機械仕掛けの物を見たことがあるか? 例えば…… 時計はどうだ?」

 

 と、承太郎が問いかけるが、ガゼフは眼を丸くして驚いていた為、返答は予想通りのものとなった。

 

「いや…… このような緻密な物、見たことも聞いたことも無い。 何が、どうなっているかすら…理解出来ないが…… 人の身長ほどある柱時計か、懐中時計…… 魔化させ、マジックアイテムにしたものを使っている」

「……そうか」

「承太郎殿…… これは一体……」

「これは私達の遥か上を行く技術だ。 子供に刃物を持たせる以上に危険な物だ…… 忘れろ、ストロノーフ」

「了解した。 そなたがそう言うのならば、そうなのであろう。 此処では私は、何も見ていない」

 

 億泰が抱えている少女のロボットの頭部を、仗助が拾い上げる。 <クレイジー・(ダイアモンド)>を実体化させ、なおす能力を発動させた…… が。

 

「な、なんでだ? なおんねーぞ?」

「いや、よく見ろ仗助。 かなりスローだが、効いている」

 

 仗助のスタンド<クレイジー・(ダイアモンド)>は、叩き壊し吹き上がる石畳を、空中で治す程のスピードを持っている。 しかし、精密すぎるためか? それとも他の原因があるのか? この少女のロボットを治すスピードは非常に緩慢であった。

 

「……ダメッスね。 完全になおったハズなんだけどよ~~ 反応がねーッスわ。 ここで何があったのか聞けるかと思ったんだがなぁ~~」

 

 スタンドは精神と直結している為、完全に治った事が感覚でわかる。 しかし、少女のロボットは眼を開けたまま…… ピクリとも動かない。 その目の前で、何か反応が無いかと手を振ったりしていた仗助が、残念そうに溜息をつくと肩を落とした。

 

 故障していなくとも、動力が無くては機械は動かないのと同じか。 または、電源が通じていて故障もしていなくとも、電源ボタンを押さなくてはパソコンが起動しないように。 何らかの操作が必要なのだろうか?

 

「デデン デン デデン……  デデン デン デデン……」

「……何が言いてぇんだよ、億泰」

 

 後ろで見ていた億泰が、某州知事が出演している映画のテーマを口ずさむ。

 

 億泰は遠まわしにこう言っているのだ。 もし、この美少女ロボが治った瞬間、イキナリ「お前達を絶滅(ターミネート)させる」と言って、襲い掛かって来たらどうするんだ、と。 元から故障していたり、バグっている可能性を考慮すべきであり、仗助のこの行動は明らかに…… 短絡的過ぎる行動であった。 迂闊(うかつ)だったと言える。

 

 もし…… 日本があの映画を撮るとしたら、どのようなストーリーになるだろうか? たとえば、こんな美少女ロボが未来から送り込まれ、主人公を亡き者にするために襲い掛かるが、なんやかんやあって恋いが芽生え、AIが愛と任務の狭間で葛藤する…… とかだろうか? だとしたら、作中に無理矢理な…… ご都合のよいお涙頂戴を入れ込まれ、駄作に陥る可能性大だろう。

 

「仗助、億泰。 何をモタモタしている」

「お?」

「え?」

 

 承太郎の呼びかけに2人が振り向く。 すでに、3人が神殿内部へ入る階段を見つけていたようだった。 3人はそれぞれ、ニグン達から鹵獲した、永続光の魔法が付加された投光機を手にしている。

 

 億泰と仗助は、慌てて3人に追いつくと、そのまま階段を下りていく。 殿(しんがり)を担った承太郎が後に続こうとして…… チラリと、振り返って少女のロボットに視線を送る。

                        ゴ ゴ ゴ

「………………」

 

 険しい表情で、まるで睨みつけるように視線を送る承太郎。 彼は…… 気付いていた。 あの少女のロボットが、()()()()()()()()()()の服を着ている事に。

 

 そう。 このロボットからは…… 非常に強く……

 

(『メイド服』を着た、『少女』の『ロボット』だと……? こんな物を作るのは…… まさか、な……)

                        ゴ ゴ ゴ

    日本の匂いがする。

 

 

 クルリと、(きびす)を返し階段を下りる承太郎の背を。

 

ギ…… ギギ…ギ   

 

 機械仕掛けの少女は、首を回し。 目で追った    

                        ゴ ゴ ゴ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コツ…… コツ…… コツ……

 

 薄暗い空間に、足音が反響する。 複雑に反響して聞こえる事から、かなり広々とした空間であることが想像できた。

 

「フム…… どうやら此処は墳墓らしい」

「墳墓? 墳墓って何ですか?」

「ピラミッドだとか、古墳だとか…… そういった墓地の類の物だ。 この墓標の数からして…… 公共の場だったのかもしれない」

 

 備え付けの、魔法の光を放つ照明が設置されてはいるのだが、少なくない箇所が破壊されており薄暗い。 広い空間があったと思われるこの地下空間は、崩れた瓦礫で大部分の通路が塞がれており、ほぼ1本道となっていた。 億泰の<ザ・ハンド>で瓦礫を撤去してはどうかとの案も出たが、崩れかけの地下で瓦礫を『削り取る』のは危険過ぎたし、何らかの遺跡だった場合…… たとえ瓦礫だったとしても、勝手に触るのはマズイ。 

 

「……静か、だね」

「ああ、そうだな」

 

 不安に押しつぶされそうな顔をした康一が、同じく緊張した面持ちの仗助に話しかける。

 

 地下1階も、地下2階へと降りてしばらく移動した後も、辺りは不気味に静まり返っていた。 もし、歩くのを止めたら耳が痛く感じられるほどの静寂が5人を包み込むだろう。

 

「……おや? 承太郎殿、地下3階へと続く階段があるようだ」

「通じているのか?」

「……特に崩れていたりはしていないようだ」

 

 問題が在るとしたら。 ()()()()()()()()()なのだろう。 行けども行けども、ピラミッド等にありがちな罠も、住み着いたネズミや虫などの小動物も、墓場だと言うのに遺体の1つすら無かったのだ。

 

 3階へと降り…… 案の定と言うべきか。 代わり映えしない景色の中を進む。

 

   !」

 

 その時であった。 <エコーズact1>で、不審な物音がしないか警戒していた康一が、通り過ぎた側面の壁に扉が設置されているのに気が付く。

 

「……? 承太郎さん。 こんな所に扉があります」

 

 後へ振り返り、承太郎に左手で扉を指差し、知らせる。

 

「何だこの扉は…… 石材製の扉か?」

 

 石造りの扉が、そこにはあった。 重く、脆く、加工し辛い石の扉が。

 

 映画でありがちなスライド式のシャッターではなく、ドアノブも蝶番もあるフツーの扉の材料に石を使う違和感。

 

カン  カン

 

 手の甲でノックすると、見た目に反して金属質の音が返って来る。 どうやら鉄扉に石を貼り付け、装飾にしていたようだ。 迷彩効果か、景観を損ねないための工夫なのかもしれない。

 

 ノック後、しばらく待ってみたが返事は無い。 2度3度と、繰り返しノックをしても返事は無く、あまり期待していなかったとは言え…… 一同は落胆し、肩を落とす。

 

「失礼する」

 

ガチャリ  

       ギィィィ……

 

 金具の擦れる音と共に、扉は抵抗無く開かれる。

 

「…………」

「なんだぁ~~? コリャ~~?」

                   ゴ ゴ ゴ

 

 扉の向こうは   いや、『室内』は、女性物の調度品で揃えられており、中には甘い香りが薄く漂っていた。 まさかガス兵器ではないかと警戒したが、特に体調に変化は無い。 何らかの芳香剤の香りであろうと結論付ける。

 

 足の先が丸まった、黒檀の丸机。 フリルの付いた、ゴシック調のテーブルクロス。 金で縁取りされた、花びら模様のティーセット。 金や銀で細かく装飾された大きな鏡も、いわゆるゴスロリといった服が収められているクローゼットも。

                   ゴ ゴ ゴ

 調度品の1つ1つは、一定のテーマをもって揃えられており、赤やピンク…… 黒といった色彩であっても、落ち着いた印象を与えてくる。 桃色の薄絹のベールで区切られた、この部屋の主の趣味嗜好から  

 

「女性がここに住んでいたんでしょうか……?」

                   ゴ ゴ ゴ

 主に部屋にいたのは、女性なのだろうと。 そう、想像できる。

 

  此処が、地下の墳墓内だと言う事を除けば。

 

 

 

 

 

「おい億泰」

「あ?」

「この雑誌のここ見ろよ!」

「なんだよ?」

「いいから見ろよこいつを」

 

 仗助の手には、ツルツルとした質感の紙に印刷された、背表紙の無い1つの雑誌。 それが億泰に、あるページを指差しながら手渡された。 開かれたページに目を落とすと、布製の…… お椀状の形をしたものが2つ、写真の中に収められている。

 

「これ、もしかすっとよぉ~~!」

 

 胸の辺りに両手を当てる仗助。

 

「ここ、盛り上げるヤツかよォ  ! ほへ  ッ」

「なになに? AAカップがCになる…… へ    ッ! だまされるぜ    ッ! 気をつけよーぜ! なあ!」

「ええっ! いや、僕に振らないでよ……」

 

 アホなネタで騒ぐ2人に、承太郎は眉を潜め  

 

「おい。 気安くベタベタと触るんじゃあねーぜ……」

 

 と、注意しようとして…… ()()()

 

    ハッ!!  なんだとッ!?」

 

 勢い良く体を捻り、仗助達へと早歩きで向かう。 億泰から、奪い取るように本を手にし、ペラペラとページを捲っていく。

 

「これは……! この本は! この、『()()』はッ!!」

 

 承太郎の額から、緊張で汗がツツゥ  ッと流れた。

 

   日本語じゃあねぇかッ!!」

「「    !!」」

 

 仗助達は戦慄した。 目を見開き、背中には冷や汗が流れ、呼吸は浅く早くなる。

 

「グレート……! 超ヤバイ状況になって来たッスね…こいつは……」

「そ……そういえば、これは羊皮紙じゃない! パルプ紙だ!」

 

 この地下墓地は……! 違和感だらけのこの施設の正体は、未来の公共墓地だったのか!? ならば、この部屋は管理人の私室だったのか!?

 

 承太郎達は、あの杜王町から『未来』へと! キラの死に道連れとして、1度滅んだ文明の後へと送り込まれてしまったのだろうか!?

 

「やはり…… 此処にはッ! ()()()()()ッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()がッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

to be continued・・・




赤鼻のおっさんが騙されてしまった、Cになるバフを重ね掛けしています。 

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