「…………はぁ」
魔法の光が、柔らかくも眩い光を煌々と放ち。 部屋の中央に置かれている、
「何処かで会いましょう…… か……」
透明感のある深い黒の円卓は、その身体を濡れ羽色に染め上げ。 41脚ある、豪奢な椅子と組み合わされ、華々しい空間を演出し
「何処で…… 何時、会うのだろうね……」
……1つだけ埋まった席が、哀愁を漂わせた。
「 ふざけるな!」
バン!
骨の両腕が、オブシディアンの机を叩く。
41席ある椅子に座る影は、ただ一人。 去り逝くかつての思い出を、肩を震わせ噛み締める。 彼の名は…… 鈴木悟。 またの名を モモンガと言う。
「ここは皆で作り上げた、ナザリック地下大墳墓だろ! 何故、こんな簡単に棄てる事が出来る!」
肉も皮も無い骨で出来た彼は、これからたった一人で…… 世界の終わりを待つ事となる。
「……いや、違う。 現実と空想、どっちを取るかの選択そしただけだよな。 みんな苦渋の選択だったんだ…… 誰も裏切ってなんかいない」
終わりかけのゲームではなく、現実を選んだだけだ。 そう、自分に言い聞かせるように呟いたモモンガは、ゆっくりと立ち上がり部屋の壁に向かって歩いていく。 彼が向かった先には、1本の
ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの象徴
ギルド最強の武器にして、ギルド維持の要であるこの豪華絢爛な杖は、ギルド武器と言う。 1つのギルドに付き1個しか作成できないこの武器は、通常の武器とは比べ物にならないほどの強化が可能であり、この杖も
ゲームプレイヤーが作成できない
そんな武器が、何故。 このような地下深くに、1度も使われる事無く…… 飾られるがままになっているのか? それは、ギルド武器が破壊された場合、ギルドが解散してしまうからだ。 ギルド武器の破壊は…… ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの破壊と同義であり。 ギルドの象徴であるこの武器は、言ってしまえばギルドそのものなのだ。
仮にギルド武器が破壊され、ギルドが崩壊した場合はと言うと、そのギルドに所属していたメンバーは『敗者の烙印』というものを常時、頭上に浮かべる事となる。 特別なマイナス効果もプラスも無いが、敗者の証であり…… 屈辱の極みである。
やがて、モモンガが壁に飾られている杖の前まで到達すると
チラリ
と、自身の装備に目を向けた。 現在、モモンガが普段使用している装備は、狩りを行なうための失ってもあまり痛くないレアリティの装備で固められていた。 茶色の、わざわざ目立たない外装を選んだローブだ。
「……この格好じゃあ情けないよな」
「最後だから」と、そう呟いたモモンガは、ギルドマスターらしい格好に着替えるために、コンソールを操作する。 虚空に半透明の文字盤が浮かび上がり、自身が持つ最高の装備をタッチ操作で選んでゆく。
何も無い虚空から、現在まで装備していた茶のローブが
現実世界では到底成し得ない奇跡の技だが、所詮この場は
頭の頂から、足の爪先まで、全身を
ギルドの象徴を手にするに相応しい姿。 完全武装へと着替えたモモンガは、ギルド武器へと手を伸ばし……
「………ッ」
手を止め、逡巡する。
スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。 作成してから、一度も使われた事の無い…… 切り札にして弱点の、矛盾せし最強の杖。 輝ける過去の結晶。
故に迷う。 こんな終わりかけの世界に解き放って良いものかと。
「やっぱり…… ダメだよな……」
ギルド武器へと伸ばしていた腕を、力無く垂れ下がらせた。 輝かしい記憶を宿すギルドの象徴を、今の残骸と成り果てた時代に引きずり落としたく無かったのだ。
モモンガは虚空へと手を差し込み、試作品のギルド武器を自らのインベントリから取り出す。 本物のギルド武器はインベントリに仕舞う事ができないが そんな事が出来たら、持ち主がログアウトするだけでギルド攻略が不可能になってしまう この試作品は、データ量にスキ間のあるただの神器級武器のガワでしかない為、入れておくことが出来る。
試作品と言えど、見た目は全く同じ。 それもそのはず、ただ単にデータをコピーすればいいだけなのだから。 性能以外に違う場所など、名前位なもの。 手に収めた瞬間、
だからだろう。 何度見ても、この杖の感想は
「……作りこみ、こだわりすぎ」
だった。
時刻は、既に23時半を過ぎた。 来るかもしれないと身構えていたプレイヤーも、来てくれるかもしれないと期待していた仲間も、来る可能性がほぼ無いに等しい事はモモンガも心得ていた。
モモンガは振り返る。 見えるのは41の空席。 以後、二度と使われる事の無い……冷え切った椅子達。
湧き上がる複雑な感情を押さえつけ、寒さに追い立てられるように彼は円卓の間を後にする。
特定条件以外で…だが。 ギルドメンバーのみに与えられた
モモンガが向かう先は、ナザリック最奥…… 玉座の間。 たった30分で、ナザリックの防衛トラップと守護者達を
楽しかった思い出に浸りながら廊下を歩く。 右も左も、天井でさえも細かく装飾が施されたロイヤルスイートは、ナザリックの誇りであり…… 生きた証だ。
途中で
アルベドの設定を変更するのに悪戦苦闘している間に、
モモンガの「ひれ伏せ」とのコマンド入力で、セバスや戦闘メイド達が王座に座るモモンガの眼下で
残り1分。 過去の思い出が走馬灯のように去来する。
でも、それでも良かった。 だって…… そうだろう?
「そうだ…楽しかったんだ………」
楽しかったのだから。
モモンガは椅子に体重を預け、眼を閉じる。
シャットダウンまで残り10秒……
明日は4時起きだ。 サーバーシャットダウンしたら、すぐに就寝しなければ仕事に差し支える。 現実に戻ればシャツとトランクスだけの、だらしの無い格好だが、どうせすぐにベッドに入るつもりだったし、一人暮らしなので誰かに見られる心配も無い。
時を数える。 5秒前……
4…… 3…… 2…… 1……
ゼロ。
何かが光った気がした。 それと爆発した音も。
「 !? グッ!」
グニャリとした感覚と共に、脳を揺さぶる衝撃がモモンガを襲い。 抗え切れぬ、睡魔に似た浮遊感に流されるまま、モモンガの意識は失われて行く。 闇夜の霞に、覆われて行く意識の片隅で。
手に触れて感じていた、左手の確かな感触が砕け散った。
どれほどの時間が経過しただろうか? 唐突にモモンガの意識が覚醒していく。
「流石によぉ~~ こんくれーの大きさになると重てぇ よなぁ~~」
ボンヤリとした思考に、一石を投じるように。 モモンガの耳に話し声が聞こえた。
(……? あれ、おかしいな…… 確か…サーバーは落ちたはずで……)
まさか、何らかの原因でサーバーのシャットダウンが延期。 さらには寝落ちしてしまったのか? と、焦りを含んだ良くない予想が頭を
(いい!? 今、何時……ッ!)
慌てて時刻を確認しようと、モモンガが眼を開くと。
「ウッカリ落とさないでよ? せっかく直したんだから……」
目の前には5人の人間の男達が。 ナザリックを攻略しにきたプレイヤーだろうか?
(うおおおっ!! イキナリ5対1って! な、なんで玉座の間まで…… っていうか近ッ!)
声に出さずに焦るモモンガ。 彼は遠距離戦を得意とする、魔法詠唱者のため…… この距離、この人数差では一方的に攻められて倒されてしまうだろう。 2対1で問題なく勝てるのは、たっち・みーくらいしかいないのだ。 まぁ、タンカーとアタッカーを両立できる彼を引き合いに出すのが間違っていると言われてしまえば、それまでなのだが。
今すぐログアウトしないと会社に遅刻する もうしているかもしれないが と、説明してログアウトするべきか? それとも、覚悟を決めて魔王ロールをして歓迎するべきか?
絶体絶命の窮地! 二者択一! どうするモモンガ……! ナザリックの名誉は彼の手に掛かっているぞ……!
そして…… 悩みに悩んだ彼は
(攻撃してくる様子が無いし…… と、とりあえず様子見で……)
現状維持を選んだ……
モモンガが、薄眼を開け 意味は無い 観察していると、どうやらモモンガの事を遺体か何かと勘違いしているのが見て取れた。 何故ならば……
「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」
こちらに向かって手を合わせ、口々に冥福を祈られているからだ!
(ええー!? いや確かにガイコツだけれども! アンデットだから死んでないし! いくらなんでも酷くない!?)
アンデットに成仏しろと言うのは、遠回しに消えろと言っているのか! 会って顔を合わせた瞬間にコレは酷すぎだろ! と、内心で思っていても口に出せるほど、鈴木悟の心臓には毛が生えてはいない。
「お引き取り下さい」と言われて「お前が息を引き取れ」と、楽に言ってのけてしまう、そんな、ぶくぶく茶釜さんに痺れる憧れてしまうモモンガだった。 こんな時のために気の利いた文句の1つでも考えておくべきだっただろうか? そんなフウにモモンガが現実逃避していると。
(……え? アレって…スタッフ オブ AOG レプリカ?)
寝ている間に手から落ちたのか、黄金の杖が床に転がっており。 なんと! その杖を、髪型がハンバーグみたいな少年が、モモンガに持たせようとして来るではないか!
(えっ! ちょっ、待って! それはマズイ! それはマズイんだぁぁああ!)
当然の事ながら、この杖をモモンガが持つと、モモンガのキャラクターIDに反応して巨匠のこだわりが出て来てしまう。 つまり、オブジェクトだと思っていたガイコツが、モモンガというプレイヤーだとバレてしまうのだ!
モモンガの必死の祈りも天に届かず、ついに黄金の杖は左手に触れる。 当然の如く、匠の技は遺憾無く発揮された。 そして吹き上がる漆黒のオーラ。
「うわあああああああああ!」
(ひぇ !)
驚いた少年の絶叫で、つつかれた猫のように肩を跳ねさせたモモンガ。 肉の無い手でガッチリと、反射的に杖を握ってしまう。 最早、寝たふりは通用しない。 覚悟を決めて魔王ロールをやり遂げ、華々しく散るべきなのだ。
縮み上がる心を奮い立たせる合図として、金の杖を打ち付ける。 涼やかな音を奏でるこの杖が、本物のギルド武器で無いことが残念だ。 5対1とか、正に『勇者vs魔王』では無いか。 ……いや、1人多いかもしれないが、とりあえずは、ナザリック最強の武器と共に勇敢に戦い、全身全霊全てを出し切って終わる事が出来たハズだったのに。
心の中で溜息をついて、雰囲気たっぷりに立ち上がったモモンガは、イメージの中の魔王っぽい感じで5人を睥睨する。 身構えた少年達の体が二重に振れて、幽霊のような姿が
(………んん?)
(何処かで…… ええと、何だったかなぁ……?)
喉元まで出かかっているのに、出て来ない。 そんなもどかしさを振り払うように、モモンガは全力で記憶を掘り起こす。
(名前は確か…… 九条…いや、違う。 だけど近いよな……)
何処で…… いや、
本…… そう、面白いマンガがあるからと
『こいつらは、ションベンたれ康一に、あほの億泰…… それにプッツン仗助と承太郎だ……』
ああ! そうだ、これだ! モモンガは、正解を掘り当てた瞬間、思わず名前を口走ってしまう。
「空条…… 承太郎……!」
目に見えて、相対している5人に緊張が走るのが分かった。 大人気だった書籍といえど、流石に150年前の作品を知っているとは思わなかったのだろう。
彼等の背後に
(おっと、待たせ過ぎてしまった。 ええと、最初のセリフは…… よくぞ来た、勇者達よ! だよな)
モモンガは翼を開くように、ゆっくりと両腕を広げた。
お手本はその昔、1年に1度だけ巨大化するという、サー・チココ・バヤシという名の魔王だ。 女性のハズなのに
抱き竦めるように、両腕を広げたモモンガは。 「世界の半分をやろう」と、お約束のセリフを言うべく気合いを入れ
「にょくぞ来た!」
……噛んだ。 噛んでしまった。 一世一代の大舞台で、緊張し過ぎてしまったのだ。
「…………」
「…………」
どうしたらいいのか解らず、バンザイの状態で固まるモモンガ。 立ち上がったと思ったら、第一声を噛んだ彼に混乱し、ポカンと口を開けた状態で眺める仗助達。
せっかくの雰囲気も、いい感じに高まった緊張感も。 全て雲散霧消してしまい、何とも言えない緩んだ空気が流れる。
誰か助けてくれ。 恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆い、
同時に、冷静さを取り戻したモモンガの足元で、シズが
「モモンガ様、ご無事でうれしい。 CZ2128Δ、御身の前に」
抑揚の抑えられた、しかし流暢な言葉で臣下の礼をとる。
(……え? シズ・デルタって…… NPCの? コマンドも入力して無いのに、何で喋って……)
モモンガを認識し、滑らかに身体を動かし
そもそも、NPCに搭載されている
明らかにゲームの処理能力を
(…………ん?
恐る恐る、モモンガは自分の顔に触れた。
( !! く、口が動く! 表情が動くなんて、ユグドラシルでは有り得ない!)
そう。 だから、処理能力に限界があるユグドラシルでは、いちいち面倒なエモーションを表示するか、オーバーなジェスチャー…… 又は両方を駆使して、感情を伝えるのだ。
「……? 気分、悪い?」
シズが
「い、いや。 なんでもないで…… 気にするな」
敬語で返答しそうになるが、言い直す。 設定どおりな口調で喋り、高度な受け答えをすると言っても、シズは所詮NPCだと言い聞かせて。
……が。
あまりに人間らしさを見せるこの少女を、あっけなく無視することが出来る程、非情にもなれないモモンガであった。
「状況…… そう、現在の状況を教えてくれ」
そして、ついにモモンガは、シズに、かねてより気掛かりであった…… 破壊され尽された玉座の間について問いかけた。
ド ド ド
「はい。 現在時刻より98時間43分前。 モモンガ様の スタッフ・オブ・AOG が、何者かの攻撃で…… 突如破壊された」
「なっ!? 破壊されただと!!」
一体誰に!? でもどうやって! 玉座入り口には侵入者パーティ2組の12名を、楽に撃退できるほどの防御用モンスターが配置されている。 そもそも、9階層のロイヤルスイートを除いて8階層あるダンジョンを、モモンガに気付かれず攻略するなど不可能だ。
ド ド ド
一人、動揺し。 考え込むモモンガに、その先を続けていいのかとシズが待機している。 それに気付いたモモンガは、ジェスチャーで続けるようにシズに
「さらに、原因不明の精神異常が発生。 階層守護者同士で戦闘が勃発した。 アルベド様。 シャルティア・ブラッドフォールン様。 コキュートス様。 アウラ様。 マーレ様。 デミウルゴス様が
ド ド ド
モモンガは、目の前が暗くなるような錯覚に囚われる。 足元が、ガラガラと音を立てて崩れていくような…… そんな喪失感を味わった。
「なん……だと……! 守護者同士で…争ったのかァッ!!」
モモンガ自身も、内心驚くような大声が出た。
ド ド ド
「申し訳…… ありま…せん……」
怯え、俯くシズ。 膨らんだ風船が
ヘロヘロ「出番が!」
※犯人はヤス。 みたいに、ピンときてもコメント欄でネタバレしないようお願いします。
犯人の事を書くときは、ぼやかしてフワッとした感じで!
今頃AOG杖無いと設定変更出来ない事に気が付いた。 ヤバイ。
ビッチ設定のままでもよかったけど、不便。 なので、苦しい理由だけどツールで変更したことに。
円卓の間→玉座でシャットダウンまでは、原作と同じように進んだと想定しています。
キングクリムゾン! 飛ばし気味だったから不安。
仗助達コーコーセーに手を出したら犯罪だよ犯罪! 彼ら未成年よ~~?