殺人鬼の初恋   作:三段腹肉之介

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この作品は厨二的な文章の練習のために書いたものです。そんなわけなので非常に好き嫌いの分かれる作品となりますが、暇つぶしに読んで感想のひとつでも書いてくだされば幸いです。


プロローグ

 

 うだるような夏の日、陽炎が立ち上るアスファルトの上を歩く。いまどきクーラーすらない自分の部屋から這い出て涼しさを求めて俺は彷徨っていた。

 周囲には人影すらない、今は八月の夏真っ盛り、海とかプールとかそんな行楽地でもない限り、こんな炎天下に這い出ようとは思わないだろう。強過ぎる北風と同じく、強過ぎる太陽もまた旅人を苛むのだ。

 

「――――」

 

 そんな臭い表現が思わず出てきてしまう様な太陽の下で、何かがいた。人影だったけど、それはただの人影ではない。すらりとした手足を包むのは、喪服の様に黒一色のロングスカートと長袖の上着、腰まで届きそうな黒髪の下に見え隠れするのは、こんな天気でありながらも新雪の様に白い肌。白と黒、その二色に彩られた人影だった。

 周囲の空気は灼熱だというのに汗一つかかず緩やかに歩むその人影は、あまりにも現実感がない影絵の様でもある。しかし、それらが逆に違和感を際立たせていて、モノクロなのにカラフルだという印象を抱かせる。思わず、この暑さで頭がやられたかと自分を疑うほどに、それは異彩を放つ人影だった。

 

「――――」

 

 その人影は、そんな俺の動揺を勿論気にかけることもなく、歩みを止めずにゆっくりと近づいてくる。そうして、モノクロのコントラストの奥に隠れた顔がくっきりと見える所まで俺と人影の距離は詰まってゆく。

 氷の様だ、と思った。すれ違うまでに迫ったその顔はまるで彫像の様に整っていて、氷像の様に熱が無かった。果たして、生きているのかと思うほどに。

 

「…………」

「――――」

 

 だから、人影は悠然と俺の隣を過ぎ去っていく。足音一つ立てず、ふわりと揺れる黒髪をたなびかせ、無音のままに俺の視界から消え去っていく。

 俺はというとそんな彼女の背を、白昼夢でも見ているんじゃないかと疑い頬を抓りながら、その痛みを感じつつ見えなくなるまで見続けていた。

 

「……やっべ一目惚れ?」

 

 街中ですれ違うその一瞬で恋をするとか、そんなベタな流れ漫画やアニメでもそうそうやらないっての。どうにも相当頭の方が茹だっているらしい。いくら見惚れるほどに綺麗な女だからといって、ここからどうやって話を膨らませるのか。運命的な出会い等そうそう起こりはしないのだ。

 

 

「――――木場野由比(きばの・ゆい)です、よろしく」

 

 

 まぁでも、起こったからには仕方がない。さて、これからどうしようか。

 夏休み明けの学校で、あの時と変わらぬ氷像めいた無機質さで簡潔な名乗りを上げた彼女を見て、決意が定まる。

 ただ一度すれ違うだけだと思った出会いは、こうして二回目と、そしてクラスメイトという間柄を構築するに至っている。ここはひとつ、年頃の男の子らしくこの偶然に舞いあがってみようかね。

 九月だというのに翳ることのない暑さに辟易しながら、俺は冷ややかな彼女を見てそう思ったのだった。

 

 

■■■

 

 

 さて、思い立ったら吉日という言葉があるが、思い立ったからといって明確な指針が浮かぶのかどうかはまた別な話だと思う。

 偶然にも彼女の席は自分の隣になって、話しかける距離的なハードルは幾分軽減されたものの、はてさてどういう切り出し方が歓心を引くのだろうか。

 視線を気付かれぬように横に向け、まるで一枚の絵画の様に授業に聞き入っている彼女の横顔を盗み見る。

 

「――何か用?」

 

 しかし、下心丸出しの視線はいとも容易く察知されたらしく、黒板とノートに固定されていた夏のjの視線が、一瞬だけこちらを向いた。静かに、ゆっくりと、キリキリと回る歯車の音が聞こえてしまいそうだ。

 聞き入ってしまうだけでこちらの熱が奪われてしまいそうな冷たさを感じながら、俺はこうなったらいっそ、と会話を続けることにした。開き直ったとも言う。

 てな訳で授業中とはいえ、せっかく巡ってきた貴重な機会を不意にしないためにも、俺は小さな声で会話を始めることにした。はてさて、がわは一級品だと知ってはいるが、その内側はどんなものなのやらと期待を抱きながら。

 

「えっと、……木場野さんがこの町に来たのって八月頃? 街中ですれ違った気がするんだけど」

「そうなの……覚えてないわ」

 

 あぁ、こりゃ駄目だ。例えあの一瞬が白昼夢ではなく真実だったとしても、彼女はそれを気にもかけてはいないのだろう。こりゃ難敵だ、打ってもなにも反響させないとか難易度が高過ぎるにも程がある。

 

「そう言えば木場野さんは前はどこにいたの?」

 

 そんなわけで会話の矛先を変えながらの二発目を放つ。

 

「さぁ、どこかしらね」

 

 おおぅ、冷たい返答なことで。

含みを持った言い方はその実、面倒くさいから言いたくないという拒絶の念に満ちていた。

 高嶺の花は届かないからこそ美しい、こうして隣にいる彼女は、見えなく深い大きな溝の向こう側にいるようだ。

 

 

■■■

 

 

「――――つうわけで、だ」

「いや、何がつうわけで、よ。脈絡見えない。主語だけで話すなこの馬鹿」

「えぇ、この状況で話すと言ったら話題の転校生、木場野由比ちゃんのことにきまってんじゃん」

 

 校舎と校舎の間の中庭、ビル風が結構吹き抜けるここは、木陰にでも入ればこんな夏日でも比較的涼しい場所だ。そんな場所だが、エネルギーが有り余っている年頃の高校生がこんな何も無い場所で昼休みを使いつぶすこと等そうそうないので、ここは結構穴場の休息場所であった。

 そんなここで話すのは、当然とも言うべきか木場野由比のことだった。

 実際彼女が転校してきてから一週間が過ぎ、結構話題になっていたりする。それも悪い方向で。

 何せ自発的な行動をしない。休み時間でさえも自分から取る行動と言えば本を読むだけ、話しかけても鉄壁の防御が発動。如何にもなお高くとまった美少女転校生というレッテルが張られるのも当然の帰結だろう。

 当然俺もそんな彼女の鉄壁の防御に玉砕しまくっている。唯一の幸いと言えば、他の色気づいたクラスメイトも同じように総玉砕の憂き目にあっているので、あんまり俺の結構本気で惚れこんでいる内心を悟られてはいないってことか。

 

「つまり君って結構面食いなわけだ。がわが良けりゃ中身はどうでもいいと」

「馬鹿だろお前」

「は? どこがよ」

 

 内心を悟っているのは、こうしてどうでもよさげに冷たい視線を投げつける眼前のこの女だけ。一応世間一般では幼馴染に分類されるであろう同級生に対して、俺は致命的な認識の間違いを突きつける。

 

「目は口ほどに物を言い、って言うだろ。中身を見せない外見を維持してるのなんてほんの一握りだよ」

 

 押さえつけるってのは基本的に労力がいる。日々それを実感して俺が言うのだから間違いない。

 

「……まぁ、そりゃそうだよね」

「そうそう。陳腐な言い回しだけどあの澄ました表情の奥にはどんなのが隠されているか、想像するだけで股座がいきり立つ」

「あのさぁ……」

「ん?」

「んなことを私の前で言うな」

 

 言い忘れていたがコイツの名前は水鏡昌(みかがみ・あきら)。一応、女だ。ついでにいうとものすごくぴったりな名前だと思う。何せ、

 

「そんなことで赤面する様な普通の性格じゃないだろ」

「あ~、なんて言うか、惰性?」

 

 少し茶色がかったショートカットに、いつも気だるげに眠たそうにしている表情。おかげで結構な美少女ではあるのだが全然クラスの男子どもに気にとめられていない。

 

「一応そういう風に振舞っておかないと、何かの拍子でぽろっと表に出ちゃうし」

 

 そういいながらもそもそと購買のパンを頬張る昌。つまりあれか、一応そういう話で赤面する普通の感性を持っているのだと言い張りたいわけか。よく言い張るものだ。

 

「……だから、惰性だって言ってるでしょ。だから感謝しなさいよ」

「はぁ?

「そうでもなきゃ君みたいなのと交友関係は持っていない。――――本当に木場野さんに惚れたわけ」

「うぅ、恥ずかしながら一目惚れです、はい」

「そう。一応頑張りなさいって言ってあげる。援護も手伝いもしてあげないけど」

 

 例えて言うなら木場野さんが氷像で、コイツは彫像なのだ。絶対零度に対して常温。過熱もしなけりゃ冷却もしない。ただそこにいるだけの彫像じみた無関心さ。視界に映ったものを認識しながら気にも留めないカメラの様な奴なのだ。

 

――人間、食うに困らないだけの余裕と暇をつぶせるだけの娯楽があれば生きていけるでしょ。

 

 それがコイツの口癖で、どうやら俺はなぜかこいつの言うところの娯楽であるらしい。眺めているだけで暇つぶしにはなるのだそうだ。俺のどこがコイツのカメラに異物認識されるのかは甚だ疑問だが、そんなわけで俺とだけは普通に会話が成立しているのだった。

 

「……そういえば」

 

 が、こんなこいつにも利点というか特技というか、そういう点が一つだけある。

 

「まだ何か? もしかして気が変わって俺の恋路の手伝いしてくれるとか? むしろノーセンキューなんだが」

「するか馬鹿。――――ところで木場野さんって<汚染者>だって噂があるの、知ってる?」

「マジ?」

 

 <汚染者>。いつの頃からかネットの間ではそんな噂が流れ始めていた。度重なる環境汚染。連日報道されるいろんな汚染物質やら有害物質やらの情報が醸成したのかどうかはわからないが、どこぞの怪獣の王よろしくそういう物の影響で変質した人間がいるらしい。そんな噂だ。

 で、そういう話のお決まりのパターンとして、そうして変質した人間は超能力者よろしく変な力を手に入れているのだとか。ぶっちゃけ言ってただの都市伝説に過ぎないのだが、何故か妙な感染速度で以ってその名前の如くネットに浸透しているのだ。

――個人的には実にどうでもいい話だ。

第一、他人を染め上げてしまう存在なんてそれこそ世に幾らでもいるだろうに。

 

「転校してきたのもそれがばれたから仕方がなく、って話らしいよ」

「どこから聞きつけてきたんだよそんな話」

「さぁ、耳に入ってきただけだから裏取りなんかしていないしね」

 

 この幼馴染は、そのカメラめいた無機質さの所為か、何処からともなく噂場内を仕入れてくるという変わった特技がある。いつの間にか話に混ざっていて、いつの間にか消えているってな具合でだ。

 今回もそんな感じでクラスメイトが話しているのを聞いていたらしい。流石は人間ボイスレコーダー、ちなみに今命名且つ俺命名。いや、人間盗聴器の方がいいかも知んない。

 

「でも。はい」

「何だよその手は」

「情報料。労働には対価を。常識でしょ?」

「盗み聞きなんだから密告してあげないってだけでもありがたく思えよ」

「盗み聞きじゃないよ。勝手に皆が話しているのを偶々聞いてしまっただけ」

 

 私に気付かずヒソヒソ話をしてしまった同級生が悪いのだと、昌は表情を変えずに言い切った。コイツのことだから心底本気で言っているんだろう、決して言い訳なんかじゃないのはよく知っている。

 

「……まったく、いかれた幼馴染を持つと苦労するよ」

「鏡見て言ってよ、この馬鹿」

 

 肩をすくめる俺に対し、珍しく心底呆れたかのような表情を浮かべる昌。

 

「というか君、順序はどっちなのよ」

 

 それを今更俺に問うかね。あぁ、今更過ぎるほどに今更だ、人の性癖なんてそうそう変えられるものじゃないだろうに。

 一目惚れなんか特に、心の琴線にビビッと来たから発生するもので、そんなもの性癖に直結していないわけがないだろうに。

 

「じゃあラブレターに出もうこう書くわけだ。――殺したいほど愛しています、って」

「馬鹿かお前逆だろう」

「……やっぱり君は性質が悪い。目を付けられた木場野さんに同情するわ」

 

 そんな同情心などこれっぽっちも抱いていないくせに。これも言うところの惰性によるもの言いなのだろう。そんな様だから俺はコイツを生まれてこのかた一度たりとも異性と認識したことがない。

 言ってみればある意味では俺に物凄くぴったりなのかもしれないが、そんなのは偽装結婚に等しい拷問なので、俺はそんな合理性をいつも切り捨てることにしている。無味無臭な蒸留水を飲み干し続けて渇きを癒す趣味など、俺には欠片もありはしないのだから。

 

「それはそれとして、ラブレターはいいかも知んないな」

「あっそう、文面はどうするのよ?」

 

そりゃ勿論、事此処に至っては消極的な選択では進展が望める筈もなく、自分の内心をフルオープンにした直球ストレートで行くべきだろう。

 

 

「――――何それ、ストレートだけどビーンボールじゃない」

 

 

 うるせぇ黙れ。

 

 

 

 

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