IS学園の異端児   作:生存者

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第86話

 

自分にとって最悪な状況はどんなものだろうか。誰も経験しないような色んな地獄を通ってきた人間には。例えば、ISに身を包んだ十数人に囲まれた時か、いつもの日課のトレーニングにより疲労した状態で試運転中のISに見つかり追い回された事か。周囲一帯見渡す限り全てが真っ暗な世界に1人取り残された事か。

 

「でも、これはトップクラスの不味い状況だぞ。出来ればあいつらと交代したくらいだよ」

 

現在、上条が焦っている原因は外にあった。何故ならこの旅館のシステムで数時間に一度、男女の風呂が入れ替わるのだ。つまり、先ほどまでは男湯。ここまで分かれば学年ほぼ最下位の頭だろうと嫌でも分かった。

 

「この時間は女湯か。つーか、ここで待つなんて無理だろ。いつ入って来るかも分からないのに」

 

1人でどうやってここから出るか頭を抱えているうちにいつもの教室で聞き慣れた声が耳に入っているが、知らないふりをし続けてどうにか考えていた。いっそのこと誰も居なくなるまで仮眠するという無謀な案までもが頭をよぎる。

 

「こうなったら就寝時間過ぎてもバレずにここから出ることだけを考えて。いや、最低でも着替えさえ持っていれば外に飛び出る事も」

 

策を浮かべてもせいぜい手に出来るものと言えば腰に巻いたタオル一枚のみ。ある意味、扉の外で楽しんでいる少女達は上条当麻を絶望的な状況に簡単に追い込んだという功績を作り上げたが、それに気付くものはいないだろう。

 

 

 

 

 

「あれから30分、全然人が減ってる感じがしない」

 

まだ汗も絶え間無く吹き出し、のぼせる気配もない。

 

 

「・・・そろそろ45分。むしろ、騒がしくなってるような」

 

まだ余裕はある。少しずつ汗を引き始め、本来なら水分補給をした方がいい頃合いだ。

 

 

「・・・1時間くらいか。正直きつい」

 

汗が一滴も出る事なく、体温が平常よりも上がっている感覚がある。これなら、先に出てれば良かったと後悔してみるが、正直この際だから誰でもいいから入ってこいと諦めのような言葉が喉に引っかかっていた。

 

 

 

 

夕食からも時間経ち食後の一休み終えた生徒が今も絶え間無く大浴場は人の出入りが多い。広く、自慢の景色が見える露天風呂の中一人一人が長湯をしている。

 

「おお、広い。大浴場と同じくらいかな」

 

「楽しむぞ〜」

 

「あんたは相変わらずね。ついさっきまで遊んでいたのに」

 

「リンリン程じゃないよ〜」

 

「あんたね、いい加減その言い方やめなさいよ」

 

こめかみを押さえながら出そうな言葉を堪える。本人はのほほんとゆるい性格で何度も直してくれと頼んでも変わる素ぶりがないのに困り自分が折れかけている。

とそれはともかく湯船に浸かって普段の疲れを取るべく癒されていた。

 

「にしてもあんたとっくに済ませてると思ったわよ」

 

「いや〜それが」

 

「夕食で物足りなくてずっと売店でパフェを漁ってた、でしょ。購買の全メニューを2ヶ月で食べ切った噂もあるくらいだから」

 

「そうそう、それに本音はよく食べるのにスタイル変わらなくていいよね」

 

「栄養はおっぱいに行くから心配ないのだ〜」

 

「本当っ腹立つのに、文句の1つも出ないわ」

 

つい自分の胸と見比べてしまった鈴は自然と自分の胸に手が動く。

 

「大丈夫。リンリンもまだ大きくなるよ」

 

「ちょっと本音。あんたが言っても嫌味にしかならないよ」

 

あんた達の会話そのものが嫌味にしか聞こえないわ!と言いたいがこんな場所で言える訳もない。同級生以外にも一般の人も混じって居た中、鈴が足を運んだのはサウナだった。そして、扉が閉まった途端に口を開いた。

 

「何よ、そんなに胸大きいのがいいの!悪気はなくてもイライラするわよ」

 

「・・・そんなにかりかりしてると余計に成長しませんよ」

 

「分かってる。分かっててもあんな言い方されたら、大体胸が大きいのがいい事なの?邪魔になるだけでしょうが」

 

「あの、今更だけど1つ聞きたい。なんで男の俺に相談するんだ?」

 

「ちょうどそこに居たからに決まってるでしょ。どうせ、あんたの事だし入っている間に大浴場の入り口が変わっていたとか」

 

「おっしゃる通りです」

 

少なくともまだ社会的に死ぬ事はないと感じた上条はホッとする。からこれ1時間以上中でじっとしていた事で抵抗することも出来ないが。

 

「で、どうなのよ」

 

「ああ、男は大概胸のある女性の方に目が行くもんだ。少なくともIS学園は比較的綺麗な人しかいないから余計に。秋十も一夏も男なんだ」

 

「ふーん、ならあんたは?まさか」

 

「待て待て待て、それ以上は言わなくても分かる。俺にそんな趣味はねぇよ。あくまで気になるってだけだ。それ以上の感情はないし分からん」

 

これは本当だ。周りの友人が恋をしたのどうのと話を聞く機会はよくあっても実際自分が体験した事はない。というか話しているお陰で紛らしていたが、そろそろ意識が・・・倒れるかも。いつか、ロクな死に方をしないとか言ってたのがこんな所で実現しそうだ。

 

 

しかし、こんな場所にも救いの手がいきなりの現れた。サウナ室の扉の金具が外れる勢いで空いた。

 

「兄さん!まだ大丈夫!?」

 

「・・・はは、マドカ・・助か・・・た・・」

 

以外にもその相手は一夏達の妹マドカだ。中で一緒に入っていた鈴を元から居ないと思わせるように係員を引き連れて入室してきた。ほとんど意識がない上条は

 

「何故男性がここに。こんな場所にいる事自体・・・」

 

「いいからさっさと担架に乗せて!あんた達の確認ミスを人に押し付けるな!そんなに評判を下げたいなら、今すぐにでも潰して欲しい?コネならこっちには山ほどあるよ」

 

「分かりましたよ。!汗か一滴もない。脱水症状も」

 

「口よりも手を」

 

「は、はい!!」

 

裏仕事をやっていた頃の気迫が滲み出るマドカに年上女性も完全に萎縮していた。そのせいか動きまで鈍くなっている姿を見かねた鈴も渋々手伝いに入る。

 

「1人で無理に運ばなくてもいいでしょ。どこまで運ぶのよ」

 

「ひとまず外まで、でもその格好で出るのはやめて。せめて着替えてから」

 

脱衣所まではいいとして廊下までタオル一枚で歩くのはとうかと付け加えて。

 

「お兄ちゃんが倒れたと聞いて!」

 

「あ、ちょうど良かったラウラ。運ぶの手伝って」

 

何処から聞いたのか着替え終えたラウラも扉を開けて入ってくる。クラスのマスコットの2人が騒いでいたのが原因か、のんびり入浴していた者も見物人がわらわらと好奇心が抑えられない学生が集結していた。

 

 

 

 

 

 

「・・・あいつ遅いな。風呂で倒れたか」

 

「ほら、もう一セット。これでジュース5本奢りだ」

 

「次は勝つ」

 

部屋でテレビを見ていた2人も兄弟で話す事がなく暇な時間が過ぎていた。話す事なら移動中に済むくらいの些細な事が多く上条が無駄話を始めない限り張り詰めた無言の時間が続く。

 

「おい、そこの男子。ずっと黙ってるなら少しは運動でもしろ」

 

「千冬姉!いつからそこに」

 

「お前達がこの部屋に帰って来てすぐだ。何か話すのかと思って外で待っていれば、黙っているだけで時間が過ぎて寝ているのかと勘違いしかけた。風呂近くに卓球台があるらしい、軽く一試合でもしろ。せめてものプレゼントとして、ジュース一本は私の奢りだ」

 

2人とも顔を合わせ僅かに考えた所で意見が合い動き出す。この場にいても次にやる事がなく寝るしかない。放課後は訓練か模擬戦で時間を過ごし、それ以外は主に課題の処理、生徒会の雑務。久しぶりののんびりした時間で疲れない程度の運動になるだろうと。

 

「しかし、予想以上に拮抗した試合だ。一本程度で足りる訳がないか」

 

ルールは単純にしてすでに5試合。一夏は負け続けいるが粘り強く試合を引き延ばし秋十はそうさせまいと緩急をつけた流れで何度も崩して進む。ほとんど初心者のはずの2人は下手な部員よりもサマになる動きにまでなった。

 

「そう言えば、こうやって家族で温泉に来ることはなかったな。マドカは上条の家で世話になっていたならもしかすると、こんな経験もしているのか・・・ん?」

 

遠くから聞き覚えがある。それもいつもより焦っている言葉遣いにも。ズルズルと何か引きずりながら近づいて来るようにも聞こえ、一夏と秋十も気づいたようで一旦手を止めた。顔を出したのはマドカとラウラ、そして肩で担がれた上条は意識が無いのか手足の力が一切なく垂れ下がる。

 

「・・・マドカ、ラウラ。何があった」

 

見たことのない異様な光景に言葉が出るのに遅れてしまう。腰にはタオル一枚しかなく風呂場で何かあった事は間違いないと踏んだ。

 

「は!教官。お兄ちゃんが女湯のサウナで倒れていたと聞いて運んでいる最中です」

 

「ラウラ、それだとただの変態扱いになる。男湯と女湯の入れ替ある時に兄さんがいるのに気づかずに交換。そのせいでサウナの中で1時間以上修業する事になったかな」

 

「・・・分かった。一夏、秋十、こいつを部屋まで連れて行け。あとは、私が話を聞いておく」

 

さて、どこから始めるか。あとで上条を説教するのは決まった。その前に服と水分補給、騒がしい生徒も黙らせる。例年なら学園生活より少しは楽なるはずの行事で余計に労力を使う事になるとは。

 

 

 

 

 

 

背中が痛い。いつもの不幸で死にかけ、なんとかマドカに叩き起こされて水分補給と服装はなんとか出来たが呼び出され被害者のはずの自分は何故か織斑先生の目の前で正座をしている。

 

「あのー織斑先生」

「ん、どうした?まだ体調が悪いか?」

 

「いえ体調は問題無いのです。何故自分は正座させられているのですか?」

 

「馬鹿生徒が修学旅行中に覗きをしていた。同然こちらはそれなりの対処する必要がある」

 

「好きで覗きなんてやりたく無いねぇよ。望んでも無い事の代償が死にかけるなんて不幸だ・・・・・おまけに上条さんの過去最高記録」

 

どこへ行っても不幸な奴だ。いつも何か問題が起こった時必ずこいつがいる。1つ1つは大した事はない、自動ドアが反応しないでぶつかるとか、スプリンクラーが誤作動を起こしてびしょ濡れになるとか。普通なら嫌な感情も出そうな毎日だ、それでも一切そんなことを感じない。むしろ楽しんでる節もある。

 

「まあ、苦情も今のところはない。小娘達が色気だってる程度で大して怒る必要もない」

 

「いやいや、なら呼び出す事もないですよね!見た目元気ですけどしんどいから!」

 

「なら少しは楽にしろ、2つ程聞きたいことがある」

 

いつもの威圧感のある雰囲気から打って変わる。これが家庭内での人柄なのかと考えながら正座からあぐらに崩した。

「まあ1つ目だが、IS学園以外で操縦訓練をした事があるか?」

 

「え?」

 

「何、入学前に適性があるのか男子のみ実技試験をやらせた時に動きが慣れているのがずっと気になってた。軍隊で訓練の一環として動かしていたわけでもないのに瞬間移動(イグニッション・ブースト)まで習得している。あの時は試験官全員が驚いてお前の経歴を全て再確認するくらいには慌てていた。で、本当のところはどうだ?。経験はあるのか?」

 

操縦訓練(・・・・)はありません」

 

「なら2つ目だ。適性があると分かってからお前は何処にいた。2人はすぐに政府保護下に入ったと聞いている。しかしお前に限ってその報告がかなり間がある」

 

「何処・・・適当があると分かってから一週間と少し空けてから自称政府の施設に連れていかれて。家族は特に保護はされてる様子はありませんでした」

 

「なるほど、分かった。聞きたいのはその2つだけだ、もう戻っていい」

 

あれだけ急かして呼んでたった数分話したらもう帰れって強引過ぎる。つい、懐かしい同級生とかを思い出しそうだったよ。はぁ、それでも早く休めるならいいか。と、疲れがどっとのしかかる体を引きずりながら部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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