モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百四話 恐震 

 ジンオウガは主にユクモ村近辺で出没する。そのせいか、作ってもらった防具の見た目はユクモ風の鎧だった。かっこいい。

 見た目以上に動きやすい……というか、動きが防具にサポートされているからか、着ている方が疲れにくい。

 

 防具が出来てから2ヶ月経った。何度かの狩りで防具がだいぶ体に馴染んできた。ボウガンで使う火薬の調整もある程度固まってきた。

 その一方で、モガの村の地響きが日増しに多くなってきた。村のハンターさんのオトモの話を元に調査すると、どうやらナバルデウスという古龍が原因だったそうだ。異常発達した角を地盤に打ちつけているらしい。

 古龍が近辺で見つかったとなれば、村人全員の避難要請が通達されているはずだが、どうやら誰も逃げるつもりはないらしい。村のハンターさんが撃退するのを信じて待つつもりのようだ。……ルナの話を思い出す。ルナの時は古龍の撃退を信じて待った結果、撃退は失敗、多くの死者がでた。

 村のハンターさんは着々の狩りの準備をしている。海底遺跡で狩りができるのは恐らく彼だけだ。普通なら、酸素玉をどれだけ使おうと、半日も潜ってられない。

 

 

 村のハンターさんがいる間、モガの村はどこか騒々しかった。だが、出発を見送った後はすぐに静かになった。

 波の音と、かがり火が燃える音が聞こえてくる。信じていると言ったって、普段通りとはいかない。残った人にできることは、成功を祈ることくらいだ。

 

「すごい静かだね」

「そうだね、ミドリ」

 

 モガの村の、孤島に繋がる橋に僕たちは座っている。僕たちは受付嬢さんからも避難を勧められた。ただ、避難する気にはなれなかった。村人が信じて待つ中、ハンターが逃げた、というのは面白くない。それに、もし村のハンターさんに何かあって、僕たちがいなければそれこそ昔のことを繰り返すことになる。

 

「もし私たちがルルド村にいる頃に、アマツマガツチが来てさ、私達で狩りに行ったら……。こんなふうに村が静かになるのかな」

「ルナがみんなを避難させて、閑散とするよ。きっと」

 

 僕がそう言うと、ミドリが半目で睨んできた。

 

「何、その目」

「さぁ、何故でしょう?」

「海風が目に染みたのかな」

「そそ、正解。よく分かったね」

 

 ミドリは抑揚のないトーンでそう言うと、足を揺らし、水面をばちゃばちゃし始めた。

 その時だった。咆哮が遠くから聞こえてきた。

 一瞬、ナバルデウスの咆哮かと思った。だが違う。海底遺跡とは方角が合わない。孤島に何らかの大型モンスターが出没したらしい。……初めて聞く咆哮だ。姿を見ずともわかる、凶悪なモンスターだろう。

 

「今のは……?」

 

 周囲を見ると、メリルが受付嬢さんと話し始めていた。

 僕たちが近寄ると、メリルは一から状況を説明してくれた。

 

「今のは恐らく、イビルジョーの咆哮です」

 

 意外ではあったけど、同時に納得もできた。最悪だ。古龍に匹敵する、とんでもなく危険なモンスターが孤島に来てしまったらしい。

 

「モガの村を襲うことはできないでしょう」

 

 メリルの話を聞いていた受付嬢さんは頭を抱えて何か言い始めた。

 

「孤島の生態系が破壊されれば、影響次第ではモガの村は成り立たなくなってしまいます。イビルジョーは足が生えたギィギみたいなシルエットなのに、どうしてこうも可愛げがないのでしょう」

「もしもギィギなら私がすぐにでも狩りに行くのに」

 

 ため息をつく受付嬢さんと、残念そうにするミドリ。そこに割って入るようにして、メリルが言った。

 

「私が狩りに行きましょうか?」

「それは嬉しいのですが、建前としては住民は避難、ハンターと仲介役のみ滞在という形なので、正式に依頼できません。つまり……私の懐からということに。私の給料3ヶ月分でどうか!」

「報酬はいいです。宿泊代みたいなものです。それに、二人を鍛えることも出来ましたし。……では、早速行ってきます」

 

 イビルジョーは通常のモンスターとは比べ物にならないくらい強い。メリルに狩猟経験があるとは言え、一人で行かせて良いものだろうか。僕はマリンさんの代打になれるか?

 

 

「僕も行くよ」

「私も」

「二人まで村を出たら有事の時、誰が村を守るんですか?」

 

 メリルの太刀筋くらい無慈悲に一蹴された。ぐうの音も出ない……僕からは。

 背後で受付嬢さんが立ち上がる音がした。

 

「ぜひ3人で行ってください。私たちはあの人に命を預けていますので。……それに、こう見えて私、腕っぷしには自信があるんですよ」

 

 受付嬢さんは荒ぶる飛竜のような構えをとった。アチョーという掛け声だけは一人前。

 それはそれとして、周りを見ると、誰も不安そうにしていなかった。死を覚悟しているとかじゃない。彼なら必ずやってくれるだろう、という全幅の信頼。むしろ、イビルジョーが特産品に影響を与えることの方がよっぽど恐れているんじゃないか。

 

「……3人で行きましょう。忍耐の種を忘れずに」

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 孤島の雰囲気が明らかにいつもと違った。不自然なほどに生き物の気配がしない。イビルジョーを恐れて、孤島のモンスター達が息を潜めているかのようだ。

 

 海へと続く道を進んでいくと、森の方からモンスターの鳴き声が聞こえた。恐らくジャギィのもの。

 そちらの方向を警戒していると、ジャギィが数匹、こちらに向かって走ってきた。ボウガンを構えるが、ジャギィ達は僕らの横をすり抜けて、そのまま草むらに隠れてしまった。

 十中八九、逃げてきたと見て良いだろう。森に向かって、ゆっくりと歩を進める。

 

 狭い道を抜け、ジャギィの巣に辿り着く。最も、ジャギィの気配はしない。

 エリアの中央で、巨体が肉を貪っていた。原型が残っていないが、恐らくドスジャギィが食べられている。鳥竜種の、硬い筋肉が柔らかいパンでも食べるかのように噛みちぎられていく。

 ゴツゴツした顎から垂れる涎れは、地面に落ちるたびに白い煙をあげている。深緑色で、全身が異常に発達した筋肉で隆起している。二足で前後に長い体を支えていて、いかにもバランスが悪そうだが、それでも難なく立っているのは体幹の強さの表れか。一目でわかる。間違いなく最恐の獣竜種。これが、イビルジョーか。

 

「私が気を引きます。ミドリはしばらく動きを見てから攻撃に参加してください。アオイはミドリのフォローをお願いします」

 

 メリルはそう言い、即座にイビルジョーに接近した。片手剣を抜き、頭部に大きな傷をつける。顎にある棘の破片が飛び散り、皮が裂け、黒っぽい血が飛び散った。しかし、その傷はすぐさま修復されていく。

 やはり、代謝がどのモンスターと比べても圧倒的すぎる。肉質は軟そうだが体力が桁違いらしい。

 イビルジョーの動きに、技術のようなものは感じない。ただ、桁違いの力で広範囲に破壊を撒き散らしている。メリルは頭部周辺を攻撃し、ミドリは足元を狙う。

 

「ミドリ! イビルジョーは軸脚が必ず左みたいだ!」

「おっけー!」

 

 本能だけで戦うモンスターのようで、付け入る隙は多い。ただ、少しでも間違えれば瞬時に命を奪われる。

 メリルはイビルジョーを挑発するように、攻撃を避けるたびに視界に戻り、攻撃している。ミドリは巻き込まれないようにしつつ、左脚を集中狙いしている。

 一つ一つの攻撃の威力が桁違いに強い。踏みつけた大地は揺れ、岩壁にぶつかれば無数の大岩が崩れ落ちてくる。……力は流石だが、明らかに動きの無駄が多い。この短時間でもう疲労の色が見える。

 疲労の隙に、最大限の攻撃を叩き込んでいく。しかし、どんな傷口もあっという間に塞がる。傷がすぐ塞がるから血が流れない。ダメージが蓄積させられない。

 ミドリやメリルがつけた傷を狙い撃つ。傷口に弾丸をねじ込み、再生を遅らせる。

 これだけの攻撃でも、イビルジョーは我関せず、地面に転がっていた草食モンスターの死骸を喰らい出した。あまりにもリアクションがなく、自分の攻撃が効いている実感が持てない。即死の攻撃を繰り出す上に、体力が無尽蔵にあると、精神の摩耗が激しい。死の危険を感じながら、いつ来るか分からないゴールを目指すのはかなり辛い。

 だが、どうやら攻撃は有効らしい。傷口を執拗に狙っていたからか、イビルジョーがこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 イビルジョーは地面を噛み砕き、土の塊を投げ飛ばしてきた。大きさのせいでゆっくりに見えるが、速度は弾丸と大差ない。土は空中で砕け、大小様々に分かれてこちらに飛来してくる。完璧には避けられない。出来るだけ大きい塊を避けて、攻撃を受ける。

 

「うッ⁉︎」

 

 無数の拳大の岩が全身を打つ。土といっても踏み固められた地面、想定以上の硬さ、重さ。この攻撃が繰り出されるたびに受けていたら持たない。だが、体勢を立て直す前に、二発目が投げられようとしている。体を起こす時間すら惜しい。膝をついたそのままの姿勢でレベル3通常弾を装填する。目を凝らせ、どう砕けるのか観察しろ、予測しろ。砕けた岩の形、回転から最適な弾道を探す。

 

 時間がゆっくりに感じる。自分を中心に周囲の色彩が失せていき、やがて耳鳴りがするようになった。走馬灯のような、最高速の思考。

 一瞬にも満たない時間で落ち着き、引き金を引く。一発の弾丸は、砕けた岩群の最奥に着弾、それと同時に弾丸の表面の粉末が爆発して、全く別の方向へのエネルギーを得る。他の岩へと向かい、それを何度か繰り返し、飛来してきた岩を割った。予定通り。その場に置くように撃った二発目は割った岩を更に細かく砕く。

 回避はできない。だがこの礫の大きさなら、ダメージにはならない。

 その直後、色彩が戻ってきた、それは、集中力が平常に戻ることを意味する。無意識に息を止めていて、酸素が足りなくなったのだ。

 だから僕はここで、酸素玉を口の中に放り込む。

 たった一個で水中での行動を数十分持続させる酸素量が、肺を満たしていく。

 

 全速力の集中力を――このまま継続する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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