モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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百十一話 嵐の中で燃える命

 

 

 

 地面を赤く染めた血は、雨があっという間に流し去っていく。

 メリルは……全身に傷を負い、山頂から転がり落ち、極め付けにこの悪天候――。

 すぐに行けば助けられるか? 2人でいけばアマツマガツチはこのを離れ、この地域ごとユクモ村を滅ぼしに行くかもしれない。そもそも体力を回復させればいよいよ手がつけられなくなり、大雨が全てを押し流してしまう。

 どちらか1人この場に残れば……残った方が死ぬだけ……。

 

「やるしかない……私達だけで」

「……。あっちも瀕死だ、可能性は残っている」

 

 ミドリがキレているのが声から伝わる。ここで感情に身を任せられたなら。それでどうにかできればどんなに楽か。歯を食いしばり、ボウガンを握りしめ、感情を無理やり塞き止め、思考だけはクリアにする。

 

「ミドリ、2人でアマツマガツチの注意を分散させながら戦おう」

「……分かった」

 

 ミドリがアマツマガツチの正面へと躍り出る。僕は側面へと回り込んだ。

 火炎弾を装填し、頭部……ではなく、腹を重点的に狙い、速射していく。火属性の通りは頭部が一番良さそうだが、比較的狙いやすい腹やヒレもそれなりに効く。瀕死まで追いこみ、傷の治りが遅くなってきたから気付けたことだ。

 ミドリは鬼人化を小出しに使いながら、アマツマガツチの攻撃を避け、カウンターで細かく傷をつけていく。

 メリルに言われたことを思い出せ。

 火炎弾で全く同じ場所を焼き続ける。そうすれば否応でもこちらを攻撃しようとしてくる。

 ……早速、こっちを睨んできた。ブレスがくるのか?

 重心を右に傾け、右方向へ移動は……しない。体重をかけた右足で地面を蹴り、即座に移動方向を反転、フェイントをかける。

 アマツマガツチはそれに引っかかり、誰もいない場所を高水圧で穿った。

 先読みをして最小の時間で回避し、攻撃の時間を捻り出す。メリルがこれをやっていたかは定かではないが、要するにこういうことのはず。

 だが、これを何度も試すだけの体力はもうない。フェイントもあまりやり過ぎれば見切られる。

 ミドリが注意を引こうと手数を増やしたのを見て、こちらは逆に手を少しずつ緩めていく。

 体力の消耗をできるだけ抑えておかないといざという時に動けない。想定外の動きをされる度に怪我してられない。

 

「……このままじゃジリ貧になる」

 

 ミドリが苦々しそうに言う。こちらの体力が十分に残っていればこの戦法で仕留められるが、これだけ疲労が溜まっているとあまり希望が持てない。

 我慢比べだ。先に焦った方の負け。後の先――相手が余力の全てを使った攻撃を最小限の消耗で躱し、不可避の速攻を狙う。

 それはアマツマガツチと同じ、僕らの我慢が切れるのを待っている。だから互いに何もできない――わけではない。

 

「ミドリ、僕が先に仕掛ける。ここで一気に決める」

「分かったよ」

 

 酸素玉を口に含み、レベル3通常弾を装填する。壁や天井のない平地だが、跳弾をさせる方法がある。

 頭部に向かって執拗に射撃をする。頭部は確かに弱点だが、あまり攻撃し続けるとまた風圧の鎧を纏われてしまう。今回も風を操作しただけで弾道を曲げられてしまう。

 

「想定通り!」

 

 防具がピリピリと心地よく鳴く。僅かな電流が体をほぐし、血液の流れを加速させる。防具に使われているジンオウガの甲殻が開き、右腕を護る帯電毛から蒼い光が溢れた。

 それと同時に、視界から余計な情報が欠落し、必要な情報が色として脳に直接流れ込んできた。気が触れそうな浮遊間の中、雨風吹く極寒の山頂で、全身に暑さを感じながら頭を酷使する。

 風の流れを全て読み、風によって逸らされた弾丸が別の部位に当たるように仕向ける。跳弾した弾が再度風に乗ってアマツマガツチに牙を剥くように仕込む。

 全身に風を纏おうが関係ない。風を吹かせるためにはどこかから空気を吸わなければならない。この原則は揺るがない。

 大量のレベル3通常弾を風に乗せ、様々な角度から攻撃していく。

 風を纏う力をこれだけ利用されれば不快なはずだ。眼中になかったはずの塵芥が、このタイミングでこれだけ邪魔をしてきたら――

 

「賢しく我慢なんてしていられないだろ?」

 

 こちらは2人いるのだから後の先なんか狙う必要はない。先手をとって、後手もとれる。

 アマツマガツチは水ブレスと風の刃を連続で撃ち出し、弾幕を張ってくる。そのひとつひとつを先読みし、誘導し、体力を温存しつつ避ける。そして、攻撃と攻撃の間の時間を使い、無理してでも数発だけ反撃をする。そうした方が、怒らせられる。

 アマツマガツチが咆哮し、その場から高水圧を放出してきた。

 酸素玉を噛み、体に新鮮な空気を行き渡らせ、時間の流れが遅く感じるほどの集中力を励起させる。

 

「こんなのに当たるかよッ!」

 

 良くも悪くも一瞬で脅威は迫り、通り抜けていく。緩慢に迫ってくる攻撃と違って、早い攻撃は見切れさえすれば容易に避けられる。

 地面とのブレスの間をくぐり抜け、両脚の力とボウガンの反動を合わせて高速で横移動して避け、地面スレスレを薙ぐ攻撃を飛び越える。

 直撃は全て避けられたが、ブレスにかけられた圧が解けたときの爆発の影響は受けてしまった。音が聞こえにくい、喉から鉄臭い液体が迫り上がってくる、鼻から熱いものが流れる。

 爆発を受けたとはいえ、万全の体調ならここまでのダメージにはならない。これが最後の攻勢になるかもしれない。

 酸素玉を噛み砕き、エネルギーを再装填する。

 

 それと共に、ミドリが獣宿しを――メリルの業を、体力と精神力を引き換えにその身に降ろす。

 

 アマツマガツチが大技を使い、決定的に隙を晒した。僕たちが手番を得たのだ。

 ここまできたら首を狙い続けるだけ、連続でチェックをしかけて追い詰めるのみッ!

 

 

 アマツマガツチが両腕を払い、小さな竜巻を生み出す。ミドリはそこに真正面から飛び込み、狩技、血風独楽で相殺した。そして、竜巻の速度を狩技に乗せ、アマツマガツチの角を両断した。

 怯んで仰け反ったところを、頭部に火炎弾を狙い撃つ。間髪を容れずに4連射された炎の塊が、もはや再生しない甲殻を焼き焦がしていく。

 治癒力を失ったその体は、攻撃のたびに目に見えて動きが鈍っていく。

 早く倒してメリルを助けにいかなきゃいけない。徐に距離をとってきたアマツマガツチを追いかけ、火炎弾で追撃する。

 すると、風が強くアマツマガツチに向かって吹き込み始める。まさかまだ大技を狙ってくるとは。

 ミドリと目が合う。考えは同じだ。

 大技は避けない。避けるのに体力を使えば動けなくなるからだ。正面から潰す。使わせないッ!

 

「倒れろッッ!」

 

 残っている火炎弾を全てここで叩き込むッ! 速射による負荷で赤熱したボウガンが雨を揮発させる。休みなく反動に晒された肘や腰は今にも砕けそうだ。奥歯を噛み締め、アマツマガツチの頭部には照準を合わせ続け、何度も引き金を引く。

 ミドリの体力も限界ギリギリまできている。獣宿しに鬼人化を重ね、苦悶の表情を浮かべながらも乱舞を繰り出している。

 

 飛龍のブレス匹敵するほどの火力が、嵐龍の頭部を焼き尽くした。

 嵐のように苛烈で、桁違いの手数の乱舞が、そのしなやかな尻尾を切り落とす。

 

 ――それなのに、この古龍は倒れない。

 

 風の流れが変わったのを肌で感じた。空気の取り込み――圧縮は次の瞬間には終わり、大量の風の刃が周囲を薙ぎ払うことになる。

 2人で逃げる――どうやって? バレットゲイザーを使ったところで足が地面から離れれば踏ん張れなくなってアマツマガツチの元へ持ってかれることになる。攻撃の範囲内なのに出る手段が――。

 

「アオ」

 

 ミドリが風に抗い、こっちまで少しずつ近づいてくる。――鬼人化中の身体能力なら、逃れられるのか――。

 

「これでチェック――あとはお願い」

 

 ほんの一瞬、吸い込みが解け、ミドリが僕に抱きついた。その直後、今までとは比にならない、最も強い暴風が僕たちを吹き飛ばした。

 

 体を何度も跳ねさせながら転がされ、その度に全身から嫌な音が鳴り、視界が赤く染まっていく。

 やがて勢いが収まり、停止したが、全身が痛い。体が鉛のように重い。だが動けないことはない。全ての気力を振り絞って体を起こす。

 

「……?」

 

 自分の体についている血の殆どが、自分のものではない。頭を打ったし、体中に傷をつけられたがこんな量の血が出るものではない。

 耳鳴りがする中、顔を上げる。 

 

「ミドリ……?」

 

 彼女の右腕の肘が反対方向に曲がっていた。背中に無数の大きな刀傷が走っている。傷口から出る血液を大雨がどんどん洗い流すせいで、黄色い脂肪も赤い筋肉が見えた。

 返事がないどころか、ピクリとも動かない。

 ポーチにある回復薬を取り出そうとするが、水浸しのポーチ残っていたのは瓶の破片だった。

 取り出しやすいようにしておいた道具は残骸と化し、奥にしまい込んでいたものばかりが残った。

 

「ああ……」

 

 僕のせいだ。

 復讐なんかのためにルナの気持ちを裏切って、2人の思いをダシにして。

 

「あああああああああああああああああッッ!!!!!」

 

 ミドリは激闘で弱った体に、こんな大怪我を負った。僕を庇って。メリルもこれと同じくらいの傷を負い、その上滑落していった。

 喪失感と自分への怒りで心臓が酷く跳ねる。

 弾もさっきの攻撃で失った。弾倉も空だ。残っているのは内蔵されているバレットゲイザーとラピッドヘヴンのみ。連続して使えば体もボウガンも壊れる狩技だけ。

 もはやできることはひとつ。

 大技を終え隙ができた忌龍にバレットゲイザーを使った移動で距離を一気に詰め――

 

「死ねええええッッ!」

 

 その勢いを胸部に刺さっている剣へと叩き込む。

 

「絶対に殺すッ!」

 

 即座に持ち手を掴む。もう離さない。何があろうと絶対に。

 アマツマガツチが耳障りな声を挙げて暴れはじめた。振り落とされまいと、剣を握る力をさらに強める――すると、剣から赤黒い稲妻が溢れ出した。

 

「さっさとくたばれッ!!」

 

 もう片方の手で握っていたボウガンを甲殻に突きつけ、ラピッドヘヴンを撃つ。弾倉内にて高速で分裂した無数の弾丸が、次々にアマツマガツチを射抜いていく。

 至近距離での集中砲火が甲殻に穴を開け、大量の返り血が左半身にかかる。捨て身の接近による、最大火力――これは相手も同じ。

 

「――ッッ!」

 

 即席で作られた風の刃が体を切り裂いた。肩から背中にかけて深々と斬られた。

 その傷がトリガーとなり、全身に弱い電流が流れ、右腕から蒼い光が噴出し――残っていた力の全てが解放された。

 自分の体がどれだけ傷つこうと関係ない。

 ただ愚直に、こいつの死を求める。

 この妖刀に遺された殺意が、僕の意思と重なったのを感じた。

 恨みと殺意と後悔が剣によって龍属性エネルギーとなり、刃を伝ってアマツマガツチを内部から灼いていく。

 

 アマツマガツチの抵抗が更に激しくなり、ナマクラな斧で木を切るみたいに、何度も何度も精度の落ちた風の刃を叩きつけられる。

 やがて、ボウガンを握っていた左腕に一切の力が入らなくなった。思えば下半身の感覚がない。視野も狭いし、ずっと聴こえていた風切り音と土砂降りもずいぶん遠くに感じる。

 

 自分の命はもはやどうでもいい――だが、こいつが息絶えるまでは燃やし続けなきゃいけない。

 

 

 まだ死ねない。

 

 

 そう願うが、右腕の皮膚が無数の傷と風圧で爪ごと剥がれた。

 これでは握力が死ぬ――と考えた瞬間、腕が猛スピードで治癒され、握力が戻った。

 

 気がつけば、僕の体は緑色の光に包まれていた。

 炎のように激しく、まるで命を燃やしているかのように。

 真空の刃でどれだけ斬られても、その端から傷が塞がっていく。

 ……ああ、ルルド村にあった緑玉がポーチに残っていたのか。

 この治癒力をミドリに使えば――

 

「……ッ! クソがッ!!」

 

 そんな悠長なことをしている時間は作れない。もし逃げられればミドリを助けられてもルナが、みんな死ぬ。

 それに、ミドリはチェックと言った。それは討ち取ろうとする意思の宣言であり、そのためなら命を棄てられるという一手。

 

 体が、融けそうなくらいに熱い。これだけの回復、確実に代償があるだろう。

 

「――まだ持ってくれッ!」

 

 剣をさらに強く握りこみ、さらに龍属性を高める。

 アマツマガツチの動きがどんどん鈍くなっている。だがそれを上回る速度で自分の体から何かが、失われていくのを感じる。

 剣に力を搾られているからか、異常な速さの回復によるものか――両方か。 

 体がもはや痛みを感じていないことに気づく。

 視界には色が殆どなく、目が開けてられなくなってきた。

 剣を掴んでいる右手以外は、殆ど動かせない。そしてその右手さえも力が入りづらくなってきた。

 

 

「アオイッ! まだ持ち堪えてくださいッ!」

 

 その声と共に振るわれた緋剣が、アマツマガツチの左腕を切り落とした。

 

「――!」

 

 反応しようにも声が出ない。

 メリルが生きていた! それが分かりわずかに冷静になれた。

 怒りが鎮まったせいか、剣から出ていた龍属性エネルギーが僕の方に侵食してくる。

 だが、それは恨みも怒りも含まれていなかった。過去にこの剣を所持した人の想いが伝わってくる。

 剣は僅かだが、僕に力を託してくれた。

 

「……そうか」

 

 これだけ体力を削ったのだから、あとは致命打がひとつあればいい。

 

 剣から手を離し、重力に従って地面へと落ちる。そして地面に倒れたままポーチに手を突っ込む。

 ……まさかこれを使うことになるなんてね。

 お守り代わりにずっと持っていた狗竜の牙と、残っている火薬の全てをボウガンに装填する。そして、狙いをつける。

 あと数秒だけ、満足に動いてくれ。

 ボウガンを右肩に立て、右手だけで照準を定める。

 不思議と震えはない。雨の雫が止まって見えた。

 片腕を失い、仰反るアマツマガツチをよく狙い……引き金を引く。

 1発の弾丸が、銃身のライフリングによって錐揉み回転を加えられ、銃声と共に飛び出す。

 硝煙の尾を引きながら、嵐龍の胸に刺さった剣に向かって飛翔していき――柄の頭に突き刺さる。

 その衝撃が、封龍剣をさらに奥へと叩き込む――!

 

 アマツマガツチは甲高く哭き、体を波打たせながら、天へと僅かに飛翔し――糸が切れたように地面へと墜落した。

 地面に打ち付けられ、僅かに踠き、呻き声を上げ――その山吹色の瞳からゆっくりと光が失われた。

 

 

 

 空がひらく。

 陽光が眩しいくらいに霊峰を照らし、天気雨に虹を映し出す。

 ボロボロの体を、風が優しく撫でていく。

 

 倒した。アマツマガツチを。だが――

 

「ミドリ……!」

 

 ミドリは依然として、動かない。

 這いずりながら、ミドリのそばへと行く。

 ……そうだ。

 ポーチから緑玉を取り出し、ミドリに触れさせた。

 暖かい光が彼女を包み、傷を徐々に塞いでいき――しかし、早々に光は消えた。

 

「そんな……」

 

 使いすぎたのか――頼みの綱であった珠は急速に色褪せていき、砕けてしまった。

 ミドリの頰に触れると、地面と変わらないくらい冷たかった。

 

 

 

「……アオイ」

 

 メリルがこちらへと近づいてきたかと思えば、口に無理やり瓶の中身を流し込まれた。……回復薬だ

 ろくに力が入らなかった体が、どうやら歩けそうなくらいには体力が回復した。

 立ち上がろうとすると、メリルが口を開く。 

 

「……今のが最後の回復薬です」

 

 思わず耳を疑った。

 

「は、え、なんで……何してるんだよッ!」

 

 思わず掴みかかりそうになった。だが毅然とした態度は崩れない。

 

「回復薬程度ではミドリの傷は治せないからですよ」

 

 メリルはミドリを担ぎ上げ、言った。

 

「着いてきてください」

 

 

 

 

 

 

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