モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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六十二話 減法混色

「フラムールーフスー、お帰りなさーい!」

 

 

 赤髪の女性……二人の、母親はゆっくりと歩みよってきた。一切曇りのない瞳で。

 それに対しフラムは毅然として答えた。

 

 

「私たちは絶対にハンターを止めないから」

 

「……えっ?」

 

 

 女性は驚いた顔をした。虚を突かれたというか、想定の外の更に外の言葉を言われたような顔。

 

 

「……あー。ちょっとオウレンさん、スオウさん、後フラムちゃんにルーフスくん。ついでにアオイ。ちょっと食事どころに行くよ」

 

 

 二人の親の名前。父親がオウレンで母親がスオウと言うらしい。父親が黄色でオウレン、母親が赤色でスオウ。ちゃんと覚えられるかな。自信ない。

 

 

 

 

 

「私がいた方が話をスムーズに進められるから、ここに居させてもらうね」

 

「はい、ルナさん」

 

 

 ごく自然とテーブル席に座り、僕たちは話し始めた。厳密にはルナが司会になって話しを始めた。

 

 

「まずはフラムの視点で行こうか。えーと、内容が「嫌だ」の二文字しか書かれていない手紙を送った経緯を話してもらおうか」

 

「え? あっ、はい。「卒業したらすぐに戻ってこい」って書かれた手紙がきて、戻るのが嫌だった私は、その内容の手紙を送った」

 

 

 フラムがそう話すとルナが間髪を入れずに手を挙げた。

 

「はいはい! どうして戻るのが嫌だったの?」

 

「ハンターを続けたかったからだよ」

 

「どうしてハンターを止めさせられると思ったの?」

 

「それは、お母さんの仕事内容がアレだから私達は護衛と監視つきの不自由で安全な場所に囲われると思ったからだけど」

 

 

 ……あぁ、なんとなく話の構造が見えてきたぞ?

 

 

「ここでお母さんに質問! どうして二人に「卒業したらすぐに戻ってこい」なんて手紙を送ったの?」

 

「六年間も会えなかったからー、今すぐにでも会いたいって思ったのー!」

 

 

 スオウさんはそう明るく言い放った後、小さめの声でちなみに他意はないよ、と付け加えた。

 

「「……えっ?」」

 

 

 フラムとルーフスはさっきの母親さん……スオウさん? みたいな顔で驚いた。うん、長い間悩んだ案件が、ねぇ。ただの勘違いだったんだから。

 

 

「肩透かしすら感じる、すごい勘違いだったね。こんな理由で一年と少しもすれ違うなんて運命は残酷だねー。解散!」

 

「えっ」

 

 

 ルナはそう言って立ち上がり、僕の手を強めに引いて食事処を出た。

 こちらが無理にでも止めようとすればこの体格の差だ。容易に止められるだろう。でも手を握る強さ、脚の運び、一切こちらをみない顔がそれをこばんでいるようだった。

 無言でひたすら引っ張られ、しばらく経ったところでようやく歩幅が合ってきた。そうすると話しかける余裕ができた。

 

 

「急にどうしたのルナ」

 

「……いや、七年ぶり? の再開を他人が邪魔しちゃうのも忍びないでしょ」

 

「確かに。最もな理由には聞こえるね?」

 

 

 僕がそう言うとルナは歩くスピードをぐっと落とした。ぶつかりそうになって慌てたが、声は抑えた。

 残酷な台詞だと思う。でも、ルナにしては嘘……いや、真実を隠すのがあまりに下手すぎたから。

 視線も声も不自然。たぶん、聞いてほしかったのだと思う。

 

 

「アオイがそう言うなら、ちゃんと白状するよ」

 

 

 ルナは真っ直ぐ前を見て、歩きながら話始めた。

 

 

「母親と子供が再開した、なんて光景、私には辛いんだよ。だから、逃げた」

 

 

 久々に会って、誤解を解いて、笑いあう。今、食事処であの家族がどんな話しをしているのかは分からない。でも楽しそうに話しをしているというのは想像に難くない。

 ルナは未だに……いや。僕とは違ってしっかりとあのことを引きずっている。

 クレア・シーアン。僕を産んだ人。

 僕が怪我をして帰ってきた日、徹底的に拒んだあの人のこと。

 足取りは重く、目的地のない散歩は針のむしろにいるようだった。言わなければ良かったとさえ、おもってしまう。

 

 

「私があの日の後、出任せでも母さんって呼んでくれたのは本当に嬉しかった。でもそれは」

 

 

 ルナの手の握る力が強くなった。

 

 

「なかったことにしないといけない。私は所詮、育てた人であって、母親ではない。アオイは不幸な事件で親と生き別れてしまった子供であって、養子でも遺児でもない」

 

 

 養子でも遺児でもない。養親がいるわけでもなければ、遺されたものでもない。捨てらてないし、売られたわけでもない。

 

 

「それじゃあ僕は」

 

「結論はクレア・シーアンを呼んでから。既に探し始めている、とも言っておくよ」

 

 

 割り込んでそう言ってルナはふぅ、と息を吐いた。

 

 

「このことは一旦おしまい! 豊作祭の準備だよ」

 

「豊作になるかどうかなんて分からないのに?」

 

「豊作になるよ。気象も読みきったし、土の栄養の調整もしたし。それにいつもは休ませてる畑も無理やり使ってるから」

 

 

 ルナはケロっとして、楽しそうにそう言った。実際に楽しいのかもしれない。この村でここまで大々的なお祭りは、僕の知る限りじゃ始めてだ。

 

 

「ナイトに十分に休ませてるし、ティラに雑務処理してもらってるから順調。それに」

 

 

 ルナは軽やかに数歩進み、ふわっと振り向いた。

 

 

「頼もしいハンターさんもいるしね?」

 

「うん。マリンさんもいるし、近いうちにメリルも帰ってくる。それにミドリも」

 

「そう卑屈にならなくても。……いや、妥当?」

 

「まぁ、うん」

 

 

 任せておけ! とか言えないのが悲しい。いつかは言いたいよ。

 

 

「私も村長として色々と根回しもやってるから。アオイにもハンターとして準備手伝ってもらうよ?」

 

 

 村長として、ハンターとして、か。 

 

 

「解ったよ。その日が来ても頑張る」

 

「……。そう、じゃあね」

 

 

 ルナは返事を待たずに自宅に向かって歩いていった。

 

 これが適切な答えだったはず。

 

 涼しい風が髪をすくように吹いていった。

 さっぱりとした水気のある風。畑や田は青々としていて、もうそろそろ実が育ち始めそうだ。

 素人目で見る限りでは本当に豊作になりそうだ。

 

 

「おかえりなさーい!」

 

「わっ」

 

 

 肩を両手で掴まれて脅かされた。

 振り向くと、マリンさんが顔を覗きこんできていた。

 

 

「リオレイア狩ったんだってね。さささ、話を聞かせてよ」

 

 

 マリンさんに背中を押され、なすがままに運ばれる。

 キャリーされた先は日陰で、ベンチが置いてあった。

 日が暮れてきて、明るみと影が少しずつ曖昧になってきているが、それでも日陰は独特のひんやり感だった。

 

 

「えっと、まず……」

 

 

 

 

 リオレイアの狩りに関することだけ全て喋った。

 夜の話、帰りの話は一切触れずに。

 そうすると、マリンさんは……。

 

 

「……ぷっ。あは、あはははははっ!」

 

 

 吹き出して、脚をバタバタさせて、片手でお腹を抱えながら僕の肩をポンポンと叩き、涙さえ浮かべながら

 

 

「バカが、バカがいるよ~! 息が、し、死んじゃうぅ!」

 

 

 盛大に笑いだした。

 ベンチから転がり落ち、地面を叩きながら笑い転げた。一旦収まったかと思えば僕の顔をチラっと見て更に笑いだした。

 

 

「あの? マリンさん?」

 

「あはは? ちょっと、待って……ふぅ」

 

 

 マリンさんは深呼吸をして落ち着き、次に出す言葉を考え始めた。いや、考えてるふりとかいいから。肩震えてるんですけど。

 

 

「モンスターは怒らせちゃ駄目なんだよ?」

 

「でもマリンさんは」

 

「私は卵を割って呼び寄せて捩じ伏せた。ふぅ。アオイは呼び寄せて卵を割って逃げ出し……た。」

 

 

 マリンさんはどこか諭すように……いや、まだ笑ってるな。

 

 

「私のは例外。アオイは大型モンスターにやっちゃ駄目でしょ。それに、そういった類いの怒りは一晩じゃ忘れないしね」

 

「それってどういう?」

 

「子を奪われた母親の怒りが、たかが一晩で収まるわけがない」

 

 

 マリンさんは私はまだよく分かんないけど、とお茶を濁した。

 

 日が稜線に隠れたのか、一気に周囲が暗くなった。

 びょおっと一陣の風が吹いた。その風は虚無だけを残して何もかも持ち去っていくようだった。

 

 

「ありゃ、暗くなっちゃったね。とにかく、モンスターはあんまり怒らせちゃだめよ?」

 

「分かった」

 

「良い返事。私は帰るよ。あ、アオイがその気ならお礼として中でおはなしをしても良いんだよ?」

 

「大丈夫です。僕も帰るんで」

 

「……つまんないなぁ」

 

 

 マリンさんの不服な声を背中に受けながら僕は歩きだした。

 もしかしたら二人が家で待っているかもしれない。

 待っていなくても、いずれ、必ず来る。

 

 

「……自分が嫌になりそうだ」

 

 

 僕は少しだけ時間をかけて家に戻った。

 

 

   ○ ○ ○

 

 

 扉を開けると、フラムが椅子に座っていた。

 

 

「遅かったね、何してたの?」

 

「まぁ、ちょっとね」

 

「そう」

 

 

 僕は見えない力で動かされるように椅子に座った。

 

 何も言えずに時間だけが過ぎた。

 お守りを渡してしまおうとも思った。でもそれは何か違う気がした。

 話の一つでもしようと思った。でも口は開かなかった。

 

 

「姉さん? もしかしてまだ話してなかったの?」

 

「……ルーフスからお願い」

 

「ん。僕たち今晩、村を出るんだ」

 

「そうなんだ。残念」

 

「二ヶ月後くらいにまた戻ってくる」

 

「二ヶ月後……ちょうど豊作祭の近くだね」

 

「それは良かった。……実はもうすぐ出ないとなんだ。必ずまた来るから別れの挨拶みたいなのはいいよね?」

 

「まぁ二ヶ月だしね」

 

「荷物はある程度置いていくね。姉さん行くよ」

 

 

 フラムは立ち上がり僕の方を見てそっと言った。

 

 

「さよなら」

 

「うん、またね」

 

 

 フラムは驚きとも笑みとも哀しみともとれない表情で家を出て行った。ルーフスもまたな、と言いその後を追うように去っていった。

 静寂のせいか、耳鳴りさえした。

 

 

 ……ルーフスは必ずまた来てくれる。でもフラムは分からない。もう一度来てほしいと伝えたつもりだけど、そもそも伝わっているのかな。伝わっていたとして、また来てくれるのかな、

 

 フラムは力でモンスターをねじ伏せたかった。

 ルーフスはモンスターと戦闘をしたかった。

 僕は……誰かを……誰にも死んでほしくなかった。

 

 殲滅と戦闘と防衛。それらは二つなら両立できても三つとも立てるのは限りなく難しい。

 だから僕達三人で狩りをするためには誰かが何かを曲げる必要があった。

 

 

 ――色の三原色。

 

 

 三色全てを混ぜれば、やがて黒く淀んでいくのは自明の理。

 僕達三人に有ったのは何者にでも、英雄にさえもなりうる伸び白ではなく、腐り濁り堕ちていく黒色。

 

 二人ともう一度会えるかどうかは知らない。

 でも、このまま黒で居続ければ、お互いのために次で最後になるのは間違いない。

 

 どうして最後になるのが駄目なんだ?

 僕がこの日常をただ楽しんでいるだけ?

 

 ……誰かを守りたい、失いたくないなんて独占欲の塊みたいだな。

 

 僕はいつか見た、この青白い部屋を見渡してから、寝室に行ってベッドに倒れこんだ。

 

 

「……どうして」

 

 

  ○ ○ ○

 

 

「こうなるのかな……」

 

 

 どれだけの間、目を瞑っても寝ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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