ボルボロス討伐後、村に帰り報告をした。持ち帰った泥はルナに言われた通りの場所に運んだ。素材はアルフに、報酬金は僕が受け取った。
僕たちはここで一回休み。ミドリとメリルが二人で狩りに行った。ミドリの防具を作るためにフルフルを狩るらしい。行けなくて良かったよ。できればあんなのともう会いたくない。
「暇だな」
「平和でいいじゃん」
二人揃って早起きしてしまったため、僕たちは藍色の空を眺めながら草原の上に座っていた。
「フラムとルーフス。二人ともこの村に来たんだな」
「知ってたんだ」
「空き部屋の鍵を開けて入ったらフラムがいた形跡があったからな」
鍵を開けて入った、とかフラムがいた形跡、とか気になることはあったが考えないようにして、僕はうん、と答えた。
「二人はいつ来るんだ?」
「一ヶ月と二週間ほど経ったら……かな? 豊作祭付近に来るんだと思う」
「それは楽しみだな」
「……。うん、楽しみだね」
何かを考えそうになったのを、太腿をつねって痛みで忘れた。アルフは穏やかに微笑んで、遠くを見ている。
「ちみっこがこっちに走ってきてるぞ」
「ちみっこって言うけど、僕たちより年上だよ?」
「私はあの見た目の子を村長と呼ぶ気にはならないんだよ」
「一理ある」
ルナが僕たちの前まで走ってきた。ほんのりと頬を赤くして、でも息は切らせずに僕の目を見た。
「おはよう。アオイ、ちょっといいかな」
「どうしたのルナ」
こんな朝早くにどうしたんだろ。僕を名指ししたからハンター関係のことではないんだろうな。
ルナは僕の目を真っ直ぐ見て、端的に言った。
「クレアがあと少しでここに来るからついてきて」
「えっ……?」
○ ○ ○
「クレアとは誰なんだ?」
「僕を産んだ人」
「……わーお」
アルフが苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「アオイがミドリがテツカブラを狩りに行っているときに居場所を突き止めたの。前に探してるって話したの覚えてる?」
「言ってたね」
「話し合いをしませんかって旨の手紙を送ったら、この日……今日、決着をつけましょうって旨の手紙が届いたの」
「そう」
決着をつける。言い得て妙だなって思った。
僕もこの蟠りを解消してしまいたい。
「アオイ、ちょっと手をいいか」
「どうしたの?」
「ちょっとな」
アルフは僕の手を両手で包み込むように握った。ひんやりとしていてサラサラで、絹みたいだなって思った。
「本当なら関わってはいけなさそうなのだが……。なんとなく、私も同行するべきだと、そう思うんだ」
アルフは手を離し、少しだけ笑ってそう言った。
「アルフがそう言うならそうした方が良いね」
「つまり、おねえちゃんも来るんだね。構わないよ」
「おねえちゃん?」
「なんとなくそんな感じがするから」
言われてみればアルフの見た目はルナを成長させたような見た目だ。髪と目の色に若干の差異はあるが、よく似ていると思う。
「行くよ、おねえちゃん」
「そっちこそ遅れるなよ。ちみっこ」
二人は仲良さげに飛行場に向かった。身長差もあって本当に姉妹みたいに見えた。
○ ○ ○
カタカタカタカタ……。
二人は波長が合うというか気が合うというか、とにかく話が弾んでいた。アルフがここまで楽しそうなのは久々に見たし、ルナが興奮したように話すのは初めてみる光景だった。
疎外感を感じているとプロペラが回る音が近づいてきた。
東屋から出て空を見た。そこには僕たちを睨むように飛行船で仁王立ちをしている青髪の女性がいた。
十メートルくらいの高さだったが、クレアは躊躇なく飛び降りた。常人なら危険だが、ハンターにはなんの問題もない高さだ。
「おはようございます、ルルド村の村長さん」
膝を曲げた姿勢から、ゆっくりと立ち上がりながらクレアは言った。
「あら? 少し見ないうちに緑髪の女の子から白髪の女の子に乗り換えたのですね」
クレアはにっこりと微笑んだ。心なしか拳に力が入った。それを奥歯を噛んで耐える。皮肉も毒も言い返したい、だけどそれは駄目だ。そんな話をしにきたわけじゃない。
心のなかでぷるぷる震えていると、アルフが一歩前に出て言った。
「クレアだか、なんだが知らないが、変なことを言わないでくれ」
それは毅然としていた。小さな子供に説教でもするようで、この世の真理とか正義とかそういったものを語るようでもいた。
アルフは当然の事実を告げるように口を開く。
「アオイが乗り換える? 何をどう見たら乗る側に見えるんだ。どう見たって押し倒すだけの度胸があるように見えないだろう」
「あらまぁ。本当ですね」
アルフは腕を組んでいた。クレアは口元に手を当てていた。ルナは首肯をしていた。僕の噛み締めていた奥歯がギチッと音を立てた。
「アオイの手綱を握る人の話はどうでもいいから。本題に入ろうね」
「えぇ、そうしましょう」
ルナはクレアの目を真っ直ぐ捉え、クレアはルナに対して微笑みを浮かべた。
「こんな世界ですから、親と生き別れるなんて珍しくないですし、近くの大人が親代わりになるのもよくあることです」
「そうだね。なんなら家出してそのままって言うのもあれば、子供がいなくなったことなんてさっぱり忘れちゃう人だっているもんね」
「はい。よくあることです。しかし、私は彼を、ソラを見つけることができた。私としては十六年も止まっていた時間を早く取り戻したい」
「独り善がりなこと言わないでよ。あなたは良くてもアオイはそれで本当に幸せなの?」
一言ごとに空気が張り詰めていった。淡々とした、離婚前の会話のような冷たい口論。
「人の幸せを自分が一番実現してあげられると思っているのね。それこそ独り善がりというものでしょうルナさん」
「私はアオイにとっての最高の幸せは、私と過ごすことではないことくらい知ってる」
ルナは少しだけ自嘲した。でもそれ以上にクレアを嘲る。
「この会話で確信した。アオイがあなたに育てられることは、最善じゃない。私はベストを打つことはできなかったけどベターの手を指すことができた」
「そうですか」
クレアは目を伏せ、ため息をついた。
「じゃあ、私はソラを育ててはいけなかった。いや、独善者らしく言うならば――」
クレアは強く目を瞑り、ゆっくりと開いた。
「私は幸せになってはいけなかったの? ソラと過ごす、という幸せな時間がほしい、そんな些細な願いは許されないのですか?」
その言葉にルナは何も言わなかった。
僕に人を幸せにするような力はない。でも二人が感じる家族愛みたいなもので僕は揺り動かされている。
当事者同士では何も言えなかった。
「なぁ、ちみっこにクレアに……青くて細いの。こうするのは駄目なのか?」
アルフは首を傾げて言った。
「ルナはクレアに、クレアはルナにアオイ産んでくれたこと、ソラを育ててくれたこと、それらを感謝して、何もかも白紙にして、抱き合っちゃ駄目なのかい?」
クレアがきょとんとしていた。ルナでさえ目を丸くしていた。
無理やりだと思った。安い芝居のようだとも思った。たっぷりと躊躇い、やりにくそうだった。でもルナは可笑しそうに、クレアは苦笑いを浮かべて言った。
「アオイを産んでくれて、ありがとう」
「ソラを育ててくれて、ありがとう」
クレアが膝立ちになり、ルナを受け止め、抱き合った。なんとなく固かった表情が、少しだけ自然なものになっていった。
二人はゆっくりと力を抜き、離れた。
クレアは目尻を拭った。
ルナは嬉しそうにしていたが、ほんの少しだけ、瞳がいつもより濡れていた。
「ソラ……。いえ、今さら慣れてない名前で呼ばれるのも面倒かもしれませんから、私もあなたをアオイと呼びますね」
クレアは澄んだ顔をしていた。
「アオイ、今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
どちらから、ということもなく、クレアに差し出した手でクレアから差し出された手を握った。
どちらが母親かと聞かれれば、僕はどちらでもないと答えるだろう。ルナは母親と呼ぶには幼すぎて、クレアは母親と呼ぶには遅すぎた。
過去を洗いざらい無理やり水に流す、とにかく強引で、途方もない暴論。
たぶん、僕らはぎこちなく、手探りでしばらくの間、進むのだと思う。
幸せの形は分からない。だから明確なものがあるわけじゃないけど。みんなが笑い合えるようになってほしいと漠然と思う。
「――アオイ」
クレアは僕の手を持ち上げて一瞥して言った。
「頑張ってる跡はあるみたいだけど、女の子みたいな手をしてますね。こんなによわっちい子に産んだ覚えはありませんよ」
「あー、私の責任? 女の子の格好させて発破をかけたらどうにかなると思ったんだけど逆効果だったのかな」
「女の子の格好をさせたのが原因でこんな華奢になったのなら本人に元々その気があったということですから……。私かな?」
「もう、やめて……」
絞り出すように悲鳴をあげると二人は笑った。それにつられて、僕も笑った。
距離感を計るのは思っているより時間がかからなさそう。
今日一番の功労者は気がつけばここにいなかった。