モンスターハンター 光の狩人 [完結]   作:抹茶だった

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九十九話 願望

 リオレウス亜種がスピードを上げた。翼が空気を打つ度に景色が引き伸ばされていく。弾丸のような速度で、リオレウス亜種はハンター二人のもとに突っ込んだ。

 二人とも直前に接近に気付き、紙一重で回避した。

 事態が混沌とした状態になっている。大型モンスター3体、ハンターは5人。戦えなくはないだろうが、規模が大きすぎ、危険だ。

 

 

「アオイ、ルーフス! 二人を連れて一旦逃げ――」

 

 

 アルフの指示をかき消すように、リオレウス亜種が咆哮した。声量も威圧感も今まで聞いた中で桁違いだ。ここまで怒気と殺意の孕んだものは初めて聞いた。

 リオレウス亜種は黒色の飛竜に襲いかかった――ん?

 

 

「逃げるよ、ミドリ!」

 

「なんでアオがここにいるの⁉︎」

 

 

 ミドリの腕を掴み、一目散に逃げる。何が起きてるかは知らないけど、今が体勢を立て直すチャンスだ。同士討ちしてくれるなら都合が良い。

 素早く岩陰に隠れ、顔だけ出して状況を見る。フラムとルーフスも近くの岩に隠れていて、アルフは知らないうちに僕とミドリの背後にいた。

 リオレウス亜種と黒色の飛竜が威嚇しあっている中、リオレイア亜種は心なしか、取り乱しているように見えた。

 

 

「アオ、質問の答えは?」

 

「リオレウス亜種が逃げ出したから、掴まって一緒に飛んできた」

 

「なるほどね」

 

 

 ミドリはひとつも納得してなさそうな顔でうなずいた。その会話を聞いてか、フラムがルーフスを肘でつついた。

 

 

「姉さん、文句があるならあっち二人に言ってよ」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ、ルーフス。それよりどうする? ライゼクスが来ただけでも大変なのに、リオレウスまで来てすごいことになってる」

 

 

 僕らは5人、モンスターは3匹。でも黒い飛竜改め、ライゼクスとやらとリオレウス亜種はどういう訳か、こちらはそっちのけで、争っている。……なるほど?

 

 

「リオレイア亜種をライゼクスが襲っていて、そこにリオレウス亜種が来たと」

 

「え? リオレイア亜種とライゼクス、普通に共闘して私たちを襲ってきたんだけど?」

 

「……はい?」

 

 

 ライゼクスはリオレイア亜種のことを襲っているどころか、共闘していた。リオレウス亜種はそんなライゼクスに対して襲いかかった……と。

 訳が分からなくて首を傾げていると、唐突にアルフが笑い出した。それを見て理解したのか、ミドリも吹き出した。

 

 

「急にどうしたの?」

 

「今のこの状況と、似たような話を思い出したんだ」

 

 

 アルフは笑うのを堪えながら話した。

 

 

「端的に言うとな、リオレイア亜種が浮気しているみたいなんだ」

 

「……え? なんだって?」

 

 

 一字一句正確に聞こえたのに、意味が分からない。いや、この際理由なんかどうでもいい。ライゼクスとリオレウス亜種が潰しあっていること、それだけが重要だ。

 もう一度岩陰から顔を出して状況を見ると、空中戦に移行している二匹の姿があった。

 それともう一つ、リオレイア亜種がこちらに突進してきていた。

 フラムが盾を構えて飛び出し、受けにいった。それに合わせて、僕とルーフスは武器を抜き、攻撃にかかる。

 

 

「攻撃するな!」

 

「攻撃しないで!」

 

 

 ミドリとアルフが同時に叫んだ。しかし、もう攻撃は止められないし、止まなきゃ行けない理由もない。

 リオレイア亜種には既にダメージが蓄積されていたようで、この一回の攻撃で大きく傷をつけることができた。リオレイア亜種が悲鳴をあげて怯む。効いている。この様子ならとりあえず一匹は、素早くかたをつけられそうだ。

 次弾を装填しようとした時、異変に気付いた。リオレイア亜種の奥で、さっきまで争っていた二匹が、こちらに向かってきていた。

 

 リオレウス亜種が滑空しながら、僕の方に突っ込んでくる。ライゼクスはルーフスの方に突進していた。

 

 

「ルーフス、避けろ!」

 

 

 ルーフスに伝えつつ、急いで横に飛び、避ける。

 戦況は混乱を極めてる。これじゃ流れ弾が当たるのも、時間の問題だ。なんでこうなった。リオレイア亜種に攻撃して、その番いのリオレウス亜種が攻撃してくるのは分かる。でもライゼクスまでなぜ?

 

 

「アオイ、人の尺度で考えるな」

 

「アルフ?」

 

 

 アルフは冷静に言った。

 

「種族こそ違うが、ライゼクスはリオレイア亜種のことを本気で愛してるんだ」

 

「……そう、なのか」

 

 

 そう思おう。そう納得しよう。だけど、この状況はどうする? このままなのはまずい。攻撃に偏重すれば確実に事故が起きる。でも防御に専念するとジリ貧になる。役割を分担できれば……。だが。

 ミドリが焦り気味に聞いてきた。

 

 

「アオイ、何か策は?」

 

「……まぁ、ある」

 

 

 一つしか思い浮かばなかった。でもそれはあまりにもリスクが高い。その上、そのリスクを負うのは……。

 

 

「アオイが変な顔するから、私、どんな作戦か分かっちゃった」

 

 

 ミドリはポーチから強走薬を取り出しながら言う。

 

 

「私が気を引いてこればいいんだね」

 

 

 ミドリは強走薬を飲み干し、リオレイア亜種に向かって走り出した。

 

 

 

 この5人の中で、最も身軽なミドリがリオレイア亜種を攻撃し、モンスター達の注意を引く。そうすれば残り4人は攻撃に専念できる。

 

 

「ミドリがモンスターを引きつける! リオレイア亜種には攻撃せずに他の2体を倒すよ」

 

 

 ミドリがリオレイア亜種の顔に、双剣を振り抜く。甲殻の間に剣が滑り込み、大きな傷を一本入れた。その瞬間、地面が震えるほどの咆哮が鳴り響いた。

 注意は引けたが、リオレウス亜種が怒り状態に移行し、危険度が増す。

 

 

 火球が、電撃が、ミドリに向かって飛んでいく。ミドリはそれを避けつつ、僕たちが攻撃に巻き込まれないよう誘導もしている。

 僕たちは攻撃に専念しているが、ダメージをいくら与えても二匹の動きは全然悪くならない。

 

 

「フラム、ルーフス、ライゼクスに同時に攻撃してくれ!」

 

 

 砲撃と斬撃によってライゼクスの攻撃方向がずれ、リオレイア亜種を巻き込んだ。それを見て、リオレウス亜種がライゼクスに蹴撃を加える。ライゼクスはよろけつつも踏ん張り、翼を広げて咆哮した。角や翼に黄緑色の稲妻が走り、挟のような尾の先が広がる。

 ようやくライゼクスも本気を出したようだ。

 ライゼクスは、ホバリングしているリオレウス亜種に飛び掛かった。だが、すんなり横に身を翻され避けられる。ライゼクスは避けられるなりそのまま飛び上がり、リオレウス亜種の横を通り過ぎるようにして背後に回った。

 リオレウス亜種が口から炎を零しながら振り向くと、ライゼクスは挟尾でその首を挟んだ。首にはルーフスがつけた傷痕があり、そこにライゼクスの尾が食い込む。破砕音が鳴り響き、リオレウス亜種が姿勢を保てず地に落ちた。

 リオレウス亜種がのたうち回るが、ライゼクスはそれを力で抑え込む。

 

 

「リオレイア亜種がそっちに行ったッ!」

 

 

 後方でミドリが叫んだ。振り向くと、リオレイア亜種が突進してきた。ただ、その狙いは僕たちの誰でもなく、ライゼクスだった。

 旦那を追い詰めた愛人を、彼女はぶっ飛ばした。亜種になっても陸の女王の脚力は健在……いや、それどころか、原種よりも強力になっている気さえする。

 リオレイア亜種はよろけているライゼクスの方へ踏み込み、横向きの捻りを加えたサマーソルトを放った。猛毒が仕込まれた重厚な尾がライゼクスの頭を打ちつけた。

 衝撃が地面を揺らす。ライゼクスはサマーソルトを喰らう直前に咄嗟に体を捻り、衝撃を逃していた。それでもこの威力。もろに直撃すれば必殺の破壊力だ。

 ライゼクスはその一撃で戦意喪失したのか、空を飛んで逃げ出してしまった。

 ……切り替えないと。飛び去っていくライゼクスにペイント弾を当て、二体に目を向ける。

 両方ともある程度ダメージが蓄積している。しかし、夫婦で連携しているかのような行動をしてくるため、気は抜けない。

 狩りの方針を考えていると、ミドリに話しかけられた。

 

 

「アオ、私ちょっと抜けてもいい?」

 

「……あぁ、ごめん。さっきのはやっぱり疲れるよね。休んでて」

 

「いいの。じゃあ行くね」

 

 

 ミドリは回れ右して全く疲れを感じさせない速度で走り出した。自己申告より全然元気そうだな……。

 

 戦況を見るに、体力的には全員問題ない。ルーフスにはリオレウス亜種を、フラムにはリオレイア亜種の注意を引いてもらい、アルフには遊撃と二人の援護をしてもらうのが一番やりやすいだろう。

 いわゆる壁役に関してはフラムが手慣れている。回避とガードの判断が的確で、体力の損耗を最小限に抑えてる。砲撃も必要以上に放っているように見えるが、たぶん刀身の温度を高い状態で保って、攻撃力を高めてる。あの調子だと、タイマンなら2、3時間粘り続けるだろう。ルーフスも盾がないながらも、攻撃は最大の防御と言わんばかりに力押ししていく。

 噂に聞くリオレウスとリオレイアの連携もフラムとルーフスが完全に封殺している。二人の実力が秒ごとに増していくのを感じた。リオレウス亜種とリオレイア亜種も攻撃方法が巧みになっていく。

 

 リオレウス亜種が地面を燃やし、熱風の中で戦い始めた。モンスターには涼風の温度なのだろうが、人間の体では耐えられない。

 

 

「……熱い!」

 

 

 ポーチに手を突っ込み、ウチケシの実とカラの実を取って弾丸を作る。調合レシピには載ってないが、回復弾や鬼人弾と似たような方法でどうにかなるはずだ。

 さしずめウチケシ弾ってとこか。弾倉に一発詰め込み、発射する。

 その瞬間、ルーフスの周囲の炎が消え去った。消火活動に革命が起きそうな消しっぷりだった。

 

 

「アオイ義兄さんがやったのか⁉︎」

 

「そうだよ。感謝してね」

 

「火消しは嬉しいけど、なんか臭いぞ!」

 

 

 このウチケシの実、ジンオウガの狩りの最中に貰った時のか……。どれくらい前だったっけな。腐っちゃったか。

 

 

 

 

 

 二人に指示を出しながら、ひたすら二体の体力を削る。火球もサマーソルトも、この狩りの間にどんどん成長するフラムとルーフスには通用しない。

 何度か二体が連携して攻撃を仕掛けてきたが、アルフが大剣の破壊力を以って攻撃の方向を逸らし、同士討ちに終わらせた。

 

 

 リオレウス亜種はもう瀕死だ。捨て身の攻撃をされる前にさっさと討伐してしまいたい。

 

 

「アルフ! 火球からルーフスを守ってくれ!」 

 

 

 リオレウス亜種が口から炎を迸らせる。その直後、アルフがルーフスの前に立ち、大剣を盾にして火球を防いだ。

 リオレウス亜種はブレスの勢いを利用して背後に跳び、飛翔した。その顔にペイント弾を撃つ。

 

 

「ルーフス、止めを!」

 

 

 ルーフスはスラッシュアックスを斧モードから変形させながら、走り出す。そして、アルフとすれ違いながら言った。

 

 

「アルフ、頼むぞ!」

 

「分かっている!」

 

 

 アルフが大剣を地面に、火花を散るほど擦り付けながら走った。そして、ジャンプしたルーフスの足に叩きつけるように振り上げた。ルーフスは大剣の峰を足で受けながら膝を曲げ、さらに高く跳んだ。

 リオレウス亜種の上を取ると、剣から強撃ビンのエネルギーを噴かせ、属性開放突きを放った。

 視界をペイントで潰したお陰で回避はできない。ルーフスは剣でリオレウス亜種の首を貫きつつ、墜落させ、地面へ縫い止めた。

 リオレウス亜種は呻き声を僅かにあげ、事切れた。

 

 

「ルーフスぅ!」

 

 

 フラムが猛スピードで吹っ飛んできて、ルーフスにタックルを決めた。その直後、ルーフスのいた場所をリオレイア亜種の尻尾が薙ぎ払った。

 二人は無事だったが、ルーフスのスラッシュアックスが弾き飛ばされ、岩壁に深く突き刺さった。

 フラムは高速移動の反動で隙ができてる。ルーフスはなんとか受け身をしたため隙はないが、武器がない。僕かアルフのどちらかが、リオレイア亜種の気を引かなければいけないだろう。

 

 自分のやろうとしてることに正直、反吐がでる。でも仕方ない。

 貫通弾を装填し、リオレウス亜種の亡骸に撃ち込む。息絶えて脆くなった肉体を、貫通弾が穿ち、風穴を開けた。

 リオレイア亜種がこちらにゆっくりと視線を向けた。目線がかち合った瞬間、瞳孔が細く引き絞られた。

 ……リオレイアの狩猟の度に殺意を向けられてるな。いっそ慣れてきたかもしれない。

 

 ウチケシ弾を新しく調合し、装填。おそらく火球を吐いてくる。もしかしたらこれを撃てば消せるかもしれない。

 火球が来る。回避しつつ、火球にウチケシ弾を撃つ。青白い弾道を描き、ウチケシ弾は火球にそのまま飲み込まれた。火力が衰えたような気はするけど、当たれば致命的なのは変わらなさそう。二発目のブレスは最小限の動きで避ける。次の攻撃は……右足に力を込めたのか見えた、サマーソルトがきそうだ。

 フラムは体勢を立て直した、アルフもいつでもいける、って顔をしてる。ルーフスは岩壁に刺さった剣を回収しにいった。

 これを避ければ攻撃に移れる。リオレイア亜種が地面を蹴った。地面が砕け、爆音が響き、翼と脚力で弾丸よりも早く突っ込んでくる。そして、体を屈めるようにして曲げて回転させ、下から上へと尻尾を振り上げた。

 からくも避けられたが、轟音が耳元で吹き荒ぶ。掠りでもすれば、無事ではいられない、そう感じさせる威力。その直後、もう一度爆発音が鳴った。

 音の方は目を向けると、瓦礫とともにルーフスが空高く飛び上がっていた。――後から聞いたが、岩壁に剣が刺さっている状態で属性開放突きを使用し、壁を破壊して引き抜いたらしい――ルーフスがリオレイア亜種の上を取り、そのままスラッシュアックスで叩き落とした。

 

 

「ここで決めるよ!」

 

 

 最大火力をパーティ全員で叩き込む。ここで殺す。

 

 

「フラムは翼を、ルーフスは背中を、アルフは尻尾を攻撃してくれ!」

 

 

 リオレイア亜種の移動手段、攻撃手段を重点的に潰す。もう二度と立たせない。貫通弾で左足を徹底的に攻撃する。さっきはっきりと分かるくらい右足に力を入れたということは、そういうことなんだろ?

 おそらく左足にダメージが蓄積している。一発撃つ度に風穴が空く。モンスターの回復力は凄まじく、多少の傷はすぐに塞がる。でも無敵ではないし、限界がある。いつかは必ず生命力が尽きる。

 

 

「こいつ、起きるぞ!」

 

 

 ルーフスが叫ぶ。起きた瞬間、左足に自重による負荷がかかるはずだ。だから……。

 

 

「アルフ、右足を刈れ!」

 

 

 リオレイア亜種が起き上がった瞬間、アルフの大剣が右足を捉えた。そして、転倒しまいと、反射的にだろう、リオレイア亜種は左足に体重を移動させた。

 その直後、左足がありえない方向へ曲がり、血が噴き出した。陸の女王から脚力を奪った。

 

 再び転倒したところに、僕らは一斉に攻撃した。そして、ようやく、リオレイア亜種が息絶えた。

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 ミドリの分も含めて、二体の剥ぎ取りを終えた。全員大した怪我もないし、体力も余裕はあるが、一旦休もう、ということになった。

 ルーフスあたりが恐らく明日、筋肉痛で動けなさそうだから、そこはミドリと代わってもらう算段でいる。

 フラムから聞くに、ライゼクスは雷属性のモンスターらしい。尻尾を器用に使ったり、特殊な軌道を描くブレスを吐くこと、翼を腕のように使って攻撃してくるらしい。

 リオレウス亜種と互角くらいの強さ。しかも、一晩休んで、明日は万全の状態で待ち構えていると思われる。

 

 

「フラム、明日も大丈夫?」

 

「まだちょっと興奮気味だから分からない」

 

「アルフは?」

 

「私は大丈夫だ。移動疲れは少しあるけどな」

 

 

 ルーフスは聞かなくても良さそうだ。顔に休みたいって書いてある。今日一日、ぶっ飛んでばっかりだったから仕方ない。戦闘狂でも限界はある。

 

 

   〇 〇 〇

 

 

 

 

 ベースキャンプに戻ると、何か赤いものが転がっていた。

 幻覚でも、見ているのかと思い近づくと血みどろになった人だと分かった。

 声にならない悲鳴を上げながら、慌てて近づく。

 上半身は赤黒く、下半身には血飛沫が染みている。

 緑髪の、女の子……。

 

 

「ミドリ⁉︎」

 

 

 駆け寄って顔を見ると、寝ているようだった。息も規則正しい。生きている。血の量が多すぎて現実味を感じない。そのおかげなのか、いっそ冷静でいられる。

 

 

「……アオ?」

 

「ミドリ! 大丈夫?」

 

「擦り傷とかはあるけど、大丈夫」

 

「この血は?」

 

「返り血」

 

 

 頭の中で感染症の文字が過ぎる。血にあんまり触れてるのは良くない。というか、ミドリには悪いが、めっちゃ生臭い。

 

 

「フラム、そこに転がってるバケツに水を汲んできて。アルフは火を起こして、ルーフスは寝ててもいいんじゃないかな」

 

「何するの?」

 

 

 指示を出しつつ、僕もベースキャンプに備えられているバケツで水を汲む。

 

 

「体綺麗にしないとじゃん?」

 

「待って、私いま全身に擦り傷があるの」

 

「なるほど?」

 

 

 余っている回復薬を一本、バケツの水に溶かす。雑だけど、これで傷にも効く。

 

 

「全身傷だらけの人に水かけるつもり?」

 

「当然」

 

 

 ミドリに頭から水をかける。全身に纏わりついていた血が流れると共に、ミドリが悲鳴を挙げてのたうちまわった。

 鬼の所業だがこれは正しいことだ、と自分を騙し、あらかた汚れが落ちるまで水をかけ続けた。

 

 

「なんでそんな血みどろに?」

 

「ライゼクス倒してた」

 

「ごめん、聞き取れなかった」

 

「ライゼクス倒してた」

 

 

 聞き間違えたか?

 

 

「夢でも見てたの?」

 

「本当に倒したよ! 捕獲してきた、証拠にほら、ペイントの匂いがずっと動いてないでしょ!」

 

 

 言われてみれば、ペイントの匂いが一定で、ライゼクスが動いていないことを示している。

 

 

「……そうなんだ。すごいな、ミドリは」

 

「倒せるって確信して狩りに行ったわりには疲れて動けないんだけどね」

 

 

 ミドリはそう言い、両手を上に伸ばした。引っ張れと。なるほど。ミドリのことを焚き火の前まで引きずる。

 

 

「気のせいかな、ミドリ軽くなった?」

 

「ポーチがすっからかんだもん」

 

 

 そんなもんか。はじめてポーチに道具を詰めたときは、重くて動きづらかったけど、今となっては着けてること忘れちゃうしなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベースキャンプで雑談をしているうちに、帰りの飛行船が来た。操縦士のアイルーに人数が増えてることを言われて、この後の報告が面倒なこと悟った。リオレウス亜種に掴まってここまで来た、なんて信じてもらえるかな……。

 

 

 飛行船が飛び立つとみんな寝てしまった。あれだけの動きをしたのだから、当然か。狩りの時の苛烈さはどこへやら。規則正しく寝息を立て、穏やかな顔で寝ている。

 四人ともどんどん強くなってる。フラムはモンスターの巨体を盾で受け止めて、安定して壁役として立ち回っていた。アルフは、二体もいたモンスターの隙を的確に突いてダメージを蓄積させたり、足止めをしてピンチを潰し、チャンスを作り続けていた。ルーフスは自分の役回りではない前衛なのに、モンスターと互角に渡り合っていた。同じ人間なのに、モンスターに力で一切負けていなかった。

 

 ……ルーフスの腕力は、ララさんに通じるものがある。龍属性は意志の力が関わっているという考えはやっぱり合っていると思う。龍属性はモンスターが空を飛んだり、高速で駆け回るのにうまく使っているというだけで、人にも扱える力だ。

 機械の力に頼る、ボウガン使いはどうすればいいのかまだ分かんないけど。

 

……眠くなってきたな。思ってたより疲れているみたいだ。……寝るか。

 

 

「アオイは寝ないのか?」

 

「……寝たふりなんかしないでよアルフ」

 

「寝ようとはしていた」

 

 

 アルフは横になったまま話しかけてきた。

 

 

「今日は楽しかったな、アオイ」

 

「すごい体験ではあった」

 

 

 あれを真っ先に楽しかった、って形容するあたり、アルフも戦闘狂なんだよな。……強い人ってみんな戦闘狂みたいな一面がある。狩りというよりかは戦いをこよなく愛してる。

 

 

「正直焦ったし、危険すぎた」

 

「そうは言うが、アオイは中々冷静だったぞ」

 

「我慢してただけだよ。あれを楽しむような余裕は僕にはない」

 

「私は死を直視しながら狩りに臨む余裕がない」

 

「……どういうこと?」

 

「私は……というか大体のハンターは死ぬかもしれない、なんて思いながら狩りをしていないはずだ」

 

 

 アルフは訝しげに言った。

 

 

「言い方は色々あるが、結局、皆そんなリスクに関しては目を逸らしているだろう。そうじゃなきゃ狩りなんて絶対にできない」

 

「……うん、まぁそういうもんか」

 

 

 人間など、撫でるだけで命を奪うことができる、大型モンスター。それらに挑むのが怖くないわけがない。ハンターになった人は皆、うまく割り切っている。恐怖を乗り越えてでも得たいものがあるから。

 なら僕は何のためにならそれができる?

 

 

「アオイ? どうした?」

 

「なんでもないよ」

 

 

 昔からぼんやりと持っていた疑問が解けた。それと同時に眠くなってきた。

 

 

「僕は寝るよ」

 

「ちょっと待った。はぐらかしたつもりかもしれないが、今日の感想ちゃんと言ってないだろう?」

 

 

 結構寝たいんだけど……。

 

 

「悪くなかった。また狩りをしたいなとも思ったよ。僕はもう寝るよ……」

 

 

 目を閉じたら気が抜けたのか、一気に眠気が来た。意識を手放す最中、何か声が聞こえた気がした……。

 

 

「……フラム、ルーフス、聞いたか?」

 

 

 

 

 

 


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