江戸川コナンと灰原哀が、恋人同士ではなく10年前の相棒のような関係になって、数日が経った。
元々二人の仲をからかわれたくないために、付き合っていたことも公表していなかった上に、目に見えるほどイチャついていなかった二人の変化は、周りから見ると、いたっていつもどおりだった。
情けないかもしれないが、灰原の提案してくれた「しばらくは普通に」という言葉は正直助かった。
自分を愛してくれる彼女に対して、男の自分がこんな気持ちではダメなのだろうが、あの日の夜が過ぎ、次の日の朝に博士の家に届いた結婚式の招待状がそうさせた。
灰原との関係に変化のないまま・・・・
そしてコナンは自分の葛藤に答えを見出せないまま・・・
ついに来るべき日が来てしまったのだ。
「ほんと、この数日はあっという間だったぜ・・・・」
わけの分からぬ現象を飲み込めぬまま、混乱する事実ばかりが襲い掛かり、そして今日はその中でも極めてキツイ日である。
博士の家のソファーでくつろぎながら、コナンはスーツ姿でボーっとしていた。
今日は・・・
ついこの間まで、自分が絶対に守ると誓った人が・・・
今でもずっと思い続けている人が・・・・
自分とは違う人と、これから先の人生を歩むことを約束する日。
そう、今日は蘭の結婚式の日だった。
「江戸川君、準備できた?」
「も~、コナン君、遅いよ~! みんな準備できてるよ?」
少し黄昏ていた自分の意識を戻すように、美しいワンピースのドレスを纏ってコナンを呼ぶ灰原と歩美、後ろからはスーツを着込んだ元太と光彦も現れた。
「早くしねーと、パーティーの食い物が全部無くなっちまうぞ?」
「いや、それは絶対にありえませんから!」
四人並ぶと、面影こそはあるが、本当に自分の知っている少年探偵団たちか? と疑いたくなるほど、彼らは立派に成長していた。
昔は散々自分を振り回していた彼らが、今では立派に自分と肉体的にも精神的にも並んだ高校生だと考えると、つくづく時間の流れを感じさせる。
(そう・・・10年・・・やっぱ長いよな・・・・離れていた人の心が変わっちまうぐらい・・・・)
ダメだ・・・
またこんな気持ちになってしまった。
案の定、灰原だけは自分の心を見透かしたかのように無言で切なげな表情をしている。
そんな表情で見つめられていたくなく、コナンはわざとらしく背伸びをしながら、立ち上がった。
「おー、ワリーワリー。俺ももう準備できたから、さっさと行こうぜ! 式が始まる前に蘭ねーちゃんたちにも会っておきてーしな!」
「ウン! 蘭さんのウエディングドレス姿か~、どんなんだろ~。楽しみだな~」
「だよな! 蘭ねーちゃんなら、絶対にすげー美人になってるぜ! なっ、光彦!」
「それに関しては僕も元太君に賛成ですね。それに、新井出先生もきっとタキシードが似合いますから、本当にお似合いの二人ですよね」
高校生とはいえ、その無邪気なところは昔と同じようだ。
今日、人生最良の日を迎える花嫁と花婿の姿を想像しながら、歩美たちは大盛り上がりだった。
だが、今のコナンの気持ちを察した灰原が無理やり話題を変えようとする。
「ほら、私たちも早く行きましょ。招待した人たちが多いんだから、私たちも手伝わないといけないのよ?」
そう、今日は招待されている人たちは非常に多いようだ。
それは今日結婚する二人を祝福するため。
そう、それだけ多くの人たちに、この結婚式は認められ、二人は送り出されるのだ。
きっと皆は盛大な拍手と共に送り出すだろう。
二人の友人は皆良い人たちばかりだ。だから皆、喜びや感動を込めた言葉を二人に送るのだろう。
そう、こんなめでたい日にうかない顔をしているのは、きっとコナンだけだろう。
いや、そんなコナンを見つめる灰原の二人だけなのだろう。
会場の場所は杯戸シティホテル。
これまで幾度と足を運んだことのある場所だが、こんな目的で来る日が来るとは思わなかった。
そして式場に着けば、そして目的の場所へ向えば向うほど、コナンの足取りは重くなる。
だが、逃げ出すわけにも行かず、ただ目的地への距離は着実に迫り、とうとうたどり着いてしまった。
―――花嫁の控え室
彼女が居る部屋だった。
コナンは意を決して、探偵団はワクワクしながら、そして灰原は無言のまま、扉をノックする。
すると中から返事が聞こえてきた。それは蘭の声だった。
返事を聞いてコナンがドアを開けて中に入ると、お世辞ではなく、コナンにとってこれまで出会ったどの女性よりも美しいと思える人が、純白のウエディングドレスを身にまとって椅子に座っていた。
「コナン君! それに哀ちゃんも、歩美ちゃんも、元太君も、光彦君も、来てくれて本当にありがとう」
微笑む蘭に、五人は声が出せないで居た。
いや、正確には見惚れていたのだ。
男から見ても、そして同じ女性としても、形容のしようがないほど蘭は美しく見え、その優しい微笑みは誰が見てもドキッとさせられた。
「姉ちゃん、ごっつう綺麗になってんからな~。和葉とは大違いや!」
「アホッ! そないなこと言われへんでも、蘭ちゃんが別格なんは知っとるわ!」
感動のあまり呆然としていた五人の空気を壊すかのように、騒がしい関西弁の二人がそこに居た。
「げっ、服部・・・・」
「あん? なんや~、高校生になって、態度も余計にデカくなったんちゃうか~? それに、姉ちゃんにばっか見惚れとると、茶髪の姉ちゃんに睨まれるで~?」
10年後の服部平次と遠山和葉。
二人のことは人目で分かった。相変わらずコナンが高校生だろうと小学生だろうと、何年たってもコナンに対する態度は変わらず、相変わらずだなと苦笑してしまう。
「でも、本当に綺麗よ。本当に、自慢の娘だわ」
「ああ、こりゃあ英理より美人だぜ」
「あら、悪かったわね」
「でも、おば様の言う通り、本当にすっごいイケてるわよ、蘭!」
他に部屋に居たのは服部と和葉だけではない。
蘭の両親である小五郎と、別居をやめた英理、そして蘭の一生の親友である園子。
「本当に綺麗ですよ、蘭さん」
「ええ、悔しいぐらい、見惚れちゃうわ」
コナンたちに続いて、部屋に入ってくるのは、以前より貫禄の見られる高木刑事と佐藤刑事、この世界では夫婦となった二人だ。
「高木警部! 美和子先輩! 今日は仲人お願いします!」
「ええ、まかせてね蘭ちゃん!」
「しかし、・・・蘭さんが刑事になって僅か数年で結婚して退職とは・・・・一課は寂しくなるね」
蘭の姿を見ながらシミジミと呟く高木。そして二人の後に続くように続々と警察関係者が入ってきた。
「ええ。美和子さんが高木君と結婚して、一課のみんなが悲しんだと思った時に、まるで女神のように一課に舞い降りたのが蘭さんだからね。でも、これじゃあまた昔に逆戻りですね」
「まあ、まあ、めでたい日なんだからいいではないか、白鳥君」
「目暮警視! 白鳥警視!」
「おめでとうございます、蘭さん」
「おめでとう、蘭君。毛利君もよかったな」
「おお~、警視殿! この度は娘の結婚式に、わざわざ来ていただきありがとうございます!」
「な~に、部下であり、友人の娘なんだ、来んわけにはいかんだろ~」
少し老けたようにも見えるが、みな知っている人たちばかりである。
いや、彼らだけではない。まだ多くの人たちが式場にかけつけ、蘭を祝福するのだろう。
・・・それより少し話が変わるが・・・
「おい、灰原・・・・蘭って・・・・刑事になったのか?」
まったく聞いていなかった事実にコナンは目が点になってしまった。
コナンは灰原の裾を引っ張って、小声で訪ねた。
「ええ。もう寿退職はしたけど、大学を卒業後に本庁の一課の強行犯係の配属となって、アイドルのような存在になってたわ」
「おいおいおい、なんで蘭が刑事になるんだよ?」
「さあ? 毛利探偵も奥さんも猛反対してたけど、父親の影響か・・・それともどこかの探偵さんの・・・・・・いえ、彼女の正義感からかしら?」
蘭が刑事になっていたとは予想もしてなかった。
いや、しかしこれだけ警察関係者と学生の頃から知り合いで、しかも佐藤刑事のように腕っ節の強い空手の達人であり、優しく、正義感の強い蘭にはある意味天職なのかもしれないなと、むしろ納得してしまった。
「はは・・・蘭にやられた犯人は気の毒だな・・・・」
この目の前に居る女神のような女性が繰り出す、想像もつかない拳と蹴りの威力を知っているコナンはひきつったように笑ってしまった。
そんな中、蘭を祝福する人たちが代わり代わり訪れては、挨拶をする。
中には知っている人や、見たこともない人たちが居たが、誰もが蘭の姿に見惚れて、誰もが祝福している。
どこまでも愛される蘭に、少し誇らしさを感じてしまった。
次々と入ってくる人たちに蘭は対応に追われて、どうやらゆっくり話をすることは出来そうにない。
昔はとても傍に居たはずの人の距離をとても遠くに感じながら、コナンは黙ってその場を立ち去ろうとする。
すると・・・・
「入っていいかな?」
「―――ッ!?」
「あっ、智明さん!」
白いタキシードに身を包んだ男が入ってきた。
その男を見ると、蘭はとても嬉しそうに、だが反対にコナンはもっとも複雑な思いを抱いてしまった。
「おお~~っ、待ってました、新郎!!」
「わお! 新井出先生イケてるじゃん!!」
「先生カッコいい!!」
「そやな~、平次とは大違いや!」
「じゃかしいんじゃ、ボケぇ!!」
新郎の登場に控え室は大盛り上がりだ。
蘭もとても嬉しそうにしている。
「ど~お、新井出先生、蘭の姿は?」
「えっ・・・あっ・・・いや・・・す、凄く・・・・似合ってるよ・・・」
「あらあら、先生ったらいい年して赤くなって」
「そ~よ、今日からコレは先生のモノになるんだから、胸張んなさいよ~!」
「も、も~。園子もお母さんも冷やかしすぎよ~。でも・・・ありがとう。智明さんも似合ってるよ?」
「あ、・・・ありがとう・・・・」
見ているだけで初々しい、幸せいっぱいのカップル。
それがこの二人だ。
真っ赤に互いに微笑みあう二人に、それをからかう者達。
だが、それがどうしても見ていられなかった。
臆病者と呼ばれてもいい。未練だと言われてもいい。
とにかくコナンは無我夢中で控え室から飛び出してしまった。