盛大な拍手と、歓声の中、ようやく披露宴が始まった。
定番のBGMが流れながら、新郎新婦が入場した。
とても幸せそうだ。
あるところからは、笑みが漏れ、憧れの吐息が漏れ、涙が溢れている人も居る。
そんな想いを込めて、この場に集った大勢の出席者たちは心から二人を祝福している。
しかし、一つだけ空席があった。
「ねえ、哀ちゃん。コナン君は?」
「さあ、分からないわ」
隣の空席を見ながら、灰原は首を振った。
「どーすんだよ。後で俺たち5人で歌うんだろ!?」
「そーですよ。いくらコナン君が音痴だからって言っても、やっぱりコナン君がいなければ意味ないですよ」
拍手喝采の中、小声で話し合いながらここには居ないコナンを彼らは心配していた。
だが、コナンの気持ちも何となく察した。
灰原はもとより、彼らももう高校生で、小学生の頃からコナンと付き合っているのだ。コナンの蘭に対する気持ちを考えれば、何となく理解できた。
だから、灰原もそう思った。
今のコナンなら、この席を逃げ出しても仕方ないかもしれないと心の中で寂しく思った。
「蘭おめでとう! ドレス本当に似合ってるわよ! あんたには・・・色んなことがあったけど・・・これからは新井出先生といっぱい・・・いっぱい・・・幸せになんなさいよ!!」
号泣しながら親友に告げる園子に笑顔で頷く蘭の瞳にも涙がたまっている。
終盤に差し掛かるにつれて英理も、そして小五郎に関しては鼻水と入り混じってクシャクシャな顔をしている。
服部も微笑み、和葉も感動のあまり涙を流している。
やがて一人の欠席者を待たずに、徐々に披露宴が終わりを向かえる。
そしてその時だった。
――バンッ!!
それは突然のことだった。
乱暴に勢いよく開けられた会場のドアに、皆が振り向くと、そこにはコナンが居た。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・間に合った・・・・」
走ってきたのか、呼吸も荒い。
そんな彼に誰もが首を傾げて、式場にはしばし無音の空気が流れた。
(・・・工藤君・・・・)
(工藤・・・あいつ・・・・何やっててん・・・)
(新一・・・)
彼の正体を知り、ここに顔を出せない理由を分かっていた灰原、服部、博士は、汗まみれになりながらも清清しい笑みを見せるコナンに首を傾げた。
「おい、コナン! 何やってたんだよ、もう俺たちの歌は終わっちまったぞ!」
「そうですよ~、仕方ないから僕たちはコナン君抜きで歌ったんですよ?」
「もう~、コナン君のバカ~」
今更現れたコナンに対して、探偵団は大ブーイングで非難する。
だが、コナンはハニカんで素直に謝った。
「ワリーワリー、でも・・・俺は大丈夫だからよ。心配掛けて悪かったな」
三人に、そして灰原に向って笑うコナンは、何かいつもと違った。
誤魔化しではない、つき物が落ちたかのようなその表情から、灰原も、服部も、博士も・・・いや・・・この会場に居るコナンを知る者たちは、何かを感じ取った。
「・・・コナン君・・・・」
ようやく現れたコナンに蘭も戸惑ってジッと見ている。
するとコナンは一度ニッと蘭に笑って、新郎新婦の並ぶ席の斜めにあるマイクの位置にまで行った。
誰もが、コナンを止めずに黙って見ている。今からコナンが何をするのかは分からないが、彼らは皆黙っていた。何故かそうしなければいけないような空気が伝わってきたからだ。
するとマイクの前に立ったコナンは、呼吸を整えてゆっくりと顔を上げて二人を見る。
「蘭ねーちゃん・・・新井出先生・・・・遅くなってゴメン。ちょっと時間が掛かっちゃって」
「ううん、コナン君が来てくれただけでうれしいよ。でも、どうしたの? そんなに慌てて」
素直に笑顔で返す蘭。するとコナンは儚げに微笑みながら、ある物を取り出した。
「うん・・・・実は・・・・・これを取りに行ってたんだ」
「えっ!? それは・・・・・」
コナンが取り出したもの・・・それは・・・ヴァイオリンだった。
そしてそれはただのヴァイオリンではない。
「それ・・・まさか・・・・新一の・・・・」
そう、これは工藤新一のヴァイオリンだった。
そしてコナンは長くは語らない。
「蘭ねーちゃん、今から弾く曲は・・・・蘭ねーちゃんと・・・そして自分自身のために弾きます。どうか・・・最後まで聞いていてほしい」
その時会場にどよめきが走った。
「おいおいおいおい、あのガキ、ヴァイオリンなんか弾けんのかよ!?」
「ちょっと~、私も聞いてないわよ~? あの音痴なガキがヴァイオリン!?」
「なあ、平次。コナン君ってヴァイオリンなんか弾けたん?」
「さあ、せやけど不思議やないで~。なんせシャーロック・ホームズもヴァイオリンの名手やからな~」
コナンにヴァイオリンなど、彼らには初耳である。
「哀ちゃん知ってた!?」
「ええ、・・・演奏は聞いたことないけど・・・・それに彼は絶対音感も持ってるし・・・・」
「ええっ!? そうだったんですか!?」
しばらく会場の騒ぎは続いていた。
コナンがヴァイオリンを弾く。
しかも、工藤新一のヴァイオリンでだ。
その意味を誰もが理解できなかった。
するとコナンは何故か眼鏡を外した。
それは10年前に死んだ工藤新一と瓜二つの顔。
(蘭・・・聞いてくれ・・・これで最後だから・・・)
こんなめでたい席で縁起でもない・・・・と、誰一人として思わなかった。
そしてようやく会場の空気が落ち着いた中、コナンはゆったりとしたフォームでヴァイオリンを弾く。
響き渡るのは、優しい音。
「あれ? この曲どこかで・・・え~っと・・・何だっけ?」
「もう、何言ってるのよあなた。そんなことも分からないの?」
「おじ様~、この曲はね・・・Amazing Graceよ!」
別に超一流の腕前というわけではない。しかし、コナンの弾いたヴァイオリンは・・・
「・・・・・・」
心の奥にまで響き渡った。
そして・・・・
「・・・・・・・・えっ?」
蘭の顔つきが変わった。
身を乗り出して思わず立ち上がり、コナンを凝視する。
「・・・・なん・・・で・・・」
まるで信じられないものを見るかのように、蘭はコナンを見つめ、その意味が分からず、新井出先生も、そして灰原たちも二人を交互に見ている。
コナンの弾いている曲の「Amazing Grace」は蘭にとっては思い出の曲だった。
そう、工藤新一との思い出の曲。
幼いとき、大したことではないことで二人は喧嘩になり、口を聞かなかった。その時、無言で帰る二人の耳に聞こえてきた曲だ。
心のおくまで響き渡ったその曲は、「許しの歌」の意味も持ち、気づけば二人は仲直りをしていた。そんな思い出の曲だ。
そして以前、音楽祭の事件に巻き込まれたとき、会場の外で今と同じ曲のヴァイオリンの音が響き渡った。
蘭はそれが直ぐに新一のものだと分かり、走り出した。
だが、そこには新一は居なかった。代わりにヴァイオリンを持ったコナンがいた。
――新一兄ちゃんなら行っちゃったよ? さっきまでここに居てヴァイオリンを弾いてたんだけどね・・・
ヴァイオリンを見せながらコナンは言った。
――二人の思い出の曲を、蘭ねーちゃんと自分自身に聞かせるために
そしてその後コナンは自分に聞いてきた。
―――それより蘭ねーちゃん、どうして新一兄ちゃんが弾いてるって分かったの?
その問いに自分は笑顔で答えた。
―――だってアイツすごく変な弾き癖があるんだもん。すぐ分かるよ
そう、普通の人は分からないかもしれない弾き癖。
ひょっとしたら本人も分かっていないかもしれない癖だ。
だが、蘭には分かるのである。
だからこそ・・・
(・・・・・・新・・・一・・・・)
コナンの変な弾き癖が、蘭の頭の中で一つの答えを導き出したのだった。
(新一・・・・・なの?)
互いに互いを強く想いあっていた二人。
しかし運命は二人を引き裂き、引き裂かれた二人は二度と結ばれることはなかった。
(蘭・・・本当にすまなかった・・・・・約束を守れなくて・・・本当に・・・)
だが今日この日、10年目の奇跡が起こった。
この曲の長さは僅か三分間。
(新一・・・なのね?)
二度と訪れぬ一生の内の僅か三分間だけ、死んだはずの男が蘇り・・・・
(・・・新一・・・)
(・・・蘭・・・・)
二人はこの瞬間だけ10年前に戻った。
(こんなところに・・・・居たんだね・・・・新一・・・・)
(ああ・・・・本当に悪かったな・・・蘭・・・ずっと言えなくって・・・)
心の中で何度も謝りながら、コナンは演奏を止めない。
心の中で涙を流しながら、蘭に心からの謝罪をする。
(何度も何度もコナン君は怪しいって思ってたのに・・・・でも、いつも証拠がなくてあなたのことを逃がしちゃったからね・・・・)
(ああ・・・本当にな・・・)
そしてこの三分間・・・
(でも・・・ありがとう・・・・本当は・・・いつも傍で見守っていてくれたんだね・・・・)
(ああ・・・・・)
(でも・・・コナン君が新一だったって事は・・・・・私がコナン君と初めて会ったときに、新一のことを好きって言ったことや、一緒の布団で寝たことや、一緒にお風呂に入ったのも・・・・全部・・・・)
(あ、ああ・・・あん時は正体バレたらブッ殺されるなってビビッたよ!)
(もーーッ! 信じらんなーい! 絶対許してやらないんだから!)
(だから悪いって言ってんだろ?)
彼らは心の中で、10年分の会話をした。
声に出さずとも、そこにいるだけで、ヴァイオリンの音色を通じて伝わってくる新一の想いが、蘭には手に取るように分かった。
「ひっぐ・・・ひっぐ・・・・・」
「そ、園子ちゃん、ど・・・どうしたん?」
「か、・・・・和葉ちゃんだって・・・泣いてるじゃない?」
「えっ、・・・・ほ・・・ほんまや・・・なんでやろ・・・」
誰にも踏み入れることの出来ない二人だけの時間、二人が心の中で何を話しているかは分からない。
しかし何故かは分からない・・・
何故かは分からないが・・・
「すごく二人とも嬉しそうなのに・・・・・すごく・・・すごく・・・」
「ええ・・・・とても・・・切なくなるわ・・・」
ただ皆、涙が止まらなかった。
(それよ、工藤君・・・・私が10年前からずっと嫉妬していたのは・・・・。離れていても・・・交わす言葉が少なくても・・・・やっぱりあなたたちは分かり合えている・・・・それがずっとうらやましかったのよ? ほんと・・・・妬けるわね・・・相変わらず・・・)
誰にもこの瞬間の二人を邪魔することは出来ない。
もう二度とこないこの三分間は、毛利蘭と工藤新一に与えられた最後の時間だった。
(バカ・・・本当にバカなんだから・・・新一は・・・人を待たせて・・・泣かせて・・・自分は好き勝手にどっか行っちゃって・・・・)
(ああ・・・・)
(いつも事件事件事件! 私はあんたの何だったのよ! 私のこと何だと思ってたのよ!)
(・・・・それは・・・・)
(・・・私は・・・好きだったよ・・・新一のこと・・・・大好きだったよ・・・)
(ッ!? ・・・知ってる・・・・俺もそうだった・・・)
(・・・・許さない・・・・・)
(・・・えっ?)
(それでも私も新一のこと大好きだから・・・・だから・・・一生許してあげない・・・・見てなさいよ~、大馬鹿推理野郎なんかよりずっと素敵な智明さんと、絶対に幸せになってやるんだから!)
(ああ、・・・それでいい・・・・罪を簡単に許されちまったら・・・・償うこともできずに、反省しねえ・・・だから・・・それでいい)
響き渡る音色。
すすり泣く声。
誰もが拳を握り、二人の世界を見守っている。
だが、その世界がもう直ぐ終わりを告げる。
(でも・・・・本当はずっと傍で守ってくれていたんだよね・・・・新一・・・・・)
(・・・オメーはずっと待っててくれたんだな・・・・・蘭・・・)
(ごめんね・・・・新一・・・・)
(ごめんな・・・・蘭・・・・)
(今までありがとう・・・・新一・・・・)
(今までありがとう・・・・蘭・・・・)
(私・・・・)
(俺・・・・)
(あなたを好きで良かった!!)
(オメーを好きになって良かった!!)
そして奇跡の三分間は終わった。
新一はヴァイオリンを降ろし、涙が止まらぬ蘭を見つめる。
そしてゆっくりと、眼鏡を掛けて・・・
「幸せになれよ、蘭ねーちゃん!!」
「ありがとう・・・・・コナン君!」
二人は再び10年後に戻った。
そして次の瞬間、新井出先生が立ち上がった。そして、心からの感謝を込めてコナンに拍手を送る。
すると、その拍手を合図に会場中の全ての者が立ち上がり、拍手を送る。盛大なスタンディングオベーションだ。
そして、完全に決着をつけた工藤新一は、最後は江戸川コナンとして幸せな彼女を見届けた。
もう、目を逸らすことなく、逃げることもなく、最後までその場で見守り続けたのだった。