まったく記憶にございません   作:アニッキーブラッザー

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【注意!!】この話は名探偵コナンの「黒鉄の魚影(サブマリン)」のネタバレを含んでいるので、映画見てない人は見ちゃダメです!


そう、つまり私は……2023年コナンの最新映画「黒鉄の魚影(サブマリン)」を見た! 最高すぎる! どれぐらい最高かというと、6年ぶりに二次創作を書きたくなるぐらいに

コ哀、最高!




第13話 もう返さない

 あいつが幸せならそれでいい。

 

 いつか俺は言ったことがある。もうあいつの涙は見たくないから。

 

 たとえ俺の存在があいつの心の中から消えることになったとしても。

 

 だからこれで良かったのかも知れない。

 

 だが……

 

「あ~……やる気でねぇ……」

 

 時間の流れももはや良く分からないが、あまり気にはならなかった。

 あれから何日? 何週間? それとも何年か?

 そもそも自分の言う「あれから」とはいつからのことなのかも良く分からなくなっていた。

 

「はあ~~~」

 

 そこで俺はもう一度深いため息を吐いた。

 

 もう何度目かも分からぬため息を、コナンは吐き出した。

 視線の高さや体の感覚は高校生の工藤新一と何一つ遜色はない。

 違うとすれば、今の自分は高校生の江戸川コナンで、メガネをかけ、目に見える世界は10年後の世界であり、そして自分がこの世界の誰よりも好きだった女の心にはもう自分は居ないということだった。

 

「ああ~~もう」

 

 やばい。

 人前ではカッコつけて割り切ったというか、決着を付けたという態度を見せたが、正直まだかなりキツイ。

 どうやら自分は記憶喪失らしく、ここ10年の記憶が存在しない。

 気づいたら江戸川コナンが高校生にまで成長し、工藤新一は死んだことになり、そして毛利蘭はその悲しみから救い出した男と結婚した。

 

「すげ~キレーだったな……蘭のやつ」

 

 蘭の結婚式。あれから少し経った。

 言葉では直接伝えてはいないが、最後の瞬間、自分たちは全ての真実を心で伝え合った。

 蘭はアレで本当に自分と決着を付けられたのか?

 まだ、心にわだかまりが残っているのではないか? だが、できれば残っていて欲しいというのも本音だ。

 まあ、いわゆる未練ってやつかもしれねーけど・・・

 

「だあ~~~~~」

 

 でも、まあ本当にもう終わっちまったんだな。

 自分がここでどれだけ項垂れても、もうどうにもなんねーんだよな。

 

 

「ずいぶんと情けない姿ね、江戸川君」

 

「あん?」

 

「授業も終わって……家にも帰らずに屋上の手すりにもたれかかり……やっぱりダメージは大きいみたいね」

 

 

背後からかけられた声。振り向くとそこには灰原が居た。

どうやら今の俺は目に見えるほどの落ち込みっぷりらしい。

 

「んだよ、オメーかよ」

 

 また、メンドくせーやつが来た。コナンはプイッと視線を外へ戻した。

 その態度に少しムッとしたのか、灰原の声のトーンが若干下がった。

 

「ええ。オメーで悪かったわね」

 

 そう、俺は灰原の言うとおり、結局未だに過去の未練を引きずって、ただうなだれているだけだった。

 そんな俺の横に灰原が並んだ。視線は俺と同じように真っ直ぐと沈む夕日に向けながら、相変わらず何を考えてるか分からない表情で口を動かした。

 

 

「調子はどう?」

 

「最悪」

 

「立ち直れそう?」

 

「……もうちょい無理……」

 

「彼女……綺麗だったわね」

 

「……ああ……」

 

「……記憶は?」

 

「全然」

 

「……そう……」

 

 

 簡単な会話。しかしすぐに沈黙になった。

 コナンはこの空気は少し気まずいのだが、もう少しここで黄昏ていたい気分であり、灰原は灰原でどうも帰る様子も無さそうだった。

 

 

「余計なお世話だけど……」

 

「んだよ……」

 

「時計の針は決して戻せない。そしてこの光景は紛れもない現実で、あなたは生きている。それだけは覚えている事ね」

 

 

 コナンも十分わかっている。だが、返事はせずにただ頷くだけだった。

 

 

「本当に分かっているのかしら? まあ、まだ現実を受け入れられないのは仕方のないことかもしれないけど」

 

「ったく、大きなお世話だよ。別に俺は現実に嘆いてるわけじゃなくて、ただ今はやる気が起きないだけだ」

 

「はいはい」

 

「ぐっ……おめーなあ……」

 

 

 気を遣ってくれているのか、容赦がないのか良く分からない。

 まあ、気に懸けてくれてはいるんだろうが、相手が灰原だとどうも素直に礼を言えないのも困る。

 そんな心境のコナンの目の前に、ヒラヒラと二枚の紙切れ。

 

「はい、コレ」

「ん?」

 

 チケットのようなものが灰原から差し出された。

 

「でっ、今週の日曜日だけど、どうかしら?」

「いや、どうかしらって、何だよコレは!」

 

 いきなり何だよと手すりから体を浮かせて、初めて灰原に体を向けた。

 

 だが、少しだけ声を荒げたコナンに対して、灰原はいたって冷静に返答する。

 

 

「ビッグ大阪と東京ノワールの国立競技場での試合。そして、長年プロで活躍し続けた比護選手の引退試合のチケットよ」

 

「なに!? サッカー!? しかも国立の!?」

 

 

 初めてコナンが身を乗り出して反応した。

 コナンのその反応に、灰原は内面「勝った!」とほくそ笑んだことは、本人だけの秘密。

 

「えっ!? マジで!? つーか、比護選手って引退すんのか!? って、10年も経ってりゃ不思議じゃねーけど」

「そうね。これまで多くのファンに愛されていたけど今期限りでね」

「へー……そっかー……はあ~」

 

 差し出されたチケットを少し興奮気味に見つめるコナン。

 

「はは、そういやーオメーは比護選手のファンだったからな」

「まあね。で、どうなの? 行くの? 行かないの?」

「は~、比護選手か……俺が覚えている10年前では、正にプロとしても絶頂期のころだったのに……引退か……やっぱ時代の流れだよな……」

 

 自分が覚えているついこの間までは大活躍だった選手が、この時代では引退を迎えようとしている。

 やはり僅かな寂しさも感じた。

 

「まあ、時の流れに人は逆らえない……ってな…ほんとだな……」

 

 やはり受け入れなきゃいけない。

 少しだけコナンは寂しそうに笑った。

 

「江戸川君?」

「いや、なんでもねーよ」

 

 しかしすぐに首を横にふり、ようやくコナンは少年のような笑みを見せた。

 

「そうだな。久々パーッと応援すっか!」

「あら、ならば今度の日曜日はそういうことでいいのね?」

「ああ、行くよ。せっかくだしな。いい気分転換になる。サンキュー、灰原」

「ふふ、やっぱりあなたはサッカーが絡むと子供になるのね。ただし、いつものように事件を呼び込んで比護選手の引退試合を台無しにしたらタダじゃすまさないからね? そんなことしたら抹殺よ?」

「う、うっせーな」

 

 今度は隠さない。灰原もようやく笑ったコナンを微笑ましく感じ、クスクスと笑った。

 

「それなら早く帰りましょ。それに、いつまでもウジウジしてたって、誰も同情なんかしてあげないわよ」

「うっ、いや……わかってっけどよ……」

「あら? それとも見た目も中身も高校生のままの坊やは、お姉さんに甘えたい年頃なのかしら?」

「だー、もう! わーあったよ! 帰えりゃいいんだろ! ったく、ほんと可愛くねーやつ。十年経って少し丸くなったと思ったのは気のせいじゃねえか」

「ごめんなさいね。『蘭ねーちゃん』ほど優しくない女で。流石にこれほど大きくなった手の掛かる子は甘やかせられないわ」

 

 ダメだこの女。まともに相手したりムキになったりしたら余計遊ばれるだけだ。

 頭を掻きむしりながら、コナンは立てかけているカバンを乱暴に持ち上げて灰原にしかめっ面を見せる。

 

「ほら、帰ろーぜ。そーいや、今日は博士ん家に行く予定だったし」

「そーいやじゃなくて、いつまでも来る様子も無さそうだったから、ワザワザ探しに来たんじゃない」

「ワリーワリー」

 

 口で勝てる気が何となくしなかったので、コナンは引いた。

 渋々言われたとおりに帰り支度を済ませて歩きだしたコナンの横に、灰原も駆け出して隣に並ぶ。

 彼女はチラっと横目でコナンの顔を見上げる。先程はガキみたいに目を輝かせたかと思えば、今度はガキみたいに不貞腐れる。

 事件で犯人を追い詰める時は冷静沈着で、しかもカッコつけで気障な男。

 だが、これもまた彼らしさでもあると感じていた。

 

(フッ……今も昔も……変わらないわね……あなたは……)

 

 そんな灰原の心中を、今のコナンには分からない。

 

(……いっそのこと……元はと言えばお前の所為だ……お前が作った薬の所為だ……ぐらい言ってくれればいいのに……)

 

 今のコナンの心がどれだけ傷ついて、立ち直れないぐらいに落ち込んでいたとしても、それは灰原も同じだということを。

 

 

(どれだけ記憶を失おうと……どれだけ私への想いが失せようと……どれだけ私に腹が立っても……それだけは昔から、あなたは絶対に言わないのね)

 

 この10年で積み上げてきた思い出。そして自分たちの関係性。

それは決して簡単には説明できぬほど深く、濃く、そしてかけがえのない物であったか。

 

 

(そう……時の流れは捻じ曲げられない……一度進んだ針は戻らない……人は変わっていく……だけど昔も今もあなたはあなたね……)

 

 

 どれだけ彼女が救われ、どれだけ彼女が幸せであったか。

 

 

(その優しさがかつての私は狂おしいほど痛かったけれど、今の私はそれに甘えてしまうの。そう……私は変わったわ……)

 

 

 しかしその全てが一瞬で消え失せた。コナンが記憶を失うという最悪の形で。

 自分のキャラじゃないからと強がって、どれだけ涙を流すことを堪えたのか、コナンには分からない。

 

 

(だから、私は構わないわ……そしてあなたが記憶を思い出してくれるまで……いいえ、たとえ思い出さなかったとしても……)

 

 

 平静を装った女の仮面の下で、どれほど切なく痛い思いを彼女が抱いているのか。

 

 

(この程度……蘭さんのツラさに比べればずっとマシだもの……)

 

 

 会いたい時に会えなかった。

 何年も何年もすれ違い、待ちぼうけをし、愛しかった男と永久に会うことができなくなった蘭。

 彼女に比べれば自分はマシだ。

 例え記憶や想いが江戸川コナンの中から消え失せていても、手の届く距離に本人が居るのだ。

 ならば蘭よりマシだ。

 

(そして私はもう……返さない……)

 

 そう心の中で呟きながら、灰原はチラッとコナンの唇を見る。

 これまで付き合いだしてから互いの想いを確かめ合うように重ねてきた唇。

 しかし、実は灰原は「コナンと付き合う前」に一度、コナンとキスをしたことがあった。

 

 キスと言っても、人命救助に近いもの。

 

 かつて、海洋施設・パシフィックブイを巡る黒の組織との戦い。

 

 勇敢に戦い、組織に一矢報いるも、海の中で意識を失ってしまったコナンに、灰原は無我夢中で唇を重ねた。

 

 アレは人命救助。そしてその時のことをコナンは知らないし、灰原も教えていない。

 

 しかし、灰原の中ではアレはキスとして認識していた。

 

 

――私たちキスしちゃったのよ?

 

 

 だが、そのキスも、陸に上がってすぐに蘭に「寝ぼけてキスしてしまった」という形で……

 

 

――ちゃんと返したわよ? あなたの唇

 

 

 と、結局溢れすぎるほどの恋心もその当時は秘めたまま、そして蘭に気遣った。

 だが、今はもう違う。

 

 

「もう、私は返さないわ……」

 

「灰原?」

 

 

 自分は江戸川コナンを愛している。

 そのことをもう秘めることはない。

 そして自分はもう江戸川コナンの恋人であり、誰にも渡さない。

 そこに一切の迷いもない。

 たとえ、記憶が戻らなかったとしても……

 

「なーんてね」

 

 10年前のコナンにも見せたことのある、クスっと笑った強がりの笑みを彼女は見せたのだった。

 

 

「ふーん? まあ、何だかよく分かんねーけど、しっかし国立で試合を見るのはやっぱ楽しみだな。あいつらも一緒か?」

 

「……はっ? ……あいつらって?」

 

 

 クスクスと「なーんてね」なんて返した灰原だったが、コナンの言葉に固まった。「あんた何言ってるの?」というような、呆けた表情だ。

 

「はッ? って……歩美と光彦と元太だよ。あいつらも誘ってんだろ?」

 

 別にコナンはおかしなことを言っていない。

 昔からサッカーにしろ、遊ぶにしろ、キャンプにしろ、彼らとはいつも一緒だった。

 いくら高校生になったとはいえ、この数日を見るかぎり今でもその仲は健在だとコナンも思っている。

 だからサッカーを競技場に見に行くなら彼らも一緒だと思うのが普通だった。

 

 

「……え……な、なんで?」

 

 

 しかし灰原は少し狼狽えた。どうやらコナンの言っていることが良く分かっていないようだ。

 

(えっ? なんで円谷くんたちがそこで出てくるの? あれ? だって……サッカーを見に行くのに……スタジアムデートなのに……え?)

 

 その数秒後、ようやく灰原はコナンの言葉の意味が分かった。

 

(あっ!? そうだったわ! 江戸川君が10年前のままの記憶ということは、今の彼は今回のサッカー観戦を小学生の頃のように皆と一緒にと思っているのね! 確かにあの頃はまだ吉田さんたちに内緒で二人きりで出かけるなんて無かったもの……)

 

 灰原は自分の失態に気づいたのか、額に手を当てて俯いた

 コナンはそんな灰原の様子が珍しく、思わず下から覗き込んだ。

 

 

「お、おい。どうしたんだよ、オメー」

 

「は~……私もこの10年で慣れていたから忘れていたわ。確かに10年前の私とあなたでは、こういう所に二人だけで行くなんてありえなかったかもしれないわね……」

 

「ど、どういうことだよ!」

 

「なんでもないわ。やっぱり早く記憶を思い出しなさいよってことよ」

 

 

 俯いたままの灰原は「やれやれ」と肩を竦めたのだった。

 

 

(っていうか、一応私たちが恋人同士だったことは知っているでしょ!? なら、少しは察しなさいよ! 蘭さんのことのショックで忘れてんじゃないでしょうね?)

 

 

 ちょっとムカついたので、灰原はコナンの足を思いっきり踏みつけたのだった。

 

「まぁ、でも……昔から待たせるのが好きなのよね……新一くんも、コナンくんも……」

 

「っ、は、灰原?」

 

「でも、大丈夫。ちゃんと待っててあげるし……それに、たとえ記憶が戻らなかったとしても――――」

 

 

 そう言いながら、灰原はコナンの手を握る。指を絡めるような恋人繋ぎ。

 コナンは驚き、言葉を失い、顔を真っ赤にして動揺し、そんな反応に新鮮さを感じながら……

 

 

――私はずっと……このままずっと……あなたの傍にいるから……

 

 

 この数年間、当たり前のように思っていた生涯の想いを、改めて灰原は誓った。

 

 

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