(本当にどうしちまったんだよ・・・・・俺・・・・)
学校から飛び出して、いつも使った通学路を通る。
周りの人や車など、10年経ってもあまり変わりは無い様に見えるが、それでもいつもと同じ風景でないことを改めて気づかされる。
(10年・・・本当に経ってるんだな・・・・)
訳の分からないことに得意の推理力も思考も働かない。
こんな現実離れしたことに、頭の中で論理を組み立てることも出来ない。
「・・・へっ・・・・気のせいじゃなくて、ここも古くなりやがって・・・・」
たどり着いたのは毛利探偵事務所。自分がコナンとして暮らしていた家である。年季が入った看板や建物に、少し寂しさを感じながら、事務所のドアを開けると、中から酒臭い匂いが漂ってきた。
「お~~、ヤケにはえ~じゃねえか」
事務所の机に足を乗せて、昼間からビールを飲んで酔っ払っている小五郎が居た。
(はは、おっちゃんは変わらねえな)
少しホッとした。
誰もが変わってしまい、一人だけ取り残された気がしたコナンだが、自分の知っているころと変わらないものがここにあった。
それが昼間から酔っ払っている小五郎というのもおかしな話だが。
しかし・・・・・
「あ~~、さては午後の授業フケて来たわね、ガキンチョ」
やはり変わったんだと実感させられる人物がそこに居た。
(そ、・・・・園子!?)
どこのOLかと思ったが、間違いなかった。10年後の園子が事務所のソファーでくつろいでいた。
(二人とも・・・俺に何の違和感も感じてねえ・・・どうやら俺は居候として10年もここに住んでいるみたいだな・・・・)
ならば自分は何故覚えていない。
(俺本当に記憶喪失にでもなっちまったのか?)
ため息と共に疲れが出てきた。
何もしていないのに、訳の分からないことを考えてばかりで、もう何がなんだか分からない。
コナンは落ち込んでソファーに座り込もうとした。
すると隣に座っている園子が、急にしみじみとした表情で、衝撃の言葉を告げた。
「でも・・・・とうとう蘭も結婚ね・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」
「10年前・・・・新一君が死んじゃった時はどうなるかと思ったけど、新井出先生ならきっと幸せにしてくれるわよね」
俺は・・・園子が何を言っているのか、しばらく理解できなかった。
「し、・・・・新一兄ちゃんが死んだって・・・・・」
「ん~? ああ~~、分かってるわよ。新一君が死んだって公表されてるけど、遺体は見つかってない・・・・ひょっとしたら新一君は何かの事件に巻き込まれて、身を隠しているだけかもしれないって蘭もしばらく思ってたからね・・・・でも、もう10年だからね~、あの大馬鹿推理男が居なくなって・・・・」
足元の床が全て粉々に崩れ落ちていくように感じた。
思わず、自分の体重を足で支えられなくなりそうになった。
何だよそれは・・・・
「な、何だよ・・・それ・・・・」
この10年で一体何があったんだよ・・・・
自分が死んだ? しかしコナンとして今も生活している以上、自分は生きている。ということは、工藤新一は社会的に死んだということになる。
工藤新一が社会的に死んだ。それはどういう経緯だ? ひょっとして組織との戦いで何かがあったのかもしれない。
両親やFBIも関わっているかもしれない。
しかし自分は・・・・
(俺は・・・工藤新一を死んだことにして・・・・コナンとして・・・ずっと待っていてくれた蘭の傍で・・・10年以上騙しながら・・・のうのうと生きていた?)
開いた口がふさがらない。
次に湧き出てくる感情は怒りだ。
コナンは自分自身への怒りで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
(何やってるんだよ俺は! 工藤新一はここに居る! 死んだことになっている? ふざけんな! 俺はこの10年何をしてたんだ!? 自分を待っていてくれるアイツを・・・・真実を話すこともなく・・・何のんきにコナンとして生きてるんだよ、俺は!!)
自分の今の身に起こっている不思議な出来事などどうでもいい。
今の自分は何も分からないでは済まさない。
ただ、たとえこの世界が夢でも幻でも、この世界でそんな生き方をしてきた江戸川コナンという存在に果てしない怒りを覚えた。
「蘭ねーちゃんは!?」
「えっ? ら、蘭なら・・・今日は新一君のお墓に行ったり、思い出の場所へ行くって・・・・・」
全てを園子が言い終わる前にコナンは飛び出した。
自分の墓がどこにあるのかなど知らないが、とにかく蘭のことだけを想って走った。
会ってどうする?
何を言う?
ここまでの経緯は知らないが、10年も工藤新一という呪縛に囚われていた蘭がようやく解放されるかもしれないというのに、会ってどうする気なのだ?
(蘭・・・蘭・・・・蘭! くそっ・・・・ちっくしょォ・・・)
だが、コナンは走った。
新一の姿のまま、ずっと想い続けてきた蘭のことだけを考えながら、走った。
東都タワー、
トロピカルランド、
展望レストラン、
帝丹小学校、
中学校、
高校、
通学路、
ちょっとした出来事があった場所でも、そこに蘭が居たのなら思い出せる限り、コナンはそこへ走った。
そして改めて気づかされる。
自分の思い出は、いつも蘭と一緒に居たのだと。
工藤新一のときも、江戸川コナンになってからも、自分はいつも蘭と共に居た。
そして、蘭の気持ちは痛いほど、そしてうれしくなるほど知っていた。
だからどこか安心していたのかもしれない。
自分は結局気持ちを蘭に伝えていなかった。ただ待っていてくれと言っただけだ。
でも蘭ならそれだけで自分をずっと待っていてくれると自惚れていた。
(はは・・・・最低だな俺・・・自分の気持ちをなかなか伝えず女を振り回すラブコメ野郎か・・・灰原の言う通りじゃねえか・・・)
思いつく限りの思い出の場所を走り回ったが、それでも蘭は見つからない。
自分と蘭の思い出の場所というヒントを貰いながらも、未だに犯人を捕まえられない自分自身の愚かさに自嘲してしまう。
昼間から探し回ったというのに、もう辺りは夕方になっている。
それでも見つからない蘭を諦めきれず、コナンは探し続ける。
するとその時だった。
「ちょっと、こんなところで何やってるのよ?」
背後から、高校の制服姿のままスーパーの買い物袋を提げている灰原が居た。
「・・・・なんだ・・・・灰原か・・・・」
「ん? 何よ、私で悪かったわね」
「いや・・・別に・・・・」
コナンの言葉に、目に見えるほど眉を吊り上げて灰原は睨んでくる。
しかし、今のコナンはそれにうろたえる事も、反応することもない。
その様子と、そして昼間の出来事から灰原もコナンから何かを感じ取った。
「ちょっと・・・ほんとに何かあったの? あなた、少し様子が変よ?」
灰原が心配そうにコナンを下から覗いてくる。間近で見る成長した宮野志保の姿の彼女から漂う空気や香りは初めて感じるものだった。
本来ならここで顔を赤らめて背けるのだが、事態が事態なだけにコナンは直ぐにプイッと顔を横にする。
「なんでもねーよ」
その言葉がまた癇に障ったのか、「あっそう」という感じで灰原が離れて再び睨む。
「それよりみんな心配してたわよ? 午後の授業もサボるし、お昼も食べてないんでしょ? 最近ちゃんと食事してないわね? それに顔色も悪いわよ? 何か嫌なことでもあったのかしら? 相談事なら乗るわよ?」
「お、お前は俺の母さんか!?」
「母さん? 何言っているの? ・・・・・・パートナーでしょ?」
灰原は昔と変わらず冷静な口調で、しかしどこか丸くなったかのような暖かさを感じた。
この10年で何があったかは知らない。
しかし、彼女ですら少しずつ変わっている。それほど10年という年月は長いのである。
(パ、パートナー? ああ・・・相棒か・・・そういえば、そんなこと言ったことあったな。何だよ、俺と蘭の関係は変わっても、こいつとは何だかんだで相棒関係で続いてんだな・・・・)
思わず苦笑してしまった。
「・・・オメーもちょっと変わったな・・・」
「えっ? な、何よ・・・急に」
「いーや、別に」
それが何となく寂しかったのかもしれない。
回りも探偵団も、姿かたちは変わってしまった。
灰原もそうだった。
素直ではなく、いつもネガティブ思考で暗いことばかりのひねくれ者だった彼女の言葉から、何か暖かさを感じ取った。
「・・・そんなの・・・・・・・あなたのお陰よ・・・」
「ん? 顔赤いぞ?」
「な、何でもないわ! 夕日の所為よ!」
そして顔を赤らめて灰原はソッポ向いてしまった。だが、少し間をおいてからもう一度コナンに向き直った。
「・・・ね、ねえ、・・・・その、最近夜はあまりロクな物食べてないんでしょ?」
「ん?」
「せっかくだし夕飯に招待するわよ? 最近蘭さんが忙しくて夕飯が大変って言ってたでしょ? だ・・・だから・・・その・・・今日は博士も学会で居ないし・・・久しぶりに・・・・その・・・分かるでしょ? これ以上、女の口から言わせないで・・・・」
「蘭!?」
「え、えっ?」
そこでコナンはようやく思い出した。
灰原が顔を赤らめて何かゴニョゴニョ言っているが、そんなことを気にしている場合ではない。
「そうだ、蘭だ! 蘭が・・・蘭がどこに居るか知らないか!?」
「えっ? し・・・・知らないわよ・・・・」
小さく「クソッ」と舌打ちをして再び駆け出そうとするコナン。
そう、こんなことをしている場合ではないのである。
コナンは一刻も早く蘭の元へと行きたかった。
だが、途端に腕を掴まれた。
「えっ?」
灰原は何か不安そうな瞳で、慌ててコナンの腕を捕まえていた。
「ちょっと待ちなさい!」
「な、なんだよ? 今急いでるんだよ。話なら後で・・・・」
「蘭さんに・・・・何かあったの?」
恐る恐る尋ねる灰原。
こんな表情は、コナンでも初めて見た。まるで捨てられた子犬のように弱弱しい瞳だ。
「それは・・・・いや、別に何もねーんだが・・・その・・・あいつにどうしても・・・会わなくちゃいけないんだ・・・」
「えっ、そう・・・なの? ・・・・・でも・・・まるで・・・今のあなた・・・・」
この時、灰原は何かを思い出した。
今のコナンの瞳を何度も何度も見たことがある。
危機に陥った蘭を救うために、命を顧みずに何度だって危険に飛び込んでいったとき、蘭の名を叫んでいた時と同じ顔だ。
「ッ!?」
その表情が、10年後の灰原にとっては不安で溜まらなかった。
「ねえ・・・・・それって今日じゃなくてもいいでしょ?」
「は・・・はあ?」
「今日は家に来て。特別にご馳走してあげるわ」
「は? い、いいよ・・・今急いでるから、また今度・・・「ダメ!!」・・・は、灰原?」
「・・・お願い・・・・今日は・・・・・」
灰原の掴む腕に、より一層力が込められているのを感じる。
まるで絶対に自分を逃がさないかのように感じる。すがる様な瞳でコナンを見つめていた。
「今のあなた・・・・江戸川君じゃない・・・・工藤新一の顔をしているわ・・・・」
「へっ?」
「ねえ・・・何があったの? 何でいまさら・・・・」
「何だよ・・・・ワリーのかよ?」
「えっ?」
「俺は俺だ! 小さくてもデカくても、名前が変わっても・・・・俺は探偵だぜ? 犯人追跡止められるかよ!」
「ちょっ・・・江戸川君!?」
「ワリーけど灰原! お前が俺に何を求めてるかはワカらねえけど、今は時効寸前の事件を追いかけてるんだ! いや・・・もう時効かも知れねえ・・・でも俺は、その犯人(ホシ)をどうしても捕まえにいかなくちゃいけねーんだよ!」
コナンは灰原の腕を振り払って走り出した。
「ちょ、ま・・・待って!!」
走り去りながら手だけを振って、呆然と立ち尽くす灰原をその場に置いていった。
「・・・・江戸川君・・・・」
彼女は「工藤君」とは言わなかった。
それがこの10年間の変化だ。彼女にとっても彼は工藤新一ではなく江戸川コナンなのである。
しかし、たった今走り去ったメガネを掛けた工藤新一の姿に戸惑いながら、彼女はしばらくその場で立ち尽くしていた。