真剣で私に振り向きなさい!   作:賢者神

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10 見えぬ亀裂

 

 

 

 

 

『一言だけ。あの子、明るく振舞ってはいるけど――誰よりも泣き虫で、辛い事を内に隠す子なのよ。二週間前にあの子を見つけた時、路地裏でずっと泣いていたわ』

 

 

「ん? どったのモモちゃん。俺の顔に何か付いてる?」

 

「……何でも無い」

 

 

 紅茶の入ったティーカップを片手に、ただジッと足を組んで優雅に紅茶を飲んでいる宏輝を見つめる百代。先程、少ない時間の間で聞いた二週間前の出来事と行方が知れない理由を聞いた彼女はいつその事を聞こうかと迷っていた。

 百代がマダム、老婆から聞いた話の内容は路地裏で泣いていたという話。たまたま猫の声を聞いた老婆がそこに行ってみれば、涙を流したまま寝ている所だった。まだ寒い環境だったので、わざわざタクシーを使ってまで自宅に運び、話を聞いている間に仲良くなったと老婆は話している。だが、これは偽りの話である。これに気付くのは大分先の話になる。

 

 

「そんなに固くならないでよ。聞いたんでしょ? マダムから二週間前の話」

 

「……何の事だ?」

 

「隠さなくてもいいよ。その様子を見ればわかる。お人好しのマダムだったら話すだろうって思っていたしね」

 

 

 淡々と言葉にする。そんな宏輝に百代は訝しげに顔を歪める。まだ短い付き合いではあるが、またわかった事がある。普通に考えればわかる事なのだが、天井宏輝という人物の勘は鋭い、鋭すぎる気がすると百代は思う。彼からすれば、現在の状況と百代の様子と少し把握している人間の性格を考えればすぐにわかる事なのだが。それでもその推理力は異常だと感じるであろう。

 

 

「多分、マダムの話した内容は大体合っているよ。そんな経緯があってここで世話になっているんだ」

 

「泣いていたのは本当なのか?」

 

「泣いていない。と誤魔化すところだけどここは泣いていたって言わせてもらうよ。義理とはいえ、両親に捨てられたんだもの。誰でもなくと思うよ。親孝行者ならね」

 

「何で私に相談してくれなかった? 急に逃げて何も言わずに一人で抱え込んで」

 

「モモちゃん。今から最低な発言をするけど許してね? ――会って一日だけの人間にそこまで心を許すほど甘くはないよ。俺は。いきなり何でも話すような奴はただの甘ちゃんか馬鹿だよ」

 

 

 バキッと。殴打する音が響き、続くように陶器が割る音がする。件の百代は拳を突き出し、宏輝は百代から顔を背けるように横を向いて口の端から血を流していた。彼女が彼を殴った。発言が許せなかったのか、喋るのをやめさせるためか。どちらにせよ、強い力で殴ったので口の中を切って血を流す事になっている。殴られた宏輝は恨み言の一つも言わず、指で口の端にある血の痕を拭う。

 

 

「私は謝らないぞ」

 

「それでいいよ。許されようとも思っていないから」

 

「捻くれているな」

 

「よく言われる」

 

 

 割れた陶器、ティーカップの破片を拾い集めて袋にまとめる。不機嫌な態度を隠さないまま片付ける宏輝を睨み付ける百代。あーと唸る様子の彼をまるで親の敵を見るかのような目であり、睨まれている本人は凄まじい殺気を込められた視線であるにも関わらずに飄々とした態度を貫いていた。

 飄々としているが、表情の裏は色々と策略を張り巡らしていた。彼女に気付かれないように片付ける間に不機嫌な態度の百代の様子を観察する。

 

 

(激情家か。芯が真っ直ぐで曲がった事が嫌いな人種のようだ――俺の嫌いで最も憧れるタイプだな)

 

「あー、これ高いのに。確か二十万はいってるのに」

 

「!?」

 

「仕方がないなぁ。弁償しないといけないね。マダムのお気に入りだから怒られそうだ」

 

「!?」

 

「経緯を話そう――都合の悪い部分だけは省いて」

 

「わ、私のせいじゃないぞ!」

 

「え。誰もモモちゃんのせいだって言ってないよ? ――ニヤッ」

 

「脅迫紛いはアウトだぞヒロ!」

 

「脅してないよ? ただ普通に話しているだけだよ俺は」

 

 

 と言う宏輝の顔は悪巧みをするような顔をしていた。財布を盗んだ事に対して強く出られない百代は脅迫材料が増える事に戦慄し、先程までの不機嫌な様子が吹き飛んでしまう。普段であればそんな事は無い百代だが、宏輝の雰囲気と話術によって意識が逸れてしまう。人の心にスルッと入り込んで誑かす。奇しくも、それはギャンブラーの最も必要とされる素質であった。人を騙し、人の心を操る。麻雀やポーカー、ギャンブルにおいて最高の才能である。それを天井宏輝という少年は若い年齢で会得しているのだ。彼の異常さが際立つ。

 自称ギャンブル狂いと言うだけあって、自分のポテンシャルは大抵把握している宏輝。できる事とできない事、自分の性格、自分の行動理念、自分の好み等あらゆる事を把握している。自分の持ち味である天運も含め、ギャンブルの勝負どころである手札(カード)のなる武器も知っている事になる。

 

 

(川神百代。大体は把握できたな)

 

「え? 四十七万円? 高いですねコレ」

 

「わ、わわわわわ、私は関係ないからなっ!!」

 

 

 こうして二人の間の僅かな亀裂が生まれ始める。人格の違いと歩んだ人生の経験の違いが小さな勘違いを重ね、大きな勘違いを生むきっかけとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「……風間ファミリー?」

 

「ああ。私の親しい人間の集まりなんだ。紹介しようかと思ってる」

 

「何で? 風間ファミリーとか言うのを聞くと、閉鎖的なグループだろ? 俺みたいな赤の他人が関わっていいの?」

 

「私は中心的なポジションだからな。紹介するだけなら――というか閉鎖的ってどういう事だ?」

 

 

 高級ティーカップ破壊事件。暫くして帰ると言った百代を見送るために宏輝は彼女と一緒に自宅である川神院への道を歩いている途中で二人は会話を交わしていた。パチンコ店で遊んでいた時の服装のままなのでナンパをした男とされた女の関係に見えるだろう。

 

 

「普通だとファミリーだなんて付けない。グループとかナントカ組とか、任侠とか極道でも柴田組とか青田組とか言うでしょ? それと同じで思い入れの深さで無意識に名前を決めるんだ。ファミリー、家族だなんて余程の事だと思うよ俺は」

 

「――」

 

 

 絶句する。今まで自分がいるグループの事をそんな風に言われた事が無かったから。確かに宏輝の言う事は正しくあって間違いでもあるが、可能性の一つとして挙げるとすれば正しい事である。

 

 

「そんな集まりは大体、普通以上に絆が結ばれていて強い武器にもなるけど同時に弱点でもあるんだ。仲間が一人でも欠けると自分を見失う人が一人は必ずいる。いい事だけど、時期を間違えば一気に崩れる事なんてよくある話だよ」

 

「……風間ファミリーはそんな事は起きはしない」

 

「あ。ゴメンゴメン。つい言い過ぎたみたいだね俺。こういう事に関しては口が止まらなくなるタチなんだ」

 

(自分達はいつまでも仲間だなんて言う奴等が一番嫌いだからな)

 

 

 一瞬だけ。本当に一瞬だけだが、百代は宏輝の気が淀むのを感じた。弾かれたように彼を見るが、当の本人は道端を自転車で走っていく小学生の少年を見ていた。挨拶されるのを聞くと、ヒラヒラと手を振って応えていた。浮かべる表情は笑顔、淀んだ気の持ち主とは思えないものである。

 そんな様子を何度も見せる天井宏輝という少年を訝しく思い始める。チグハグに感じる気の質。天運などと言う、普通の人間には無い素質。川神百代にとって一番気になるのが自分よりも強い存在の人生の師と瓜二つであること。悪魔の笑顔、天使の笑顔、二つの顔を持っていると感じているのだ。

 

 

「なぁ、ヒロ……」

 

「へえ。最近じゃそんなのが流行ってるの? 俺、世間知らずだからよくわかんないんだよね。アハハ」

 

「……っていつの間に。凄い集まってるな。私が気付かない間に何があったんだ」

 

 

 少し目を離した隙に宏輝に四人の子供、ランドセルを背負った小学生が群がっていた。世間話のようで、宏輝と小学生の間で話が膨らんでワイワイとなっていた。百代がその現状に気付くと、小学生達が手を振ってその場から立ち去る。じゃあな兄ちゃんと聞こえ、宏輝もまた手を振り返す。

 

 

「――モモちゃん、考え事してたでしょ? 人間って考え事をしている間って殆ど無防備になるんだよ。それが武神(笑)であっても同様」

 

「違うニュアンスに聞こえたのは気のせいか? 子供相手にも人気なんだなホントに」

 

「気のせいでしょ」

 

 

 好きで好かれているわけじゃないと付け加える。グシャグシャと髪の毛を掻いて崩す宏輝は百代に早急の帰宅を促す。そろそろ時刻も夕刻へと変わり始める頃、太陽も沈み始めていた。

 

 

「悪いんだけど今日はその風間ファミリーの面々とは会わないよ。これからマダムの食事会の付き添いがあるんだ」

 

「……居候というか執事じゃないか?」

 

「ポーカーできるから燕尾服を着ろと言われたら着るよ。大きなパーティーらしいからそういった事もするんだってさ――っとと。はいコレ」

 

「何だこれ?」

 

「新しい携帯も契約できたから電話番号。メールアドレスもあるから暇な時に連絡してもいいよ」

 

 

 紙切れを渡す宏輝の手には青く輝くボディの折り畳み式の携帯電話が。それも百代の知る最新型の高性能テレビ付きのものであった。

 

 

「何で持っているかって聞きそうだから言うけど」

 

「何で持っているんだ……ハッ!?」

 

「……ノリが良くてよろしいようで。マダムは身元保証をしてくれただけ。月々の使用料金は自己負担、契約時にも色々と手を回してくれて色々できる仕様。魅力的なのが電話帳の登録数の豊富。ほい」

 

「――!? 多すぎだろ! 何で二週間の間に五十を越えてんだ!」

 

「ホームレスのおっさん、麻雀荘の親父、梅屋の主人――」

 

「わかったわかった! わかったからもういい!」

 

「まあ、後々に役に立つかな?と思える人達とは交流を図って成功しているわけである。なっはっはっは」

 

(や、大和以上に知り合うのが上手いんじゃないか? ヒロの性格も考えれば大和以上かも――!)

 

「にひひひっ。そんなわけだから俺は帰るよ。また明日以降ね」

 

 

 ポンと百代の肩を叩いて立ち去ろうとする宏輝。格好良く立ち去るかと思いきや、百代の高速で伸びてきた腕の手に捉えられる。首を掴まれたのでぐえっと宏輝の口から漏れる。宏輝の進もうとした進路と逆の方向に向かって百代は歩き始める。

 

 

「今日は川神院に泊まるようにとあのマダムさんから言われてる。というわけで行くぞ」

 

「えぇ! 俺、聞いてない!」

 

 

 ズルズルと宏輝は百代に引き摺られながら川神院に向かう事になる。滑稽な姿をしている彼をほんの少しだけ顔を出す太陽が嘲笑っているかのようであり、そのまま辺りが暗闇に包まれ始める――。

 

 

 

 

 

 

 





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