真剣で私に振り向きなさい!   作:賢者神

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11 忠犬少女

 

 

 

 

 

 川神市にて、天井宏輝と会った人物は皆、こう評価する。

 

 

 ―― 今時、珍しい子。礼儀正しい

 

 ―― 馴れ馴れしく感じるけど不思議と嫌では無い。不思議な雰囲気を持っている子

 

 ―― 義理深い子。身分とか関係なく接してくれる優しい子

 

 

 人によっては評価はバラバラだが、誰もが宏輝に好印象を抱いている。川神百代の睨んだ通り、彼の親しみやすい雰囲気と天運というアドバンテージで“最悪な結果を簡単に避けられる”事ができる。初対面の時点で悪印象があったりする事があるが、この件の少年にはそれが無い。まさに天に愛されていると言える選ばれた人間と言っても過言ではないだろう。故に、誰もが幸運あるこの少年を羨むだろう。些細な事で羨ましがるという行動をされる宏輝にとってはその対応を嫌っていた。初めは良かった。ちやほやされる事に喜びを感じていたが、徐々にそれを疎ましく感じるようになった。

 

 

 ―― 俺だって好きでこんな幸運を持っているわけじゃない

 

 

 この認識の違いが亀裂を生むきっかけとなる。自分は冗談で言っているが、言われる人間はたまったものではない。それを繰り返した事で生まれたのが“ギャンブルに狂う天井宏輝”であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、ポチ子ちゃんだっけ?」

 

「違う。川神一子、皆からワン子って言われているわ!」

 

「あ、そうだっけ? ワンコなんて言われているから犬の名前かと思ってた。お手」

 

「わんっ!」

 

「……何この子可愛い」

 

 

 川神市川神院。百代に引き摺られた宏輝は自分よりも背が低い少女と戯れていた。赤い髪の毛を纏めたポニーテールの髪の毛と頭をまるで犬を愛でるように撫でるのを見れば、その少女が気に入った事は一目瞭然である。

 この少女は川神一子。川神百代の義理の妹にあたる少女であり、初めて川神院に訪れた時にはいなかった者である。なので一子側から挨拶をすれば、このような事態になったわけだが。どうやら一子自身を宏輝は気に入ったようで、先程から犬相手に命令する言葉を何度か繰り返しては遊んでおり、ご褒美にわしゃわしゃと撫でたり、自分に用意された茶請けを餌のように与えたりしていた。そんな二人の様子を眺める影が二つ、三つ。

 

 

「……すんごい懐いているな」

 

「……懐いておるの」

 

「……懐いていますネ」

 

 

 川神百代、川神鉄心、川神院の師範代であるルー・イー。彼等三人が戯れている宏輝と一子の様子を眺めていた。宏輝の差し出した右手に一子が左手を乗せ、宏輝に滅茶苦茶に撫でられる。何度か繰り返されるその行為をただ眺めている三人の一人、百代は面白くなさそうであった。ムスッとした顔をし、特に宏輝を睨んでいた。人によっては嫉妬をしているのかと思うだろうが、それは正解である。

 

 

(ヒロめぇ……! ワン子にあんなけしからん事をっ! 私もまだしていないのにっ!)

 

「天井宏輝? 宏輝って呼んでいいかしら?」

 

「いいよ。アダ名はヒロ、姉のモモちゃんからはそう呼ばれている」

 

「じゃあヒロって呼ばせてもらうわ! その代わり、ワン子って呼んでもいいわ!」

 

「元気一杯でよろしい。おすわり」

 

「わんっ!」

 

「マジ可愛い。モモちゃん、変態ジジイ。この子頂戴」

 

 

 真顔で三人に向かってそうほざく宏輝。真顔であっても、目が本気だった。

 

 

「誰がやるかこの変態めっ!!」

 

「代わりに宏輝君がワシの孫にな――冗談じゃモモ」

 

 

 ギロリ。武神の名を持っていた鉄心ですら気圧される殺気を放つ百代に睨まれ、縮こまっていた。その殺気に反応したのは何も鉄心だけではない。義理の妹である一子、ワン子も禍々しいそれに反応して影響を受けてなさそうな宏輝の後ろに隠れ、涙目で震えていた。一見、ケロッとしているように見えるが、宏輝の心の中では冷や汗ダラダラで今にも倒れたいと思っていた。ポーカーフェイスが得意なのがここで仇になってしまう。

 何とも無いように見える。それは百代に大きな勘違いを与えてしまう。

 

 

(ふふふふっ。この様子を見るとやはり只者ではなかったかっ!!)

 

 

 私の殺気を受けて怯えない。 → つまり、私よりも強い。 → キター!

 

 まさに馬鹿と言える思考回路であった。短絡的な考え方により、大きな勘違いをしてしまう百代。今までに受けた印象を考えれば普通の人間であればその結論に至るのは仕方のない事だが。その結論が誤りだと気付くのは川神百代という人物では不可能だ。相当頭がいい人物でなければ察する事もできない。無論、そんな人物であってもバレないように振る舞えるのが天井宏輝という少年ではあるが。

 

 

「ねえ。なんかモモちゃんの目がやばいんだけど」

 

「ワシに聞かれても」

 

「こんな事になったのはお爺ちゃんのせいでしょ!」

 

「天上皇輝の弟子たる者ならこれくらいできるんじゃないの? 上手くできたら褒められ――」

 

「ワシに任せておれ。必ず食い止めてみせよう」

 

 

 ふぉぉぉと叫びながら鉄心は修羅と化した百代に向かう。豊かな髭を揺らしながら百代の意識を刈り取ろうとする鋭い蹴りが鉄心から放たれる。難なく受け止めると、二人は同時に外へ飛び出してしまう。それを見届けると、宏輝は一気に脱力して息を吐く。彼の額には少なくない汗が付着していた。

 

 

「もう勘弁してくれよ。何なんだよあの化け物二匹――」

 

「だ、大丈夫? お姉様も相変わらず怖いわ」

 

「“この世界”の奴等は理不尽だ。何でアニメみたいな事ができるんだ」

 

 

 宏輝はげんなりとしながら僅かに見える外の景色の一部を見る。そこには地面に足を着けずに空中で浮きながら激突を繰り返し、殴ったりと蹴ったりと二次元的なバトルをしているのが見えた。人体から有り得ない音が響いては宏輝の耳に入り、彼は顔を顰める。

 彼の様子を間近で見ている一子は宏輝の言動に違和感を感じられなかった。濃厚な殺気、殺す気を今までよりも大きなそれを受けて解放された事で気が緩んだのだろう。“本音”が口から漏れてしまったのだ。宏輝にしては珍しい事だが、初めて会った一子には見抜けない。寧ろ、現段階では百代でも見抜けないだろう。“この世界”、この言葉の意味をはっきりと理解できる者が何人いるだろうか。

 

 

(しまった。ポロってしまっ――)

 

「アニメみたいって例えばどんなのかしら」

 

(嗚呼、何ていい馬鹿なのだろう。この子は。ますます愛おしくなってきた――)

 

「? 何でまた撫でるの?」

 

「可愛くてつい」

 

 

 心行くまで一子を撫で続け、愛で続ける宏輝であった。バックコーラスは川神鉄心、川神百代。殴り合う二人の声と音が静かな夜に響き渡るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「――世界が違っても月と星の輝きは変わらないって誰かが言ってた気がするよばーちゃん」

 

 

 宏輝は一人、星が瞬く夜天の空を見上げながら呟く。時折、欠伸をしながらも顔を上に向けたまま微動だにしない。そんな彼の顔には憂いがあった。彼はある事を二週間前の日からいつも毎日思っては考えていた。

 天井宏輝は今、自分がいる場所が元の彼が住んで暮らしていた地とは違う土地にいると断定している。断定するきっかけは自分を逮捕した刑事からの連絡、マダムに拾われてから時間をフルに使って調べ上げたこと。世界地図と日本地図、世界の歴史。中学校と高等学校の教育課程で学ぶであろう事を一から調べた。幸い、時間だけはあったので“異なる世界”にいる仮説は真説となってしまう。信じられない真実を知ってからは夜に月を見上げる行為を繰り返していた。

 

 

(異世界、か。ばーちゃん、元気にしてっかな?)

 

 

 彼が思うは自らの祖母。彼がギャンブルにどっぷりとハマるきっかけを作った人物である。宏輝がまだ幼少の頃、遊びと称してポーカーやブラックジャックとアメリカのラスベガスのカジノにあるようなゲームを祖母と遊んでいた。また、金の絡むゲーム全般を教えられたギャンブルの師匠でもある女性である。天運が開花したのは彼女の功績、彼の醸し出す雰囲気も宏輝の祖母の教育の賜物であり、全てに置いて学んだと言っても過言ではない。

 

 

「絶対今までと変わってない気が――」

 

 

 タラリと冷や汗を一つ、額から頬まで流す。自分の知る祖母の素性を考えると、何も変わらないと思っている。年の割には若い声で高笑いをするため、その声が宏輝の頭でリピートされては祖母の姿が浮かび上がる。同時に、体が震え始めて震えを抑えるように自分の体を抱く。あれは悪夢だと宏輝は言えるほど、思い出と共にトラウマとなっている。

 実際に、宏輝は祖母に天運を合わせて現在の状態の全盛期とも言える現状でも祖母に勝利した事は無い。惨敗、全敗、圧倒的敗北。唯一、最強のギャンブラーと他称される天井宏輝が未来永劫、勝てないと思っている女性である。何度も敗北して見返りを与え、何度心が折れただろうかと思う。

 

 

(……ばーちゃん)

 

 

 二つの意味を込めて宏輝は涙を流す。一つはもう会えなくなった悲しみの涙、もう一つは苦労まみれの過去の祖母の思い出に不甲斐なく思った涙である。凍える夜の空で一人、寂しく涙を流す宏輝であった。

 

 

 

 

 

 

 

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