真剣で私に振り向きなさい!   作:賢者神

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17 新たな日常と犠牲者

 

 

 

 

 

 ――川神学園。四月某日。

 

 新学期、新学年が始まって早二週間。初めは慣れていなかった学生も学園生活に慣れ始め、それぞれが各々に自分がやりたい事をして学園生活を楽しんでいた。

 そして、この少年も。天井宏輝もまた、存分に学園生活を堪能していた。

 

 

「俺の勝ち。じゃ、これに判子よろ」

 

「ぬぅ」

 

 

 にひひと笑う宏輝。目の前には唸る老人、川神鉄心。勝敗を決した将棋の盤上を見て思いっきり唸っていた。勝ったのは宏輝、負けたのは鉄心。勝った側である宏輝は指の先で将棋の駒をクルクルと回しており、もう片方の手で文字列が並んだ紙が握られていた。

 

 

「三十戦全勝。約束通りこの新しい部活創設許可の紙に判子頂戴」

 

「仕方がないのう。じゃが、約束だけは守ってもらうぞい宏輝君」

 

「成績をトップで維持する事っしょ? そこも抜かりないぜ。がくちょー」

 

 

 新しい部活。名を“娯楽部”、自分達がやりたいと思った事を気侭にやる宏輝の本性を表した夢の堕落した部活なのである。だが、そんな部活は普通は認められないとばかりに川神学園の殆どの教師が反対をした。当然の反応である。

 が。狡猾な人間である宏輝は言葉を駆使してほぼ全員の教師を言いくるめた。その時の宏輝はまさに新世界の神であったと誰かが語る。全てが無条件とまでは行かず、厳しい条件付きであれば容認される事になったのだ。

 

 

「にしても、大丈夫かの? 編入試験が優秀と言ってもSクラスの子には頭がいい子もおるんじゃよ?」

 

「成績トップ維持なら楽。寧ろ無遅刻無欠席だったら川神学園の事が明日の朝に大ニュースになってたと思うよ。俺の首吊り死体で」

 

「自殺するつもりじゃったんかい。ワシ、学長よ? そんな事を言われても困るんじゃけど」

 

「にひひっ。怠惰がモットーですので」

 

「……完ッ全にギャンブルに明け暮れる駄目人間じゃの……」

 

 

 宏輝に呆れる鉄心。ポンと紙に学長の証である鉄心の名前の判子を押すと、両手(もろて)を上げて喜びを示す宏輝。娯楽部なんて部活が認められるのは比較的自由な校風である川神学園だけであろう。

 こうしてまた一つ、川神学園に新たな伝説が刻まれる――事は無い。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「喜べ! 最強の後ろ盾である学長のお墨付きだぜ! 娯楽部結成だ!」

 

 

 うおおおと喜びを見せる少年達。テンションの高い少年達を置いて、同じクラスである少女達はやれやれと苦笑していた。こういったテンションマックスなクラスは川神学園一年F組、天井宏輝と川神百代が所属しているクラスである。

 娯楽部認可ペーパーを持って裁判の勝訴を告げる人間が如く、Fクラスに飛び込んできた宏輝を迎える迎える迎える。殆どが暴力によるもので、宏輝はボコボコにされていた。

 

 

「おぉ宏輝! 認可されたのか!」

 

「イエス。麻呂は一番苦労したが最強の後ろ盾のジジイは将棋三十戦全勝だったから楽だった。ちなみに顧問はまだ決まっていない」

 

「やっほーう! サボり場確保!」

 

 

 その言葉に飛び上がる名も無きクラスメイト男子。が、絶望に叩き落とす台詞が宏輝の口から放たれる。

 

 

「あ。忘れてたけど入部には成績がとある基準以上を満たしていないと無理だからね。無論、俺は娯楽部部長だから成績はトップ維持の必要があるけど」

 

 

 空気が凍った。確かにピシリと空気に亀裂が走るような音が響いた。笑顔のまま表情が固まって時間が止まっていた。それに構わず、鼻歌を奏でながら宏輝はクラスメイト男子の合間を縫って自分の席に座る。最後列の窓側とベストポジションと言えるか言えない場所であった。

 学長、川神鉄心のお墨付きの判子をもらったその紙を大事そうにクリアファイルに入れると、厳重に机の奥側に仕舞う。

 

 

「――ん? あれ、モモちゃんはどったの?」

 

「百代ちゃん? 何処かに行ったのは見たけど何処に行ったかまではわからないな」

 

 

 クラスメイト女子と会話をし、ふーんと曖昧な答え方をする宏輝。新学年が始まってまだ短い時間しか共に過ごしていないが、宏輝の持ち前の明るさと好かれやすい体質で良好な関係を築けている。男子女子に関係なく人気者である彼はすぐに一年Fクラスの中心人物でリーダー的な存在となっていた。

 頭脳に成績は最低のFクラスでありながら最高のSクラスの中でもトップの成績を持っている。成績等を考えないお気楽なFクラスだからこそ受け入れられているのだ。もし、Sクラスだとどうやって蹴落そうかと考えてお気楽である宏輝にとっては地獄以外の何物でもない最悪の環境であっただろう。

 

 

「あ、天井君。部活の掛け持ちの話はどうする?」

 

「堕落がモットーなので運動系は勘弁。疲れるのは嫌い、面倒なのも嫌である」

 

「……前から思ったけど天井君って完全に駄目人間だよね。将来、駄目亭主になる姿がまざまざと見えるよ」

 

「なっはっはっは。褒め言葉でございます。駄目人間なのは自覚しておりまする。フヒヒ」

 

「笑い方もキモイよ」

 

 

 某新世界の神以上に黒い笑いを見せるが、同時に笑い声も気持ち悪かった。委員長タイプである少女が嫌そうに突っ込みながら宏輝から少し離れる。普通であれば傷付くだろうが、宏輝は色々な意味で図太かった。めげません傷付きません許してあげよう。そして玩具にしてあげようと心の中で思う彼であった。何という外道だろうか。

 

 

「あ。それでだけど前の時間のノート」

 

「サンクス。放課後にスイーツを奢って差し上げようお嬢さん」

 

「もう。遊んでそうに見えないのに遊んでいるような言い方をするね」

 

「惚れた? 惚れちゃった?」

 

「……少し」

 

「……その反応は予想していなかった。間違いなく君はギャルゲのチョロインポジションですな。おめでとう」

 

 

 委員長タイプの女子の肩をポンポンと叩きながら死刑宣告にも等しい事を言われた彼女は心を折られる。毒舌でもある少年に高校生に成りたての乙女の乙女心は折られるのであった。

 一般の同年代よりも大人と付き合う機会が多い彼からしてみればこの毒舌は学んだものでもある。童顔だからか、ある一定の年齢以上のお姉様方に人気であるため大人の黒い部分も学んでいる。特にキャバクラで。未成年のくせに飲酒もしている問題児まっしぐらな少年なのだ。

 

 

「取り敢えずありがと矢場。すぐに写すから返すわ」

 

「本当に乙女心をわかっているのかわかっていないのかわかんないよね」

 

「おちょくってるしね」

 

「……もういや。何でちょっと可愛いかもって思った私を殴りたい」

 

 

 天井宏輝。最悪な天邪鬼である。高校生活開始から僅かな時間の間で女性を誑かす少年であった。

 

 

「ヒーロー。授業サボってあーそーぼー」

 

「モモちゃんはアホだから勉強しなきゃね」

 

 

 が、彼の天敵で親友である川神百代には頭が上がらない。馬鹿にしては殴られるというのが日常であり、Fクラス名物である。殴られ、気絶した宏輝はそのまま保健室直行であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「ねえお腹が痛いんだけどモモちゃん。ねえねえ」

 

「食中毒だろ。食べ物には気を使わないといけないんじゃないか?」

 

「ねえねえ。最後の記憶が正しかったらモモちゃんが俺の腹をぶん殴ったような?」

 

「夢だ」

 

 

 時間は変わって放課後。仲の良い友人同士である宏輝と百代は共に帰っていた。宏輝が自分の家、マダムから借りている部屋から通う際に使っている自転車を操って漕いでおり、百代はその後ろに乗っている。二人乗りは厳禁なのだが、見つからなければいいという考えを両方が持っているのでやめようとはしなかった。

 

 

「やっぱりこういうのもいいな。今までは歩いていたりしたけどこうして誰かの後ろに乗るのも新鮮な感覚だ」

 

「そりゃ、今までモモちゃんが女の子扱いされていなかったからでしょ。言い方が悪いけど無敵なモモちゃんだから気遣われる事もなかったんでしょ? だからこんな風に接されて新鮮だって感じているんだと思うよ。やっぱ女の子なんだよモモちゃん」

 

「なんだとコラ。今まで私を女の子と見てなかったてのかアアン?」

 

「いやいや――やめて! 運転中なんだから転ぶでしょ!」

 

 

 前を見て運転する宏輝の首を絞めるように抱き着く百代。宏輝からすれば女の子として見ていないと言われて怒っているのだと思っているようだが百代自身は違う事を思っていた。

 確かに百代は世界に名を轟かせる最強の武士(もののふ)であり、祖父の武神の称号を受け継いでいる。故に、その実力は誰もが知っており、誰も彼女が危険な目に遭わないと無意識に思っている者が多い。だが、百代もまだ高校生になったばかり。其処ら辺にいる普通の女子高生と変わらぬ恋する乙女、少女である。よって宏輝の説明の言葉に少なからずの影響を受けており、内心ドキドキしているのだ。純粋に一人の少女として見ているような発言に照れており、照れ隠しに宏輝の首を絞めているのだ。

 

 

(な、なんだ。ヒロってこんな事を考えていたのか? 私が一人の女の、子……)

 

 

 片手で自転車を操りながら百代の手をパシパシと叩いている宏輝。少しヨロヨロとしているので結構危険なのだろう。離してと宏輝の言葉が百代の耳に入るが、先程の宏輝の言葉で動揺しているので聞こえていない。背中に感じる柔らかい感触はご馳走様ですと言わんばかりだが、事故を起こす危険が消えていないので焦る。

 

 

「も、モモちゃんモモちゃんお願いだから離して! 事故る事故る!」

 

 

 叩いても反応が無いので直接言おうと後ろを見た。いや、“見てしまった”。前方不注意によって、ある意味宏輝の天運であるラッキースケベがまたもや発動する事になる。

 道端の大きな石に車輪が引っ掛かり、自転車が空を舞う。アッーーと宏輝の情けない声がスローモーションで聞こえ、百代は持ち前の運動神経と染み付いた反射運動によって放り出された空中で体勢を直し、優雅に着地をする。空中を舞う宏輝を助けようと振り返るが、自転車が目の前にあったためにほぼ無意識に蹴り飛ばしてしまう。数瞬遅れて宏輝を助けようとするが――。

 

 

「ど、どうも」

 

「あ、ああ」

 

 

 百代は固まる。助けようと思っていた少年が百代の知り合いと抱き合いながらあたかもキスをするような至近距離で話していたのだから。宏輝の手は知り合いの腰の、臀部の上に置かれており、知り合い――橘天衣は飛んでいた宏輝を受け止めたのだろう。彼の背中に手を回していた。誰が見ても熱いカップルである。それもキスをしそうな。

 そんな光景をまざまざと見せられた百代はプツンとキレる。助走を付け、強力となった飛び蹴りを綺麗に宏輝の頭を蹴り抜くのであった。そんな事をすれば勿論、宏輝は頭を前に動かす事になる・・・そう、橘天衣の胸に顔を埋める事になってしまうのだ。

 

 

「こんのぉぉぉぉ、スケベ野郎がァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「お、男の子に胸に顔を埋められるなんて」

 

 

 まさにカオス。百代は気絶した宏輝に向かって叫び、天衣は自分の胸に顔を埋める宏輝に戸惑いながら赤面するのであった。

 

 ――ラッキースケベモゲロ。

 

 

 

 

 

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