投稿忘れてた。毎週、土曜日に更新するように頑張ります。
何度も言うようですが、内容は期待しないでね?
「キタ! キタキタキタキター!」
テンション高く声を張り上げながら川神の地とは違う空気、蒸し暑い天候に百代は嬉しそうに叫んでいた……その後ろではとんでもない事が起きていたりするが。
「バカンス初日でドクターストップレベルの怪我を負うとは」
「百代! 謝罪の一つ位はしないか!」
「あー、いいですよ。殴られる事は初めてじゃないんで。怪我したのは予想外でしたケド」
テンションの高い百代とは正反対の少し切羽詰った様子の天衣。彼女はバカンスへ来れた最大の貢献者である宏輝を介抱していた。鼻にティッシュを詰め、氷の入った袋を頭に当てて冷やしている。
飛行機でド下手くそな演技をしてキモイと発言した宏輝を百代は殴った。その時に負った怪我が思ったよりも深く、鼻血という怪我になったわけで。鼻だけではなく脳も揺らされて頭にできた瘤も冷やすというバカンスにはあるまじき事態になっている。
「にしても、俺ってとことん幸運だよな……このバカンスのもう一つの大きな目的を達成できるなんて」
彼の視線の先には如何にも外人ですと言わんばかりの容姿の女性。白衣を着ているので殆どの人が医者だと思うだろう女性こそが宏輝の大きな目的の一つ。今、彼を治療しているのも彼女であり今いる場所も彼女の診療所だ。
白衣を着た女性は英語を流暢に話す。日本語が主流の日本ではない外国なので当然といえば当然だが知らないフリをしている百代は何を話しているかサッパリであった。対する話しかけられている相手である宏輝は頷きながら女性の言葉を聞いており、英語を理解しているような素振りを見せる。
「あー、暫く冷やすようにですって。後、ここに来た事はマダムから聞いているからようこそとも言ってますね。何か今から血を抜かれるみたいです」
「採血、か? 何故?」
「や。最近俺が弱っているのを調べる為です。マダムが心配してくれてさっきの先生に相談してくれたんです。結構有名な名医で色々な治療とか経験して知識もトップクラスらしいです。その人なら原因がわかるんじゃないかって」
「そ、そうだったのか。それよりも宏輝君。その事は初耳なのだが?」
「あー、はい。あんまり心配もさせたくなかったんで黙ってました。すんません」
天衣に謝る宏輝。彼が少しずつ体が弱っているのを知っているのは百代と住居を提供してくれているマダムのみ。知らなくても仕方がないのだが、弱っているという兆しは見られていたので気付こうと思えば気付けたのだが会える回数が少なかった天衣には時間が足りなかったようだ。
川神学園に在籍している彼は休みこそサボりをする事が多いが最近は大好きな賭博、ギャンブル関連に出掛けたりはせずに家で自堕落な生活を送っていたりする。マダムとチェスをしたり拾った黒猫と昼寝をしたりと、うつ病患者のような毎日を過ごしていたのだ。
流石にそれはまずいと思った住む場所を提供しているマダムは昔のコネで名医と賞賛されている友人に助けを求めたのだ。現在、住んでいる場所が彼等のいるバカンスの地。息抜きにもなればとよく家を尋ねる百代を誘い、ボディガードに天衣を雇ったのが今回の経緯だ。息抜きと診療、それがバカンスの目的。診療結果が出るまでは心ゆくまで遊ぶだけだ。
「……あ、あー。イエス?」
「何かあったのかい?」
「ぶっちゃけまだ英語はマスターしてないけど何が言いたいかは理解できた気がする。俺、血以外にレントゲンとかも撮るらしいからもう少し時間が必要になるんだって。だから先に二人は遊んどく?」
「遊ぶ!」
「だが宏輝君は?」
「今日は遊ばないと思いますね。絶対安静とは言われてないけど飛行機の中でえらい疲れましたし」
俺ってこんなに虚弱体質だっけ? と首を捻りながら考える宏輝。心当たりはあるのだがそれが果たして本当なのかはまだ確信を得ない上、他人に話しても理解してもらえるかどうかの前提がクリアできるのかもわからないのだ。なので口を閉ざす事しかできない。
真面目な雰囲気で話す宏輝の真反対、海コールを繰り返す百代。完全に空気の読めないアホの子に成り下がっている彼女だがあの名言(迷言)を教えたのがまずかったと今になって後悔する。
「遊んでもいいけどモモちゃん、英語わかんの? 観光案内所なら日本語で通訳してくれる人がいるかもだけどビーチとかは観光客がいても助けてもらえるかどうかはわかんないよ? それでもいいならどうぞ?」
「橘さんが英語はできるだろう」
「すまん。簡単な会話はできるが日常会話までは無理だ」
「俺はこれだからね。英語がわからなくて八つ当たりして捕まる事はやめてよ。絶対に迎えに行かないし保釈金も払わないからね」
「……大人しくしてる」
ショボンとする百代。流石に言葉もわからない場所で川神の地と同じように動こうとは思わなかったのだろう。英語は話せない、心強い通訳もできる宏輝は診察から診療へ、年上で先輩四天王の天衣は心許ない。心が折れるのは普通だった。
先程までのハイテンションは何処へやら。楽しみを奪われた子供のように沈む百代は遠くに見えるビーチを見詰めていた。誰でも可哀想、と思うだろうが付き合いがある宏輝はその楽しみが何を意味するかわかる。否、嫌でもわかってしまう。
「どうせ金髪の水着ギャルとお近付きになりたいだけでしょ」
「それ以外に何がある!?」
血涙を流さん勢いで掴みかかる。そんな彼女を冷めた目で見る宏輝。やはりという気持ちと百合趣味は受け付けないよな、やっぱ。と心の中で思う。
「噂だと同級生の可愛い子、モモちゃんが性的に食ったらしいですよ。橘さんも毒牙にかからないように注意した方がいいです」
「百代……」
「ち、違うからな! ちょっと遊んだりはするけどそんな事はしてない!」
「と言うモモちゃんですが実際に証言した人によればおっぱいは普通に揉むそうです。女同士だからいいだろうと完全にセクハラですがどう思われますか。酷い時はケツタッチまでするそうで」
「付き合いを考えるぞ百代」
が、言い返せない。何故なら全てが本当の事だから。人たらし、人との付き合いが上手で面識をほぼ学園全体、川神市の住人達と持つ彼はあらゆる情報を持っている。しょうもない与太話、どこから生じたかもわからない噂話、本当かどうかもわからない都市伝説。違う世界から来た天井宏輝にとっては情報が命だ。例え、嘘みたいな話でも少しでも情報を欲している。
繋ぎ合わせ。パズルのピースを組み合わせて絵を完成させるように膨大な噂や情報を必要最低限引き出して組み合わせる事で生まれるのは一つの真実という絵。昔から、川神に来る前から得意だった彼は人たらしの才能を活用しているのだ。
川神百代のレズ疑惑もそうした事で推理し、得たものというわけだ。情報さえあれば間違いなく答えを導ける。宛ら、稀代の名探偵のように。
「ちなみにですがセクハラ+えっちは彼氏(仮)の俺に宣戦布告する時に偶然、相手の方から言われました。百代様は渡さない! ってストレートに言われてあれほど驚いて笑いを堪える事はないと思います」
「違う違う違う!」
「大体が真実なわけですが、そこのところどう思います?」
「男の子的に言えば尻が痒くなる現象が起きているな」
「つまりは掘られそうだと。キモイってさ、モモちゃん」
「何で二人で虐めるんだ!?」
「今までの仕返しだ」
「ジジイからの依頼で調教して前の状態に戻す過程の一つ」
橘天衣からすれば過去に未熟な百代に完膚無きまでに完敗した事を少なからず根に持ち、天井宏輝からすれば自分の過ちを正す為に人格矯正を行おうとしていること。天運不運コンビの二人は百代をいじる名目で目的が一致し、ここぞとばかりにこの地でいびりにいびりまくっている。
元々、マスター側の性癖を持つ彼女はスレイヴという立場に陥る事に慣れていない。自分以上の被虐志向である宏輝が本気を出せば百代の心を容易く折る事はできる。だけどそれはしない。ストレートに言えば彼女と仲良くなる事で生まれるメリットとデメリット、メリットの方に大きく傾くので気に入らない者の心をへし折った時のように彼女と付き合おうとは思っていないのだ。
狡猾。もっと悪い言い方をすれば天井宏輝は川神百代を利用している。彼女の純粋な気持ちを弄ぶかの如く、虎の威を借る狐のように彼女の持つ力をアテにしている。それに対する見返りに彼女が離れないように賄賂を贈る徹底ぶり。もし百代がそれを知れば宏輝との付き合いをどう考えるだろうか。あくまでも仮説であって真実かどうかはわからない。物事の見方によってはそう捉えられる。
二人に容赦のないツッコミを受け、涙目になる百代。天衣までもが参加したのは飛行機内で宏輝に怪我をさせて見て見ぬフリをしている事に怒っているので自業自得と言えばそうなのだが。
キモイ発言をしたのも百代の似合わぬ言動からだし、正直な気持ちを吐露した宏輝が悪いかと問われたら微妙だが割合で言えば百代に大きく傾く。ほんの少し、宏輝が悪いとも言えるが調子に乗った結果がこれであるので殆どは百代が悪いと落ち着く。
「ヒロー、慰めてくれよー」
「甘えるな百代。甘えるのならまず宏輝君に謝らないか。出血までさせる怪我を負わせてお咎めなしとはいかないのだぞ。事の次第では鉄心殿からお前の気を封じる対応もしなければならない」
「う、うぅ。ご、ご、ご……」
「ゴマ団子が食べたいの?」
「ご……ごめんなさい」
「はい、よくできました。ご褒美にナデナデしてあげよう。キャバクラのお姉さん相手に鍛えたナデテクニックに酔いしれるのだ。ちなみに効果は猫のみ有効。ワン子にもしたけどだいしゅきホールドされて死ぬ思いをしたから人間相手には使いたくないんだけど」
「ならやらなくてもいいだろう、宏輝君。真面目な話をしているのにふざけるのはやめてもらえないかな?」
調教プロセス、第一段階。心をへし折って自分のアイデンティティを崩す。第二段階、飴と鞭による絶妙な使い分けによる依存症を高め、自分へ好意を向けさせてアイデンティティにアイデンティティを組み込む。第三段階、知識と知恵を自分の思い通りに刷り込む。
あらゆる人と付き合いのある宏輝。調教プロセスという普通は使い道のない事を教えたのは彼の祖母。将来役に立つ、と言われて半信半疑で教わったがまさかここで出番が生まれるとはと宏輝は思う。未来を見据えているかのように知恵を授けた祖母に改めて畏怖を抱くのであった。
「お、おぉぉ。こそばゆいけど何かポカポカするぞ」
「って、効果絶大じゃないか。宏輝君、動物園の飼育員にも向いているんじゃないかい?」
「アルバイトしました。もう二度とやりたくありません」
「そ、そうか。大変な目に遭ったようだな。もう聞かない事にするよ」
「そうしてくれると嬉しいです」
祖母に勧められ、年上の友人に誘われ。一度だけ一日動物園飼育員を体験したが悲惨な事になったのを彼はハッキリと覚えている。動物側からすればじゃれているのだが、猿には誘拐され、ライオンには頭を甘噛みされ、ゴリラには天に放り投げられ、あらゆる動物園の動物が人間の少年にとって致命傷になるじゃれ方をされた経緯がある。今は消えた小さな古傷の一部はそれに当たる。
撫でテクニックが昇華すればそれは伝説のオタクが何よりも求めるナデポに進化する。今の彼はそれに入るテクニックを身に付けているのだ。響きはエロいがとにかく凄いのである。
「で、どうする? 待つ? 先にホテルへ行く?」
「チェックインは私で大丈夫なのか」
「一応。マダムが保護者として橘さんを選んだそうで。ホテルの支配人にも連絡をしているそうなので英語とかは必要ないですよ。日本語を話せるスタッフもいるそうなんで。明日と豪華な夕飯に備えて飛行機の疲れを癒したら? モモちゃん」
「部屋はどうなんだ?」
「前にパンフレット見せたでしょ。言っておくけど部屋は別々。フロアは一緒だけど男性女性で分かれるから……そんな不満そうな顔しないでよ。最近、モモちゃんに貞操奪われそうで怖いんだからさ」
「百代……」
「違うって! そんな誤解を招くような言い方をするなヒロ!」
「にひひ。飛行機での仕返しと思って」
会話の締めくくりのように宏輝は見慣れた人懐っこい笑顔を浮かべて笑うのだった。女性陣、百代と天衣は診療のまだ残る宏輝を置いて先にホテルにチェックインする事になった。
そして、残った宏輝といえば。
「あ、あ、あー」
明らかに慣れてませんよと言わんばかりに早口に発音する女医に苦戦するのだった。説明にも時間が必要になり、帰れたのは夜も遅い時であった。先にチェックインした二人が見たのは疲れきった彼の姿であった。
虚弱体質(笑)になりそうな予感。まあ、そうなんだけどね。