「娑婆の空気が旨い。あのクソ野郎を麻雀で丸裸にしてやる」
「犯行予告で留置所にぶち込むぞガキ」
「それならあの川神百代って奴は殺人未遂だぞ殺人未遂。空に投げられてノーバンジー体験とかアンタもしてみる?」
「そいつぁ、ゴメンだな」
「あ。今度来る時はカツ丼か牛丼を奢ってよ。刑事ドラマのあれ、憧れているんだ」
「自腹なら可。経費で落ちないのが現実だ……ほら。釈放なんだからさっさと帰れ」
シッシッと煙草を咥える強面の頭の寂しい刑事。無事、公然猥褻罪の容疑が晴れた少年は釈放された。目撃証言、少年側が川神百代に公然猥褻罪に値する行為はやっていないと証明された。寧ろ、川神百代が少年の服を剥く姿を見られ、通報されていた。通報を受けた小さな警察署では川神百代=痴女の方程式が成り立ちつつある。
釈放された少年はこれ幸いと乾かされていた制服のポケットから消えた財布と携帯電話の行方の調査も頼んでいた。今の状況を考えると、盗んだのは自然と限られる。警察にその犯人がいないとなれば百代が盗ったと考えるべきであろう。某子供探偵や某名探偵の孫でなくても導ける答えだ。
身分証明をしろと警察に言われたが、財布にあると言ったので行方が判明してからの記入という事で落ち着いた。通信手段として使い捨ての携帯電話を借りる事になり、僅かな金も受け取る。実家に連絡が繋がらないために設けた緊急措置である。そう、あくまでも当分の生活費に使わせるための金である。
(ニヒヒヒッ。タダで借りられて利子が無いのなら倍以上にしよう――)
馬鹿。阿呆。ギャンブル狂い。大馬鹿。今の少年を言い表す言葉。
警察署から離れると、茶色の封筒の中身の金をペラペラと数える少年の姿が。浮かべる表情はゲヘヘと笑う中年男性そのものであった。気分良く歩きながら道行く人に目的地の場所を聞いて回っていた。質問内容は賭博関係の金が稼げる場所は何処かである。麻雀荘、競馬場、競艇場、否認違法賭博場。金が一気に稼げる場所を求め、徘徊していた。
無謀だと誰かが言うだろう。けれど、少年はそれを気にしていない。命を賭けた賭博、ギャンブルは彼の生きがいと言えるものになっているほど、重度のギャンブル狂いであった。既に都市伝説レベルの大金を狙ったギャンブルを一度、体験している。
「――麻雀荘ならそこにあるよ。詳しい事はわからないからそこの人に聞いてみたら?」
「まいどっ。教えてくれてありがと!」
「ああ、気を付けた方がいいよ。親不孝通りの連中がたむろしている場所だから」
「……親不孝通り? 何その非行少年少女がいそうな場所の名前。ちょっと興味があるんだけど」
「ん? 知らないという事は余所から来たのかい? 簡単に言うと、犯罪者とか犯罪者予備軍がたくさんいる場所さ」
とある男性。道行く人間の一人である男性に道を尋ね、目的の場所を見つけた。その際に男性から親不孝通りという場所の事を聞く。また自分の知らない地名に興味津々で聞き入っている。
犯罪者、犯罪者予備軍のいる場所。となれば賭博もかなり充実しているのでは? 少年の頭に危険極まりない方程式が成立してしまった。男性は少年を気遣うように言っているが、それは逆効果、少年の心とギャンブルに対する闘争心を燃やしてしまった。
「だからあんまり調子に乗るような事をしたら――あれ?」
注意を促すように男性は続けるが、少年のいた場所にはもう少年はいない。疑問を持ちながら少年を探すと、信じられない光景が男性の目に入る。普通は叫ぶだろうに男性は叫ばない。それは褒めてもいいだろう。
真剣に注意をしていたのに少年はその話を聞いていなかったのか、一直線にその麻雀荘に走って入ろうとしていた。走る背中を見れば、嬉しそうな感情が伝わってくる。実際に少年のテンションは頂点にまで達しており、気分がハイになっている。まるで投げられたフリスビーを追い掛ける犬のようであった。
その様子を見た男性が止めようと手を伸ばし、声を出そうとする。しかし、それよりも早くその麻雀荘に勢い良くドアを開いて少年は麻雀荘の中に入って行ってしまった。
唖然とする男性。それでも少年にその麻雀荘を教えた事に罪悪感があるのか、優しい性格をしているから心配なのか。仕事をしつつも、その麻雀荘を見つめる男性であった。その間、作る牛丼の味は最低なのは内緒である。
――心配したまま一時間経過。
男性の働く場所、梅屋の店の外から見える麻雀荘から件の少年が上機嫌に出てくる。満面の笑顔でスキップをするのを見れば男性の思う最悪の展開は免れているようで、一安心する。客の注文も無いので男性はその少年に声を掛ける。
「――君!」
「お? 麻雀荘の事を教えてくれた親切な人じゃないか」
「だ、大丈夫なのかい? 狡賢い連中が多いけど麻雀が強いのもたくさんいたはずだろう?」
「ああ、快勝快勝! 儲かった儲かった! 偉そうな奴等を身包み剥いですげー快感だったぜ!」
「…………はい?」
男性は素っ頓狂な声を出す。ニヒヒヒと笑う少年を見れば嘘では無いのは伺える。立って話すのもあれだと男性は店の中に招き入れて話を聞く事にする。飲食店なのを知り、少年は牛丼を注文する。
「私は麻雀の事は詳しく知らないけど勝ったのかい?」
「楽勝。偉そうな割には弱くて期待外れだったけど――あ、現金のやりとりは内緒でお願いします」
「げ、現金を賭けたのかい? ……今、何歳?」
「ピチピチの高校一年生でっっす。サボリ常習、成績は普通、彼女はいませぬ」
「そ、そこまでは聞いてないけど……何というかマイペースだね君。はい、注文のとろろ牛丼」
二人の間に世間話が行き交い、その合間に一手を入れるように少年の注文した品が運ばれる。白いとろろが掛けられた珍しい牛丼に目を見開いて涎を垂らす少年に、男性は何故だか和んだ。まるで大きな良い意味での子供のようだと思っていた。
美味しそうに食べ始める少年。警察に逮捕され、口にしたのは水と茶に饅頭のみ。気絶した時間が長いのもあり、空腹感が酷いのもあったりする。ギャンブルの高揚感で空腹は誤魔化していたようだが、それも終わって一気に空腹が襲ったのだ。
「とろろって牛丼に意外と合うんだね。新鮮な味でいい感じじゃん。豚丼にとろろもいいけどこっちもいいもんだよ!」
「はは。とろろ好きだなんてあの人にそっくりだね。バイトの釈迦堂さんって人」
「残念。議事堂って名前だったらキャバクラの話のネタになったのに。国会・議事堂、渾名は総理で。結構ウケる気がする」
ブホッと男性は咽せる。不意打ちなのか、内容がくだらなすぎたのか。淡々と話す少年の態度も相まっていそうである。
「ねえねえ。ここって川神市っていうの?」
「え。知らないのかい?」
「うん。気が付いたらこんな場所にいたの。詳しい説明を求める」
「……普通は知っていると思うんだけど」
「固い事は言わないでって」
とろろ牛丼を完食した少年はニヒヒと人懐っこい笑顔を見せる。初めは渋る男性だったが、少し位ならばいいだろうと話す事にした。自分の住む川神市の良い場所も知ってもらおうという企みも裏にあったりするのだが。
仕事も無い、客足も遠のいたので男性はカウンター席に座って少年に川神市についてゆっくりと説明する事にした。ツマミにイカのスルメまで用意する辺り、ノリノリだったりする。お冷、冷水を飲んでいるが、夜であればビールや日本酒で語っていただろう。
川神市の魅力を男性の口から語られ、少年は最初は興味津々に聞いていたがだんだんと明るい表情に陰りを差していく。心なしか顔色も悪くなっており、冷水のコップを持つ手がカタカタと震えていた。
(こ、このおっさんが嘘をついていないと考えればこの話は真実? けど何で知らない事まで話しているんだ。どういう事なの――?)
「大丈夫かい? 疲れたのなら少し休憩しようか?」
「だ、大丈夫。それよりこの天牌って麻雀荘知ってる?」
「うーん。聞いた事が無いね。この近くにあるのかい?」
「や、やっぱいいや。忘れておっさん」
「本当に大丈夫? 手が凄い震えているよ」
天牌。少年がよく通う麻雀荘の名前である。少年の地元では結構有名な場所であり、そこからなら例え知らない土地でも帰る手段があるはずであった。とある事件をきっかけにその天牌は日本中で有名なので知らないはずはないと少年は思っていた。
気丈に振舞う少年だが、男性の言うように手の震えが先程よりも酷くなっており、顔色も青を通り越して真っ白になっていた。
(……知らない土地。どうすりゃいいんだ――!?)
ここで少年は自分の置かれた事態を正確に把握する事になる。未知なる土地、自分の知らない土地、自分の地元の名前を知らないその土地の住人。楽観的ではいられない事をようやく理解するのであった。
修正改訂 13/05/24