『川神百代? ああ、それなら川神鉄心さんのお孫さんだね。たまにここに食べに来る事があるよ。川神院って場所に住んでいるから会いたいのなら訪ねてみれば? 地図も書いてあげるから』
「――でっか」
声を漏らす少年。梅屋の主人である男性に地図を書いてもらい、訪れた場所は川神院と呼ばれる川神市名物。世界に轟く武神のいる場所だと男性から少年は聞いている。同時に、自分の財布を盗んだ最有力容疑者の川神百代がここにいるのだ。混乱していた少年は財布と携帯電話があれば警察に相談できるだろうと踏んで梅屋から場所を移して川神院まで来たのだ。
着いたのはいいが、そのあまりにも大きさの建物に少年は圧倒される。と、同時に見覚えのある構造なのを思い出す。
(川神院って……平間寺かよっ!? 何で名前が変わってんだ!)
少年はその名前をすぐに導き出した。地元にある物だからか、覚えていないと恥ずかしいと思われる事であるが。少年の見上げる川神院のそれは少年のいた場所だと平間寺大山門という名称であり、似ているという点を完全に除いてしまうと“いまいる土地が少年のいた地元の土地”という答えに結びついてしまう。偶然だと決めつけ、少年は再び震え始めた手の指を見ながら川神院内のを探索する事にした。同時に、川神鉄心か川神百代を探そうとする。
震える手を服のポケットに仕舞いこんで何もないように振る舞いながら川神院内を歩く。少し違う場所があるとはいえ、それは少年の知る景色そのものだった。立てた仮説が事実に結べる可能性が高くなると、クラッと眩暈を感じる少年。気分も悪くなり、胃の中をぶちまけそうなり始めるがグッと堪えて人を探す。
「――もし。そこの若者」
「……んんっ。はいはい何でしょう――ぶはっ!」
「人の顔を見て笑うのは失礼なのでは?」
盛大に噴いた。それはもう盛大に。声を掛けてきた主を見て少年は腹を抱えて笑いを堪える。気分が悪いのを誤魔化しているのだが、同時に不意打ちを受けてツボに命中した事もあって大爆笑している。
声を掛けた人間は川神院の門下生の一人なのだが、少年のツボを突いたのは服装もそうだが、何よりがその人物の頭であった。刺青だろう。文字で『エロ坊主』と書かれていた。ウケを狙うにしても狙いすぎである。真面目そうな顔でエロ坊主と書かれると、誰でも噴かずにはいられないだろう。
坊主頭の人物、門下生の男性は不機嫌そうに顔を歪ませる。不機嫌そうだが、何処か諦めたような顔をしている。この反応も慣れているのか、それともいつもそんな反応をされて反応するのにも疲れたのか。ただ、腹を抱えて悶絶する少年を見ていた。
「――はぁ。昔の百代嬢の悪戯がこんな事に――」
「ちょっと待ったエロ坊主さん」
「その言い方はやめていただけませんか。これでも傷つくんですよ」
「今、百代嬢って? それって川神百代のこと?」
「そうですが……挑戦者の方ですか?」
「いえ。俺の財布とケータイを盗んだ泥棒です。殴りたいんで案内してくれませんか?」
「証拠は無いでしょう。言いがかりを付けるのなら警察を呼びますよ」
「本人に聞けばわかるでしょ。というわけで勝手におじゃまします!」
「あっ、待ちなさい!」
門下生の男は中に向かって走り出す少年を追う。いきなり走り出した少年に虚を突かれたのもあって、反応が一寸遅れてしまう。その間にも少年は普通の人間よりも速いスピードで川神院内を爆走し、視界に入る大きな建物に向かっていた。そこが本堂のポジションに値する場所だと推定して少年は一直線に。体調を崩しているのにも関わらず、走る。
吐き気を我慢し、誤魔化す事に神経を集中しているためか、少年は前を向いていながらも“前を向いていなかった”のである大きな誤算を犯す。
「侵入者発見んんんんんんん!!」
「ほげぇっ!?」
隣から飛んでくる人物に気が付かなかったのだ。その結果がこれであると言わんばかりの事が起きてしまった。人物、黒髪の美少女である川神百代が満面の笑顔で爆走する少年を襲う。ギリギリで気付いた少年は命辛々《からがら》、回避に成功してボッとパンチの威力に相応しくない音のするパンチを避けられた。
少年の視線が百代のパンチの先に向くと、パンチの着弾点が手の伸びた場所の先にあるのを見つける。遠い場所の地面なのに抉れているのを見て少年はつつーっと冷や汗を顔に張り付かせて流す。
「チッ。当たれよ」
「危ないだろ! 俺を殺す気――ってお前は!?」
「あん? 私を知って――ダレデスカオマエサマハ?」
「惚けんなクソ野郎! 俺の財布とケータイを返せ泥棒!」
「アッハッハッハ。ワタシガヤッタッテショウコデモアルノカ?」
襲ってきた人物が自分の知っている、自分が探している人物である事を知った少年は百代に掴み掛かる。当の本人、百代は知らぬ存ぜぬで白を切る。だが、冷や汗ダラダラで片言で話す彼女の様子を見れば、嘘だとわかった。
「……凄い金額の金があったろ?」
「二十七万円もあって色々使えた――はっ!?」
「何で金額を知ってんだテメェ! テメェが盗んだのがバレバレじゃねーか! いいから返せ!」
見事な子供騙しに引っ掛かる百代。少年は百代が盗んだ事をはっきりとわかって一気に攻める事にする。一気に捲し立てるように百代をあれよこれよと言葉で責め、財布と携帯電話を出すように要求する。百代は話を逸らそうとするが、怒り狂う少年の前では抵抗は無意味だった。どれだけ嘘を重ねても全てを看破され、どんどん追い詰められていく。
普通であれば、すぐに白状するだろう。しかし、百代にはそれができない理由があった。頑なにそれを隠す理由、それは一つだけだ。
――盗んだ金を使った。もしくは無くなった。考えられるのはその二択のみだ。
(ま、不味い。全部使ったなんて知られたら――!)
「早く返せ! 財布がなきゃ俺は困るんだよ!」
「い、いや。でもほら。財布は他にも買えるだろ? あれである必要が……」
「それ以前に人の物を盗んだだろうが! ……テメェ、まさかとは思うが俺の金を使ったわけじゃないよな?」
「ふぎゅっ」
百代は可愛い呻き声を上げる。自分の隠している事を的確に当てられたので呻いたのが丸分かりである。その反応に少年の尋問が強くなる。口だけだったのが手振り身振りと大きな動きをして半ば脅迫し始める。とはいえ、悪いのは完全に百代なので強く言えないため、正当行為に値するものではあるが。
観念しようかと考え始める百代だが、金を全部使った事を知られたらどうなるか。その前に一般人である少年を空中にぶん投げた事が百代の祖父である川神鉄心に知られればどうなるか? 力の封印と小遣い削減の悪化と下手すれば使った分の金を少年に返すために自分のもらうはずであった小遣いを全て彼に渡す事になるかもしれない。二十七万円もの大金だ。百代の小遣いは一年単位で無くなるだろう。
「金はどうでもいいから財布を返せ。免許証と会員証、学生証があればそれでいいんだぐぶへぇ」
「本当だな? 使っていても怒らないよな? 後でやっぱり返せなんて言わないよな?」
「く、苦じい……!」
少年の発言に百代は少年の首を掴んでガクガクと揺さぶる。見事に極まっているので少年の呼吸ができず、息も絶え絶えに掴み掛かる百代の腕をタップしていた。心なしか、来る前の時の青い表情と同じ顔色であった。
「こりゃモモ。何をしておるか――」
「じ、ジジイ!? 何でも無……ってどうしたんだ?」
そんな風に
「――! 少年、君の名前は? 教えてくれんかの?」
「――! ――!」
その前にこれを何とかして。と指でジェスチャーする少年。青い顔がどんどん真っ白になっているが、興奮している鉄心と鉄心の様子に驚いている百代はそれに気付かない。少年の視界が暗くなり始めると、問い詰める鉄心の声すらも遠くなっていく。気絶するのはゴメンだと少年はタップしている手で文字を書く試みをする。
「ん? ――テンジョウ コウキ?」
「!! やはりお師匠の! 君はお師匠のご家族の!?」
言葉を聞くまでが限界であった。鉄心の強くなった問い詰め方により、少年は何度目になるかの気絶を体験するのであった。
――そして始まる本格的な少年の苦難の日々。将来、必ず口癖である言葉を発する。
『大体川神鉄心のせいだ』
修正改訂 13/05/24