喧しい音が響く。金属と金属の擦れる音があり、BGMが大音量で流れている。煙草の臭いも充満し、大人のみがいれる場所だという印象が強く持てる。
「見つけたぞ」
そんな場所に似つかわしくない人物が現れる。黒髪長髪の少女、川神百代が不機嫌そうな顔を隠さずにパチンコをしているもう一人、似つかわしくない少年を睨んでいた。少年は何も言わず、パチンコ台に向かったまま顔を百代に向けようとしない。ジャラジャラと流れる金属の玉が百代のイライラを倍増させる。
「おい聞いているのか」
呼び掛けるが返事は無い。流れる金属の玉を見逃すまいとガン見したまま百代には一切、見向きもしない。
「――ヒロッ!」
「来たァ!!」
痺れを切らして少年――宏輝に叫んだ百代だが、それ以上の声量で宏輝が大声を出してグンッとパチンコ台に顔を近付けて興奮する。そんな様子に唖然とする百代。しかし、周りのパチンコをしている男性や女性は興味深そうに宏輝のやっているパチンコ台をゾロゾロと見に来る。来い来い来いと声を出しながら操作をしていると――。
「キタァァァァァァ!! 大当たりだ!!」
両手を挙げ、喜びを示す宏輝。ジャラジャラと金属の玉が下の排出口から大量に流れ出るのを見、喜んでいる。無視されていたと思っていた百代はそんな宏輝の態度にポカンとしていたが、全てを理解すると、プルプルと震え始める。あまりのくだらなさに。
ガシッと宏輝の肩を掴むと、ギリギリギリと万力の力で握り潰す勢いで力を入れ始める。その痛みにやっと百代に気付いたのか、パチンコ台のレバーを握った状態で振り返る。喜びの表情から徐々に驚愕、顔を真っ青にし始める宏輝。
「も、モモちゃん?」
「久し振りだなァ。ヒロよォ。あぁん? 無視し続けるなんて酷いじゃないか」
「い、いや。これには事情があって――」
「二週間もか? 高校生がパチンコなんてしていいのか?」
「モモちゃんシーシー!」
慌てて百代の口を塞ぐ。が、その発言は周りの人間に聞かれてしまった。特に聞かれたくないと思っていたパチンコ店の店長にも聞かれてしまい、思いっきり顔を引き攣らせる宏輝。それに合わせ、店長は満面の笑みを浮かべる――。
◆
「モモちゃん空気読んでよ。わざわざ変装してまでパチンコしてたのにさー」
「……制服から私服に変わっていたのはそれが理由か。イメチェンかと思った私が馬鹿だった」
「だってホラ。いつまでも制服でいるわけにはいかないじゃん? 無駄な努力で大人に見せようとしているのに何で俺は童顔なのだろうか」
百代の記憶の中にある宏輝のいつもの笑顔を見せる。苦笑しながら缶コーヒーを片手に飲んで顔を顰める。コトン、と近くの公園の座っているベンチの上に置くと仁王立ちの百代を見上げる。宏輝に奢られたからか、少し機嫌が直った状態で手の缶ジュースを飲んでいた。
パチンコ店で遊んでいた宏輝は未成年である事がバレ、店長に締め出されてしまった。大量の玉は没収され、稼いだ分が無くなった事に肩を落としている宏輝。ここ二週間、百代と鉄心に会ってから姿を眩ませていた彼は百代から見て雰囲気も少し変わっていた。黒い制服から少しお洒落な大人の服装にチェンジしている影響もあるが、まだ立ち直っていないのだろうかと思える節を感じていた。それもそうだ。実の両親に捨てられたも同然の事をされたのだ。二週間程度では立ち直らないだろうと百代は考える。
(まだあの事を気にしているのか?)
「畜生。今日の分の金を稼ごうと思っていたのに……」
「ギャンブルに関してはブレないなヒロ。そんなに中毒かお前は」
「正直、ギャンブルだけで毎日食って生きていける気がする。天運って恐ろしいね」
(……ジジイの言う事を信じればこの発言も可能性の内に入るのか)
宏輝に怪しまれぬよう、百代は観察するような目で見る。
彼女は宏輝が姿を消している間、祖父である鉄心から天井宏輝と天上皇輝の関係、天上皇輝の素性を聞いていた。無論、鉄心が知る天上皇輝の事を殆どを知った事になる。天井宏輝と天上皇輝の容姿が瓜二つ、発言に天上皇輝を匂わせる。それが何より百代は気になって仕方がなかった。
(天眼、天運、天心。どれも天上皇輝が話していたらしいが……天が付いているのってそういう事なのか?)
「――も、モモちゃん? そんなに見られると俺でも恥ずかしいんだけど?」
「何でも無い。それより今は何処にいるんだ? まさか野宿しているわけじゃないよな?」
「仲良くなったマダムの家の一室を借りてる。結構洋風と和風でミックスされていい感じだぜ?」
「……はい?」
その発言に虚を突かれる百代。今、何と言っただろうかこの少年はというのが心情である。改めて見ると、この少年の着ている服は結構高価な物ではないかと思い始める。川神市のとある男性用の高級ファッション専門店に似たような物があったような、とも思ってタラリと冷や汗を流す。目の前の少年の人脈の広げっぷりを油断していた。まさかここまでとは。と戦慄する。
「キャバクラで鍛えたトーク力で仲良くなりました。取り敢えずキャバクラのお姉さんの指導が良かったんだと思う」
「……お前、何歳だ。キャバクラなんて高校生が入れるのか?」
「意外と楽勝。たまたま麻雀で知り合った企業の社長さんと一緒だったら意外と歓迎された」
「羨ましいッ。私もキャバクラで綺麗なお姉さんとお話したいのにッ!」
「――百合趣味か。身の置き方も考えないと」
若干話がズレ始める。宏輝が意図的に話を逸らしたのもあるが、このキャバクラの話題を出してここまで食い付くとは思わなかったのだろう。百代を見る目が一変し、変な目で見るようになっていた。
「……はっ。違う。違うからな? 女の子やお姉さんは好きだけど男の方も好きだからな?」
「“も”? まさかの両刀使いですか……キモッ」
「ちっがあああああうっ!! 何でそんなにドン引きしてるんだ!?」
弁明しても宏輝は百代=両刀使いというイメージを消さなかった。消せなかった。どれだけ百代が弁解しようとも、下位に変換された百代の印象は固定されてしまった。冷たい視線を百代に送る宏輝は逃げるように彼女から離れていき、百代もそれを追い掛けるように付いて行った。
◆
「ただいま帰りました。これ、頼まれた物です」
「ありがとうね。助かるわ」
「居候なんでこの程度ならいつでもやりますよ。あ、こちらは僕の友人である川神百代です。上げてもいいですか?」
「ヒロちゃんのお友達? 構わないわ。お茶でも?」
「お願いします」
場所を移して宏輝の言うマダムから借りた家の一室。空いた口が塞がらないという言葉を体現するもう一人の客人、宏輝の友人である彼女。目の前に聳える高級住宅街の一つの建物、豪邸の前に三人の人物。人の良い印象が持てる老婆、少年の天井宏輝、ポカンとしたままの川神百代。老婆と宏輝は仲良く雑談しており、百代は仲間外れの扱いを受けていた。
スイスイと家の中を歩く宏輝に対し、戸惑ったまま宏輝の後に続く百代。ここまで豪邸の中を歩いた経験が無いため、宏輝の服をちょこんと摘みながら歩く。そんなしおらしい様子にニヤニヤと笑い出す彼。
「ん? こんな場所は初めてか?」
「あ、当たり前だろ! 見た事が無い上に近付いた事が無いんだよ私は! 何で持ち主の人と仲が良いんだヒロはっ!」
「あー、話したら長くなるんだけど――」
困った様子で頭を掻く宏輝。長くなる話をしなければならないのだが、どのように説明をすればいいか迷っているようだ。そんな時、なーと可愛らしい鳴き声が二人の耳に入る。同時に鳴き声がする方を見れば、二週間前に百代が見た事がある黒い毛並みの子猫がててててと宏輝に向かって歩いていた。その後ろからは老婆のマダムが高そうな陶器のティーカップが乗ったトレーを持ち運んでいる。それには宏輝は慌てる。
「ああ、マダム。そんなに用意しなくてもいいですのに」
「折角のお友達ですもの。おもてなしをするのは当然でしょう」
「俺……僕が持ちます。もうお年なのですから重労働はお控えください」
トレーを老婆から取ると、運び始める。黒猫もまた、そんな宏輝に付いて行く。百代もそれに続こうとするが、老婆の手によって止められてしまう。
「ヒロちゃん。少しこの子と話したいから先に行ってもらえる?」
「いいですけど。できるだけ早くしないと折角のおもてなしが冷めてしまいます」
「わかってるわ――少しこっちに来てもらえるかしら。川神百代ちゃん」
「え、あ、ちょっと」
「マダムは優しいから大丈夫だって。すぐに馴染めると思うよ。クロ、おいで」
トントントンと軽い足取りで豪邸の中にある二階に続く階段を登る。百代は老婆に捕まり、どうしようかと迷っていると、老婆に導かれるようにある部屋に案内される。豪邸の外見に似合う広い部屋にタジタジする百代。こちらに座ってと言われ、戸惑いながら百代は手で示された席に座る。
朗らかに笑う老婆。宏輝がマダムと呼ぶ老いた女性と向き合って話す事になるのだが、こういった人間と会話をする事の経験が少ない百代にとっては地獄にも等しいものだった。金持ち、人の良さそうなお婆さん、誰でも普通に接する(と勝手に思っている)宏輝があそこまで畏まって話す相手である。これだけの要因があれば、慄くのは仕方がない事だ。
「突然でごめんなさいね。お友達であるアナタにヒロちゃんについて話しておきたいのよ。このお話は私があの子をここに連れて来た事にも説明ができるわ」
「ヒロ、あ、いや。宏輝の事ですか?」
「固い話し方じゃなくてもいいわ。あの子と話す時と同じ喋り方でいいわよ」
「えっと……」
「こんなお婆ちゃんだと話し辛い?」
「ま、まあ。そ、それより! どうやってヒロと仲良くなったというか交流が持てたのか気になるけど!」
「今から話すわ――そして老い先短いお婆ちゃんのお願いもね」
「――話を聞いた後はあの子とずっと友達でいて欲しいの。ずっとじゃなくても気に掛けるようにして欲しいわ」