京雅異伝より   作:沙樂

2 / 3
「自分の名前が入ってたから」という理由は言いにくかった


第2話 寄書

 

 

 

俺が人生初の失恋をしたその日、

 

傘を差すか迷う程の雨のその日、

 

 

 

屋根のあるスペースのベンチに腰掛けたその少女

 

茶みがかかったショートヘアの少女

 

重たく、冷たい表情を浮かべる少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮永咲はそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第2話 寄書

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の意識がはっきりとしたのは、雨が服を通って肌に滲んだ時だった。

その間、その少女から目が離せなかった。

 

何故かは、頭の奥底で理解していた。

俺と同じだったから。

 

俺が持っている感情と少女の持っている感情。どちらも負の感情。

 

だけど、頭の奥底のもっと奥で感じていたのは深さの違い。

もっと重くて闇をもった、俺の想像の出来ないような経緯での、負の感情。

 

俺は惹かれていた。興味があった。

どうして、せいぜい中学生くらい少女が

そんな感情を持っているのか、そんな表情を浮かべるのかという謎に。

 

俺は自転車を適当な所に立て掛けると、

公園のベンチの方へと歩いていた。

少女が座っている、そのベンチへ。

 

段々近付いて行くうちに、----俺は何をしようとしているんだ?

と冷静に考えたが、俺の足は止まらなかった。

その少女を放っておくにはか弱く、儚い。

そう、思ったから。

 

 

 

少女の顔はっきり見えた所で、

俺は見覚えのあるものを2つ見た。

 

1つは、その少女の顔。

同じ中学だ。それに、同じ学年。廊下ですれ違った事が何度かある。

 

2つ目は、これが結果的に俺を助けるのだが、少女のももの上にちょこんと置かれていた本。

 

「京雅異伝....。」

「うえええ!?」

 

口に出してしまった、聞こえる距離だとは思ってなくて、ふっ、と。

 

意外にいい反応をしてくれた少女に驚きつつ、その本について思い出す。

 

俺が去年の冬休みに読書感想文用に借りた本だ。

自分の名前が入ってたから。という

テキトーな理由で借りた一冊だが、読んでみると面白く、読書も悪くないと

思わせてくれた本だ。今でも内容はよく覚えている。

 

 

いや、今はこんな事を考えてる場合ではない!このままじゃ変な人だと思われる!そう焦り、

 

「いやあ!読んだことある本だったからさあ!」

 

いや、もう思われてるだろうな....。

少し落ち着いて、そう思う。

 

だから、

 

「何があったか知らないけどさ、つらいこと、少しでもこの雨に流せないかな?

この雨が止むまで、ここに居るからさ」

 

その勢いのまま、そう言葉をかけた。

 

一方、かけた相手は目を丸くしていた。

恥ずかしい!

自分の鼓動が速くなって、冷や汗が出てきた。

 

すると、それを察してかわからないが

 

「は、はい!」

 

という返事が来た

自分でもこの状況がよくわからなかった

 

「.......。」

「.......。」

 

そして、お互い沈黙。

気まずい、居心地が悪い。

当たり前だ、初対面の上にこんな状況じゃ。

 

なんとか打開しようと、考える。

すると、先ほどの本を思い出す。そうだ。

 

「京雅異伝、好きなの?」

「はい、えっと....」

 

俺の顔を見ている、

--------あっ、名前か

と気づき

 

「須賀 京太郎」

「あ、はい...。須賀さんも好きなんですか?」

「うん、冬休みに読んでてね。普段あんまり本は読まないからよく分からないけど、なんかすんなり読めた気がする。」

 

俺がそう感想を言った。

小説って、こんなに読みやすいんだな。

って思った事だ。

 

少し、少女の表情が緩んだ。

 

「そうですよね!この作品を書いた作家さんが、分かりやすいストレートな表現が好きな方なんですよ。だから入り込みやすいんだと思います。」

 

少し、少女の温度が上がった。

 

 

この人、どうやら根っからの文系少女らしく、俺がよく分からない事を熱く語り始めた。

でも、結果オーライだ。

空気がさっきより良くなった。このまま元気になって貰れば、俺は満足だ。

こういう場合、聞きに回るのが鉄則

俺は少女に燃料を投下する。

 

「あのラスト良かったよな〜」

 

主人公、京雅が京都に残ると決め、

大円団で終わるラスト。

個人的には良いシーン。

だが、

 

「えー、そうですか?私は京都を出た方が良かったと思いますよ、だって.........

 

この文学少女はそうではなかったらしい

長々とラストシーンの批評をしている。

なんだ.....

結構元気じゃないか。

 

 

「意外と、面白いんだね。」

素直に思った事だ。

 

少女は批評を止め、数秒経って自分の事だと気付くと、顔を赤らめた。

 

「すいません....つい...。」

「いやあ、元気で良かったよ、

なんか暗い顔してたからさ。」

「はい....。」

「続きが聞きたいな。」

「いいんですか?」

「うん。」

 

その後、少女は好きなだけ好きな事の話を続けた。

 

 

 

いつの間にか、空は晴天だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-------------------------------------------------------

春休みが終わって、学年が上がる。

俺は鏡の前で、3の学年バッジの向きを整えると

 

「いってきます」

と普段は言わない挨拶を母にして

家を後にした。

 

 

あの後、俺は結局あの表情の理由が聞けなかった。

聞いてしまったら、俺の中で何かが無くなってしまいそうだったから。

あの少女に対する、何かが。

 

 

「そういえば、名前。まだ聞いてなかったな」

 

 

 

 

学校に着くと、皆、新しい生活と新しい出会いに興奮しているようだった。

 

何人かの友人と挨拶し、自分のクラスを確認しに行く。

クラス分け結果、俺らにとっては今年の学校生活の命運を決めるものだ。

皆それぞれ一喜一憂している。

 

なんとなく、俺は後ろの方から見ていっていた。

右から左へ、右から左へ、徐々に。

そして、

 

 

「「あった」」

 

 

と、誰かに肩が当たる。

うわ、気づかなかった。

ふんわりといいシャンプーの香りがした。女子だろうか。

自分の不注意を謝ろうと。ぶつかってしまったその人に顔を向ける。

 

 

 

「おはよう、須賀君。」

 

 

 

 

 

それは、あの雨の日に出会った少女。

それは、冷たく重たい表情をしていた少女。

 

一人の文学少女。

 

 

 

 

 

今年はいい年になりそうな。そんな予感がして

心が躍った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

HRが終わって、桜散る中外で集合写真を撮る。

良くある、春の風景。

俺はそんな風景が好きだ。

 

咲とそんな話をする。

 

「私も」

 

宮永咲。

 

教室で名前を聞いた。

「ごめんね、言うの忘れてた」

と笑顔で教えてくれた。

 

 

「そんな事よりさあ」

俺が、笑いを抑えながらそう言う

「学校が久しぶりで迷うってどうなんだよ!」

笑いが抑えられなくなって漏れる。

「咲は本当面白いな!」

咲がむっとした顔をしているけどお構い無しにそう言う。

「どうせ私は方向音痴ですから!」

咲は口を尖らせていた。

いじりがいがある、楽しいやつだ。

 

 

咲の髪に桜がついた。

俺はその桜を取ってやる。

咲に名前を呼ばれた。

「ありがとう」

と添えて。

 

少し照れる。

咲の顔は桜のような色だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。