わたしの名前は藤原妹紅。
思うのだが、わたしは変なのかもしれない。なぜかって? それは、わたしが上白沢慧音に対して妙な感情を抱いているからだ。
今もこうして、慧音が肉を食べている姿を凝視してたりして――だって慧音の唇って、形が良くほんのり桜色でやわらかそうなんだから、いくら見てても飽きないんだもん。
慧音は現在、わたしの家に泊まりにきている。ちょうど夕飯時、ふたりで鍋を食べているところだ。今日は手土産に良い肉を持ってきてくれた。鍋の中では肉、野菜、豆腐、しらたきが領地を分けている。
「妹紅、肉は食べないのか?」
「えっ!?」
そういえば箸が進んでいなかった。皿に盛った分はもう空になっていてる。
(確かに、肉は食いたいけどさ……)
肉はわたしの好物だ。
ただ、問題がある。慧音が、肉ばっかり食いやがるのだ。
なぜそれが問題なのかというと、もちろん肉の消化スピードが早くなるってのもあるが、それ以上に肉は慧音の箸がついた部分になるっているわけで……それに手をつけるのは間接キスになってしまうじゃないか。最初に皿へ肉を盛ったときはよかったのだが、箸に口をつけてからは意識せずにはいられない。肉から箸への接触だから、準間接キスってことになるかもしれないけど。
「遠慮しなくていいんだぞ」慧音がすすめてくる。「ほら、とってやるから」
慧音はわたしの皿へ、肉を数切れつかんでのせやがった!
「お、おう。サンキュ……」
わたしは盛られた肉を凝視する。
(か、間接! モロに間接だ!)
これは食っていいいのか。というか、その「わたしの肉が食えないのか」的な視線をやめろ。
ええい、ままよっ――。
わたしはご飯を一緒に、肉を口へかきこんだ。
「いい食べっぷりだな」
「慧音の方こそ、野菜ちゃんと食べろよな」
「ああ。野菜は大事だからな」
慧音は全く気にしてない風に、野菜を口へ運んだ。
チクショウ! もう少し気にしやがれ!
飯が終わると慧音が片付けをして、わたしが風呂を炊く。「家主が先に入るべきだ」と慧音が気をきかせてくれて、先にわたしが入ることになった。
鼻の下まで湯に浸かり、やっと落ち着きを取り戻す。
「妹紅、入るぞ。背中を流してやる」
「ああ」
ってうおっ!?
安堵も束の間、わたしは風呂に入ってきた慧音を見て、湯を盛大に飲んでしまいそうになった。布切れ一枚で目の前に立っている。入浴中に慧音が入ってくるなんてことは初めてだ。
何なんだ、この状況。
お、おお落ち着こうじゃないか。平常心、平常心……よし。
とりあえず、ここで適当な台詞出しておかなければならぬ。
「その前に慧音も浸かったらどうだ。体冷えるぞ」
これ、か……?
いや、いやいやいやっ!?
「そうだな。じゃあ、ちょっとそっち詰めてくれるか?」
ぎゃあああああ――――! 間違えたっ!
✽
わたしの名前は上白沢慧音。
思うのだが、わたしは変なのかもしれない。なぜかって? それはわたしが、藤原妹紅に対して妙な感情を抱いているからだ。
妹紅の家に泊まりに来て、鍋を食べている今も、妹紅に見られている気がして――いや、どちらかというと、わたしが見られたがっているだけなのか。だから見られていると感じるのは、欲求が生み出したイマジネーションに違いない。
見られたいと思っているだけなら、まだ安全地帯だった。しかしわたしはあまつさえ、あろうことか妹紅に触れたいとか、それからキスしたいなんてことを考えてしまっている。これは妹紅と二人になっているとき、自ずと湧き上がってくる情動だった。今日は、特に唇に視線を感じる。
そして、今。わたしは重大な問題に直面していた。
それはわたしが肉ばかり食べていることだ。別に肉を独り占めしようってわけじゃない。どちらかといえば野菜のほうが好きだったりする。ただ、肉以外は妹紅が手をつけてしまっていたので、取るに取れないのだ。だって、そんなの間接キスになってしまうではないか。大雑把な妹紅は気にしないだろうけど、わたしは大いに気にする。
でも、このまま顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまうのはいただけない。きっとこの視線も、肉ばかり食べてずるいと思われているからだ。
「妹紅、肉食べないのか……? お前の好物だったよな?」
「え?」
妹紅の眉根が寄った! ひぃ……!
今更食べにくいって感じか。本当にすまん。責任は全てわたしにある。
「遠慮しなくていいんだぞ! ほら、とってやるから!」
苦し紛れの奉仕を捧げる。急いで妹紅の皿に肉を乗せた。妹紅が遺憾めいた目を向けてくる。
「どうしたんだ、妹紅?」
突き刺さるような妹紅の視線が痛い。うう、わたしが食べすぎたせいで、もう肉がほとんどなくなってしまった。わたしが持ってきたのに、ほとんどを自分の腹に収めてしまうとはなんたる醜態。食い意地の張った女だと思われただろうか……?
「おう。サンキュー」
妹紅はわたしの箸がついているにも関わらず、肉をご飯を一緒にかきこんだ。まだ不機嫌さはとれていないようだった。
それにしても。もう少し意識してくれてもいいのに。
わたしは、こんなに戸惑ってるんだから……。
それにしても、妹紅は怒っているようも、怒ってないようにも見える。基本、こいつはぶっきらぼうだからな。怒っていなくても眉間に皺を寄せることがあるから、以前から注意はしているのだが。
「慧音、ちゃんと野菜も食べろよ」
あああっ! やっぱり肉食べ過ぎたの、怒っているんだ!
しかも、進んでわたしに間接キスをしろと仰る。野菜ゾーンはバッチリ、妹紅の箸がついているというのに。
仕方がない。これ以上妹紅を怒らせてはならぬ。
「ああ、野菜は大事だからな!」
自分に言い訳して、わたしは野菜に手をつけた。意識しまいと暗示をかけたがやはり無理で、気恥しさで野菜の味なんてわからなかった。
しかし、わたしのせいで妹紅の機嫌を損ねてしまった。ここはやはり、わたしが責任を取るべきだろう。
どうすればいいだろうか……。
飯が終わると、わたしが食器を洗って、妹紅が風呂を炊いた。
――そうだ、風呂!
わたしは名案を思いついた。風呂で妹紅の背中を流してやるのだ。背中流しこそ奉仕の精神。謝罪としては最適だ。我ながら、これは良い考えではないか。
とはいえ、やはり裸のつき合いは恥ずかしい。
(でも、方法はこれしかないっ)
わたしは妹紅に先に入れと促し、頃合を見計らって、布を纏って風呂に突入した。
「妹紅、入るぞ……背中を流してやる」
怒られやしない恐い。裸の付き合いなんて初めてだ。
出て行けとかいわれたら、どうしよう。
「ああ」
妹紅は首をもたげ、
「その前に、慧音も浸かったらどうだ。体冷えるぞ」
と声をかけてくれた。ほっとするような、優しい笑顔で。
(――ああ、よかった。怒ってなかったんだ……)
妹紅と一緒に入れることへの羞恥よりも、安堵の方が勝った。
「そうだな。じゃあ、ちょっとそっち詰めてくれるか?」
わたしは妹紅にすすめられるまま、湯船につかった。それからちゃんと背中を流しながら、肉を食べ過ぎたことを謝った。
「肉? なんだそんなこと。わたしは気にしてないよ」
「えっ、そうなのか?」
「ああ。それよりも、別のことのほうが気になったよ」
「別のこと?」
ハッ、と妹紅が我にかえった顔になる。
「別のこととは何だ?」
「いーんだよ。気にすんな」
「気になるだろう。教えてくれよ。他にわたしは、どんな失態を犯していたんだ?」
「鈍感な慧音には教えてやらん」
妹紅はくすっと笑って振り向いた。