今日一日休暇をあげる、とレミリアは宣言した。
「別にわたくし、疲れてません」
「毎日働き詰めだと、身体に支障が出るわ。休むのも仕事のうち。いい?」
「はぁ」
うなずいたはいいものの。咲夜の表情は芳しくない。
そして――この二人の会話を盗み聞きしている者がいた。窓の外にいた魔理沙は、部屋から出た咲夜を追いかけた。
✽
咲夜が紅魔館内でモップをかけていたとき、魔理沙が声をかける。
「たまには休まないと、体壊すぜ」
「ええ、――実は今日、お嬢様から休めと仰せつかったの」
「休みなのに掃除か」
「もっと頑張って、お嬢様のお役に立てないと。わたしの時間はお嬢様のものなのよ」
「休めっていわれてるのに、休まないのか」
魔理沙は嫌味ったらしく口にする。
「休みなんだから、わたしが何をしようと勝手でしょうに」
「せっかく主人が気を利かしてくれたのに、好意を無下にするんだな?」
「いや……」
「これで体壊したら、お嬢様は何ていうかな。これはどう考えても、命令に背いたってことになるよな?」
「そんなつもりは、ないけど」
悔しながら反論できない。
「わからないのよ。休むって、どうすればいいか」
「よしっ。今日は魔理沙さんがお前と遊んでやるぜ」
魔理沙は咲夜の手を取り、外へ連れ出した。
✽
「人里なんかに連れてきて、どうするつもり?」
「どうするかはお前が決めるんだ。さあ咲夜、お前は何がしたい?」
咲夜は憂いだ表情だ。
「わからないわ」
「何かあるだろ? 美味いもん食いに行きたいとか、買い物したいとか。どこでもつき合ってやるよ」
「買い物……ああ、リボンとか」
「なんだ、あるじゃん。香霖堂なら品揃えがいいぜ。どんなのが欲しいんだ」
「わたしのじゃなくて、あなたのよ。買ってあげる」
魔理沙が「え?」と自分を指さす。
「なんでわたしのを?」
「あなた、いつもそのリボンじゃない。かなり痛んでるわ」
「いいよ、悪いし」
「いったわよね。どこでも付き合うって」
魔理沙は気まずそうな顔で、口をへの字に結んだ。それから香霖堂へ向かう。
店内には百種類以上のリボンが、固まって並んでいる。
「魔理沙、どんなものがいい?」
「どれでもいいよ」
直後、魔理沙は咲夜の方をじっと見つめる。
「咲夜と一緒のがいいな」
「これ? あまり上質じゃないわよ」
「いーんだ、それで」
咲夜のリボンもここで買ったため、同じものはないか探す。
「咲夜とお揃い……」
魔理沙が、はにかみながら呟いた。
✽
リボンは運良く残っていた。
咲夜と同じリボンが、左右で嬉しそうに揺れる。
「へへっ♪」
「そんなに喜んで貰えたら、買ったかいがあるわね」
「咲夜とお揃いだからな」
「お揃いがそんなに嬉しいの?」
首をかしげると、魔理沙は「しまった」と口をおさえる。
「というか! どうしてわたしが楽しんでるんだよ!」
「いいじゃない。喜んでくれてる魔理沙の顔が見れたんだもの。十分満足よ」
滅多に見られない、咲夜の微笑みを向けられて。
魔理沙の顔はたちまち真っ赤になり、思考回路がオーバーヒートする。
「咲夜、少し歩こう」
そういって、すたすた先に行ってしまう。
「いいけど、って歩くの速いわよ!」
呼びかける咲夜。しかしペースはむしろ早くなるばかり。
咲夜に前へ行かせてはいけない。だって、にやついた顔を見られてしまうから――幸せ過ぎて、顔の筋肉が制御できない。
「どうだ咲夜。遊ぶのも楽しいもんだろ」
「そうね。魔理沙と一日一緒にいるってのも、悪くないわ」
「へへっ」
魔理沙が鼻の頭をかくと、咲夜は魔理沙の真後ろでいった。
「これで明日から、張り切ってお嬢様にご奉仕できるってものね」
魔理沙の目が、大きく見開かれる。
それは予期していない言葉で。魔理沙の心が、大きく震えた。
「そうかよ」と魔理沙。
「どうしたの?」
バシッ!
咲夜が魔理沙の肩に触れようとしたら、手を弾かれた。
「わたしなんか、眼中にないってのか」
振り向いた魔理沙は、怒りの形相で下唇を噛んでいる。
手には、買ってもらったリボンが。
「こんなリボン、いらないぜ!」
「きゃっ」
投げつけられたリボンが、咲夜の頬を撫でる。
「咲夜のバカッ!」
言い捨てて、どこかへ飛び立ってしまった。
残された咲夜は何がなんだかわからなくて、呆然と立ち尽くしていた。
✽
咲夜は紅魔館に戻り、レミリアの部屋を訪れていた。室内にはパチュリーもいる。
「それで魔理沙は怒って帰ってしまった、と」
ふむ、とレミリアはうなずき、
「それはお前が悪い」
と咲夜を指さした。
「え、わたしですか? なぜ?」
「大事なものは、意外と近くにあったりするってこと」
「?」
「とりあえず、考える前に謝ってきなさいな。今日は楽しかったって、お礼もちゃんというのよ」
咲夜は頭に「?」を浮かべたまま退室する。
瞬間、パチュリーがクスクスと笑い出した。
✽
場所は魔理沙の家。
「なんだ咲夜か。ここにレミリアはいないぜ。じゃあな」
バタン!
不機嫌そのまま、咲夜を門前払いしてしまう。
「どうしてお嬢様?」
家の中に瞬間移動していた咲夜。
魔理沙が、微妙な表情を浮かべている。
「今日はありがとう。おかげで有意義な時間を過ごせたわ」
「お嬢様がくれた時間を、お嬢様のために使えてさぞ嬉しかっただろう」
「そんないい方ないでしょう」
「帰れよ、もうっ!」
魔理沙は再び玄関のドアを開ける。
「お前がお嬢様をどれだけ好きか、よくわかったから。さっさと大好きなお嬢様のとこにでも行っちまえっ」
「好き? わたしがお嬢様を?」
「そうだよ、この鈍感メイド!」
「わたしってお嬢様のこと、好きなのかしら?」
「とぼけるな。余計に腹が立つぜ」
「確かに、好きっていえなくもないけど」
聞きたくない、と魔理沙が顔を背けた。
「でも、お嬢様には尊敬の意はあれど、好きっていうのとはちょっと違う気がするのよね。そもそもお嬢様は、パチュリー様とずっと想い合っているわけだし……」
「え?」
右から左に聞き流そうとしていた魔理沙が、急に顔面蒼白になって振り向く。
「……レミリアって、咲夜にとってはただの主人なのか?」
「だから、そういってるじゃない」
「ほ、本当に?」
「嘘ついて何の特があるの」
「そうか」
そうか、そうか、と暗示をかけるように呟く魔理沙。
表情がまたたく間に笑顔となる。
「なぁんだ、そうだったのかよ。勘違いしてたぜ」
「百面相して、落ち着きのない子。怒ってた理由ってそれだったの? どうしてわたしがお嬢様を好きってだけで……」
考えを巡らせたとき。
思いもせぬ答えを導き出して、ハッとする咲夜。
「もしかして魔理沙、あなたわたしのこと……ムグッ」
「わーっ!」と魔理沙が大慌てで、咲夜の口を手で覆った。
「……」
「……」
気まずく見つめ合う二人。
沈黙は、肯定を表す。
「今度また、お嬢様からお休みを頂いたら。そのときはお詫びとして、わたしの時間を魔理沙のために使うわ」
「……ああ」
「また一緒に遊びましょうね。お揃いのリボンつけて」
「あっ、リボン!」
魔理沙が慌てたとき、咲夜がポケットからリボンを取り出した。ちゃんと回収していたのだ。
「もう一度つけたいな」
「つけてあげる」
魔理沙が髪を結ってもらう。
咲夜の手が、息が、匂いが、好意がくすぐったい。
思わず魔理沙の顔が綻ぶ。今度は、隠せない。
やがて結び終わると、名残惜しそうに「ありがとう」をいった。
「まだ時間あるな。また一緒に歩きたいぜ」
「そうね。残りの時間は、二人で共有するとしましょう」
咲夜は魔理沙に急かされながら、足取り軽く散歩に出た。