宴会行こうぜ、と魔理沙は誘ったのだ。
いきなりわたしの家にやってきて、ドアを開けるなり。
「いやよ。あなた一人で行けばいいじゃない」
できるだけ不機嫌そうに、ぶっきらぼうに、わたしは断る。
だけど、断っても、彼女は事もなげに笑う。
「つれないこというなって。アリスと一緒に飲みたいんだ」
ああ――いつもこうだ。
結局、都合の良い言葉に乗せられて出かけてしまう。
あなたの声はどうしてこんなに心地よくてわたしの中にすっと入り込んでくるの。
あなたの笑顔はどうしてこんなに無垢な天使のようでわたしに安寧をもたらすの。
あなたの髪はどうしてわたしと同じ色なのにこんなに生き生きと輝いて見えるの。
あなたの腕はどうしてこんなに力強くて籠の中からわたしを解き放ってしまうの。
―――それから、あなたはどうして……他の人と仲良くしてわたしの胸を締めつけるの。
✽
博麗神社の宴会で、わたしは輪から外れて飲んでいた。
輪の中心には魔理沙がいて、ドンチャン騒ぎを繰り広げている。
喧騒を眺めていると、思わずため息が溢れてしまう。
本当に楽しそうね。わたしなんか、いなくても。
「嘘つき」
わたしは毒づいた。言葉が殺傷力をともなって、魔理沙に刺さればどんなにいいことか。
やることがないので上海をつついていると、
「飲んでるか」
と魔理沙がやっとわたしの傍に寄ってきた。
笑顔なのが余計に腹立たしい。
「帰る」
吐き捨てて、わたしは重い腰を上げる。
えっ、と戸惑う魔理沙。わたしは大股に歩きだした。
(なによ今更。お情けとか同情だったら、冗談じゃない。こんな惨めなことってないわ)
帰る! 帰る! 帰る!
帰って寝てやるんだから!
イライラしながらを速めたら、魔理沙に腕を取られた。
「送ってくよ」と悟ったような顔の彼女。
「結構よ!」
「箒の後ろは、お前の特等席なんだぜ」
「ちょっと――」
強引に、箒の後ろへ引っぱられた。
笑顔で振り返る魔理沙。かわいい。
にらみ返すわたし。かわいくない。
にらんでも魔理沙は笑顔を返してくる。やっぱり、かわいい。
にらむことをやめられないわたし。やっぱり、かわいくない。
しかし、にらんでも笑顔を返される。かなりの至近距離でだ。
「早く家に帰れるから、仕方なくよ」
どうしてこいつはこんなにも上手に、周りを自分の世界に引き込めるのか。
他のやつらも、きっと魔理沙のそんなところに惹かれてるのだろう。
魔理沙の後ろに腰掛けると、箒がふわりと浮かんだ。
そのまま霊夢に一声かけに行くと、意味深な顔で含み笑いをされた。
「あんた達ってさ。やっぱり良い仲なの?」
冷やかされて、顔が熱くなった。
居心地が悪くなったので魔理沙を急かす。
「早く出して」
「はいはい」
帚がわたしたちを乗せて空に飛び上がり、方向を変えてから、わたしの家の方へ向かって飛ぶ。
――魔理沙は、さっきの霊夢の視線が気にならなかったのだろうか?
✽
送ってもらったのはいいんだけれど。
「飛ばしすぎよ!」
わたしと魔理沙は、上空を猛スピードで翔けていた。せっかく整えた髪はぐちゃぐちゃ、目なんてとても開けてられない。
魔理沙の髪をなびいて頬をくすぐる。そのため顔を少し横にずらして叫んだ。このバカはなぜか、いつもの倍くらいのスピードで飛んでいるのだ。
「しっかりつかまってろ。ぎゅっとな」
「なっ」
フッ……と含んだ笑みが魔理沙の口元に浮かび、思わずドキッとしてしまう。
魔理沙って、顔が少し少年っぽくて美形だってこともあるけれど、独特のエレガントな雰囲気を振りまくときがある。これを意識的にやっているのか無意識にやっているのかは定かではないが、やめたほうがいいと思う。
だって、それは結構危険なもの。
うっかりしていたら、大切なものを盗まれてしまうかもしれないから。
「ほら。恥ずかしがってないで」
「どうしてあんたは、いつもいつも……」
愚痴は風に紛れた。
目の前には細すぎる腰。
(別に抱きつきたいとかじゃなくて)
そう言い聞かせて、ひしと腰にしがみついた。
魔理沙はお陽さまのような、暖かくて落ち着く匂いがする。もしかすると、彼女の内側から漂ってきているのかもしれない。輪郭もどこか、うっすらとライトイエローに彩られている。それら全体が、魔理沙というあまりに魅力的な女の子を形成しているのだ。
でもわたし、こいつのこと嫌いなの。
「そうそう。素直なほうが、かわいいぜ」
「ばっ、ばっかじゃないの!」
フンと鼻を鳴らすと、苦笑いされた。
どうして魔理沙の前だと、いつも通り平静に振る舞えないのかしら。
「お前、もっと愛想良くすればいいのに」
「どうせわたしは根暗のかわいくない女よ。それに、どうしてあなたなんかに説教されなきゃいけないの」
「そりゃあ、――お前に笑ってほしいから」
こんなクサい台詞は、多分彼女しかいえない。嫌味のように様になっている。なぜだ。
「ねえ魔理沙、いいの?」
「なにが?」
「わたしとあなたが、良い仲って――」
口にするかどうか迷ったけど、思い切ってきいてみた。
わたしは霊夢に冷やかされたことを思い出していた。魔理沙もちゃんと聞いていたはずだ。このことが、それなりに知り合いの妖怪たちに認識されていることを、わたしはちゃんと知っていた。
魔理沙は黙ったままだ。
「わたしたちって、恋人同士に見えるのかしら。ほら、わたしたち異変のときとか、結構一緒にいたじゃない? だから、そんな風に思われてるみたいで。魔理沙はわたしのこと、愛――いや、どう思ってる?」
うっかり口が滑りそうになった。
しかし、しっかり聞き取られていたらしく、魔理沙が吹き出す。
「アリスが愛? たっはは……めずらしくかわいいぜ、うん、かわいい、アリス」
「笑わないでよ! わたしとあんた、めちゃくちゃ噂になってるんだから! わたしはいいけど、あんたが色々いわれて嫌な思いしてたら気分悪いのよ! こら、聞いてるの――」
肩を引っ張った途端、飛行のバランスが崩れた。
「うわっ、馬鹿!」
「きゃあああっ!」
視界が傾いて、世界が回る。
高度がたちまち下がって、わたしたちは森に生えていた大木へ突っ込んだ。
木の葉がクッションになり、そこにバウンドして、もつれ合いながら草の生えた地面を転がった。
ようやく止まったと思ったら、目前に魔理沙の顔があった。
「!」
声も出ないほど驚いて、起き上がりかけると、頭の後ろに手を回された。
「顔、真っ赤」
彼女は意地悪く笑う。
「は、放して……」
「天狗に見られたら熱愛発覚だな。キスでもしてみる?」
「なっ」
眼だけで微笑んで、魔理沙は顔を近づけてきた。やばいこいつ本気だ。
「ちょ――だめっ!」
眼を塞いで叫ぶと、笑い声が聞こえてきた。魔理沙は目の前で腹を抱えている。
「もうっ!」
「本当にかわいいよ、アリス」
「心にもないこといわないでよ! わたしなんか、かわいくなんて――」
わたしの言葉は、唇でふさがれた。
(な――)
目を大きく見開いて、唖然としてしまう。
(ええっ!?)
唇の感触がある。暖かくてやわらかい。
魔理沙が顔を離して、悪戯っぽく笑った。
「したかったから。お前と」
さらりという。
ああ、気に入らない――気に入らない気に入らない気に入らないっ!
何なのよ、あんたは!
「明日も宴会だからくるんだぜ?」
「早く行け!」
わたしはまた箒の後ろに乗る。
指示の直後、空へ舞い上がった。魔理沙が前を向いているのを確認して、感触の残った唇に触れる。
多分――かわいく笑えてると思う。
明日は魔理沙の前で、素直に笑えるといいな。