――送信完了――
そんな文字が画面に浮かぶ。
何か変なことをしてしまったかしら――と不安になってくる。これだけ精密な機械だ。ちょっとのことで、簡単に壊れてしまうかもしれない。
数秒後。
いきなり携帯電話が震え出し、ピピピピッ、という音を繰り返し始めた。
「きゃあああっ! ごめんなさいごめんなさいっ」
驚いて携帯を放し、ベッドの上で飛び退く。危うく心臓が飛び出しそうになったところだ。気の小さい彼女は本能的に謝罪していた。
音はしばらくして止んだ。びくびくしながら、様子をうかがうこと三十秒。それからやっと猫のような低姿勢で動き出し、戸惑いながらも勇気を出して、枕元に落ちた携帯の画面を見てみる。
――新着メール 1件――
画面には、その文字が映っていた。
さとりの頭には「?」が浮かび続けている。
「――大丈夫、なのかしら」
もう、わからないことだらけだ。
とりあえず壊れていないか確認するために、画面に指で触れた。
そして文字が表示される。
――どうして?――
また、さとりが首をかしげた。
しかし彼女はハッとなる。
次の瞬間、彼女は大きな声で携帯に尋ねていた。
「あなた話せるの!?」
携帯は答えない。
「そうか! お話するには、さっきみたいにする必要があるのね」
同じ手順で文字を入れ始める。胸がドキドキして、いつになく興奮していた。
――あなた話せたのね――
「送信」を押すと、しばらくしてから、携帯が音とともに震えた。
――メールをいただいたら、すぐにお話するつもりだったんですよ♪――
さとりは感動して、思わず満面の笑みを浮かべていた。
「なんてことでしょう! 河童の技術って、すばらしいんですね!」
普段とはうって変わり、さとりは大はしゃぎで携帯にメールを送った。
――ところで、どうしてさみしいんですか?――
――暗い場所にいるからですよ――
――だったら外に出ればいいじゃありませんか――
――それはできません――
――どうして?――
――あいふぉんさんには、わかりません――
――あいふぉんさん?――
――それが名前なのでしょう――
しばらく「あいふぉんさん」は話さなくなった。
どうしたのかしら――さとりが不安になっていたところ、やっと音が鳴った。
――ああ、なるほど。あなた、勘違いしているんですね――
勘違い……?
なにが違っているのだろう。彼について、お燐は間違いなくその名前を口にしたはずだ。
――勘違いとは、どういうことですか――
――わたしは「あいふぉんさん」ではありません。それは携帯電話の名前です――
――だから、あなたは「あいふぉんさん」なのでしょう――
――いいえ。違います――
――違うのですか?――
――はい。違います。この携帯電話というのは、通信機器なのです――
――通信機器?――
――遠くの人とメールのやりとりや、電話をするための道具です。
あなたがメールをしていたのは、遠くであなたと同じ「あいふぉん」を持っている「わたし」です――
――それじゃあ、あなたは一体、どこの誰ですか?――
さとりが息をのみながら「送信」した後、今までと同じように携帯が鳴る。今度は音が少し違っていた。気になりながらも画面を押そうとする。
そこで、おかしなことに気がつく。
それまでは、「新着メールを表示」と出ていたのに。だけど今は、別の文字が画面に表示されていた。疑問と一緒に、わずかな不安と期待がないまぜになって湧き上がる。
さとりは息を飲み、決心して画面に触れた。
「こんにちは」
携帯が――喋った。
今度は文面ではなく、本当に声を出した。
さとりは驚いて声もでない。
「申し遅れました。わたし、東風谷早苗という者です。あの……よろしかったら、わたしとお友達になっていただけませんか?」
✽
「霖之助さん。これ、お店に置いていただけませんか」
さとりが携帯電話を手にする前日。
早苗は香霖堂を訪れて、店主にそのiPhoneを渡したのだった。
「……委託販売ってことかな?」
「それを香霖堂にきたひとに、差し上げてください」
「無料で?」
早苗は「はいっ」と笑顔でうなずいた。
彼女はこの幻想郷にきてからというものの、外でいたような友達がいなかった。
信者は友達って雰囲気じゃないし。山の妖怪は以前の異変のこともあって、早苗たちを畏怖すらしている。そして博麗神社の巫女との仲に至っては、むしろ険悪。
だから今回。早苗は自分のさみしさを解消しようとして、誰かに携帯を渡そうと、すぐに行動したのだった。
「……まあ、君のことだし変なものじゃないんだろう。よし、わかった。これを店に置いておこう」
「わぁ、ありがとうございます。それじゃあ、使い方をまとめた説明書を渡しておきますね」
「ところで、これは一体何なんだ?」
霖之助が早苗に質問した。
早苗は笑顔でこう答える。
「さみしさを解消する魔法の道具、です」
「へぇ。それはすごいな」
霖之助は興味深そうに手元の機械を見つめ、客の目につきやすい場所を見繕い、適当なものに立てかけておいた。
こうして無事、携帯電話は香霖堂の店内に並べられることになったのである。そしてその次の日、携帯を持っていったのがお燐だったってわけ。
……ただし。せっかちなお燐は無料でもらえると聞いた瞬間、店を飛んで出ていってしまったのだった――早苗が作った説明書も持たずに――早苗は誰が携帯を手にするか、期待に胸を膨らませるばかりだった。
早苗が自分のさみしさを解消しようとしていたはずが。むしろ相手のさみしさを解消してしまうなんて、思いもしなかったのだけれど。
✽
時間は正午、地霊殿の食卓。
机に着いているのは、お燐にお空にさとりの三人。
いつもはお燐とお空の二人が漫才をやって、さとりは基本的に始終口をきかず、黙って出された食事を消化するだけだった。三人というか二人で食べているみたいで、日頃からお燐とお空は、そんなさとりが気がかりだった。
だけど。
「あら、今日のお味噌汁はおいしいわ。お燐は料理が上手ね」
「え……あ、ありがとうございます」
「お空、ちゃんと食べてる? 今日はおかわりしないの?」
「します、けど……」
お燐とお空は、仕草や口調にぎこちなさが目立っていた。あまり直視しないように、横目でちらちらと、さとりの様子をうかがう。
笑ってる。世にも愛くるしい表情で、さとりさまが笑ってる。
微妙な沈黙。お燐とお空は額に汗を浮かべながら、ニコニコしている彼女を見つめた。
さとりが笑顔のまま、かわいらしく小首をかしげる。
「どうかしましたか?」
「い、いえっ。な、ななな何でもありませんっ」
「ごちそうさまでした。それじゃ、わたしは部屋に行きますので」
そうして席を立ち、手に愛用の携帯を持ちながら部屋を出ていく。
お燐とお空は、心を読まれてしまうから、なるべくそれを考えないようにしていた。
さとりの足音が遠くなったとき、二人は顔を見合わせ、そして同じことを考える。
……家の中に、知らないひとがいた。
「ねえ、お燐っ! 今のは一体誰なの!?」
「さとりさま……でしょ?」
答えたお燐の方も、やっぱり疑わしい。だって、あんなさとりさま、今まで見たことがないんだもの。笑った彼女はとっても可愛らしいけれど、どこか不気味だ。
「お燐!」
「な、なんだい」
「さとりさま、あの小さいのと結婚しちゃうの?」
ゲホゴホガホッ!
お燐は盛大にむせて、口の中のものを吐き出しそうになった。
「め、滅多なこと、いうもんじゃないよっ」
と叫びながら、お燐も不安が募る一方だった。