Bloodborne:Memories of blood odor   作:水原 日助

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何かを得る為には、何かを捨てなければならないらしい。
その得たいものが、他者から奪わなければ手に入らないとしたら、相当なものを捨てる事になるだろう。
あなたならば、何を捨てる? 何ならば捨てられる?
私は――


捧げる

鋭利な杭が迫る。

一切の瞬きも見せぬまま、見開かれた目が、一直線に向かってくる。

 

不味い。

不味い、不味い。

 

右足をやられた時に、庇う為に両手を地面に付いている。それで飛び退けるか? 無理だ、力が籠められる状態にない。

いなすしかない。両手の内、敵に近い左手を振り上げ、対処しようとする。

しかし、

 

「おぉっとぉ!」

 

正面に陣取っていた狩人は素早く距離を詰め、左手の甲に鋸槍を突き立て、さらにその横に散弾銃を押し付けて発砲した。

 

「ぐぅっ!!」

 

突き刺され、更に接射された手の甲は、肉が吹き飛び、骨が露出する。

その激痛に身体が強張り、前のめりに倒れ込む。

左手が振れない。右足が使えない。残り動かせるのは、右手と左足。姿勢的にも右手は使えない。ならば残るは、左足しかない。

だが、右足を負傷した状態で更に左足を使ってあの攻撃を捌くのは危険だ。体勢も足を十全に使える状態じゃないし、そもそも今の身体は足を使うにはバランスが悪過ぎる。

 

しかし、やるしかない。

 

今の状況で最悪の事態は、あれを胴体に喰らう事だ。

たとえ機動力の要たる両足を使えなくなるとしても、致命打を避ける事こそが賢明な判断の筈。

 

俺は無理矢理に身体を捻じり、藪から棒に左足で蹴りを放った。

横殴りに繰り出された蹴りは、相手の右腕に当たり、攻撃の軌道を逸らす事に成功する。仕掛けが作動し、杭が突き出すが、接触によってずれ、胴体に触れる事はなかった。

 

だが、杭そのものに触れていた左足の薬指と小指は、根本から吹き飛んだ。

 

突き刺されたり、抉られたりするのとは別の、失うという痛みが左足から頭の奥へと駆け巡る。その一瞬、左腕の中身を引きずり出された時の事を思い出す。あの時の痛みと、記憶と重なり、悲鳴が喉からせり上がる。

 

しかし、悲鳴は同時にふたつ上げられた。

 

無論、ひとつは俺から。もうひとつは、女の声。しかもそれは、あの両腕凶器から発せられていた。

 

「女……!?」

 

俺の繰り出した蹴りは、敵を仕留める為のものではなく、攻撃を逸らす事が目的だった。だから、大した狙いも付けずに、とにかく相手に接触させる事だけが狙いだった。

つまり、こちらが先程まで行っていた攻撃よりも、威力は数段落ちる筈。

だが、女は喉から呻きを漏らし続けている。俺の左足に接触した右手がおかしな方向に折れ曲がり、力なく垂れ下がっていた。

力もろくに入らない状態の蹴りが僅かに接触しただけで、人間の腕が呆気なくへし折れていたのだ。

 

狩人に攻撃していた時は、とにかく殺そうと力任せに振り回していたが、その必要すらもない。今の身体では、衣服に付いた埃を落とすつもりで手を払うだけで、人の骨など容易く粉砕出来てしまうのだ。そして、実際に粉砕した相手は、女だった。そう言われてみれば線が細い。無骨な装束で身を包んではいるが、他ふたりに比べれば確かに。

 

それらに呆気にとられて好機を逃した事に気が付いたのは、銃槍持ちが負傷した女を抱えて退いた時だった。狩人も素早く続く。ふたりの前に立つように移動し、こちらを睨みつけている。

 

「詰めが甘いなどと、咎めるつもりにはなれないな」

 

狩人はこちらを見据えたまま、先程よりも落ち着いた口調で呟く。

 

「今のは私から見ても決まったと思ったのだが、存外に粘ると言うか、諦めが悪いと言うか」

 

狩人の後ろでは応急手当が行われているようで、銃槍を置いた右手には小さな容器が握られており、それが呻く女の右腿へと押し付けられる。

新たな痛みからか、小さな悲鳴を漏らしたが、それから先は何も言わなくなった。

すると、容器も捨てた両手によって、負傷した右腕の固定具が外され(折れているであろう右腕に触れられたにも関わらず、この時も何も言わなかった)、杭打ち機が地面に落とされる。

これで脅威をひとつ排除した。

と思ったが、女はそのまま立ち上がり、大砲のチェックを始めた。

 

(まだ戦う気なのか? あんな状態で)

 

俺がその様子を眺めていると、声が飛んでくる。先程の落ち着きはすっかり消えてしまっている。

 

「しかし、お利口だな。こちらの仕切り直しに乗ってくれるとは」

 

狩人の声に、はっとした。

確かにチャンスではあった。単純に脅威である両腕凶器の片腕を使えなくし、おまけに傷まで負わせられたのだから。こんなお行儀よく向き合ってなんかいないで、それこそ無理矢理にでも仕留めにかかるべきだったか?

だが、こちらとて万全な状態ではない。右足と左手の甲は刺され抉られ、左足に至っては薬指と中指が無くなってしまった。右手も傷ついてはいる。まぁ広く浅くであるから、他に比べればどうという事はないが。

戦力的にはまだ向こうが有利なままだ。ここで突っ込んだって返り討ちにされる。今の発言に挑発の意味があったのか、それとも。

 

「それは、挑発のつもりか? それとも、再開の合図か?」

「いやなに、ただの時間潰しさ」

 

挑発か。この状況で。向こうに勝機があるって事か?

 

「今攻められたいのか? 足手まといがひとり増えたってのに」

 

その言葉に、今や片腕凶器となった女がピクリと反応する。それを宥めるように、あるいは逸らすように、狩人が言う。

 

「口が悪いのはいけないな。育ちの悪さが滲み出て。そんな輩は――」

 

三人の雰囲気が一斉に鋭く尖り、俺の全身に突き刺さる。時間潰しは済んだらしい。姿勢を改め、正面に見据える。

 

「檻の中で、大人しく餌付けされてればよかったのさ」

 

大砲持ちを残し、狩人と銃槍持ちがこちらに突進してきた。

仕切り直しからか、それとも俺の発言からか、動きに切れが増し、殺意が更に研ぎ澄まされている。互いが逆側に位置するようにして俺を取り囲み、各々が激しい攻撃をぶつけてくる。

斬撃は体毛に阻まれて効果が薄い。しかし刺突は、その体毛を押し退けて皮膚に突き刺さる為、有効打になり得るという事に向こうも気付いたのだろう。斬撃に比べて動きが大きな分だけ手数は減っているが、代わりに溢れんばかりの殺意を刃に乗せて、刺突の雨が手足に向かって放たれる。

斬撃は線だが、刺突は点。上下左右の動きに弱い。だが、両足が満足に動かない現状では、その単純な理屈が実行出来ない。だから両手を大袈裟に振る事で勢いを付け、身体を半ば転がすようにずらす。動きに合わせて揺れる体毛によって、横向きの力が加えられた刺突は、狙い通りには届かない。しかし、無効化出来ている訳ではない。ずれようとも皮膚は裂かれるし、突き刺さりもする。

 

なぶり殺しだ。結局こうなるのか。

 

それ以外の結末として想定していたのは、あの両腕凶器による致命的な一撃だったか。

今までの動きから考えるに、このふたりを陽動として、あの女が仕留めるというのが、こいつらの手筈のようだった。だから挑発したり、足を狙って動きを阻害していたのだろう。しかし、その仕留め役たる女が負傷した事によって、戦法が変わったのか? 最早当てに出来ない奴を残して、ふたりだけで仕留めてしまおう、と。

 

だが女は依然として、下がる事なく、逃げ出す事なく、左腕に大砲を備えたまま立っている。

必死に暴れて刺突をいなす最中、視界の隅に入ったその目には、屈辱も無力感も見当たらなかった。

憤怒。そして殺意。

それらで煮え滾る眼が俺へと向けられている。

 

あいつは諦めていない。

そして多分、このふたりもそれをわかっている。

ならば、この攻撃の嵐は、ただ陽動の質を上げただけという事になるのか。

 

大砲の一撃。

爆音が空気を揺さぶり、着弾と同時に爆発し、砲弾の欠片と巻き上げた土や石、中に仕込まれた水銀が撒き散らされる。

想定される最悪は、頭部または胴体への直撃。爆風も十分に脅威だが、これらよりかは幾分かましな筈だ。足がろくに動かない以上、回避は難しい。あの爆風の範囲から逃れられるとは思えない。

ならば、受けるか? 腕で? 足で? 状況は変わらない。むしろ悪化するだけ。撃たせる前に仕留める事が最善。だがこの包囲がそれを許すとは思えない。爆風に巻き込まれまいと、攻撃の瞬間は包囲を解く。しかし、その時点で逃げられない事は確定している。確実に食らうからこそ、包囲を解くのだから。包囲が解かれ、撃たれるよりも前に仕留める? 無理だ。今の足ではそれ程の速度で距離を詰めれない。発砲は決して防げない。

 

左手が視界に入る。俺の利き腕ではない方、先程の狩人による刺突と銃撃によって手の甲の骨が露出し、それを補うように肉がじわじわと伸び広がっている。加えて、今なお続く攻撃に晒され、新しい傷が全体を無数に走っている。

 

足はなくなった訳じゃない。素早い動きは出来ずとも、取り敢えず走る位は出来る。

右手の傷は未だ浅い。それに利き手だ。一番思い通りに動いてくれる。

 

 

ならば、あの女を殺す為に、俺は左手を捧げよう。




まだ終わらない。三千字じゃ足りない。まだ一人も片付いていないのに。
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