Bloodborne:Memories of blood odor   作:水原 日助

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さよならを言えるのは、どれほど恵まれた事なのだろう。
突如として訪れる別れを前に、さよならと言っている暇などありはしない。
きっと、痛みと後悔に塗れて、命の灯だけが消えていく。
彼も、彼女も、そんな人間のひとりだった。


マリオンとクリフォード

 攻撃は止まない。

 絶え間なく刺突は繰り出され続け、その度に俺の身体に突き刺さる。相手の動きも少しずつ鈍くなってはいるものの、こちらの疲労の方が遥かに激しい。傷付いた身体で行われる全身を使った回避運動は相当に堪える。

 

 だが、それももう終わりだ。

 覚悟は決まった。行動に移す。

 

 俺を取り囲む両者の攻撃が重なった瞬間、それら双方を払い除けるように、大げさに、疲労からなる雑な一手に見えるように、両腕を振り払った。

 狩人たちは同時に下がる。普段よりも一層遠くへと。巻き込まれるのを防ぐために。

 

 振り払いの後、俺の正面には、ひとつの人影がある。

 折れた右腕を垂らし、しかし左腕には恐ろしい鉄の塊を備えた、歪な人影。

 

 機会を演出した。相手はそれに乗せられて、動き始める。

 

 両足を踏ん張り、重心を落とし、左腕を腰だめに構える。

 来る強烈な反動に備えた姿勢。絶好の瞬間。

 

 

 俺の今の姿勢は、右手を下げ、左手を振り払い、その反動で相手へと向き直った状態。両足を地面に圧し付けるようにして体重を乗せている。

 相手から見れば、執拗な攻撃に集中力を削がれ、破れかぶれの粗末な反撃を繰り出したところに見える事だろう。付け入るべき隙。同時に完了した退避。好機。

 

 

 だが、それは俺が作り出した瞬間。敵の動きがゆっくり見える程に集中した意識の中で、相手の動きよりもずっと速く、行動を実行する。

 

 左手の軌道を下向きへと急激に変え、地面へと向かわせる。同時に右手も同様にして、指先の腹を地に付ける。姿勢の変化によって重心も下がり、両足への負荷も高まる。が、今は気にしない。傷が痛もうとも、骨が軋もうとも、気にするのは後でいい。

 

 傷付いた両手足をばねとし、渾身の力を入れて、前方にある大砲の銃口へと飛び込んだ。

 

 半ば体当たりに近い動きのまま、無理矢理に左手を伸ばす。

 たとえ全力であったとしても、今の状態では全身を接触させる事は叶わない。相手への距離が遠過ぎる。だが、手を伸ばしさえすれば、あるいは届くかもしれなかった。

 伸ばした左手は、敵を直に抉る事を目的とした行動ではない。あるいは届くかも知れないが、大砲が発射されるという事実が覆らないし、流石にそれよりも先に息の根を止める事など出来ないだろう。胴を抉ったとしても、足を飛ばしたとしても、引き金は引かれる。もしかすれば外してくれるかもしれないが、そんな楽観視が出来る相手ではない。

 

 だから俺は、左手で大砲を掴み、掌で銃口を覆った。

 

 動揺で目が歪むのが見える。だが、もう遅い。

 間に合った。引き金は引かれ、爆発は始まっている。

 銃口という破壊の逃げ道を失った大砲は、内側から破裂した。

 

 目を眩ませる閃光と、骨まで震わせる衝撃。そして、凄まじい痛みが左手を吹き飛ばした。

 様々な破片が飛び散り、その多くが俺の左半身へと突き刺さる。致命傷にはならなかったが、それでも、脇腹と側頭部に無視出来ない痛みを刻み付けられる。

 眩暈と耳鳴り、立ち眩みの中。俺の正面には、右脇腹の僅かとずたぼろの下半身だけを残した、およそ人型とは遠く離れた肉の塊が転がっていた。

 

「マリオン!」

 

 音が戻りかけた世界の中で、そんな声が響いた。この場に似つかわしくない、温かで悲しげな男の声だった。

 

「貴様ぁぁぁ!」

 

 続く叫びと共に、右から殺意が殺到する。銃槍だ。一直線にこちらへと向かってくる。

 

 マリオン。はて、"何"だろうか? そう考えて、思いつく。俺の前に転がる"これ"の名前か。お前は、マリオンと言うのか。

 これは、元マリオンか。

 

「待てっ、クリフォード」

 

 先程の叫びとは違う、別の声がした。落ち着きを払おうと見繕った、あの狩人の声。

 その声で思考が回り始める。今置かれた状況と、依然迫りくる脅威。

 

 だが、あの声が発された原因を理解した時、焦りや緊張を押し退けて、ひとつの意思が全身を駆け巡った。仲間を1人失い、さらに頭に血が上った1人がいる現在。完璧と呼べる連携を見せていた筈の狩人たちの動きに綻びが見え始めている。

 

 ならば、その混乱に付け込め。もう1人殺れる。

 

 左半身は、先程の爆発の影響で動きが鈍くなっている。痛みの感覚と煮え滾るような熱で震え、視界に至っては左半分が歪んで見える。

 これは恰好の隙だ。狙わぬ理由などない。

 だが、銃槍の狩人――クリフォードは、その分かりきった弱みの事などまるで考えていない。左よりも遥かにまともに動く右方向から突撃を仕掛けている。しかも、その向こう見ずの突撃に、残されたあの狩人が対応しきれていない。

 

 爆発の被害は甚大であり、左手は完全に消し飛び、今尚、血が滴り続けている。こっちはもうまともに機能しないと考えていいだろう。

 

 だったら、多少傷が増えたって問題ないか。

 

 クリフォードの全体重を乗せた渾身の突きが迫る。

 それに対して、正面を向けるように身を捩る。その動きを意に介する事もせず、単純で、しかし明確な殺意を込めた刺突が向かってきた。

 軌道は容易く読める。捻りも何もない純粋な点の攻撃。俺はそこに重ねるように、脱力した左腕を動かした。

 脆い内側を引き裂くように押し退けて、銃槍は左腕の傷口から肘にかけて深々と突き刺さる。思っていたよりもずっと強い衝撃と痛みに、悲鳴を堪える事が出来なかった。

 

「どうだッ、獣が!」

 

 クリフォードと呼ばれる男が叫ぶ。

 嬉しそうに、憎そうに、怒りに任せて。突き刺さった槍を引き抜く事なく、内側を更に傷付けようと、ぐいぐいと上下左右に揺する。家を守る番犬よりも凶暴に、ともすれば病に狂う獣と同じ調子で、同じ目をして、喜びの声すらも上げて。

 

「引き抜け、クリフォード!」

 

 出遅れた狩人の声が響いた。その声には、今までにない、明白に焦りが滲んでいる。

 その声を聞き、はっとしたように我に返ったクリフォードの目から怒りが消え、言われた通りに槍を引き抜こうと力を入れ始めた。

 

 だが、遅い。

 言われてからするようでは。元よりそのつもりだった俺の方が遥かに速い。

 

 左腕の痛みを無視して、出せる全力を込めて、体内の槍を締め付ける。

 内側に潜り込んできた硬い異物を包み捉えるように筋肉が膨張し、完全に捕らえ、固定した。薄い先端だけならまだしも、深々と突き刺さる、凹凸を備えた円形の柄は、決して抜ける事はない。たとえ人の身を超えた狩人であったとしても、それは不可能だ。

 

 無理だと理解する事すら出来ないのか、びくともしない槍を引き抜こうと、クリフォードはもがき続ける。自分の得物が何に突き刺さっているのかも忘れているのだろう、こちらに一切気を向けていない。その姿を見て、きっと狩人は言うのだろう。「武器は捨てろ、逃げろ」と。そう言われて初めて、今の現状を認識する筈だ。

 

 まぁ、遅いがな。

 

 右手を振り上げ、クリフォードの左側へと薙ぎ払う。

 指先が上腕部を容易く押し潰し、胸部へとめり込ませる。それで止まる事なく、肋骨を粉々に砕き割り、内側の内臓諸共ぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。腹部から折れるように千切れ、クリフォードの歪んだ上半身が、血と肉片を撒き散らしながら月明かりの下を舞った。

 

 殺った。

 

 2人、2人だ。半数以上を潰した。左腕を犠牲に捧げ、ついに殺ってやった。

 

 だが、これで終わりではない。

 

 余韻に浸るよりも先に全身の感覚を一方に向けて、続き迫るであろう攻撃に身構えた。恐らく相手は、隙となっている左側から攻めて来る筈。もう策はないが、何としてでも凌がなければ。

 

 しかし、どういう訳だか、追撃はなかった。

 

 周囲を見渡すと、少し距離を置いた場所に、最後に残された狩人は佇んでいた。両手の武器を力なく下げ、2人の狩人の亡骸をぼんやりと見つめている。

 

「マリオン。クリフォード……優秀な狩人であったが、やはり、若過ぎた」

 

 こちらに言って聞かせている訳ではないらしい。芝居がかった口調ではなく、先程の焦りも、まして狂ったような熱意もない。淡々と、しかし僅かに惜しむように、覆面の裏の口から言葉が漏れ出ている。

 

「流石、と、褒めておくべきかな? よもや2人を失う事になるとは、予想も出来なかった」

 

 視線をこちらに移す事なく、そう呟く。その声に、覗く目に、悲しみはない。ならば恐らく、この男はまだやる気だ。それもそうか。こちらは手負い、向こうは無傷。数は減れども、絶対的不利から、ただの不利になっただけに過ぎない。

 この男の動きは別格だ。恐らく積み上げてきた経験が違う。初めて見る相手の攻撃のリーチを確実に捉えるなど尋常ではない。そんな恐ろしい狩人を、俺は今から殺さねばならない。

 どこまでやれる? この傷付いた身体で。

 いや、どこまでではない。やり遂げなければならない。

 そうしなければ、俺は家には帰れない。

 

「その傷はいつ癒える?」

 

 突然、狩人は視線をこちらへと向けて、そう言った。身体も向き直り、どころか、つかつかと歩み寄って来る。

 

「槍を引き抜き、破片を取り除き、手足の損傷が治るまで。お前が万全の動きを出来るようになるまで、どれくらいの時間がかかる?」

 

 何が狙いだ? それを聞いて何になる? 待ってくれるとでも? ありえない。ともなれば、増援の到着に必要な時間と照らし合わせるつもりか? 確実に潰す為に、数の有利を再び取り戻す為に。

 

「教えたとして、お前は待ってくれるのか?」

 

 馬鹿にするように、嘲りを隠す事なくそう問うてみた。そこから少しでも、こいつの狙いを探ろう、そう思って。

 だが、

 

「待とう」

 

 しれっと言い放った。声も、目からも、姿勢や重心からも、一切の変化が見られない。狩人は、この男は本気で言っている。

 

「2人に経験を積ませる為、こうしてちまちまと削り取っていたが、その2人はもういない。やはり私には教練など駄目だな、気が散って仕方がなかった」

 

 そう言いながら、狩人はあろう事か、その場に腰を下ろした。まだいつ治るかも言い切っていないのに、待ちの姿勢を、隙を見せびらかし始めたのだ。

 

「共に行動する事を、"分かち合う"と人は言う。だがそれは、結果も、得る感情すらも分配するという事だと私は考える。柄にもない事はするべきではないな。業突く張りな私は、ひとり占めこそが望むところであるというのに」

「それと傷が治るのを待つのとに、一体何の関係がある」

「その傷は、死んだ2人との"分かち合った"成果だ。そこから続く狩りの成就もまた、"分かち合った"結果に過ぎない」

 

 俺の正面であぐらをかいたまま、得物の手入れを始めた。気が緩み切っている。ならばやれるか?

 そう思いこそすれど、出来ない。どうしても成功する姿が見えない。

 

「だから、待つ。万全のお前を、同じく万全の私が狩ったその時に初めて、私は"ひとり占め"出来るのだから」

 

 次第に、言葉の端から熱がちらつき始める。今夜初めて姿を見せた時のように。楽しみだと言わんばかりに。きっと俺を殺す姿を想像して興奮しているのだ。

 

 こいつはイカレている。

 

 だが、待つとはいえ、一体いつまでかかるのかは俺自身もわからない。実験の後は決まって飯が食えたし、それが治癒の助けになっていた。

 だが現状、それがない。実験よりも深い傷であるというのに、それを癒す為の肉がないのだ。そんな俺の考えを読むように、狩人は言った。

 

「あぁ、そうだ。お前も休息が必要ではないのか? ほら、食事とか」

 

 お見通しとでも言いたいのか? 苛立ちと隠せない緊張を滲ませてしまった声で言い返す。

 

「そうだ、血が足りない。だからどうしろってんだ。お前が何か持ってきてくれるとでも?」

「持ってくる必要などない。そこにあるだろう。ほら、そこに」

 

 そう言って指差した先には、下半身だけになったクリフォードの死体があった。

 こいつは、何を言っているんだ? 一瞬、本当に意味がわからなかったが、そう時間をかける事なく、狩人の言いたい事が理解出来た。

 

「なっ、何を――何を言ってる!?」

 

 理解出来ても、そう問わずにはいられなかった。しかし、声を荒げる俺を意に介する様子なく、狩人は落ち着いた口調のままだった。

 

「何が不満だ? 新鮮な肉じゃないか。まだ温かい筈だし、ちょっと筋張ってるかもだが、食えないって程じゃないだろう」

「人の肉だぞ!? それに……お前の仲間の死体じゃないか!」

 

 その言葉にも、何の動揺も見せない。当たり前の事を言い聞かせるように、しっかりと聞き取れるように、ゆっくりと言葉は紡がれる。

 

「死ねば物だよ。人に限らず、生物は皆。死体を加工して食肉となる。それに、人の肉など――」

 

 そこまで言って、溜め息ひとつの後、おもむろに立ち上がった。俺がきょとんと見つめていると、渋々と言った風にこう言った。

 

「仕方がないから、俺が何か狩ってきてやる。逃げるなよ、贅沢言わずに食えよ。絶対に」

 

 こっちの返答を待つよりも前に、狩人は森の闇へと溶けていく。

 取り残された俺は、暫くの間、空いた口が塞がらなかった。




クッソ久しぶりの投稿。待ってると言われて動かぬ訳には行きませんよね……
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