Bloodborne:Memories of blood odor   作:水原 日助

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駆けろ。
迫れ。
追え。
殺せ。
獣狩りの夜はまだ終わらない。


狩り

「さぁ、開始の合図だ! 派手にやってくれ!」

 

狩人は高らかに叫ぶ。冷たさなど微塵もない、きっと覆面に隠された口は命一杯吊り上っている事だろう。

その言葉を言い切るや否や、狩人の左側に立つ影が動く。月明かりを受け、冷たく輝く金属の塊。腕に沿うように固定され、太く、長い。だが、それをこちらに向けた時、塊の中央には丸い闇が見えた。そこで勘付き、命一杯に横へと飛び退いた。

 

爆音。

けたたましい暴力の音が木々の間を駆け巡り、その衝撃を遥かに凌ぐ破壊が背後から殺到する。

 

左腕の巨大な鉄の塊は、大砲そのものだった。

 

発砲の衝撃を殺しきれないのか、よたよたと後ろに向かってよろめいているのが見える。

だが、それを視認したのも束の間、広くなった背中に降りかかる熱に思わず悲鳴が漏れた。

爆風は土も石をも吹き飛ばし、かなりの広範囲に渡って飛び散らせたのだ。それだけではない。厚く硬くなった皮膚を突くような痛みとは別に、粘性を持つ熱源が背中の至る場所にへばり付いている。

 

「痛いかね? 吹き飛ばされた欠片と水銀の雨は!!」

 

その声と同時に、眼前と左前方に接近する脅威を認識する。眼前に迫る槍鋸よりも僅かに先に、左腕に向かって銃剣のようなものが突き出される。それに対して左腕を振り上げる事で切っ先を上へと逸らす。だが、そちらに気を取られ過ぎた。槍鋸の踏み込みは思っていたよりもずっと速い。頭部を屈める事で眉間に突き刺さるのを避けようと考えたが間に合わず、額上部から頭頂部にかけて接触する。

だが、硬いもの同士が擦れ合うような不快な音を立てて、槍鋸は頭上へ抜けていく。

 

「む?」

 

手応えを感じなかった狩人は、そんな声を上げる。目線はあろう事か槍鋸の矛先を見ている。それを隙と見て、鋭利な爪を持つ強靭な右腕を腹に目掛けて突き出す。

しかし、伸ばされた爪は空を切る。目線を外していた筈なのに、狩人はこちらの動きを読んでいたかのように先んじて背後に飛び退いていた。長い腕と爪のリーチを完璧に見切り、翻る装束にすら触れもしない。そして、バックステップ後に生じる着地の隙を埋めるように、左手に握られた銃が唸りと共に跳ねる。腰だめ状態から発砲されたから、予想される被弾範囲は右手上腕。動きは見えていたので、先んじて力を入れて、衝撃に備える。

だが、銃口から吹き出された銃弾は、ひとつではなかった。黒い幾つもの球体が、上腕のみならず、手の甲から二の腕、肩や右目の上にまで衝突する。散弾銃だ。

予想が外れた事、また、ずっと広い被弾範囲に動揺し、動きが鈍る。そこに付け入るように、銃剣は左足へと振り下ろされる。反応は出来るが、対応が追いつかない。が、またも深く切り裂く事なく、皮膚を僅かに撫でるに留まる。

 

直後、右後方から金属音が響く。その音は、先程のような擦れ合う音ではなく、金属同士が互いに及ぼし合うような、暴力的なそれではなかった。

だからこそ気が付けたし、それに包まれた強烈な敵意に対応出来た。

両手の指を地面にめり込ませ、踏ん張る。そして両足で一斉に蹴りつけ、下半身を空中へと浮かす。

 

ほんの一瞬後に、右足が置かれていた位置に深い穴が穿たれる事になる。

 

右後方から迫って来た奴は、振りかぶっていた右腕を、俺の右足があった場所目掛けて振り下ろした。右腕に固定されたそれの先端が地面に触れるよりも前に、先程の金属音が響く。すると、先端は凄まじい速度で地面に向かって飛び出し、突き刺さった地面を深く抉り飛ばしたのだ。

 

右手に固定さえたそれは、機械仕掛けの杭打ち機だった。

 

その事実に戦慄するのを意識して遅らせ、自重を重しに、両腕をばねとして、次の攻撃を繰り出そうとする三人から飛び退いた。

 

 

「ふぅむ…………」

 

すぐさまこちらを睨みつける三人だったが、追撃はして来ない。代わりに、狩人が悩ましげな声を上げる。それを合図としたのか、残りの二人は自身の得物のチェックを開始する。

一時仕切り直しらしい。こちらとしても押し切られかねない状態だっただけに、有難いとも言える。

 

「予想を遥かに超える反応速度。おまけに、あの体毛……」

 

左手の散弾銃の空薬莢を排莢し、新たな弾丸を込めながら、狩人は独りごつ。

 

「まるで金属のようだ。こちらの刃が防がれる。おまけに鑢として機能して、傷をより深いものとするだろう」

 

今度は散弾銃を足に立てかけ、空いた左手で右手の槍鋸の金属部を撫でる。優しく、愛おしそうな手付きで撫でている。気持ちが悪い。

 

「だが、やり様はある。いくらでも」

 

そう言うと、ちらとふたりのうちの片方を見る。両腕に恐ろしい凶器を固定したひとり。その視線に気付くと、右腕を天へと掲げ、そのまま肘から振り下ろす。すると、機械的な金属音がして、突き出していた杭が僅かに引っ込む。

 

そう、奴だ。奴の両腕、あれらいずれもが極めて脅威だ。大砲も杭打ち機も、まともに喰らえば深刻な痛手になる事は想像に難くない。

 

ならば、まず狙うのはこいつだ。

見る限り、最も警戒すべき相手であると同時に、最も動きに隙が多いのもこいつなのだ。大砲は衝撃と範囲は凄まじいが、殺せない程の衝撃にもたついている。杭打ち機も、殆ど腕そのものくらいしかリーチがないし、ああやって大げさな動きをしないと機械は作動しない。

 

問題は、残るふたり。

銃剣は見たままな分だけ分かり易いが、どちらも動きの切れが鋭い。何よりも、狩人。こいつは他のふたりとは頭一つ抜きん出ている。攻撃が終わるよりも先にこちらのリーチを読むなど尋常ではない。これ程の判断力であの両腕凶器の隙潰しに徹底されたら、打つ手がなくなるかもしれない。

 

「さぁて。じゃあ、続きと行こうじゃないか」

 

立てかけていた散弾銃を掴み上げると、くるりと手中で一回転させる。一部木製とは言え、あれだけのサイズの銃を容易く振り回すあたり、やはり狩人なのだ。筋力も、思考力さえも、一般人よりも遥かに上なのだ。

だからこそ腹が立つ。それだけの強さを持ちながら、父ちゃんを見殺しにした事が。

そして、今の俺ならば、この狩人を超えている。

この爪は、牙は、奴の命に届き得る。

殺す。

父ちゃんの為に。

俺の為に。

 

背中を丸め、前傾姿勢を取る。両腕を下に構え、支えにも攻撃にも利用出来るようにする。その様子を見て、狩人は嬉しそうに声を弾ませる。

 

「おぉ、らしくなって来たじゃないか」

 

目が一層醜く歪み、嘲るように俺を見据える。

 

「えぇ、この獣が」

「俺は……獣じゃねぇ!」

「その形でよく言う!」

 

今度はこちらから仕掛ける。両足で踏み込み、一気に距離を詰める。その勢いに任せて、大雑把に三人諸共巻き込むつもりで両手を突き出す。

 

全力で踏み込み、全速で突いた。だが、攻撃は当たらなかった。

 

三人はそれぞれ左右と後方に飛び退き、再び包囲の位置取りを作る。

こちらの速さに追いついてきている。否、対応されている。予想よりも速いと言っていたのだから、更新された基準に合わせてくるのはわかる。だが、こちらの全力の先制攻撃すらも容易く避けるとは。

しかし、驚いている余裕はない。正面に残ったのは、あの狩人。そちらに向かって、追撃を開始する。それに狩人は、嬉しそうに軽快なステップで応える。

刺突だけでなく、振り降ろし、振り回し。そうとすら呼べない滅茶苦茶な動きも交えて、狩人へと畳み掛ける。

だが、当たらない。装束にすらかすりもしない。どころか、伸びきった腕に向かって、右腕の鋸槍が振るわれる。依然として肉を裂くには至らないとしても、僅かな痛みが走り、動きが鈍る。

そこにすかさず、右後方から銃剣による刺突が迫る。それに対して、右足が地面を蹴る際に掴んだ土を背後へと撒き散らす事によって妨害する。些細なものであろうが、そんな小細工を弄されるとは思いもよらなかったらしく、銃剣持ちは突撃を躊躇った。

その様を見て、目の前の狩人は愉快そうに笑って見せる。

 

「はっはは、猪口才! 獣ごときが生意気に!」

「獣じゃねぇって言ってるだろ!」

「ははぁ。確かに、今までの獣はそんな事などして来なかったな」

 

笑いながら、しかし完全に、こちらの全ての攻撃を回避し続けている。

 

「ならば、これからはこう言って聞かせなくてはならないな。『獣は土を掴んで投げもする。育ちの悪い子供のように』」

「てめぇ!」

 

安い挑発だとは思った。思ったのに、頭に血が上るのを抑えられない。大振りだった攻撃が、更に雑になっている。

抑えろ。自分に言い聞かせるが、身体が言う事を聞かない。狩人に乗せられている、踊らされている。堪えろ。

そしてついに、自制し切るよりも先に、右足にそれは突き刺さった。

銃剣だ。足首辺りに、切っ先が深く突き立てられている。

 

だが、それだけでは終わらなかった。

 

「ぎゃあ!!」

 

突き刺さった銃剣が、破裂音を上げて跳ね上がった。それと同時に、足首後ろの肉がずたずたに引き裂かれる。

 

銃剣と称したのならば気付くべきだった。あの棒はただの持ち手ではなく筒、銃だったのだ。

 

そして、貫通する事なく肉を吹き飛ばした事から見るに、あれは散弾。いや、しかし、銃剣と称するよりもあれはさしずめ『銃槍』だな、と思った。

 

 

なんて言ってる場合ではない。これは不味い。

 

狩人に接近したのは、両腕凶器の援護をさせない為、そして、両腕凶器に攻撃させない為だった。

 

奴の杭打ち機は、あの破壊力を連発出来るものではない。一度打ったら、再び仕掛けをやり直さなければならない。そしてその隙は間違いなく致命的だ。だからこそ、確実だと思った瞬間にだけ攻撃に来る。先程のように、散弾に怯み、銃槍による攻撃の直後という格好のタイミングで仕留めに来た。事実、機械の動作音がしなければ、反応が遅れて食らっていたかもしれない。

そして左腕の大砲は、強力な飛び道具だが、逆に範囲が広すぎて味方を巻き込みかねない。だから最初の一手、敵に張り付いていない状態で撃ち込まれたのだろう。あるいは、こちらが想定の範囲内の動きだったのならば、この初撃で痛手を負わせるつもりだったかも知れない。

そしてこれも、使用後に大きな隙が出来る。それを埋められる相手を釘付けにし、なおかつ撃たせない事で、事実上は無効化していたのだ。

 

だが、今は。

銃槍が突き刺さり、おまけに接射で肉を吹き飛ばされ、右足に踏ん張りが効かない。

満足な回避行動が取れない。

そこに来るものは、決まっている。

 

左横から殺意がやってくる。

迫る人影の右手は振りかぶられており、仕掛け機械から覗く杭の先端は、月明かりを反射して鋭く光った。




戦闘描写は文字数が激増する。まさか一話で戦闘が終わらんとは思わなんだ。
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