烏間視点
皆で客席の陰に隠れ、待ち構えているとコンサートホールの中心のステージ部分に刺客が現れる。
「15、いや16匹か。呼吸も若い、殆どが10代半ば。驚いたな、動ける全員で乗り込んで来たのか?」
そう言うと刺客は背後の照明を1つ撃ち抜く。ガラスの割れる音が室内に響き渡る。
「言っとくが、このホールは完全防音だ。お前ら全員撃ち殺すまで誰も助けに来ねえ。お前ら人殺しの準備なんてしてねえだろ。おとなしく降参してボスに頭が下げ」
言葉を遮るようにこちら側から銃弾が放たれ、刺客の首元をかする。恐らく刺客の銃を狙ったものであり、速水さんが撃ったのだろう。刺客も今の銃弾には驚いたようで少し考えている。そして、何かのスイッチに手をかけると、照明に一斉に明かりが灯る。席側からは逆光でステージの様子を伺えない。
「意外と旨え仕事じゃねえか。ハハハハハハハハハ!!今日も元気だ銃が旨え!」
刺客はもう一発銃弾を放つ。位置から見て速水さんがいる方向へ撃ったと見える。
「1度発砲した敵の位置は忘れねえ。俺は軍人上がりだ。幾多の経験の中で、敵の位置を把握する術や銃の調子を味で確認する感覚を身につけた。さぁて、お前らが奪った銃はあと1丁ある筈だ。」
「速水さんはそのまま待機。今撃たなかったのは賢明です。千葉君、君はまだ敵に位置を知られていない。先生が敵を見ながら指示をするので、ここぞと思う時まで待つのです。」
「な、何処らからしゃべって!?」
「フフフフ‥」
奴は観客席の上から刺客を観察していたのだ。完全に気付かれたようだが、奴は今完全防御形態。銃弾如き屁でもないだろう。その事を知らない刺客は銃弾を放ち続ける。
「てめえ!何前列で見てやがんだ!!」
「ヌルフフフフフ!熟練の銃手に中学生が挑むんです。このくらいの視覚ハンデはいいでしょう。」
「チッ!」
「では木村君、同列左へダッシュ!寺坂君と吉田君はそれぞれ左右に3列。死角が出来た、この隙に茅野さんは2列前進。カルマ君と不破さん同時に右に8。磯貝君左に5。」
奴が的確に指示を飛ばす事により、刺客は生徒達の位置を測りかねている様子だ。
「出席番号12番、右に1で準備しつつ4番と6番は椅子の間からターゲットを撮影。律さんを通して舞台上の様子を千葉君に伝達。ポニーテールは左前列へ前進。バイク好きも左前列に2列進めます。最近竹林君一押しのメイド喫茶に興味本位で行ったらちょっとハマりそうでで怖かった人、撹乱のため大きな音を立てる。あと先生に言われた勢いで同級生に告白しちゃった人、取り押さえのために準備しといて下さい!」
「「うるせえ!何で言った(行った)の知ってんだよ!!?」」
寺坂君は客席を叩き、門倉君は最前列へ移動する。名前だけでなく互いに知っている略称で呼ぶ事で刺客を動揺させる。狙い通り刺客も誰が誰だか分からなくなっているようだ。
「さて、いよいよ狙撃です、千葉君。次の先生の指示の後、君のタイミングで撃ちなさい。」
「糞、糞!どこだ!」
「速水さんは状況に合わせて彼のフォロー。敵の行動を封じる事が目的です。が、その前に表情を表に出す事がない2人に先生からアドバイスです。君達は今日、先生の狙撃を失敗してしまった事で自分達の腕に迷いを生じさせている。言い訳や弱音を吐かない君達はあいつらだったら大丈夫だろうという勝手な信頼を押し付けられる事もあったでしょう。苦悩していても誰にも気付いてもらえない。」
たしかに彼等に責任を押し付けてしまった節は俺にもある。あの失敗は俺にも責任があるのかもしれない。
「でも大丈夫。君達はプレッシャーを1人で抱える心配はない。君達2人が外した時は人も銃もシャッフルしてクラス全員誰が撃つかもわからない戦術に切り替えます。ここにいる皆が訓練も失敗も経験しているから出来る戦術です。君達の横には同じ経験を持つ仲間がいる。安心して引き金を引きなさい。」
奴の言葉に恐らく最前列にいるであろう彼の言葉が続く。
「安心して撃てよ!俺はお前らが撃つ弾になら信頼を置けるからさ!」
「‥‥‥」
千葉君からは何も言葉はない。何か考えているのだろうが、大丈夫であって欲しい。
「では、行きますよ!出席番号12番、立って狙撃!」
「人形!?」
菅谷君が慌てて作った人形が銃を構えた状態で眉間を撃ち抜かれる。
「オーケー。」
隠れていた千葉君が銃を撃つ。その音は室内に響き渡った。
「へへ、へへへへへへ。外したな。これで2人目も場所がぁ!?」
刺客を背後から襲ったのはさっきまで室内を照らしていた照明の一部。千葉君は釣り照明の金具を狙って撃ち、見事に当てたようだ。
「く、そ、がぁあ!?」
そこに速水さんが畳み掛ける。今度は無事刺客の銃にだけ命中させ、弾き飛ばす。
「よし、今だ!」
隠れていた生徒達が息切れした刺客を縛り上げる。
「肝を冷やしたぞ、良くこんな危険な戦いをやらせたな。」
「どんな人間にも殻を破って大きく成長出来るチャンスが何度かあります。しかし、そのチャンスは1人では生かしきれない。集中力を引き出すような強敵や経験を分かつような仲間に恵まれないと。だから、私は用意できる教師でありたい。生徒の成長の瞬間を見逃さず、高い壁を、良い仲間を揃えてあげたいのです。」
俺の視線の先には肘でハイタッチした千葉君と速水さんが嬉しそうに門倉君に話しかけている。
(なんで教育だ‥命懸けの撃ち合いをした後なのに、表情はむしろ戦う前より中学生だ。)
刺客を捕縛した俺達はコンサートホールを後にし、先に進む事にした。
潮田視点
3人目の刺客を倒した後、完全復活した烏間先生は前衛に戻り、見張りを次々と倒していた。
「ハァ‥‥大分体が動くようになった。まだ力半分ってところだがな。」
「力半分で既に俺らの倍強え‥」
「あの人1人入った方が良かったんじゃ‥?」
烏間先生と同じように隠れながら見てみると、その先にはガラスの扉で隔てられた最上階へと続く階段が見える。
「この上が最上階なんだよね。」
「うん。」
「もう時間がない。」
「皆さん、この上にいるであろう黒幕について分かってきた事があります。彼は殺し屋の使い方を間違えている。」
「何?」
「見張りや防衛などそれは殺し屋の仕事ではない。彼等の能力はフルに発揮すれば恐ろしいものです。」
「たしかにあいつ、狙った的は1センチも外さなかった。」
「カルマ君も日常で後ろから忍び寄られたらあの握力に瞬殺されていたでしょう。」
「そりゃね‥‥」
「ここに役割を指示していく。まずは」
烏間先生が皆に指示をする中、僕は寺坂君の様子が気になり、声をかける。
「渚?」
触っただけで凄い熱を感じる。他の感染者と同じ症状だ。
「凄い熱だよ寺坂君。まさか?ウイ」
言い終わる前に手で口を押さえられる。どうやら思った通りウイルスに感染しているようだ。
「黙ってろ。俺は体力だけはあんだから。こんなもんはほっときゃ治るんだよ。」
「そんな無茶だよ!」
「烏間の先公が麻痺ガス浴びちまったのは俺が下手に前に出たからだ。それ以前に俺のせいでクラス全員の奴等を殺しかけた事もある。こんな所で脱落してこれ以上足引っ張れる訳ねえだろ。」
「寺坂君‥」
「いいね。」
「あん?」
「バカ坂の癖にかっこいいじゃん。安心しろよ潮田、いざとなったら俺がこのバカ背負ってやるからさ。」
「いってぇ!てめえ病人に気遣えよ!」
門倉君は寺坂君にケツキックして、先に進む。寺坂君も蹴られた所を撫でながら、渋々続く。どうやら、僕が心配し過ぎたようだ。
「では、行動開始。」
烏間先生の号令で階段を登り、最上階へと侵入する。部屋の鍵は開いており、スンナリと入る事は出来た。奥にはモニターと人影があり、恐らくその影の正体が今回の首謀者であるのだろう。僕等は烏間先生の指示に従い、練習で習ったナンバという歩法で音を立てる事なく近づく。
無事に接近しウイルスの治療薬が入っているであろうケースを確認する。そのまま僕等は取り押えるために準備する。
そして仕掛けようとした瞬間、あの声が聞こえた。
「痒い、思い出すと痒くなる。でもそのせいかな、いつも傷口が空気に触れるから感覚が鋭敏になってるんだ。」
ケースに備え付けられている爆弾のスイッチであろう物が幾つも床に放られる。これではどれを取ってもスイッチを押されてしまうだろう。
「言ったろ、元々マッハ20の怪物を殺す準備で来てるんだ。リモコンだって超スピードで奪われないよう予備を作る。うっかり俺が倒れ込んでも押すくらいのな。」
聞き覚えのある声だった。しかも、前よりずっと邪気を孕んで。
「連絡が付かなくなった人物は3人の殺し屋の他にもう1人いる。防衛省の機密費、暗殺の予算と共に姿を消した内部の人間。どういうつもりだ、鷹岡!!」
そう言ってこちらと向き合った鷹岡先生は頬に掻き傷があり、目が狂気を孕んでいる。
「悪い子達だ。恩師に会うのに裏口から来る。父ちゃんはそんな子に育てたつもりはないぞぅ。仕方ない、夏休みの補習をしてやろう。」
「鷹岡‥‥先生。」
ケースを手に鷹岡先生は席から立ち上がる。別の場所で仕掛けようとしているようだ。
「屋上へ行こうか。愛する生徒達に歓迎の用意がしてあるんだ。着いてきてくれるよな?お前らのクラスは俺の慈悲で生かされているんだから。」
ケースを持っている以上何も手を出せない。僕等は鷹岡先生の言う通りに屋上へと移動した。
「殺し屋を雇い、生徒達をウイルスで脅すこの凶行。血迷ったか?」
「おいおいおい、俺は至極まともだぜ。これは地球が救える計画なんだ。大人しくそこのちっこいの2人に賞金首を持ってこさせりゃ、俺の暗殺計画はスムーズに仕上がったのになぁ。」
「‥‥‥‥」
「計画ではなぁ、茅野とか言ったっけ、女の方?そいつを使う予定だった。部屋のバスタブに対殺せんせー弾がタップリと入れてある。そこに賞金首を抱いて入ってもらう。その上からセメントで生き埋めにする。対先生弾に触れずに元の姿に戻すには生徒ごと爆裂しなきゃいけないっていう寸法さ。生徒想いの殺せんせーはそんな酷い事しないだろ?大人しく溶かされてくれると思ってな。」
あまりにも非人道的な作戦で皆言葉を失う。こんな作戦、防衛省は容認しないだろう。
「‥‥あ、悪魔。」
「‥糞野郎だな。」
「全員で乗り込んで来たと知った時は肝を冷やしたが、やる事は大して変わらない。お前らを何人生かすかは俺の機嫌次第だからな。」
「許されると思いますか、そんなマネが?」
「これでも人道的な方さ。お前らが俺にした非人道的な仕打ちに比べりゃあな!」
鷹岡先生は頬の傷を掻き毟り始める。
「屈辱の目線と騙し討ちで突き付けられたナイフとセコイ真似して当てられた拳がよぉ、頭の中ちらつく度に顔が痒くなってなぁ。夜も眠れねえんだよ!落とした評価は結果で返す。受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す。特に潮田渚、門倉猛!俺の未来を汚したお前らは絶対に許さん。」
「背の低い生徒を要求したのは渚を狙っていたのか。」
「神崎さんが感染したのは、まさか門倉を誘い出す為なのか。」
「完璧な逆恨みじゃねえか!」
「へぇ、つまり渚君はあんたの恨みを晴らすために呼ばれた訳?その体格差で勝って本気で嬉しい?俺ならもっと愉しませてやれるけど。」
「イカれやがって、てめえで作ったルールの中で渚や門倉に負けただけだろうが。言っとくけどな、あん時てめえが勝ってようが負けてようが俺らてめえの事大っ嫌いだからよぉ!!」
「ジャリ共の意見なんか聞いてねぇ!俺の指先でジャリが半分減るって事忘れんなぁあ!!」
「‥‥‥‥!」
カルマ君や寺坂君が挑発するけど、そらは鷹岡先生を逆上させてしまうだけだった。何より爆弾のスイッチを入れる、その一言で皆黙ってしまう。鷹岡先生はヘリポートへの階段を上り始める。
「チビ、あとデカブツ。お前ら2人で上がってこい。この上のヘリポートまでな。」
僕と門倉君を指名した鷹岡先生はヘリポートへ先に上がる。僕だけでなく、門倉君にも皆が止めに入る。
「渚、ダメ。行ったら!」
「門倉、あんな奴の言う事に従う必要なんて無い!」
「まぁ行くしかないだろ。」
「うん。行きなくないけど、行くよ。」
「早く来いオラァ!!」
ヘリポートの方から鷹岡先生が声を荒らげる。完全に興奮して我を失っている。僕は茅野に殺せんせーを渡すと門倉君と共に階段を上がる。
「あれだけ興奮してたら何するかわからない。話を合わせて冷静にさせて、治療薬を壊さないよう渡してもらうよ。」
「だな。じゃ、行こうぜ。」
僕等は2人揃ってヘリポートまで上がり、鷹岡先生と向かい合う。僕の前には鷹岡先生との勝負の時に使ったナイフが置いてあった。鷹岡先生がスイッチを掲げると、烏間先生は銃口で鷹岡先生に狙いをつける。
「鷹岡!」
「おぉっと勘違いするなよ。これは潮田渚君、門倉猛君との大切な時間を邪魔されない為だ。」
ヘリポートまでの階段が爆破され、ここからの脱出が困難な物へと変わってしまった。
「これでもう誰も登って来れねぇ。俺のやりたい事は分かるな?この前のリターンマッチだ。」
「待って下さい鷹岡先生。戦いに来た訳じゃ無いんです。」
「だろうな。この前みたいな卑怯な手は通じねえ。一瞬で俺にやられるのが目に見えてる。だがな、一瞬で終わっちゃあ俺としても気が晴れねえ。だから戦う前にやる事やってもらわなくちゃな。」
「‥?」
「成る程な。」
「謝罪しろ、土下座だ。実力が無いから卑怯な手で奇襲した、それについて誠心誠意な。」
僕と門倉君はその場で正座し、謝罪する。
「僕は‥」
「バカガキがぁ!頭擦り付けて謝んだよ!」
「‥‥潮田」
「うん。」
2人で示し合わせて、頭を下げる。
「僕等は実力がないから卑怯な手で奇襲しました。ごめんなさい。」
「おお、その後で偉そうな口叩いたよな?出て行けとか!」
隣にいる門倉君が頭を横から蹴り上げられる。
「グゥ!」
「ガキの分際で大人に向かって!生徒が教師に向かってだぞ!」
門倉君はひたすら蹴られ続けるのをただ黙って耐えている。僕は堪えて、謝罪を続ける。
「ガキの癖に大人の人に先生に生意気な口を叩いてしまいすみませんでした。本当にごめんなさい。」
「ガァア!!」
ようやく謝罪を終え頭を上げると、目の前で鷹岡先生が門倉君の頭を思い切り踏んづけている。鷹岡先生は門倉君の頭を何度も踏みつけながら嬉しそうな顔をしている。
「フフフハハ!よぉしやっと本心を言ってくれたな。父ちゃんは嬉しいぞ。褒美に良い事を教えてやろう。ウイルスで死んだ奴がどうなったか、スモックに画像で見してもらったんだが笑えるぜ。全身デキモノだらけ、顔が葡萄みたいに腫れ上がってな。見たいだろう、渚君!」
「ああっ!!?」
鷹岡先生はケースを宙に放り投げる。
「ヤメロォおおおお!」
無情にもケースは爆発する。薬が砕け散るのが分かる。そして鷹岡先生は何処から取り出したのか、注射器を門倉君にも突き刺す。
「グァアア!!」
「ほぉら、10倍に凝縮したウイルスだぞぉ。これならお前の命はあと1時間もない。アハアハハハ!アハハハヒーハハハハハハハハ!!そう、その顔が見たかったぁ、夏休みの観察日記にしたらどうだ?こいつの顔面が葡萄みたいになっていく様をよ!!」
鷹岡先生が門倉君を踏みつける中、門倉君だけでなく寺坂君をつい見てしまう。
何て事をしてしまったんだろう。これで、皆を救えなくなってしまった。皆言葉を失い、ただ鷹岡先生の笑い声だけがその場に響き渡る。
ウイルスを注射された門倉君は力なくその場で倒れ込んだままだ。その光景を見て、僕の頭は一気に黒く染まる。目の前に置いてあるナイフを手に取る。そして必死に呼吸を整える。そして、奴に突きつける。
(‥‥殺してやる。)
「ころ、してやる。」
「へへへへへへ、そうだ。そうでなくっちゃなあ。」
「こ、殺してやる。」
奴を殺す、その考えだけが僕の頭を支配していくのだった。
烏間視点
門倉君は注射されてから全く動かなくなってしまい、渚君は怒りに身を任せてナイフを構える。鷹岡はその様子にさらに喜び始める。
「殺してやる、よくも皆を!」
「その意気だ。殺しに来なさぁーい!渚君!」
「渚、キレてる。」
「俺らだって殺してーよ。あのゴミ野郎!けど渚の奴、マジで殺る気か‥?」
「いけない、渚君を止めな」
奴が言い終える前に寺坂君がスタンガンを渚君に投げつける。
「調子こいてんじゃねえぞ渚!薬が爆破された時よ、てめえ俺とそのバカを憐れむような目で見たろ?一丁前に他人の気遣いしてんじゃねえぞもやし野郎!ウイルスなんざ寝てりゃあ余裕で治せんだよ!」
「寺坂、お前!?」
「そんなクズでも息の根を止めりゃあ、殺人罪だ。てめえはキレるに任せて100億のチャンスを手放すのかぁ!」
「寺坂君の言う通りです、渚君。その男を殺しても逆上しても不利になるだけです。そもそも彼に治療薬に関する知識などない。下にいた毒使いの男に聞きましょう。そんな男は気絶程度で十分です。何よりそこで倒れている君のクラスメイトの容体に気を配って下さい。」
寺坂君と奴の説得が耳障りだったのか、鷹岡が動く。
「おいおい、余計な水差すんじゃねえよ。本気で殺しに来させなけりゃ意味ねえんだ。このチビの本気の殺意を屈辱的に返り討ちにした上でお前らの目の前であのボクシングバカを死なせて、初めて俺の恥は消し去れる。」
「渚君、寺坂君のスタンガンを拾いなさい。その男の命と先生の命、その男の言葉と寺坂君の言葉、それぞれどちらに価値があるのか考えるんです。」
すると寺坂君が倒れこむ。どうやらだいぶ前から発症していたのを我慢していたようだ。熱もだいぶ出ており、木村君と吉田君が抱き抱える。
「お前これ熱やべぇぞ!」
「こんな状態で来てたのかよ。」
「‥うるせえ。見るなら、あっちだ。やれ、渚。死なねえ範囲でブッ殺せ。おいてめえもだ門倉!早く起きろよこのバカ野郎!いつまで寝てやがる!」
渚君が寺坂君の言葉に動かされたようで、スタンガンを拾い上げベルトに装着する。上着を脱ぎ捨てる。
「うるせえよ‥バカ坂が‥!」
門倉君もその言葉に動き出し、ゆっくりと立ち上がる。鷹岡の言う通り、既に呼吸が乱れており、こちらから確認できる限り腕に幾つかの腫れが出来始めている。
「へ、遅えんだよバカ野郎が!」
門倉君は渚君と同様に上着を脱ぎ捨て、ファイティングポーズを取る。
「待たせたな、クソ教師!第2ラウンドだ。」
2人の戦闘の意思に鷹岡は喜ぶ。
「おーお、かっこいいねぇ。」
「殺せんせー、渚スタンガンしまっちゃったよ。」
「ナイフ使う気満々だな。安心したぜ、一応言っとくがここに薬の予備がある。渚君や門倉君が本気で殺しに来なかったり、下の奴等が邪魔をしようものなら、こいつを破壊する。烏間ぁ!邪魔すんじゃねぇぞ!!」
「クッ!!」
「作るのに1ヶ月はかかるそうだ。人数分には足りないが、最後の希望だぜ。」
下からヘリポートに登ろうとしていた岡野さん達にも気付いているようだ。完全に手が出せない。
「烏間先生、もし渚君や門倉君が生命の危機に瀕していると判断したら迷わず鷹岡先生を撃って下さい。」
(先々まで見通せるこいつがここまで言うとは、今までになく危険な状況という事か‥いや、俺が見ても間違いなくまずい。3人の殺し屋達はなんとかこちらのペースに持ち込んで倒す事が出来たが。今は完全に立場が逆、潮田渚が暗殺に持ち込もうとしても‥‥)
渚君は仕掛けようとするが、それに備えている鷹岡はしっかり反応し渚君を蹴り飛ばす。
「潮田!!」
「人の心配している場合じゃねえぞ!!」
「ガァア!?」
門倉君もいつもより動きにキレがなく避けられず鷹岡に腹部を殴られ、渚君の近くまで飛ばされる。
「おら、どうした。殺すんじゃなかったのか?」
「潮田‥」
「‥うん。」
2人はアイコンタクトを取り渚君はナイフで、門倉君は素手で鷹岡に仕掛ける。
(今の鷹岡は前と別物だ。最初から戦闘モード、心が狂気で満たされた精鋭軍人。いかなる奇襲も通じない程隙がない。)
2人共、殴る蹴るなどの暴行を加えられ、なす術がない。渚君は床に両膝をつき、門倉君は辛うじて渚君を庇うように立っているが意識は朧げだ。2人共限界のようだ。
(体格、技術、経験、全てにおいて差があり過ぎる。これは全国模試で1位を取るより数倍至難だ。)
「勝負にならないと‥」
「勝てるわけねえよあんな化け物!」
「おいおい、へばるなよ。今までのは序の口だぞ。さあて、そろそろ俺もこいつを使うか。」
鷹岡はナイフを取り出すと門倉君と渚君の方へ歩き始める。それに気づいた門倉君が手を貸し、渚君も立ち上がる。
「手足切り落として標本にしてやる。ずっと手元に置いて、愛でてやるよ!」
「‥趣味悪いな。」
「‥全くだね。」
2人は全く動じていないが、俺は判断に迷っている。今ならまだ手遅れになる前に鷹岡を撃てる。茅野さんも見かねたのか俺に進言してくる。
「烏間先生!もう撃って下さい!2人共死んじゃうよ、こんなの!」
しかし、寺坂君だけは頑として続けるように告げる。赤羽君はもう我慢の限界のようだが。
「待て、手出しすんじゃねえ。」
「まだ放っとけって、寺坂?そろそろ俺も参戦したいんだけど。」
「カルマ、てめえは練習サボってばっかで知らねえだろうがよ。渚の奴、門倉と一緒でまだ何か隠し玉を持ってるようだぜ。」
寺坂君が言っているのは恐らくロブロ氏から2人が教えてもらっていた事の内容なのだろう。確かに、可能性ある。
こちらのやり取りの間に門倉君と渚君の雰囲気がこれまでとはガラリと変わる。何か仕掛けるつもりのようだ。あの時の雰囲気と一緒な事に気付いた鷹岡はつい身構える。少し2人は会話した後、その場に門倉君は仁王立ちで待ち、渚君は笑顔で歩き出す。
1歩、2歩、渚君が歩く度に鷹岡は脂汗をかき動揺する。
「くそ‥ガキぃ!」
ナイフの届くかどうかの距離まで来た瞬間、渚君はナイフを空中に置くように捨てる。そしてナイフが落ちる瞬間、渚君は鷹岡の目の前で猫騙しをした。鷹岡はそのまま倒れ始め、一瞬の隙が生まれる。渚君はスタンガンを取り出し、構える。
止めを指すのかと思いきや、目を離した一瞬で気配も音もなく鷹岡の背後に移動した(どうやって移動したのかは俺にも分からないが)門倉君が振り下ろすように鷹岡の顔面に向けて拳を構える。
「これで終わりだ。」
門倉君の拳が鷹岡の顔面に当たる、いや突き刺さるという表現の方が正しいだと思う。その勢いを維持したまま鷹岡の顔面事床へと衝突する。鷹岡は打ち付けられたまま、動かなくなった。
「‥‥‥」
全員一瞬の出来事に目の前の光景を理解するのに時間がかかる。鷹岡は意識が僅かに残っているようで、少し腕が動いていた。
「止めをさせ渚。首辺りにタップリ流しゃあ完全に気絶する。」
「やれ潮田、あとは任せる。」
「‥‥ハァ‥‥コヒュウ‥‥ク‥クソウ」
門倉君はさっきの一発が限界だったようで、ただ見守る。首下にスタンガンを突きつけられた鷹岡の恐怖の表情とは裏腹渚君は笑顔を浮かべ、そして最後の言葉を紡ぐ。
「鷹岡先生、ありがとうございました。」
首下に電気を流された鷹岡は今度こそ動かなくなった。
「よっしゃあぁああ!ボス撃破!」
「やったぁ!!」
その後タンカをヘリポートへと繋げ、生徒達は無事2人と合流し鷹岡を拘束した。俺は部下に電話を駆け、ヘリをここまで向かいに来させる命令を下す。これで生徒達を無事にホテルまで送り届けられる。
俺の視線の先には肩を貸してもらってる寺坂君と、その向かい側で辛うじて立っている門倉君が映る。2人は力一杯ハイタッチをする、手を組み合う。
「やりやがったな、馬鹿野郎が。」
「ああ?馬鹿馬鹿言い過ぎなんだよ、馬鹿が!」
「うるせえ、だいたいてめえは」
寺坂君の文句の途中で疲れ切った彼は崩れるように床に倒れる。そして動かなくなった、その様子に他の者が慌てて駆け寄る。
「門倉君!門倉君!」
「‥‥‥‥」
彼はそのまま死んだように動かなくなった。
門倉視点
目が覚めると、真っ白の部屋だった、なんていう2度目のシチュエーション。ここは恐らくホテルの部屋、隣を見ると間抜けな顔をした寺坂や吉田、村松が熟睡している。
(昨日、あの後どうなったんだ。)
潮田と共に鷹岡を倒したのは憶えているが、寺坂に文句を言われその後から記憶がない。
(ここにいるという事は多分何とかなったんだろう。)
昨日感じた凄まじい熱も腕に出来てた腫れも無くなっている、無事にウイルスは何とかなったようだ。感染してた寺坂や村松も同じ部屋のベットで寝ているから恐らく確定。
ベットから起き上がるとすでに時刻は夕方になっており、窓から夕日が差し込んでくる。俺は寺坂君や吉田、村松を起こすと一緒に外へ出る事とした。その時に
「お前‥よく起きれたな?」
「やっぱお前化け物だわ。」
と言われたのは心外だったので一発殴っといた。体操服に着替え、ホテルの外の浜辺に出ると皆と合流する。会う人全員が寺坂達と同じような反応をするので聞いてみたら、他の感染者に盛られたのは命に影響しないウイルスで、俺が注射されたのは本物のウイルス、しかも鷹岡の言った通り10倍に濃縮された物だったようだ。
すぐに鷹岡が持っていた治療薬を投与されて危なく終わったようだが、昨日倒れたタイミングで死んでいてもおかしくなかったと、防衛省に拘束される前の毒使いが言っていたらしい。まあ、今生きているし、鷹岡は思いっきりぶん殴ったからもう良しとする。
落ち着きを取り戻した俺らは海上に作られている大きな建造物を皆で眺める。昨日立っていなかったから、あの事件の後に建てられたのだろう。
「今、あん中に殺せんせーいるの?」
「うん。ダメ元だけど、戻った時殺せるようにガッチリ固めておくんだって。烏間先生が不眠不休で指揮を取ってる。」
「疲れも見せず凄い人だよ。」
「スゲえよな、あと10年で俺達あんな超人になれるのかな。」
「さあな。」
「ビッチ先生もああ見えて凄い人だし、ホテルで会った殺し屋達もそうだった。長年の経験で凄い技術を身につけていたり、仕事に対してしっかりした考えがあったり。」
「と、思えば鷹岡みたいにああはなりたくないと思う奴もいて。」
「良いなと思って人は追いかけて、ダメだと思った奴は追い越して。多分それの繰り返しなんだろうな、大人になってくって。」
皆、それぞれ昨日1日の出来事に思う所があったようだ。たしかに俺も夢のためにあの人達の話や生き方は色々参考になりそうだ。
「まあ、身体能力をまず上げないとな。」
「お前はそのままで十分化け物だよ。」
「んだとバカ坂。」
「お前そろそろその呼び方してるとぶっとばすぞ!」
「ああやってみろ。全日本チャンピオン舐めんなよ!」
俺と寺坂は互いの襟元を掴み睨み合うのを皆が見て笑い出す。その様子を見ると俺も寺坂も阿呆らしくなって、襟元から手を離す。
海上から爆発音が響き、振動が伝わってくる。どうやら殺せんせーが復活したようだ。
「爆発したぞ!」
「やれたか?」
結果は皆分かっていたようで、何時も通り触手をヌルヌル動かした殺せんせーが僕等の前に立っていた。
「ヌルフフフフフ!先生の不甲斐なさから苦労をかけてしまいました。ですが、皆さん。敵と戦い、ウイルスと戦い本当によく頑張りました。」
「おはようございます、殺せんせー。やっぱ先生は触手がなくっちゃね。」
「はい、おはようございます。では、旅行の続きを楽しみましょうか?」
「はい!」
「たって、明日の朝には帰るだろ?」
「何言ってるんですか!先生は殆ど完全防御形態でしたから、遊び足りませんよ!」
「元気だな。」
殺せんせーの言葉をキッカケにして、殺せんせーは遊び始め皆暗殺や遊びを始めた。そんな中、俺は潮田の所へ向かう。
「門倉君。」
「お疲れさん。お陰で助かったよ。」
俺から手を差し伸べ握手を求める。潮田は握手に応じて互いに互いの手を握る。
「僕も門倉君がいなかったらどうなったか分かんないから。」
「‥‥俺達、息が合わせやすかったな。初めての連携とは思えなかった。」
潮田は少し照れくさそうにしている。俺は純粋に賞賛したのだったが、社交辞令だと勘違いしているようだ。
「相性が良いのかもね。まあ、僕は付いていくので精一杯だったけど‥‥」
「だが、俺の中ではE組の中でお前が1番合ったと思う。これからもよろしくな、渚。」
「‥‥うん!僕の方こそよろしく‥猛。」
苗字から本名では呼ばれた事に少し驚いた後朗らかに笑みを浮かべた渚は俺の名前を呼んでから、茅野達がいる方へと向かう。俺はついて行かず砂浜から出る。ホテルのテラスから皆の様子を眺めていると、殺せんせーが現れ頭に触手をのせる。
「頑張りましたね。」
少し照れくさくなる。自分の努力を心の底から褒められるのは久々だからだ。でもこっちの考えが簡単に読まれている、本当にこの先生には敵わない。
「俺はまだ弱い。」
「ええ。」
「自分の手で守れなかった。」
切り札を出しあぐね鷹岡の策略に乗ってしまい、潮田まで危険な目に合わせてしまった。きっと切り札を出せばすぐにでも決着をつけれた筈だ。なのに、俺はそれが出来なかった。それが悔しいのだ。
「そうですね。その思いを知っているなら、君はまだまだ強くなれますよ。門倉猛君、挑戦を楽しみなさい。君はそれが出来る人間です。」
そう言い残し、殺せんせーは音速で去った。取り残された俺はまた夕日を眺めていると、ふと右手に何か感じる。見てみると、手を握られていた。
「有希子‥?」
俺の隣に立ち、無言な彼女はただ俺の手を力一杯握りしめている。怒っているのは分かるが、いつも雰囲気は異なる。そんな彼女はたどたどしく言葉を繋いでいく。
「‥‥治ったの?」
「ああ、有希子も無事なようで安心した。」
俺がそう答えると彼女は握る手にさらに力を込める。
「昨日傷だらけで意識がない、タッちゃんを見て‥私、心配した。」
「‥ああ。」
「私は、タッちゃんが‥私の手の届かないところどこかに行っちゃうんじゃないかといつも不安なんだよ。」
「‥ごめん。」
「‥‥‥本当に私の事を大切に思ってるなら。お願いだから、私を置いて1人で勝手にどこかに行かないで‥‥‥!」
「‥‥ごめん、俺はどこにも行かないから。」
「‥‥‥馬鹿ぁ‥」
彼女の力は俺のには到底届かない。
本来なら俺の手に痛みが走る筈がないのだ。
でも、その時だけは握り締められている手がとても痛かった。