潮田視点
あの夏の暗殺合宿が終わり、忙しかった夏休みも終わりに近づいてきた。残り2日間となった所で、先日の夜メールで猛から呼び出された僕は彼の自宅へと来ていた。チャイムを押した後、直ぐに僕を呼び出した張本人が現れる。
「いらっしゃい、渚。入ってくれ。」
「‥うん、お邪魔します。凄い隈だね。」
「まあな。」
出迎えてくれた甚平姿の猛は格好は似合っていても、顔色がとても悪い。
(目の下に大きな隈が出来てる!?それにいつもの猛とは違って、余裕がない感じがする。)
玄関で靴を脱いだ僕は猛に案内されて、1階の客間に通される。7月のテスト勉強合宿の時に使った部屋程広くない8畳程度の客間には、壁にテレビが掛かっており部屋の中心に掘り炬燵がある。炬燵の上には、A4用紙2枚とゲーム1機が置いてあり、近くには見覚えのある人物が寝ていた。猛はその人物の身体を揺らし起こそうとする。
「おい、起きろ赤羽。渚が来たぞ。」
「‥‥‥ん、ああ、渚君。来たんだね。」
起きたばかりのカルマ君は大きく伸びをすると、机に置いてあったゲームをやり始める。僕も掘り炬燵に座ると猛は机の上に飲み物が入ったコップを置く。
「粗茶だが、良かったら飲んでくれ。」
「ありがとう。」
「んー、ありがとねー。」
飲んでみると麦茶だったようで、氷によってキンキンに冷えており、とても美味しい。真夏の猛暑の中歩いてきた身としては骨身に染みる美味しさである。そんな僕を見て察したのか、猛は少し嬉しそうに座る。
「暑さを還元できたようで良かったよ。今日は暑い中すまなかったな。」
「別に良いよ。用事があった訳じゃないし。」
「僕も。宿題も終わったし今日どうしよっかなって思ってた。」
今のやり取りからカルマ君も昨日猛に呼び出されたみたいだ。まあ、既に夏休みの宿題を終わらせた僕は今日をどう過ごすか考え中だった。実家にいたい訳でもなかったから、猛からの誘いは正直助けられたものがあったのだ。
「それで、話っていうのは?まさかその隈に関係あるの?」
「ああ、まああるにはあるな。実は‥‥」
カルマ君からの質問に俯いてしまった猛は暫く黙り込み、顔を上げる。
「明日有希子とデートをするんだが、俺が考えたプランに率直な意見を聞かせて欲しい。」
「「ブフッ!!」」
つい飲んでいた麦茶を2人揃って吹き出してしまった。あまりにも予想を上回る質問に驚きを隠せない。カルマ君なんかもう悶絶するくらい笑いを堪えているし。
「‥‥まさかとは思うけど、その隈って?」
「3日前から計画を考えていて、一睡もしていない。」
「プッ!アッハハハハハ!!!デートのプランで三日三晩寝てないって‥アハハハハ!!あー、お腹痛い。」
(ああ、駄目だ‥カルマ君のツボにはまってしまった‥)
一緒のクラスになるまでは分からなかったけど、彼は少し変わっている。神崎さんが関わる件だと、どんな労力も惜しまないのだ。言い換えて仕舞えばそれ以外の事にはあまり執着しないのだ。自分の睡眠時間を削ってまで、デートのプランを考え続けられる彼の集中力は神崎さん限定で高いのだろう。そんな猛の一言で笑い出してしまったカルマ君を猛は不思議そうな顔で見ている。
「何か、おかしかったか?」
「だって、デートのために、三日三晩って、どんだけ真面目なの‥‥!オーケー、とりあえず見せてよ。」
「そ、そうだね。そのプリントなんだよね。」
「ああ、頼むよ。」
机の上に置いてある2枚のプリント、恐らくここに書いてあるのだろう。猛は頷くと1枚ずつ僕とカルマ君に渡す。どうやら同じプリントを2枚に刷っておいたようだ。僕もカルマ君も軽い気持ちで目を通すと、その中身に驚かされる。
「ど、どうだろうか?」
心配そうにこちらの様子を伺う猛は僕等が黙っている=プランが駄目だった、と思っているようだ。だがそれは全く違う。なぜならこのプランは
「完璧じゃん。」
そう、完璧なのである。
【計画書
16:00浴衣に着替える
17:00有希子を自宅迄迎えに行く
17:30ゲームセンターで遊ぶ
18:00祭りへと行き、屋台を楽しむ
19:00椚ヶ丘神社の裏手の場所から花火を見る(サーチ済み)
20:00自宅に戻る
21:00客間にてホラー映画を鑑賞
22:00神崎宅へ有希子を送る】
(時間帯が少し遅いかもしれないけど、特に文句をつける所はない。神崎さんが好きなゲームを入れている所も良いと思うし、問題はないと思う。)
カルマ君も同じなのだろう。もうふざけた様子もなく、真剣に目を通している。僕も思った事を伝える事とする。
「ゲームセンターに行くの神崎さんなら喜ぶと思うし。時間帯もきちんと決められてるし、僕も問題ないと思うよ。」
「そうか、良かったぁ。」
余程不安だったのか、安心しきった猛は机に突っ伏す。本当に真剣に悩んでいたようだ。
「これで安心して、明日を迎えれる。」
「そっか、力になれたようで安心したよ。」
(ん、ちょっと待てよ。まさか用件って)
「用件ってさもしかしてこれだけ?」
「ああ、2人にこれを見て欲しかったんだ。寺坂達じゃ参考にならないしさ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「ん、どうした?」
カルマ君を見ると目が合う。どうやら同じ事を考えているようだ。猛は全く気付いてないが、僕等は今思っている事を同時に言う。
「「‥‥メールで送れよ!!」」
【門倉猛の弱点:神崎有希子が絡むと判断力が落ちる】
赤羽視点
「いやぁ、昼間はすまなかった。詫びと言っちゃなんだが、これから夕飯を作るから食べて行ってくれ。」
笑いながら俺に謝罪してくる男、門倉猛。椚ヶ丘中学でトップを走り続ける男、ボクシングで去年全日本チャンピオンになり入学してから成績トップを取り続けている完璧超人。ルックスも性格も良く、男女問わず学園の人気者。目の前にいる男はそういう奴だ。
E組に入る前は違うクラスで面識がなかったけど、まさか1人の女子が関わる事でここまで馬鹿になるとは思ってもみなかった。
昼間の呼び出しの後、暫くダラダラ過ごしていたのだが、渚君は親から呼び出されたらしく自宅に帰り、2人きりとなった。門倉は机に置いてあったコップをお盆の上に乗せ、片付けようとしていた。
(まあ自宅に帰っても親は今日遅いし、普通にここ居心地が良いから夕飯ぐらい、いただいて行こう。)
「じゃあありがたくご馳走になろうかな。」
「分かった!下ごしらえは終わってるから、キッチンのテーブルまで来てもらって良いか?」
「はーい。」
門倉はお盆を持って先に客間から出て行く。ゆっくりと掘り炬燵から出て、客間からキッチンへと向かう。
この家のキッチンはペニンシュラ(半島)型のオープンキッチンとなっている。分かりやすく言えば、壁からキッチンセットが半島のように付き出た形のタイプである。そのためキッチン脇に置いてあるテーブルから、作っている人の顔や料理の様子が良く分かる。
キッチンに隣接している木製の机の傍にある椅子に腰掛けると、門倉がキッチンで鼻歌混じりに嬉しそうに作っているのが、分かる。
「赤羽は何か食べ物アレルギーあるか?」
「いや、ないよ。」
「そうか、じゃあこれから海鮮卵とじ丼を作るわ。」
そう言うと門倉は手馴れた様子でネギを切り、事前に切り分けた魚介類を鍋に入れる。そこで鍋に溶いていた卵を回し入れ、他にも何かを作り始めた。
「そういえばさ、門倉君って神崎さんに告白しないの?」
「ああ、もうしたよ。」
「はぁ!?」
俺は驚いてつい立ち上がってしまうが、門倉君はそれを気にせず手を動かし続ける。
(聞いてないよそんなの‥‥)
「何それ、初耳なんですけど‥」
「まあわざわざ人に言う事でもないしな。よし、出来た!」
門倉は2つの丼によそい、その上に鍋から具材をのせ、こちらに丼を運ぶ。机の上に並べられた丼からは美味しそうな匂いが全身を刺激し、食べたいと訴えかける。今すぐにでも食べたくなってしまう。そんなこちらの思いとは別に門倉は
キッチンへと向かい、また調理を始める。
「まだ汁物が無いからちょっとだけ待ってくれ。」
まだ何か作るつもりのようだ。調理を始めた門倉に俺は先程の話をしかける。
「門倉君っていつ告白したの?」
「この前の潮田達が来た合宿の時かな。」
「何でしたの?」
「幼馴染っていう関係に俺が我慢出来なかったからかな。それにお前にも言われたしな、そろそろ言わなきゃいけないと思ってた。」
「‥‥‥‥‥‥‥//」
素直過ぎる返答に逆にこちらが恥ずかしくなる。
(こいつ、どんだけ素直なんだよ‥!?)
直球な解答に、聞いたこちらが逆に恥ずかしくなってしまう。門倉は鍋の中身を装い、そのままテーブルへと運ぶ。俺の前、自分の前に配膳すると奴も俺の向かい側に座る。
「それじゃ、食べようか。いただきます。」
「‥‥いただきます。」
門倉に乗せられて、こちらも真剣に祈ってしまう。10秒ほど祈りは続き、ようやく終わる。
「じゃあ食べようか。」
「‥うん。」
門倉は料理に夢中になって食べ始める。俺も食べてみるが、かなり美味い。料理でもこいつは才能を持っているようだ。神崎さんについてはもう揺さぶっても、いとも簡単に受け流されるだろう。だから、別の話を仕掛ける。
「じゃあさ鷹岡との決闘の時の最後の動き、アレについて教えてよ?」
「‥‥‥‥‥聞きたいか?」
「うん。」
1番気になっていたのはここである。あの暗殺合宿初日の夜、門倉猛が渚君と共に鷹岡に勝負を挑んだ時の事だ。門倉猛は数メートル離れた鷹岡の背後に一瞬で回りこみ、そして妙な一発を当てた。移動のスピードだけでなく止めの一発はこれまでとは一線を画していると、俺の直感が告げていた。
(俺はあの時渚君に恐怖を感じなかった事だけでなく、あの一発の拳に強烈な恐怖を抱いたんだ。)
「結局あの時の動きは何だったの?」
「あれは、ロブロさんから教えてもらった移動法で、武道では縮地と呼ばれている技術だ。対象に気付かれないように瞬時に近付く間合いを詰め相手の死角に入り込む、それをやっただけだ。」
簡単そうに話すが、実際そうではない。この技術は武道家が全員出来るわけではなく、ある程度の技術がなければ出来ない。それくらいの物である。という事は門倉猛がその領域に到達している事を証明している事になる。
「じゃあ鷹岡をノックダウンしたあの一発は何だったの?あれはロブロさんに教わった訳ではないでしょ。」
「いや、あれもロブロさんから教わった事を応用している。無拍子って奴だよ、聞いた事があるだろ?」
「‥まあ、あるけど。」
無拍子とは武道家の中で予備動作無しで技を放つように見える反射である、と聞いた事がある。何千何万回と同じ動作を繰り返した武道家が無意識の内にその境地に至ると聞く。縮地と同様である、素人が簡単に至れる境地ではない。
俺の疑問に応えるように門倉は話を続ける。
「俺は小学生の時からボクシングをやって来た。パンチやステップワークに関しては鍛えてきたから基礎は固まっている。だから、ロブロさんはこの2つは俺が出来るかと見立てた。そして条件が揃っていた俺が練習して出来るようになった。ただ、それだけだよ。」
門倉は退屈そうに話し、丼の中身を口に掻き込む。習って掻き込むも、口に幸福感が運ばれる、流石は烏間先生を唸らせた素晴らしい料理人である。
「じゃあ、門倉君はもうてっぺんに辿り着いた訳だ?」
「何?」
「もう現役エリート自衛官には勝てるんじゃんだったらこれ以上強くなる必要はないでしょ。」
(何言ってるんだ俺は‥?)
自分の理性を置き去り、感情の赴くままに口は勝手に動く。行ってはいけないと分かっているのに。
俺の言葉や行動を見ていた門倉はあくまで冷静に答える。
「俺はまだ弱いよ。」
「そんな事ある訳でしょ。十分強いじゃん。」
これ以上強いと言ったら、烏間先生クラスになる。完全に人間を辞めてしまう。
「俺は、好きな女の子とのデートに対して三日三晩徹夜しないとプランを立てられないくらい小心者だぞ。」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「分かるか、俺はそんなに上等な人間じゃないんだよ。お前がどう高尚なイメージを抱いているか分からないけどな。」
「ええ、そうですねぇ。門倉君は割と小心者ですから。」
言葉と共に殺せんせーが現れる。門倉は全く驚いていないようだ。いつの間にか門倉は食べ終わっていたようで、俺は丼の中身を慌てて掻き込む。
「来てくれましたか、殺せんせー。」
「えぇ門倉君からの相談なんて珍しいですから、先生張り切っちゃってペルーの用事を終わらせていましたよ。」
殺せんせーはカメラを出して、写真を見せてくる。どうやらマチュピチュを上空から写真に収めてきたようだ。
「では、早速見ていただきたいんですが‥‥」
「その前に門倉君、先生いつもの特製プリンをいただきたいのですが‥」
(いつも食べに来てるのかよ!?)
「わかった。じゃあ俺の部屋の冷蔵庫に入ってるから取ってくるよ。」
門倉はそう言うと俺と殺せんせーを残して階段を上がっていった。
「カルマ君。」
殺せんせーは俺の頭に手を置いて撫でながら、話し始める。
「君は今大きな壁にぶつかっています。それはこれまでの君からしてみれば想像がつかない物です。」
「でもねぇ、カルマ君。壁に当たる事なく大きくなる人なんていないんですよ。」
「‥‥嘘だ。現にあいつは欠点なんてないじゃないか。」
「‥‥彼の小学生時代からボクシングの試合での成績を御存知ですか?」
「知らない、でもどうせ全勝とかしてるんだろ?」
(あの完璧超人の事だ、それくらいの事しててもおかしくない。)
殺せんせーはこちらの考えを読んでいるかのように笑みを浮かべる。
「残念です。練習試合を含めたら20勝24敗、負け越してるんですよ。」
殺せんせーが見せたカメラの中には、相手選手に殴られボロボロとなっている門倉が写っていた。
「‥‥‥‥‥‥!?」
「確かに、彼は君達クラスメイトから見ればそつなく多くをこなす人のように見えるでしょう。でも実際は異なる。彼は幼い頃から人一倍努力を重ね、そして人一倍失敗してきた。その結果、日本チャンピオンとなり、今皆より少しだけ上の場所にいる。そして、君らよりも少しだけ先を見て行動している。ただそれだけなんですよ。」
信じられなかった。彼にそんな経歴があったとは思ってもみなかった。俺の驚きに対して殺せんせーは更に畳み掛ける。
「先生はねぇカルマ君。先生は君が彼に対して感じている物は何か知ってるんですよ。ただ、それは自分の中で見つけなきゃいけない物なのです。」
殺せんせーはまた俺の頭の頭を優しく撫でる。
「悩みなさい、その過程で培われた物は君にとって大きな糧となるでしょう。」
(ああ、そうか。この気持ちの答えは‥‥)
殺せんせーの言葉で俺の頭の中に1つの答えが浮かび上がる。
(俺は、あいつに‥‥門倉猛という人間に憧れている。そして憧れと同じくらい酷く嫉妬しているんだ‥‥‥)
門倉視点
殺せんせーに言われて自室の冷蔵庫からプリンを持ってくると、赤羽は既に帰ってしまったようでキッチンでは殺せんせーが1人で洗い物をしていた。一言言ってくれれば良かったのだが、殺せんせー曰く急用が出来たから、らしい。詫びとして作った飯を無事に食べたようだったので、安心した。
殺せんせーにプランを見てもらった後、要望通り2人でプリンを食べる事にした。小さい頃有希子と一緒に有希子の祖母から教わったのがきっかけで、このプリンをよく作るようになった。前に転校して早々家庭訪問をしてきた殺せんせーに出したら、涙を出す程美味しそうに食べ、俺にまた作って欲しいと頼んできたのだ。その尋常じゃない気迫に俺もつい首を縦に振らざるを得なかった。
プリンを食べた後、殺せんせーは帰り、俺は明日に備えて眠りについた。三日三晩徹夜していたため、夢を見る事なくぐっすりと眠る事が出来た。
そして今日、辺りは既に暗くなり始める頃俺は浴衣に身を包み、彼女の家の前に立っている。緊張で震える指をゆっくりとチャイムに近付け祈るように押すと、中から物音が聞こえ、ドアが開かれる。
「はーい、お待たせ!タッちゃん。」
花の模様が入った薄桃色の浴衣に身を包んだ彼女は俺の世界を一気に鮮やかな物へと変わる。もう効果音がつきそうなくらいである。
「じゃあ、行こうか。」
「うん!」
彼女の手を取り、歩き始める。
この瞬間から門倉猛、人生初の大勝負が始まるのだった。