神崎視点
初めて彼と出会ったのは幼稚園だった。その頃の私は友達がおらず、1人で人形遊びをするボッチな子供だった。ある日、1人で遊んでいる私に1人の男の子が声をかけてくれた。
『君、お隣の神崎さんでしょ?1人で何してるの?』
『‥‥‥お人形さん遊び。』
『そっか。じゃあ僕にも教えてよ!』
『‥‥‥うん!』
自分から声をかける事に臆病だった私に彼は簡単に歩み寄ってきてくれた。彼の一言がきっかけで私に友達ができ、それまでの退屈な日常が楽しい物へと劇的に変わった。その頃には彼の母親は亡くなっており、共に父親と家事をこなす彼の家に私が遊びに行くようになった。今考えればその時から私は彼に淡い憧れを抱いていたのだ。
幼稚園を卒園し小学校に上がると自然と関わりはなくなった、という訳ではなく同じクラスになった事や家が隣同士だったせいかいつの間にか一緒に登下校する仲になった。
『有希子、帰ろ!』
『うん!』
学校終わりにタッちゃんの家に遊びに行って一緒に過ごして、クタクタになって家で寝る、それはとても楽しい日々だった。
ただ小学校3年生になる頃には、男女の関わりは憚られるようになり私とタッちゃんは異質な関係として見られ始める。
『神崎さんってさ、門倉君とどうなの?』
『え‥別にただの友達だよ。』
その頃からお父さんからボクシングを教わり始めていたタッちゃんは常に生傷が絶えず、男子から人気が高かったものの女子からは敬遠されていた。
『門倉君ってたしか前に6年生と喧嘩して先生に叱られてたよね。』
『えーそうなんだ‥‥』
『門倉君ってそんな人じゃないと思ってたからショック〜』
『‥‥‥‥‥』
この時私は知っていた。彼は6年生に殴られていた同級生を守る為に仕方なく拳を振るったのだ。事情を理解していた教師からお咎めナシだったけど、学校に呼び出されたお父さんから物凄く叱られていたのを覚えている。ただ私はどう説明したらいいのか分からず、何も言えなかった。その事を帰り道でタッちゃんに伝えると、タッちゃんは怒る訳でもなく笑顔を見せる。
『そんなのいいよ、結果として殴っちゃったのは事実だしさ。』
『でも、事情を話せば皆だって!』
『俺は別に感謝されたかった訳でも認められたかった訳じゃないんだよ。』
『‥‥‥‥?』
『あの時動けなかったら多分俺は俺に失望してたんだ。ただ、それが嫌なだけだったんだよ。』
『‥タッちゃん。』
カッコいいと思った。人から認められず、敬遠されても自分のルールには必ず従う。そんな彼を隣で自分が支えてあげられたないいなと私は思い始めた。
小学校を卒業し、2人揃って椚ヶ丘中学に進学出来た。同じクラスになれた私とタッちゃんだが、タッちゃんは主席合格し部活でも頭角を現し始め常に皆の中心となっていた。小学校の時の暴行事件などとうの昔に忘れ去られタッちゃんは脚光を浴び始める。
『門倉君って頭も良いし、運動も出来るから魅力的だよねぇ。』
『カッコ良いもんねぇ。あ、神崎さんって門倉君の幼馴染なんでしょ?』
『‥‥え、う、うん。』
『私さ、門倉君の事狙ってるから神崎さんが紹介してくれない?』
『え、いやぁ‥‥どうかな、門倉君そういうの苦手みたいだし。』
『一回だけで良いから!ね、お願い!』
『‥‥‥‥‥‥』
こういった事はこの1回だけで終わった。少なくとも私の方に紹介を依頼する話はなくなった。中村さんから聞いた話だと、告白された時にタッちゃんが手を回して私に話が行かないようにしたらしい。
でもその頃からか、私の頭の中には何かモヤモヤした感情が渦巻いてしまい、私は学校では彼に近づき辛くなってしまった。
時は経ち父と進路の事で揉めていた時期、十分に身動きが取れなかったおばあちゃんに私はこのモヤモヤについて相談した事もあった。
『有希子ちゃん、それはね。恋って言うんだよ。有希子ちゃんはね、猛君の事を1人の男の子として好きになってるんだよ。』
この一言で、私は気付いたのだ。私、神崎有希子は門倉猛君を1人の異性として好意を抱いているのだと‥‥
『俺は…神崎有希子を異性として意識している。出来れば恋人になりたいと考えている。』
E組になって以来、彼とは学内で交流が殆ど無くなっていた。そんな彼がE組に来て以来、私と彼の関係が少しずつ変化しているのだと思い始めたのは定期試験前の勉強合宿。私は彼から告白された。正直言って嬉しかった。今すぐ『はい』と返事をしたかったけど、彼は私に考える時間をくれた。答えは決めていたので、少し残念ではあった。
そして今私は、彼と人生初のデートをしている。
「どうした、有希子?」
「ううん、何でもないよ。」
考え込む私に声をかける彼へごまかしつつ、私達は祭りの喧騒の中を歩く。境内には多くの屋台が立ち並んでおり、賑わっている様子だ。よく見てみればクラスメイトの皆の姿がチラホラと見える。まだこちらには気付いていないようだ。少し前を歩いている彼はこちらを見ないで、呟く。
「そういえば、まだ言ってなかったけど。」
「‥‥?」
「似合ってるよ、浴衣。久々に見たけど、やっぱり綺麗だよ。」
遅すぎる褒め言葉に私は少しだけ意地悪してみる。
「惚れ直した?」
こちらの問いに振り向いて彼はいつも通り笑顔を向けてくる。
「ああ、益々好きになったよ。」
「‥‥‥‥‥‥//」
照れさせようとしたのだが、逆に私が照れてしまう。本当に自分と同い年なのかとつい疑ってしまう程の大人びた感じがする。小学生の頃の彼とは全く異なる。
(‥‥‥嗚呼、彼にはこういった駆け引きでは敵わないなぁ。こういう所はズルいんだから…)
そう思っていると彼は1つの屋台の前で立ち止まる。
「ニュフフフフ!門倉君に神崎さん、こんばんわ。」
店主は人間の格好をした殺せんせー、どうやら屋台で小遣い稼ぎをしているようだ。2人でいる所を殺せんせーに見られてしまい私は内心慌てていたが、タッちゃんは一切臆する事なく、袖から小さい財布を取り出す。
「殺せんせー、ラムネを2本、たこ焼き8個入りを1つ下さい。」
「はぁい、少し待って下さいね。」
そう言うと殺せんせーは音速でたこ焼きを焼き始め、私とタッちゃんにラムネ瓶とたこ焼きの入れ物を持たせる。
「ではお代を‥」
「今日は先生のサービスです。門倉君にはいつもプリンでお世話になっていますので。」
「ではありがたく頂戴します。有希子、あそこに座ろうか?」
「うん!」
タッちゃんに言われて殺せんせーの屋台から少し離れた所にある、ベンチに腰掛ける。渇ききった喉にラムネが炭酸を弾かせながら染み入る。
「シュワシュワするね。」
「ああ、美味しいな。」
過ぎ行く人々の様子を見ながら、ゆっくりと過ごす。無言であっても何故か落ち着く。私はいつも家で過ごすのとは違うこの時間がとても愛おしく感じる。
(このまま‥‥)
「このまま、この時間が続けばいいのにな。」
「‥‥え?」
「‥‥冗談だ。」
困ったように笑いたこ焼きを頬張る彼、一瞬こちらの考えが読まれてしまったのか思った。また沈黙が続いていると、その沈黙を突き破るように1人の女子が現れる。
「門倉君‥‥」
「‥‥‥‥君は‥」
その子はたしか中村さんが言っていた去年のミス椚ヶ丘のグランプリになった人だ。
(先月タッちゃんに告白したって話だったけど‥‥まさか?)
私の悪い予感は的中してしまったようで、その子は私を睨み付けるとタッちゃんの方を見る。
「門倉君、やっぱりその女なの?君が好きって言ってた子って。」
タッちゃんはたこ焼きを食べながら、応対する。一見冷静だけど、目線も合わせてないし声が冷たさを帯び始めている。
「ああ、そうだよ。何か問題でも?」
「問題でもって‥E組じゃない!何で落ちこぼれのE組の女子なんかと‥‥」
「さっきからE組、E組と言っているが、君が告白した俺もE組だって忘れないで欲しいな。」
「‥‥‥こんな女と付き合ってるって知ったら貴方本校舎に復帰出来なくなるわよ。」
「構わないよ、別に。俺別にエリートである事に誇りを持っていた訳でもE組である事が嫌な訳ではないから。」
「‥‥‥それが、私の親から受けた婿入りの誘いを断った理由なの?」
「え?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
(婿入りの誘いなんて初めて聞いた‥‥)
その子の家は余程良いお家柄のようだ。事実、着ている浴衣も高そうな生地を使っている。
「私と結婚したら将来も約束されたのも同然よ。なのに、何でそんな成り上り弁護士の娘なだけの貧相な女に拘るの?」
指をさされた私は何も言えなくなる。ただこの場から消えされたくなってしまう。そんな私をタッちゃんは引き寄せ、私の視界に彼女が入らないようにする。
「前にも言ったけどさ、中学生の内から結婚を考えたり俺は良家のお嬢様だからとかそういう打算的な理由で人を好きになったり付き合う訳じゃないんだよ。」
「……………」
「人の事を心配して怒ったり、人の期待に必死に応えようと努力する。世話焼きで泣き虫で、でも周りに心配をかけないように1人頑張っちゃってほっとけない。そんな…神崎有希子という1人の女の子を、俺は好きになったんだ。そして俺がこの子の隣に居たいと心の底から思っている。」
「そう、じゃあ貴方は知ってる?その女、去年素行不良でE組送りが決定したのよ。」
「‥‥‥‥‥‥‥」
修学旅行の時も言われた事実。この恥ずべき事実は一生私をつけて回るかもしれない。まるでこの事実が私と彼を遠ざけていくようだ。
「たしかに、君らから見たらマイナスな部分に見えるかもしれない。でも俺には有希子のそういう大胆な所も凄い魅力的に映るんだよ。だから、もう君らにどう言われても構わない。大切なのは周りじゃなくて自分の気持ちだって気付かされたから。俺は君らからの評価じゃなくて、彼女への思いを守りたいんだ。」
頬が熱い。この人の一言一言で冷え切っていた心が少しずつ熱を帯び始める。その暖かさが好きで、私はつい胸を埋めてしまう。それに気付いたタッちゃんは私の頭を撫でてくれる、それがとても気持ち良い。
「‥‥もう話は終わりかな。デートの邪魔だから、どこかへ行ってもらっていいかい?」
「‥‥‥‥‥‥覚えてなさいよ!」
「安心しなよ、君の事を覚えるつもりはないから。」
「‥‥馬鹿な男!!」
古典的な台詞と共に足音は聞こえなくなり、タッちゃんから離れて見てみるとその女の子はいなくなっていた。
「…嫌な思いをさせたな。」
「ううん。でもさっきの話って‥‥」
「ああ、信じられないよな。中学生相手に婿入りしろだなんて、非常識にも程があるよ。」
タッちゃんはいつも通りの穏やかな表情となり、ら立ち上がる。そして、私の手を取りそのまま引き上げる。
「じゃあ、そろそろ時間だし。花火を見に行こうか。」
「‥‥‥うん。」
彼は私の手を取り歩き出す。私はその手をもう離す事なく、彼に続くのだった。
ビッチ視点
有希子に協力すると決めて以来、私はあの子に様々な指令を下し有希子にアプローチをかけさせていた。
時には色仕掛けをさせ
時には泣き落としをかけさせ
私は有希子を通してあいつを落としにかかっていた。まあなかなか落ちなかったが、というより元から落ちていたのでそもそも落とす必要がなかった。
夏休み最終日、夏祭りが行われる夜。私は商工会議所のおっさんからタダ酒をいただいていた。そこで少し飲み過ぎたので、酔いを覚ましに外をふらついていた所、面白いものを見た。
「‥‥‥‥‥‥覚えてなさいよ!」
私は怒りに顔を歪めた女の子とすれ違う。金持ちそうな良い生地の浴衣を着ている、顔面だけは良い奴だった。たしか本校舎の3年生であった筈だ。
そいつが来た方向へ歩んでいくと、そこにはベンチに腰掛けた有希子と門倉猛が座っている。恐らく先程の女子と言い争ったのだろう。由希子は少し焦った表情を浮かべている。しかし門倉は立ち上がると有希子を引き上げる。
「じゃあ、そろそろ時間だし。花火を見に行こうか。」
「‥‥‥うん。」
こちらに向かってきた2人に気付かれないように身を隠す。門倉はこちらに気付いたようで、睨んでくる。どうやら覗き見していたと勘違いしているようだ。
(…好きにしないさいよこのバカ!)
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥どうかした?」
「いや、何でもないよ。」
誤解は解けたようでこちらの様子に笑みを零した門倉はそのまま有希子を連れてどこかへ行った。
(どんだけ気配に敏感なのよ!?)
睨まれた瞬間、生きた心地がしなかった。まるでライオンに睨まれたシマウマのような気分である。ついてくるなと言わんばかりの目線だった。
「怖いものですねぇ‥‥先生死ぬかと思っちゃいましたよ。」
「いたのかよこのタコ!」
いつの間にか私の隣にいたタコは冷や汗をタオルで拭いている。
「ニュヤァ‥‥どうですかイリーナ先生?彼等は上手くいきそうですかねぇ‥」
「‥‥知らないわよガキ共の恋愛なんて。」
別にガキが1人や2人、くっついても知った事ではなかった。それにどうせあいつ硬派気取りだから、ーーーーもーーもしないで手を繋いだりぐらいしかしなさそうだし。でも確信している事が1つある。
「ただ‥‥あの筋肉馬鹿はもう止まらないわよ。そして有希子もあいつにベタ惚れ。あの2人はもう互いの事しか見えてないわ。正直、ガキらしくない愛情な。」
そう、まるで昔の悲劇のように、彼等2人は互いを愛するためにしか生きられないように出来ている。
「‥‥そうですか。ならその言葉を信じましょうかねぇ‥」
いつものゲスな感じではなくしおらしくなったタコは寂しそうな顔をし、屋台の方へ戻っていった。鷹岡の一件から有希子へ様々な助言をしてきた私としては、あの姿が教え子の集大成である気分になる。合宿の時に失敗した私としては成功を見届けたくなる。
「あの馬鹿‥‥烏間より女が分かってるじゃない。Shit!」
(上手くやりなさいよ、有希子)
すでに見えなくなった後ろ姿に思いを馳せている内に酔いが覚めた私はまた酒を貰いに、商工会議所のテントのおっさん達の元へ向かうのだった。
門倉視点
思わぬアクシデントが起きたものの手早く対処出来た。そして、今俺は有希子を連れて事前に調べていた神社の裏手の穴場スポットに来ていた。
「ここだよ。」
「わぁ‥‥‥!」
隣にいる有希子が驚くのも無理はない。今俺らの前には池があり、そこには沢山の蛍の光が宙を舞っているのだ。
「綺麗‥‥」
「小学校の時に皆でやったビオトープ作り、覚えてる?ここはあの時に作った場所なんだよ。」
「‥‥‥そうなんだ。」
小学校6年生の時、俺と有希子が所属していたクラスでは卒業前に地域に何らかの形で貢献する計画を立てていた。その時、クラスメイトの1人がビオトープについて調べてきた。
ビオトープとは人為的に再生された自然生態系の観察モデルの生徒による作製を全国で教育の一環として行っている事で知られているものであった。
そもそも俺らの学校は市内にあり、あまり生徒達が自然に触れる機会が少なかったためクラス内で作成を決定。学校から予算を出してもらい、神社の神主から許可を得た上でこの裏手の場所にホタルなどが住める浅い池を作り上げた。
「こんなに立派になってたんだ‥」
有希子は嬉しそうに蛍の様子を見つめている。この様子を見れただけで連れてきた甲斐があったものだ。
「ああ、後輩達が定期的に管理をしてくれているようでな。作った時より規模が少しずつ拡大しているみたいなんだ。俺も同じ小学校だった後輩が教えてくれるまで気づかなかったよ。」
ふと、隣の有希子を見ると俺は目を奪われてしまう。彼女の周りを蛍が飛び回り、幻想的な姿となっている。
「‥‥綺麗だ。」
「‥‥‥え//」
「いや、何でもない!!」
(しまった、考えを口に出してしまった!)
内心ドキドキしていると突然手を握られる。ただでさえ働き者の心臓がまたヒートアップしてしまいそうだ。俺は必死に平静さを保ち、有希子の方を見る。有希子は上目遣いでこちらを見つめる。
「‥‥タッちゃん。」
「はい!」
名前を呼ばれただけなのに、つい声を張り上げてしまう。
「あの時の返事、してもいい?」
「‥‥‥‥ああ。」
(とうとうこの時が来たか‥‥)
返事がどうであれ、俺と有希子の関係は何らかの形に変わる。それを思うと寂しくもあるけど、自分の気持ちにケリをつけれると思う事で安心もしている。
互いに互いを見つめ合い、沈黙が流れる。いつの間にかざわついていた心も澄みきったように落ち着きを取り戻している。5分程経ち、ようやく有希子が口を開かれる。
「私は‥門倉猛を‥す」
言いかけた言葉を消すように花火が打ち上がる。連続で打ち上げられる花火の音で何も聞こえなくなる中、口の形だけで続きの言葉を推測出来る。
そして俺の推測を裏付けるように頬を赤く染めた彼女が俺にはにかんだ笑顔を向け、俺は堪らず抱きしめる。つい強く抱き締めてしまうが、逆に背中に手を回される。
「‥‥大切に、する。」
「‥‥‥うん。」
蛍が作る光の中心で俺達は互いを確かめ合うように花火の音が響く中強く強く抱きしめ合っていた。
今日は夏休み最終日
明日から暗殺教室、2学期が始まる。