Fate/The Answer   作:ソメイヨシノ

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英霊召喚

 怒り。

 憎しみ。

 絶望。

 それはあらゆる負の感情が蔓延していた世界だった。

 太陽の光の届かぬ暗黒の世界。それが少女の生まれ堕ちた地獄だった。

 

 幼少期を生き延びれたのは奇跡だった。

 ……いや、それは奇跡なんて希望に満ち溢れたものではない。

 なにせ、死ねたほうが、楽だったのだから。

 

 とにかく少女には生まれながらにして、戦う力があった。

 その戦う力を用いて、少女は幾重もの死線を潜り抜けた。

 

 やがて全ての生命が死に絶え、残されたのは少女一人だった。

 

 自らが築き上げた死体の丘の上で、少女は虚空を見上げていた。

 

 血のように赤黒く染まった空。

 

 鉄が腐ったかのような、血の匂い。

 

 何もかもが血に染まった世界で、少女は既に――狂っていた。

 

 ただ、頭の片隅に微かに香る理性の残滓が少女にある一つの疑問を抱かせた。

 

 全ての物事にはきっかけがある。

 仮にこの地獄にもこの地獄に至るまでの経緯が――()()()()があったのだとしたら――。

 

 その()()()()はいったい何だったのだろうか。

 

 その答えを知るために少女は――狂い切った少女は既に死に絶えたはずの世界と契約した。

 

 +++

 

 ――聖杯戦争。それは万能の願望器『聖杯』を巡る魔術師たちの血塗られた戦い。

 六〇年に一度の周期で、聖杯はかつて初めて召喚された極東の地『冬木』に再来することから、必然的にこの聖杯戦争が繰り広げられる周期も六〇年に一度であった。

 

 そうして時は巡り一九九二年。この度、四度目となる聖杯戦争――すなわち第四次聖杯戦争が行われる。

 聖杯は己を手にする権限を持つ者として七人の魔術師を選抜し、サーヴァントと呼ばれる英霊召喚を可能とさせる。

 かつて聖杯の再現を行った始まりの御三家――アインツベルン、マキリ、遠坂には優先的にその資格――即ち『令呪』が振り分けられ、この度も始まりの御三家の一角である遠坂家の当主の右手には予定調和の如く、令呪が宿された。

 

 五代続く魔導の名門、遠坂家。その当主たる時臣は、代々伝わる家訓に従い、行動してきた。

 

 どんな時でも常に余裕を持って優雅であれ。此度の聖杯戦争においても時臣はその家訓の元に、下準備に下準備を重ねてきた。

 常に優雅であるためには、常日頃からの努力、積み重ねが何よりも大事なものであるからだ。

 

 聖杯戦争の監督役である『聖堂教会』。普通なら魔術師とは敵対関係にある彼等のバックアップを獲られるのは、先祖代々、遠坂家が教会とも縁故を作ってきたその努力の賜物である。

 時臣が聖杯にかける願望は言うまでもなく世界の外側――『根源の渦』への到達。

 教会は見ず知らずの得体の知れない輩に聖杯が渡った場合のリスクを考え、一番()()()な願望を明言する時臣には是が非でも聖杯を勝ち獲てもらいたい考えがあった。

 

 さらにはその教会の神父である言峰璃正の――その息子たる綺礼が令呪を宿し、時臣のサポートに回らせることで、謀らずも実質的に()()()()()()()()()()()()使()()が可能となったのは、ある種の神の思召しがあることを勘繰らずにはいられない。

 

 遠い、異国の地よりわざわざ取り寄せたのは、最強の切り札(サーヴァント)を召喚するための触媒。

 この触媒の元、首尾よくあのサーヴァントを呼び出すことができれば、その時点で此度の聖杯戦争における時臣の勝利は確定する。

 およそ英霊である限り、アレを相手にして勝ち目はないのだから。

 

 もっとも、そう首尾よくアレを呼び出せるのかということだが、より確実に目当ての英霊を召喚するための触媒だ。

 魔力は十分。英霊召喚のための魔法陣には寸分の狂いも無く、百パーセント確実にアレを召喚する自信が時臣にはあった。

 否。これは自信ではない、確信だった。

 

 「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大使シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 英霊召喚のための詠唱を見守るのは、璃正、綺礼の言峰父子。最強のサーヴァント(切り札)を召喚する今宵は即ち、聖杯戦争の勝利の確定を意味する。その喜びは皆で分かち合いたいという時臣の考えのもと、この英霊召喚の儀式に立ち会っているのだ。

 

 「閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 祭壇の上に載せられた聖遺物は――一見すると木乃伊の破片か何かにしか見えないそれは――遥かな太古、この世で初めて脱皮した蛇の抜け殻の化石だった。

 ただの抜け殻、ただの化石であるはずなのに、ソレが招き寄せるであろう英霊を思うと、畏怖を禁じ得ない。

 時臣が呼び出そうとする英霊は、それだけのサーヴァントだということだ。

 

 「――告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ――」

 

 全身を巡る魔力の感触。

 仮に魔術師ではない一般人がこの感覚を味わうとすれば、魔力が身体中を煽動する度に、言い様のない悪寒と苦痛を味わうであろう。

 もはや慣れ親しんだその感触を意識の外側に追い出し、時臣は更に意識を集中させる。

 

 「――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――」

 

 空間に満ち満ちる魔力は既に波紋のように波打っていた。

 魔法陣より何処となく風が巻き起こり、稲光が止めどなく魔方陣を走る。

 

 ――引き当てた!

 詠唱も最後の一節を迎えた所で時臣は手応えを感じた。下手をすれば此方の魔力を全て吸い取りかねない莫大な存在感。絶大なる力を持つ存在が、時臣の呼び掛けに応え、現世(うつしよ)に繋がる一筋の糸を掴み取った感触があった。

 

 時臣は最後の一節を唱え、その糸を手繰り寄せた。

 

 「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 その瞬間、光が溢れた。

 見守る綺礼たちでさえ目を開けていられないほどの風圧の中、召喚の紋様が燦然と輝きを放ち――その輝きの向こうから一つのシルエットが現れ出でる。

 

 「……」

 

 そのシルエットは、英雄と呼ぶにはあまりに小柄であり。

 

 「なっ……」

 

 英霊と呼ぶにはあまりに――異質だった。

 

 光が収まり、召喚の紋様の上に、静かに立つのは黄金をその身にまとった男ではなかった。

 漆黒のワンピースと黒の革ブーツのみをその身に纏い、その漆黒の衣装は()()の病的なまでに青白い肌を栄えさせる。

 鋏ではなく、まるでナイフでそのままばっさりと刈り取ったかのように、肩下辺りで乱雑に切り揃えられたその髪は、色素が抜け落ちたかのように白い。

 

 つい今朝、安全のために母親方の実家に避難させた自分の愛娘と同じくらいの年齢であろうか。

 可憐と言えば可憐ではある。だが、どう見てもそれは、目的のものではない。

 自分が呼び寄せるはずだった、最強の英霊――英雄王のものではない。

 

 黒ワンピースの痩せ細った少女が、静かに立っていた。

 

 「……」

 

 目の前の結果が信じられず、絶句することしかできない時臣の前で、その閉じられていた目蓋がゆっくりと持ち上げられ――血のように紅い瞳が静かに召喚者である時臣を射抜く。

 

 「ねぇ、あなたがわたしのマスターなの?」

 

 雪解けの水のように透明感のある――感情の感じさせない無機質な声音で、時臣に対し、問いかけた。

 




 この時点でサーヴァントの正体に勘付いた方は凄いです。
 一応、完全なオリジナルという訳ではなく、元から型月に存在するとある設定を元に作りました。

 ステータスについてはネタバレになるのでまだ載せません。
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