東方守護執事   作:結城勇気

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 ヤバい、二か月経つ手前だった……。





第十八話「勘違いとは気づかぬ間に広がるもの」 Side not

 あれから二時間ほどが経った夜。

 

 夕飯はとうに終え、風呂に入って歯も磨いて、今は部屋のベッドの上で、寝巻姿のフランの隣に座っているだけ。

 

 とはいえ男女の情事に突入する訳でもなく、僕たちはただ二人して月を眺めている。あの漆黒の空に浮かぶ円形の光を。

 

「綺麗だね……」

 

 ボゥっ、と微笑みながら月を見上げるフランが呟く。

 

 夜空に浮かぶ、全身を(あら)わにした月は、数多のクレーターで描かれる『兎』を鮮明に僕らに見せ、青白い光を淡く漂わせる。狂気の魔力をこの幻想郷に撒き散らし、見た者を狂気に陥れるそれはしかし、目を引くほどに美しいその姿を魅せつける。

 

「満月、かぁ……」

 

 フランは感慨深げに眼を細める。

 

「ほんと、満月の日って何か起こるよね。今日の宗次朗誘拐もそうだし、永夜異変? もそうだし」

 

 それもただ起こるだけじゃない。他のみんなはどうか知らないけど、基本的に僕とフランが関わることばかり。もっと言えば十回や二十回では済まず、紅魔館に来てからの五百年あまりの間、満月の日に僕らの周りで起きた事を挙げればキリがない。

 

 ただの超常的な偶然かもしれないし、はたまたみんなにみんな起きていることかもしれない。そういう日(・・・・・)なんだと言ってしまえばそれまでだし。

 

 ――ん? あぁ、考えてみればあれもそうだ。

 

「僕がここに来たのも満月の夜だった、気がする」

「? そうだっけ。んー……覚えてないなぁ。あの頃はまだ地下室だったから……」

 

 あの頃はまだお嬢様もフランも、生まれて百年も経ってない文字通り“子供”だった。当然、フランの能力制御の問題で、ドランに封じられていた時期だ。そのあたりは僕も良く覚えている。

 

 時折地下室外に出る程度。それが彼女の数十年における生活だった。

 

「まぁ、そっちに関しては僕もうろ覚えなんだけどね」

 

 でも、しっかり覚えていることもある。

 

「僕とフランが永劫の誓いを交わしたのも、満月の夜だったね」

 

 僕とフランが恋人になる切っ掛けとも言える、ドランが死んで数週間たったころに起きた事件。いや、紅魔館で自己解決したことから騒ぎとも言えるか。まぁそのあたりはどうでもいい話で、僕とフラン、そして紅魔館の絆(その時咲夜はいないけど)を更に深めることになった事件だ。

 

 それを思い出したのか別の理由か、フランは僕の言葉に頬を染めた。

 

「あ、あれもそうだけど……うぅっ、あの時の宗次朗はズルいからあんまり思い出したくないんだよ」

「ズルい?」

 

 さっぱり訳が分からない。

 

「だって……あの時の言葉だけでもズルいのに、今思い出したらカッコよすぎてもっとズルいんだもん」

「えーっと?」

 

 これは……褒められてるんだろうか。それとも褒められてないんだろうか。

 

 ほんのり頬を染めるフランは、もじもじとしながら上目づかいでこちらに目をやる。なんかさっきと違ってやけにそわそわしてる。怒ってる……わけじゃないみたいだけど、潤んだ瞳で軽く睨んでくる。可愛い。

 

 大人の姿になっても幼さの残る顔立ちのフランは、美人ともいえるし綺麗ともいえるし可愛いともいえる。文字通り女神じみた容貌だ。

 

 これは別に恋人だからそう感じるとかではなく、この姿になったフランを目にした人々、妖怪は必ず見惚れている。初めて目にした人なら尚更だ。紫ちゃんの許可を得て、この姿のまま人里に出たときは結構な騒ぎになったものだ。

 

 女性ですらその目を引くらしい美貌で上目使いなどされては、どんな男でも負けざるを得ない。

 

「よく分かんないけど……ごめんなさい」

「分かればいいんだよ、分かれば」

 

 きゅっと腕を絡め、肩に頭を預けてくる。僕の頭もその上に乗っける。

 

 ――そんな風にのんびりフランと言葉を交わす中、僕の頭の中では、あの時の光景が映し出されていた。

 

 あれは満月の日、ドランが亡くなってから数週間後の話だった。

 

 

 

 

 

Side out 宗次朗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side Change Not

 

 

 親の死を悲しむのは、何も人間だけではない。天使も悪魔も妖怪も、親を持つ者ならば、その死に涙するというのは一部の例外を除いて当たり前の事である。

 

 それは当然、吸血鬼であるスカーレット家現当主、レミリア・スカーレットにも言えることだ。

 

 当時、妖怪としてはまだ幼いと言える年齢であったレミリアにとって――幼くなくとも関係はなかっただろうが――、父、ドラン・スカーレットの死は悲しみ涙する事件だったし、実際、一昼夜泣き喚いた。

 

 だが彼女は彼女だったが故に、次の日に引きずることはなかった。

 

 父が亡くなった以上、スカーレット家の当主はこの自分。

 

 ならば家を守るため、家族を守るために、涙を流し続けることは許されない。父のために流す涙は流し尽くした。あとは前を見て、守るべきモノを背負い歩むだけ。

 

 障害と言う名の壁があるなら打ち砕き、背負う物と自分の敵は叩き潰す。それだけの力は今の自分でも持っているはずだ。

 

 しいて不安要素を挙げるなら、父が執事を任せたクライスェア・ヴァーンヘリアス――今は九重宗次朗というらしい彼くらいだろう。

 

 父の友人、というだけで信用できるほど、レミリアはおめでたくはなかった。いや、それだけの余裕がなかったと言うべきか。

 

 今までは確かに友好的な関係を築いてきた、と彼女は思っている。父の友人を不快にさせてはならない、という考えもあるにはあったが、直感的に悪い男ではないと感じていた部分が最も大きい。父も友人は選ぶ人であったから、父が大丈夫と思うなら大丈夫だろうと思う部分もあったにはあった。

 

 だが、時と場合に違いがあれば、疑われるのも無理はない。

 

 特にクライスェア・ヴァーンヘリアスという男は、最強の吸血鬼たるドラン・スカーレットを軽く打ち倒すほどに強力な力を持っている。自分と同じくらいの子供容姿(最近は、発覚した能力によって成長しだしているが)に似合わない、化け物じみた力だ。その全貌は未だ明らかではなく、少なくとも今の自分が敵う相手ではない程度の認識しか抱けない。

 

 時と場合に違いがあるなら、疑ってしまうのも無理はない。その対象が強大な力を持つならばなおさら。

 

 しかし、力を借りざるを得ない事態が迫っているのもまた事実だった。

 

 彼女の手には負えないソレが起きる時は近い。今の彼女がどれだけ頑張っても、姉として救ってやることも出来ない。

 

 父が亡くなって数週間。彼の妖力の残滓が妹から薄れに薄れ、停滞の世界から帰ろうとしている。帰ってきてしまう。

 

 ――恐ろしい。

 

 妹を恐怖の対象として見たことはないし、感じる恐ろしさもその類ではないと断言できる。

 

 彼女が恐れるのは、現執事長。

 

 父であるドランが死んだ、という情報は、早かれ遅かれ世界中に広まる事だろう。情報などどこから漏れるか分かった物ではない。宗次朗が漏らさずとも、どこかしらか流れて広まる。それは噂が真実を言い当てることもあるし、何かの切っ掛けで知られることもある。

 

 そう言った情報を知って、今こそスカーレット打倒だ、と人間、妖怪問わずにやってくる可能性が高い。が、その程度なら障害にはなりえない。その程度(・・・・)退けるくらい容易い。

 

 彼の力を以てすれば、このスカーレットを潰すことも乗っ取ることも可能だ。特に妹が暴走状態に陥っているところを狙えば簡単だろう。父をも倒す力があれば、妹すらも叩き伏せてしまえるかもしれない。

 

 九重宗次朗こと、クライスェア・ヴァーンヘリアスの事をほとんど知らない故に感じてしまう脅威感。

 

 彼をよく知る者が聞けば、誰しもが『そんな事する訳がない』と言うだろう。

 

 根拠は簡単。興味がないだろうから。

 

 そんなくだらない(・・・・・)ものに興味はない。彼が興味を持つのは愛すべき者たちだけであり、スカーレット家を乗っ取るとか倒して名誉を得るとか、そんな欲望は彼にとって意味を持たない。そもそもそんなことをするなら、時期を見る必要がない。ドランが生きていようといまいと、関係なしに略奪できる力があるのだから。

 

 未だ幼いながらも当主となった責任感。妹を、家を守らなければならないという使命感。父の残した物を失ってしまったらどうしようという不安感。一種の緊張が数多重なり絡み合って、人を見る目や知ろうという考えが頭に出ない。そんな余裕がない。

 

 ……それが原因だろうか。起きた妹を見て、一瞬恐怖を目に浮かべてしまったのは。

 

 当然それは妹を対象にしたものではない。が、そんな事情は当人には関係ないのである。結局はどう解釈されるかだ。事情も何も知らないのにそんな目を向けられれば、自分が恐れられていると思っても仕方ない、と言えるかもしれない。

 

 その上、表面上は落ち着いていたが、内心では動揺していたためか、別の何かが思考を狂わせたのか。再会した妹への第一声は、

 

『――あなたは地下に住みなさい』

 

 今思っても悔やむべき一言だ。まずは抱きしめるべきだったし、再び会えたことを喜ぶべきだったし、なによりも愛する妹へ親愛の言葉を贈るべきだった。

 

 彼女の失敗は、その時に置いて致命的だったのだろう。それ故に彼女は、フランドールは、ため込んでいた絶望と憤怒を爆発させた。

 

 それは――フランドールが地下に住んで十数日たったころの話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      *  *  *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラン・スカーレットが死んだ、という情報は思ったよりも早く出回ったらしい。

 

 ここ数日、吸血鬼(先日のスカーレット家打倒作戦で数は激減した)や、ヴァンパイアハンター、妖怪退治やその手の連中による襲撃が多発している。一日に数回の時や一斉に来る時もある。

 

 今のところは何事もなく美鈴が返り討ちに出来ている。が、今のままではいつ自分以上の相手が出てくるか、という不安が募るばかりだ。

 

 門番たる紅美鈴や、不本意ではあるが、警戒すべき相手である執事長の力も借りて徐々に強くなっている感覚はある。自信もついた。それでも、九重宗次朗という強者を知っているが故か、レミリアの胸中から不安が拭い去られることはなかった。

 

 一つ、レミリアはため息をついた。

 

 主の間、その奥にある一つの玉座に座るレミリアはボーっと虚空を眺めている。

 

 今日は宗次朗との鍛錬に励んだ。と、いうより、最近は宗次朗ばかり相手にしている。理由は単純明快で、美鈴ではもうあまり修行相手にならないからだ。

 

 力量が拮抗、もしくは多少なりとも下の相手との鍛錬は、伸びがあまりない。学ぶこと、盗むことがかなり少なくなるからだ。確かに皆無ではないだろうが、今のレミリアには合理性が必要だ。今までは宗次朗を警戒して美鈴とばかりしていたが、今ではあまり意味がない。それに最近では模擬戦で美鈴に負ける方が少なくなってきている。

 

 同じ相手では経験が偏る、というのもあるが、やはり戦闘能力の差が大きい相手の方が成長は早い。

 

 と、いう訳で先ほど宗次朗との模擬戦を十数回終えてきたところだ。ドランが亡くなる前に発覚した宗次朗の能力によって、風呂に入ることも可能となったので、汗も流してきた。程よい疲労感と、入浴後のさっぱり感が相まって心地いい。

 

 それでもレミリアは再びため息をついた。

 

 宗次朗との模擬戦を数重ねて気づかされた。アレは規格外だ。

 

 戦闘能力に差があるとかないとか、そういう次元を超えている。吸血鬼の身で言うのもおかしな話だが、アレには一生勝てないと分かった。

 

 彼自身は「今の僕ならいつか勝てますよ」などと言いはするが、彼女にはお世辞にしか聞こえない。

 

「――で?」

 

 レミリアは目の前の二人に目を向けた。

 

 一人は執事長こと九重宗次朗。

 

 もう一人は……、

 

「何故フランがいるの?」

 

 冷たい言葉はフランドールに向けられたものではない。宗次朗はそれを理解していたし、それ故に何も言わない。

 

 が、そんな理屈、未だ幼いフランドールには理解できない。だからますます勘違いと姉妹間の溝が広がる。

 

「妹様がお嬢様にお話があるそうです」

「なるほど。で、何の話なのフラン」

 

 優しく言ったつもりの言葉は、宗次朗に向けた警戒心のためか、若干語気の強いものとなってしまった。フランドールは俯き奥歯を噛みしめ、怒りを押さえる。

 

 日ごろ狂気と向き合っていたためか、感情のコントロールは精神の幼さに反して慣れた物だった。レミリアでさえ気づかないほどに。

 

「……外に出させて」

「なんですって?」

 

 問い返す姉に、フランはその目をレミリアへと向ける。

 

 

 

 

 

「外に出させて」

 

 

 




 今回短いっす……。



 なんていうか、書きたいことわかっててもなかなか文章にできない。やっぱ難しいもんで…。

 そして唐突に始まるまた過去編。
 大人フラン、初登場のくせにあまり出番がないというオチ。まぁ大人フランが出てきたからこそ、今回の過去編に飛べるってことで。


 そして新しい作品を投下してしまうバカな私……。

 思いついちゃって書きたくなっちゃって、守護執事こんな遅れてるのに、こっち書く傍らそっちも書いてしまうという……。
 
 こっち優先、するとは思う。というより新しく書いた奴も息抜きにちょこちょこ書いてたってだけなんだけど。


 まぁごちゃごちゃ言っても仕方ない。
 多分今日中に出てしまうかも。

 ……宣伝乙。
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