短編置き場   作:オシドリ

12 / 14
楽しんでいただければ幸いです。


ネタ・皇国の守護者・英康に憑依4

 

 <帝国>東方辺境鎮定軍の司令部は、重苦しい雰囲気に包まれていた。

 ただ淡々と報告を続ける声だけが響く。それ以外に誰も言葉を発しない。受けた衝撃に誰もが呆然としているからだ。

 東方辺境鎮定軍総司令官、ユーリア・ド・ヴェルナ・ツァリツィナ・ロッシナ<帝国>軍元帥も例外ではなかった。

 優美な肢体を包む東方辺境領軍の鮮やかな緑色の軍服は砲撃で舞い上がった雪と土砂で薄汚れ、優雅にうねる金髪もところどころ跳ねている。宝石の様な輝きを見せる碧眼は伏し目がちで、いつもの凛々しく美しい顔には陰りがあった。

 怪我はしていない。近くにいた参謀たちが身を挺して盾となった事で免れている。その代わり、将来有望な参謀三人が死傷した。

 

 <帝国>の<皇国>への侵攻は、かなり急な話で始まった。

 昨今の経済の停滞(悪化とは言わなかった)を打破するべく、高い経済力を持つ<皇国>を手に入れるべきと民部省が主張し、更に大商人達による後押しもあり実現したものだった。

 というのも、民部省は盛大にやらかしていた。<帝国>の経済混乱を酷くした貨幣改鋳は彼らによって行われたからだ。これら一連の騒動の要因となった(と、彼らは思いこんでいる)<皇国>を大いに恨み、失点を取り返す(または誤魔化す)べく、急な軍事行動を主張したという訳だ。

 

 げに恐ろしきは金の恨みとは言うが、駆り出される将兵としてはたまったもんじゃなかった。他国の情報を集める<帝国>諜報総局(ナイフ・アンド・コーツ)はそもそも<皇国>を重要視しておらず、集めた情報も北領とかいう蛮地が整備されつつあって、蛮族共の司令官が変人だという話ばかり。それに昨今の経済の悪化で辺境艦隊と輸送船を集めるのも一苦労だったからだ。

 しかし、彼らに不安は無かった。たかが島国の蛮族。<帝国>軍は世界最強の軍であり、国力と軍事力は比べものにならないほど隔絶している。多少、質が良い軍備を揃えていようが我らには勝てない。

 <帝国>では戦争は少なくとも二年で終わると見ていた。<皇国>の殆どの人間も比べるのがおかしいと考えていた。

 それに、敵の指揮官が何十年も前からこの戦争に備えていたなど、思う筈が無かったのだ。

 

「――損害は猟兵四個大隊、騎兵二個中隊が死傷。手持ちの砲は軒並み対砲迫射撃を受け、壊滅しました」

 

 鎮定軍作戦参謀であるクラウス・フォン・メレンティン大佐が告げた。<帝国>西方諸侯領の出身を示す黒い軍服を身に纏っていた。先の砲撃で破片で腕を切る軽症を負い、包帯を巻きつけている。

 

 出席者たちから呻き声を聞きながら、ユーリアは周りを見渡した。彼女を支える練達の将校たちは開戦前より数を減らし、誰もかれも顔色が悪い。それを咎める気もない。己自身も、彼らと変わらない顔色をしているからだ。

 

 <帝国>東方辺境鎮定軍は大損害といっていい状況だった。ここまで一方的に叩かれたのは東方辺境領軍の結成後、初めての事だ。

 野戦と考えていたら攻城戦であり、しかも蛮族共の兵器は凄まじい威力を持っていた。常識では考えられないほど長射程であり、蛮族共が籠る要塞は見た目以上に堅い。

 

 それで起きたのが、砲撃での混乱だった。砲弾の雨で命令系統を寸断されても、前線の将兵らは当初の指示を続行しようとした。

 すなわち、委細構わず前進。しかる後、分かれて攻撃。よく訓練されて職務に忠実なのが仇になっていた。そして<帝国>軍は北領鎮台が待ち構える陣地へ無造作に突っ込み、短時間で恐ろしいほどの人馬の死骸を積み上げることになった。

 

「――諸君らに、問う」

 

 ユーリアは集まった将校らを見渡して言った。自分でも驚くほど冷静な声だった。

 

「これ以上の、蛮族共との継戦は可能か?」

 

 言いながら、ユーリアは心の中で吐き捨てた。答えなど、一つしかないのに。

 

「無理でしょう」

 

 全員が彼に注目した。白銀の髪に淡い水色の瞳。二十八歳と若く、男なら見ているだけで嫌になるような美形。騎兵将校らしく引き締まった体格には<帝国>本領出身を示す白い軍服を身に纏っている。

 第三東方辺境領胸甲騎兵聯隊を率いるカミンスキィ大佐だった。ユーリアの愛人でもあった。

 

「突撃させた騎兵一個中隊が柵を超える事すら出来ませんでした。更にあの砲撃の中を突撃するとなれば騎兵だけでなく、鎮定軍の全滅を覚悟していただかなければなりません」

 

 それは、誰もが理解させられた事だった。

 もうすぐ増援の二万がやって来る。これを合わせても一個師団。あの陣地を攻略し、蛮族共が北領と呼ぶこの地を占領するには数が足りない。

 塹壕線を占領するだけなら一個師団でも圧し潰す事は可能だろう。だが、<帝国>軍も壊滅状態となり、軍事行動どころではなくなる。その後、応援に来た蛮族共に逆襲を受ける事になる。

 上空には偵察らしい翼龍が常に飛んでおり、遠距離から砲弾の雨としか言いようがない飽和攻撃を受けた衝撃は大きかった。誰もが蛮族共を侮りがたい敵と認識するようになっている。となれば、応援に来る軍勢も同等以上の装備と兵数を連れてくると考えられるからだ。

 そうなれば一個師団では全く足りない。それに、これだけの軍勢を養えるほどの兵站を<帝国>は持っていなかった。

 

「撤退する」

 

 今度は誰も呻き声を漏らさなかった。ただ敬愛する東方辺境姫に、勝利を捧げられられなかった事に悔し気な表情を浮かべていた。

 しかし、負けたわけではない。次の勝利の為に後退するだけなのだ。彼らは直ぐに表情を戻し、必要な準備に取り掛かった。

 

 信頼する将たちが会議を進める中、ユーリアはいつもの凛然たる気迫に満ちた表情と泰然とした姿となった。しかし頭の中では別の事を考えていた。

 ――大規模な戦争は今回が初めてになるが、まさかこうなるとは。過去に鎮圧した叛乱とは全てが違う。東方辺境領姫と持ち上げられて浮かれていた、ということかしら。ええい、もう、恥ずかしくなってくる。

 このまま撤退すれば、ただ膨大な戦費と将兵を費やして行って帰ってきた事になる。これは大きな失点だ。他の門閥貴族共からは揶揄され、発言力や派閥勢力も大きく減退するでしょうけど、まだ挽回できる。

 少なくとも、ユーリアはそのように考えていた。それに、彼女が愛する将兵をこれ以上無駄死にさせずにすむ。この点、彼女は果断で兵想いの人物であった。

 

 だが、北領に踏み入った時点で遅かったのだ。

 一発の、甲高い銃声が響いた。

 

「何事だッ!」

 

 将校の一人が即座に立ち上がり、俄かに騒がしくなった外の状況を確認しようと天幕の外へ出た。

 再び銃声。将校は背中から腹へぽっかりと穴を開け、血と肉を撒き散らしながら倒れ伏した。

 

「殿下ッ!」

「盾となりお守りせよッ!!」

 

 いち早くカミンスキィはユーリアへ覆い被さり、メレンティンと他の面々も身を屈めながらユーリアの周りを囲んだ。

 

「狙撃です」

 

 カミンスキィの言葉と同時に連続で銃声が響く。天幕の外は将兵の悲鳴と怒号、馬の嘶きで大混乱に陥っていた。

 

 北領鎮台は、襲来した<帝国>軍を殲滅するまで攻撃を緩める気などさらさら無かったのだ。

 

 

 <帝国>騎士バルクホルン大尉は、溜息をつきたいのを必死にこらえていた。厳つい外見の将校が辛気臭い顔で溜息をついたら兵の士気に関わる。

 

 彼は騎兵将校お似合いの外見とは裏腹に元来はおっとりとした性格で、父と同じように荘園で静かに暮らしていたいと考えていた。

 しかし、<帝国>西方諸候騎士であるバルクホルン家は代々勇武で名をはせた名門であった。ある日、叔父としては親心だろう、その家名に恥じぬようにと彼を軍に入隊させた。バルクホルンは急な環境の変化に戸惑いながらも、厳つい外見に合うように生真面目に、そして叔父の領土出身の下士官たちにも助けられながら槍騎士として訓練を積んだ。

 馬術は習熟し、部下の扱いは巧く、命令には忠実。騎士将校バルクホルンはこうして誕生した。

 そして、彼は叔父が一度は実戦を経験して来いと第三東方辺境胸甲騎兵聯隊へと配属され、今は鎮定軍の一人として参加することになった。

 叔父は全て善意でやっていると分かってはいるが、この時ばかりは少し恨みたくなった。

 

 敵の砲撃から逃れた<帝国>軍は無傷だった胸甲騎兵と猟兵が防衛線を構築し、敵勢が籠る陣地への警戒に当たっていた。

 しかし、周りを見渡しても元気な者は少ない。若い兵だけでなく、古参兵ですら顔色を悪くして震えていた。明るく振舞っている者も無理やり声を上げているのが分かるぐらいだ。

 

 無理もない、とバルクホルンは思った。

 猟兵が突撃を始めた途端、敵が籠る奇妙な陣地がまるで火山が噴火したかのような、想像外の光景にバルクホルンも驚きを隠せなかった。

 降り注ぐ砲弾に大地ごと吹き飛ばされ、勇ましく突撃した騎兵は貧弱な柵を超えられず馬ごと挽き肉にされてしまった。どうにか生き残った将兵は助かる者は治療を受け、天幕の外へと苦しむ声が流れている。助からないと判断された者は、将校の手によって責任が果たされた。あの光景と責任によって、開戦前は勇ましかった若い貴族将校(帝国で将校になれるのは貴族のみ)は、初めて経験する戦争にすっかり怯えてしまっている。

 

「若殿様」駆け寄ってきたロボス軍曹が小声で言った。彼は叔父がつけてくれた従兵だった。「駄目です。砲はあれで軒並みやられたようです」

「そうか」

 

 また溜息が喉のすぐそこまでせり上がってきたが、それをぐっと飲み込む。

 状況は、どう見ても最悪だった。

 士気は低い。砲撃で叩かれただけでなく、先ほど敵の陣地から立ち上がった赤い狼煙が全面攻勢の合図なのではという噂が出ている。いまの立場は遅滞防衛隊、要するに時間稼ぎをするだけの部隊。士気は上がる筈がない。もし、いまここで攻勢をかけられたら、ここにいる将兵は生き残れないだろう。勿論、自分自身もだ。せめて砲があればと思うが、それも無い。

 

 だが、どうにかしなければならない。それが自身に下された命令であり、将校としての役目であった。

 取り合えず士気を少しでも良くしなければ。ふむ。まあ、出来ることと言えば、馬鈴薯の様な厳つい将校とこれに負けない形相の軍曹が見回るぐらいだ。それでも多少は落ち着くかもしれない。

 バルクホルンはそう考えて手綱を引いて馬を動かした瞬間、遠くから銃声が響いた。

 

「ぬぅッ!?」

 

 不味い。その思った瞬間には悲鳴と共に横倒しになる愛馬から身を投げ出された。間一髪、どうにか受け身を取ったバルクホルンは立ち上がろうとした。

 

「若殿様、伏せてくださいッ!」

 

 馬から飛び降りたロボフが必死の形相で立ち上がろうとするバルクホルンにしがみつき、そのまま覆い被さった。

 

「敵の攻撃ですッ!」 

「皆の者、伏せろッ!!」

 

 バルクホルンは即座に大音声で命じた。

 だが、既に遅かった。

 遠い銃声。顔を上げたバルクホルンの目の前で呆然としていた若い将校の頭が吹き飛んだ。辺りに肉と白い脳漿を撒き散らし、首から血を吹き出しながら馬からずり落ちていった。

  

「ひッ、な、何ご――」

「う、うわぁ――」

 

 再び銃声。血と肉を撒き散らし、将校たちが倒れていく。

 伏撃、それも狙撃だ。将校だけを狙い撃ちにしている。バルクホルンは急いで発射音のした場所へ目をやり、驚愕する。今いる場所から樹木線、つまり森の端まで少なくとも三百間以上はある距離だった。

 

(馬鹿な、あの距離から狙撃だと)

 

 しかし、それも一瞬の事だった。混乱で騒ぎになる中、バルクホルンは直ぐに命令を下した。

 

「騎士大尉のバルクホルンだ! この声が聞こえる者は伏せたまま直ちに装填、西の森へ向かって射撃せよ! 撃ち続けよ!」

 

 ほどなくして、反撃が行われた。ただ闇雲に撃っているだけだから当たりはしない。それでも兵は手元の銃と音で恐怖を忘れる。

 森からの銃声は無い。既に逃げ出したか、それとも機会を窺がっているのか。

 バルクホルンは巨躯を縮こませながら周りを見渡した。生き残っている将校は、バルクホルン以外だと一人。それ以外の将校はみな撃たれていた。呻き声を漏らしながらバルクホルンは腰を抜かしている将校――と、彼の従士だろう軍曹にこの場を任せ、腰に差していたハルバードを投げ捨てた。長物は森の中では使えないうえに邪魔になる。代わりに鋭剣を引き抜く。

 

「ロボフ軍曹、動ける者を集めよ! 森の中へ駆け込むぞ!」

「はいッ!」ロボフは即座に動いた。「貴様ら、合図と共に森の中へ駆け込むぞ!」

「んな無茶なッ!?」騎銃を持つ兵が絶叫する。

「いいからゆくぞッ! 合図を出す! 一、二の、三ッ!!」

 

 ロボフと兵は雄叫びと罵りの声をあげながら森の中へ飛び込んでいった。続けて、バルクホルンも兵と一緒に森へ駆け込んだ。

 攻撃はなかった。

 恐らく、敵兵は既に一目散に逃げ出しているだろう。灌木の後ろで身を伏せながら、バルクホルンはそう考えていた。

 

 

「くそッ、外した」

 

 垢や泥で薄汚れた冬季迷彩で身を包んだ分隊長は苛立ちを隠さず、煙が立ち上る狙撃銃を肩にかけた。そのまま急ぎでスキー板を軍靴に固定し始める。周りを見れば、同じ格好の兵が分隊長を含め五人おり、射撃を終えた者から撤退準備を整えていく。

 既に銃声と発砲煙で居場所は知られた。ならば、全力で逃げるだけだ。撃ち損ねたあの男は良い指揮官なのだろう。兵の動きが速い。とっとと逃げないとこの場にいる全員が死ぬ。

 全員の撤退準備が整ったところで、分隊は二本杖とスキー板を使って移動を始めた。手慣れた動きで灌木を避け、雪深い森の奥へと滑っていく。

 

 彼らは北領や龍洲でマタギと呼ばれる猟師で編成された、北領鎮台の山岳猟兵部隊だった。 

 この部隊は元々、在阪六四式旋条銃(ミニエー銃)の性能を十分に発揮できる狙撃兵を選び出すために設立された。

 在阪六四式旋条銃(ミニエー銃)は従来のものと比べて高い性能を持っているが、銃兵が十分に性能を活かしているかと問われると否だ。

 軍民共に五十間以上の距離で撃つなというのが常識であり、それ以上の距離を狙うなど訓練したことが無いからだ。勿論、配備してから積極的に訓練を行わせたが、古参兵ほど身に染みている感覚を変えるのは容易では無かった。

 またこの時期の銃というのは玉薬の成分の問題から弾が大きく、現代の銃弾と比べて大きく放物線を描いて到達する。これが厄介極まりなく、狙った敵兵との距離測定にズレがあれば最終的な誤差が大きくなり、敵兵に当たらなくなってしまう。特に戦場では射撃距離は絶えず変化する。

 そのため実際の射撃距離は水平射撃で高い命中率が出せる距離となるため、およそ百五十間ほど――それでも凄まじい性能だが――になっている。

 

 これらの事から、まず一通りの訓練後に腕の良い者を選抜した。これで残ったのが、軍に身を置く前から射撃を知っていた人種――猟師が多く残った。

 特に彼らは射撃に関しては勤勉で、忍耐強く狙いを定めて一発で仕留めようとする。猟で初弾を外せば獲物は銃声で逃げるうえに弾薬代が余計にかかってしまい、生活が厳しくなるからだ。

 また猟場、つまり山岳や森林での経験も豊富という事を聞きつけた英康は単なる狙撃兵ではなく、山岳戦を専門とする部隊の創設へと切り替えた。

 

 これが山岳猟兵部隊の始まりだった。

 

 また、彼らに渡す銃にも改造が施された。 

 <皇国>では小さくまとめた銃が常識となっており、これもその常識に沿って生産されている。小口径で射撃反動が軽く、命中率が高い。射程と威力が高いため狙撃銃としての性能も極めて高かった。

 生産された中でも特に精度が良い部品を選び出し、<皇国>の軍需商会の大手である蓬羽(ほうわ)が新開発した狙的鏡を取り付けている。

 他にも細々した改造が施されており、有効射程の三百間どころか腕の良い者なら狙的鏡と合わせて四百間以上を狙えると異常な性能を持っていた。中には狙的鏡の反射で位置がバレるのを嫌い、狙的鏡を外して五百間先まで狙撃成功した人外もいたが、それはひとまず置いておく。

 

 最終的に出来上がったのは、三十人ほどの小さな部隊だった。

 しかし精鋭と言って良い練度を誇っている。北領鎮台で設立されてからは積極的に猟師の知識や経験を積極的に軍部隊に取り入れた。これにより早期に戦力化ができ、また彼ら自身も軍隊内での苦楽を共にすることで固い結束力を持つ。

 

 彼らは<帝国>が襲来した際、英康から命令を受けた。

 命令は簡潔。これより天狼原野の山林で待機。伝達後、<帝国>軍の将校を狙撃せよ。

 熟練の猟師でも危ない、寒風吹き荒ぶ天狼原野に籠れという命令に誰もが顔を顰めた。

 

「諸君らは困難な任務にあたる。だが、それをやり遂げられる精鋭だと信じている」

 

 山岳猟兵たちを並べた訓示の際、英康は彼らに褒美を口にした。

 

「しかし、口では何とでも言える。誠意とは言葉ではなく金額だと私は考えている」

「私は五将家の一人であり、権力者だ。例えば、五将家の持つ禁猟区への立ち入り許可や、狙撃銃を払い下げることも出来る」

 

 これに山岳猟兵たちは一斉に目を輝かせた。狙撃銃は従来の燧発式(フリントロック)とは違って衝撃によるブレは小さいし、射程も威力も段違い。そして扱いやすい。猟師であれば誰でも欲しがる一品だが、これを商会に発注しようとすれば屋敷が建てられる金額になるだろう。

 そして五将家の私有地となれば広大で、しかも手が入っていない山林も多い。競合する相手もおらず獲物も豊富にいると考えるのは想像に難くない。

 

「では、やってもらえるか?」

 

 彼らは見事な敬礼を返した。

 冬季迷彩を着こみ、(ソリ)にたっぷりと食糧と酒を積んで分隊ごとに天狼原野の山林の中へ籠った。それが一週間前の事だった。

 原野という名の通り一帯は人の手が入っておらず、森や丘など身を隠せる場所は多くあった。

 しかし、冬の北領の山林は凍える。特に天狼原野は乾いた風が強く吹く地域だ。しかも敵にバレぬよう火は一切使えず、築いたかまくらの中で凍傷にならないよう手足の指を動かし続けるしかなかった。

 それでも、彼らは合図が出るまでジッと耐え続けた。

 

 そして今日。作戦開始を知らせる赤い狼煙と共に、彼らは迅速に動いた。静かに忍びより、狙撃を開始した。

 

 分隊は十分に森の奥まで入ったところで大きく曲がった。既に後方から追ってくる気配はない。地理も無く、装備も無しに雪深く足をとられる森まで追撃することは出来ないからだ。

 このまま違う部隊へ接近するため灌木を避けながら静かに小山を下っていく。暫くして分隊長が右手を上げて合図した。隊員達は止まり、スキー板を外して身を屈めた。

 

 分隊長が指さした先には整然と並ぶ<帝国>軍がいた。およそ二百間先。馬上には金色の兜に立派な胸甲を持つ胸甲騎兵だった。まだ攻撃されていない部隊の様だ。騒がしく周辺を警戒しているが統率がとれている。

 

「射撃準備」

 

 足元から這い上がる寒気に耐えながら射撃準備に取り掛かった。腰の弾薬盒から紙に包まれた実包を取り出し、端を口で噛み切る。傾けた銃口から玉薬と椎実弾を流し込み、銃身の下に収められたさく杖を抜き出してガシガシと押し固める。銃を水平に戻し、さく杖を戻したら引き金の上、銃身の右横にある撃鉄を音がするまで引き起こす。撃鉄が当たる部分には窪みがあり、そこに巻紙状に連なっている雷管を引き出して取り付ける。そして、二本杖を交差させた即席の銃架に銃を乗せて安定させた。

 

 これで射撃準備は整った。狙的鏡を覗きこむ。深呼吸。息を落ち着かせ、ゆっくりと狙いを定める。

 指揮官、つまりは体格と身形の良くて偉そうな奴だ。騎兵なら装飾付きの兜を被っているし、猟兵なら馬に乗っている。それに生地が違うのか鮮やかな色をしており、また体格も良く振る舞いも違う。<帝国>軍の指揮官は分かりやすかった。 

 狙いを定め、分隊長が射撃を行った。遅れて、隊員たちもそれぞれの標的へ射撃を行った。

 戦果を確かめる暇もなく、急ぎでスキー板をつけ直し、森の中へ退却する。これを繰り返す。

 

 

 この山岳猟兵による嫌がらせは三日間続いた。その間、<皇国>軍はゆっくりと前進を始め、<帝国>軍は後退している。

 また山岳猟兵は途中から身をしっかりと守るようになった将校ではなく、適当な兵を撃つようになると、風や獣で物音がするたびに身体をびくつかせ、近くで銃声が聞こえると狂乱して近くの森の中へ乱射するようになっていた。この弾薬の無駄遣いを諫めようにも、生き残った将校だけでは士気が下がった軍勢を纏めるだけでも精一杯になっていた。

 そして<皇国>でも<帝国>でもそうだが、兵は三日以上の食糧を持たない。これ以上あると酒を造って飲んでしまうからだ。その三日も経ち、近隣の村落から徴発しても糧秣が不足し始めている。

 

 <帝国>軍を、最強で理想の軍隊としていた『鉄の規律』『優れた将校団』『勇猛な兵』は崩れかけている。

 その様子を確認した北領鎮台司令部は号令を下した。

 

「全軍突撃。<帝国>軍の集結地点である奥津湾の港まで前進せよ」 

 

 <皇国>軍による北領防衛戦、最初で最後の大攻勢が始まった。

 




評価感想、また誤字脱字がありましたら報告をお願いします。

あんまり長すぎてもしょうがないと思ったので、二話に分割。
纏めた方が良かったか?

次は未定。

追記
現実での尺貫法とは違うので、皇国での表記について簡単にまとめてみました。

刻時器=時計 狙的鏡=狙撃眼鏡(スコープ) 

・時間
1年=13ヶ月=397日 1日=26刻 1刻=10尺=100寸=1000点

・長さ
現実では1間=1.8mですが、原作では1間=1mとされています

1里=1000間 1間=10尺=100寸=1000点
新城の身長が1尺6尺から考えると、
1間=1m 1尺=10㎝ 1寸=1㎝ 

・重量
石、貫、斤 不明。
現実では1石=150㎏。原作だと1石=1トン?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。